2019年9月12日 (木)

江戸の諺『頭を丸める』

江戸の諺『頭を丸める』の話です。『坊主頭になる』ことで、『出家して仏門に帰依する』ことを本来意味します。

しかし、江戸の人たちは、この諺を『猛省する』『罪滅ぼし(謝罪)の意を示す』といった意味の比喩で使っていたのではないでしょうか。本当に『坊主頭になる』わけではありません。

不始末を仕出かした部下に、上司が『頭を丸めて出直せ』などと叱ることは、現代でもある話です。

俗世の苦しみ、悲しみを嫌というほど味わった人が、仏門に帰依して仏の慈悲の下(もと)に、心穏やかな新たな生活を開始するというような、人物は沢山歴史上登場します。

罪を逃れるための手段として『出家する』ということもあったと思いますが、俗世の人も出家した人の科(とが)はそれ以上問わないという不文律があったのでしょう。

梅爺が現役時代に働いていた会社の部署で、一部の事業内容を他社と設立する新合弁会社へ移管するという計画が進められたことがありました。もちろん経営内容がおもわしくない状況に追い込まれていたこともありますが、日本のコンピュータ産業の国際競争力を高めるために、会社の数を減らすといった通産省の思惑も背後にありました。

この合弁会社設立、一部事業移管の計画は、関連する両社の経営トップと限られた実務者だけで、秘密裏に行われ、その内容が公に発表されるまでは、梅爺たちには知らされませんでした。発表は文字通り『寝耳に水』でした。

梅爺が属していた部署の、約半分の人たちは、『新合弁会社』へ出向することになり、残りの半分は、そのまま元の会社に残ることになり、梅児は残留組になりました。

サラリーマンにとっては、生活環境が一変する一大事で、『これからどうなるのだろう』と不安に駆られることになりました。

その時、梅爺の会社で、合弁会社設立の秘密計画を進めていた実務責任者が、発表の当日、文字通り『頭を丸めて(坊主頭になって)』出社してきたことに梅爺たちは驚きました。そして『会社の経営方針とは言え、仲間を欺いてきたこと』に『無言の謝罪の意』を示したかったのであろうとその心中を察しました。『土下座をする』『頭を丸める』などという行為は、観方によっては『スタンドプレイ』で、白々しいということにもなりますが、日本の文化の中では、一般に『誠意のある謝罪』の表現と受け止められます。

『頭を丸める』『駆け込み寺へ逃げ込む』などということは、俗世の手が及ばない『別世界』が宗教にはあるということを示しています。

人間社会のこの『価値観』は『主観の共有』に由来します。『精神世界』で『主観の共有』が意味を持つのは、生物の中で人間だけのように見受けられます。

『神』『国家』『貨幣価値』などという、抽象概念が『主観の共有』の対象になると、あたかもそれは実態のあるもののように変貌し『文明』の基盤になります。犬や猫の世界では、このようなことは起きません。

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2019年9月11日 (水)

江戸の諺『阿弥陀も銭ほどの光』

江戸の諺『阿弥陀も銭ほどの光』の話です。

『阿弥陀様』の有難い御威光も、お布施の額で変わってくるということですから、『地獄の沙汰も金次第』と同じような意味になります。

あの世で極楽へ導いてくださる、尊い『阿弥陀様』をこのような一見不謹慎な表現の対象にしてしまう、江戸の庶民感覚は、梅爺の好むところです。

江戸の庶民は、『あの世』『極楽』『地獄』『阿弥陀様』を、『信じながら、疑っている』様子がうかがえるからです。

人間の『精神世界』にとって、『信じながら疑う』『疑いながら信ずる』は『生きる』上で避けられないことで、『ただ信ずる』『ただ疑う』よりは健全であると梅爺は感じています。

つまり、江戸の庶民は健全な『感覚』の持ち主であるということになります。

人間の能力では、何事も『普遍的に正しい』ことを見極めて行動することなどできません。『一寸先は闇』かどうかは別にしても、『先を正確に見通すこと』もできません。

しかし、『前へ進む』には、ある判断を下す必要があります。『先を正確に見通せない』などと言っていたら、進学も就職も結婚もできません。

この『見通せない状況』で『判断』するには、『信ずる』という行為が必須になります。つまり『信じる』ことは、『生きる』ために必要な行為になります。

しかし『理』だけで構成される『科学』や『数学』の世界では、『信ずる』などという行為は意味を持ちません。『信ずる』は『精神世界』にとってのみ必要な行為ということになります。

『信ずる』という行為は、反面『予想とは違う結果になる』というリスクをはらんでいますから、そのリスクを承知の上で、つまり『疑い』を抱きながら行う行為であるということを理解すべきです。

『信じながら疑う』ことは、矛盾した行為に見えますが、人間にとってはそれが健全であるというのはそのこと意味しています。

人間の『精神世界』は、自由奔放に『抽象概念』『虚構の物語』を創出できることが特徴です。『精神世界』の根底に『生物進化』で継承してきた『安泰を希求する本能』があり、人間は『自己弁護』『自分に都合のよい話』を生み出します。

更に厄介なことに、人間の『精神世界』は『個性的』ですから、その下す『価値判断』は一人一人微妙に違います。

したがって、人間社会で人間の『精神世界』の『価値判断』が絡む事象には、科学や数学の世界のように『普遍的な真』はありません。『政治』『経済』『宗教』『芸術』の世界で『正しい』という言葉が使われたら、それは主張者が『正しいと信ずる』と言っていることに外なりません。科学や就学の『正しい』とは異なります。

『私は自分の価値判断でこれを選択する(受け入れる)』という主張は、人間関係で意味があり許されることですが、『私は正しいと信ずる』『したがってこれは正しい』『あなたが信じないのは間違いである』という論理の飛躍は、差し控えるべきです。

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2019年9月10日 (火)

江戸の諺『狂言師』

江戸の諺『狂言師』の話です。これも諺ではなく、江戸の時代に使われていた比喩の用語です。

『狂言師』は、本来は、『狂言』を演ずる人のことで、江戸時代は、大名お抱えの『エンターテイナー(芸人)』のような立場にありました。

しかし、庶民の間で『狂言師』は、色々な細工をこらして人をだます、現代でいえば『詐欺師』の意味で使われました。『からくり師』ともいわれました。

現代の感覚でいえば、『能』『狂言』は、格式高い日本の伝統芸能であり、関係者は『人間国宝』に叙せられる方もおられるくらいですから、『狂言師』を『詐欺師』に例えるのは失礼な話です。

『狂言』のストーリーには、確かに『人をだます』内容のものおありますが、それよりも『狂言』という文字表現があたえる印象で、『詐欺師』の意味に転じたのではないでしょうか。江戸の庶民の娯楽は『歌舞伎』『人形浄瑠璃』が中心で、『能』『狂言』は、室町時代から伝統的に武士社会中心に継承されてきました。

『能』『狂言』は、日本の『精神文化』を理解する上で、重要なものと梅爺は感じています。『能』は『ワビ』『サビ』、『狂言』は『諧謔』という『精神世界』の価値観を様式化した日本独特の芸能様式で、日本人の『死生観』『美意識』が色濃く反映しています。

無駄なものを、徹底的に排除して、本質を『型』に凝縮しながら、逆にその『型』の制約の中で、自由奔放な精神の解放を表現しようとする、世界にあまり類を見ない芸能の域に達しています。厳選された『所作』や『言葉』が、非日常の世界を創り上げていながら、実は人間の本質を洞察したものになっています。『茶道』『華道』『和歌、俳句』なども共通した『精神文化』が根底にあります。

この日本の『精神文化』を、感じとれる外国人は多くはいないと思いますが、最近では日本人の多くもこの『精神文化』が疎遠になりつつあります。

しかし、この『精神文化』の一端は、今でも日本人の中に無意識に継承されているように思います。

日本の『精神文化』が、他国より『優れている』と思いあがることは控えるべきですが、私たちの『アイデンテティ(特徴的な個性)』であることを誇りに思い、自らの価値観として堂々と主張すべきです。

『四季が鮮明な豊かな自然環境』『武士の台頭』などが、この『精神文化』を育む土壌になっているように感じます。そしてもっと深くこの事について考えてみたくなります。

もうひとつ梅爺の興味の対象は、『芸能』『娯楽』が昇華して『芸術』の領域に達するプロセスです。『能』『狂言』などが典型です。

人間はなぜ、『世俗的なもの』を『高尚なもの』に変えようとするのかという疑問です。

『高尚なもの』は、庶民の多くにとって疎遠になってしまいますが、人間社会の一部にこれを高く評価する人たちがいて、『芸術』は認められ、継承されていきます。

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2019年9月 9日 (月)

江戸の諺『節季のからくり』

江戸の諺『節季のからくり』の話です。

江戸時代は、盆や暮れといった『節季』に、商売人が、決算をする習わしになっていました。『掛け売り』で対応していた客に、『掛け売り金』の一括支払いを求めることが行われました。

『掛け売り』という形式が、日常的に行われていたことは、日本の文化の一面を表しているような気がします。

その都度、現金で決算する方が、商売人にとっても好都合なことであるはずですが、客の懐具合を斟酌(しんしゃく)し、相手を信用するというリスクを冒して『掛け売り』を容認する風習は、日本人の『人間関係』に対する価値観が反映していると思うからです。この世はお互いの信頼で成り立っている、『お互い様』という考え方が強いということです。

英語で『お互い様』を表現するのは難しいような気がします。『in the same boat(同じ船に乗る:運命共同体)』『face the situation with the same problem(同じ問題を抱えて事に当たる)』などがありますが、少々理屈っぽくてニュアンスも違うように感じます。

『借金が払えない人』にとっては、節季は魔の季節で、トンズラしたり居留守を使ったり病気を装ったりとあの手この手で、取り立てを逃れようとし、一方取り立て側は、心を鬼にして、支払いを迫ることになります。

この様子を『節季のからくり』と表現しているのでしょう。盆暮れを無事に迎えられるかどうかは庶民にとって大変なことであったということです。

『からくり』は、機械じかけの仕組みのことで、江戸時代には『からくり人形』『覗きからくり』などの、見世物がありました。手品の『タネ』も、『からくり』と表現されました。

『節季のからくり』の『からくり』は、借金とりたての裏側で展開する、知恵をこらしたあの手この手の攻防を比喩的に表現したものなのでしょう。

日本語には『節目を付ける』などという表現もあり、過去を清算して、新しい気持ちで、生活を始めるような時に使います。

『心機一転』などという言葉もよく使われます。

人間が生きていく上で、このような『リセット』『再スタート』は、重要な意味を持つように感じます。『新年』『改元』『祭り』などという行事が特別な意味を持つのはそのためでしょう。

何度もブログに書いてきたように、このような『主観的な価値観を他人同士でも共有できる能力』が、人間という生物の大きな特徴です。

この特徴ゆえに、人類は、『宗教』『芸術』をはじめ、『文明』を創りだしてきました。

犬や猫が、節季に『からくり』を弄して、大騒ぎするようなことはありません。

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2019年9月 8日 (日)

江戸の諺『山出し娘』

江戸の諺『山出し娘』の話です。これも諺というより、江戸の世で使われていた『用語(表現)』です。

現代では、田舎や山奥に住んでいても、テレビ・ラジオやインターネットで、最新のニュース、流行や、アナウンサーの標準語等に接することができますから、『田舎住まい』の人も、その気になれば、『洗練された都会人』のように振舞うこともできますが、江戸時代は、『田舎育ち』は、文字通り着ているものや、話し方の『訛り』で、『都会人』には『田舎者』と判別できました。

『山出し娘』は、それを表現したもので、『都会人』の『自分たちの方が垢抜けしている(洗練されている)』という優越感が込められています。

人間の『精神世界』の根底に、『安泰を希求する本能』があり、『他人より自分の方が勝っている』と思うことで、『安泰』を得ようとします。『優越感』はそのようにして生じます。

私たちは、何とかして他人の『あらさがし』をして、『優越感』を満足させるためのネタ探しをします。

『容貌』『体格』『貧富』『出自(出身)』『教育レベル』『言葉づかい』など、ありとあらゆるものが『あらさがし』の対象になります。『相手を蔑むこと』が目的ですから、『あらさがし』の対象は必ず見つかります。根拠があろうが無かろうが、『あら』を必ずでっちあげることになるのが『精神世界』の特徴の一つです。

『格差のない社会を実現』などと政治家は、奇麗事を言いますが、『優越感』が人間の本性に深く根ざしている以上、人間社会から『格差』は無くなりません。

『人種差別』も、『理』ではなく『情(好き嫌い)』が根底にあることが問題を難しくしています。『情』は生物としての原始的な判断基準であり、理屈抜きのものであるからです。

『好き嫌い』という情感が先行し、それを裏付ける『あらさがし』をして、『優越感』を満足させる(格差を確認する)という行為を、私たちは無意識に繰り返しながら生きています。『いじめ』もこれが根底にあります。

梅爺がブログの中で、『トランプ大統領』『プーチン大東証』『習近平国家主席』『金正恩委員長』を、『いかがわしい人物』と表現しているのも、これに類する行為です。

自分の『優越感』は、客観的な根拠を欠く『さもしい』ものだと、恥入り抑制できる人は器の大きな人です。

『理』では理解していても、根拠のない『優越感』を抑制することは、なかなかできません。

梅爺が好々爺(こうこうや)になかなかなれないのはそのためです。

『山出し娘』は、実は『都会の娘』より、健康的で気立てもやさしい娘であるのかもしれません。

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2019年8月24日 (土)

江戸の諺『口でポンポン言う、目の肥えた、手のやせた下手な絵描き』

江戸の諺『口でポンポン言う、目の肥えた、手のやせた下手な絵描き』の話です。諺にしては冗舌すぎますので、本当にこのような表現が江戸時代に流布していたのかどうかは疑問です。

しかし、内容は『滑稽』ですので、つい笑ってしまいましたが、『梅爺さん、あなたのことですよ』ともとれますので、反省もしました。

『頭でっかち』『理屈屋』といわれる人によくありがちなことで、『もっともらしい話をする』『あーだこーだと評論をする』のですが、『それではあなたがやってごらんなさい』といわれると、まるで対応できないというような状況が目に浮かびます。

梅爺も、テレビで『野球』や『サッカー』の試合を観戦することが好きで、『もっと低めに制球しないと、打たれるぞ』とか、『そこは、パスではなく自分でシュートすべきだろう』などと勝手にわめいています。『それでは、お前やってごらん』と言われたら、梅爺は、何もできません。

『客観的に情勢判断する』ことは、『生きる』上で大切なことですが、自分は安全な『観覧席』に身を置いて、現実に対応している他人の行為の是非を論ずることは、本来慎重を要することではないでしょうか。

自分の身に危険が迫っていない時に、『戦争反対』『平和優先』などとは、梅爺も言えますが、理不尽に外国から攻撃を受け、自分の身にも危険がせまった時でも、同じ主張を通せるのかは、はなはだ疑問です。

梅爺は『戦争』を容認しているわけではありません。『戦争』は最後の最後の手段であり、それを避けるためのあらゆる努力をすべきであると思いますが、『戦争反対』と叫べば、『戦争』は避けられるとは考えていません。

『戦争の悲劇』は、人類の最大の悲劇であることは、歴史が物語っています。私たちは、『日本』が『戦争』を余儀なくされる状況を、どうやったら回避できるかを具体的に議論すべきです。

『日本』は世界の中で単独に存在はできませんから、『日本ファースト』などという考え方は危険です。外国から、リスペクトされる国家であることが、最優先事項になります。それは、軍事力や経済力で『覇権』を握ることではなく、『文化』『教育』『倫理観』の高いレベルを示すことです。

日本人は自国の『文化』に誇りを持つと同時に、他国の『異文化』も認める必要があります。そのためには、語学の習得も含め『異文化』を理解する努力が必要になります。

『日本』がそのような民度の高い国家になれば、『戦争』に巻き込まれる可能性は低くなりますが、それでも『日本』を敵視する他国がなくなるわけではありません。

奇麗事なスローガンではなく、本質を理解して、具体的な対応を議論できる国家であってほしいと梅爺は願っています。

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2019年8月23日 (金)

江戸の諺『髷(わげ)が日和見る』

江戸の諺『髷(わげ)が日和(ひより)みる』の話です。

『髷』は江戸では『まげ』ですから、『わげ』は上方の読み方で、したがってこの諺は上方で多く用いられていた表現なのでしょう。

明治維新の文明開化で、『髷』を結う風習は無くなりましたから、現在ではこの表現は使われないような気がします。

『日和』は、もともとは天候の良し悪しのことですが、転じて物事を行うのに『吉日』かどうかも意味するようになりました。更に、『日和見る』は、周囲の情勢が自分にとって都合がよいかどうかを判断して去就を決めるといった、抽象的な行為も意味するようになりました。

『髷が日和見る』は、体の一番上に位置する『髷』が、空や遠くを見渡すのに適しているというニュアンスを表現しているのでしょう。『風見鶏』が屋根のてっぺんにあるのと同じです。

人間の『精神世界』の基盤に『安泰を希求する本能』があるというのが、梅爺の自論ですが、そうであるとすれば、『日和を見る』のは『生きる』ことの基本動作になります。

梅爺は、『天気予報』に関心が薄い性格です。もちろん、台風が直撃するのはいつかなどといったことには関心を払いますが、普段は、こまめに『天気予報』をチェックしたりせず、どんな時でも折り畳み傘を携帯していて、『雨が降ったらさせばよい』と能天気に対応しています。

『天気予報』は、『物質世界』の事象を、科学的に推測した結果で、人工衛星からの雲の写真、膨大な数の観測器具の配置、スーパー・コンピュータによるシミュレーションなどを活用して、一昔前に比べれば、格段に精度の高い『予報』が可能になっています。更に『GPS』の情報と突き合わせて、現在地の『天気予報』を取得することも可能になっています。梅爺は、そのことは承知していますが、所詮『物質世界』の事象は、梅爺の思惑、期待、願いなどとは無関係な『変容』であることも承知していますので、『そのようなことを、思い煩っても仕方ない』という気持ちがどこかにあり、関心が薄いのでしょう。

しかし、テレビでは『天気予報』は繰り返し放映されるところを見ると、多くの人にとって『天気予報』は優先度の高い関心事なのでしょう。

現代では『日和を見る』が、『周囲の情勢で、コロコロ自論を変える』という意味で使われることが多く、『日和見主義者』は、自分の『信念』を持たない、『軽薄な人』として軽蔑の対象になったりします。

『強い信念を保有する』『大義に殉ずる』などということが、『人間』のあるべき姿として説かれることがありますが、梅爺は、『日和を見て、対応を変える』ことは、一方的に『悪いこと』とは思っていません。『信念』や『大義』は、所詮『抽象概念』で、何が『正しい』かを判断する要因にはならないと思うからです。『是々非々』の判断は、その都度自分の責任で行うしかありません。

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2019年8月22日 (木)

江戸の諺『女郎蜘蛛』

江戸の諺『女郎蜘蛛』の話です。これは諺というより、用語ですが、江戸の人たちにとっては、単なる昆虫の『蜘蛛』の一種のことではなく、伝承の妖怪『絡新婦(じょろうぐも)』にまつわる話が念頭にあったのでしょう。おそらく、『手練手管(てれんてくだ)』で男を惑わす『毒婦』のイメージがあったのでしょう。

『蜘蛛』は、昔から洋の東西を問わず、あまりよいキャラクタとして扱われていないような気がします。『タランチュラ』『毒蜘蛛』のような毒を持つ人間にとって危険な存在であったこともあるのでしょうが、巣を網目に張り巡らして、獲物を絡め取るという習性も、陰険な『手練手管』で悪事を謀るという印象を与えたに違いありません。

日本の神話には、『土蜘蛛』なる悪者が登場します。歴史書を編纂したヤマト朝廷に恭順せず刃向かった豪族またはその頭領を指す言葉でしたが、その後の時代では、一般的な『悪者』『妖怪』の意味になり、『能』や『歌舞伎』にも妖怪として登場するようになりました。縄文、弥生時代から、日本人は『蜘蛛』『おろち』などを、『悪役』とみる風習を継承してきたのではないでしょうか。

日本の各地に伝わる妖怪『絡新婦(じょろうぐも)』の話は、その中から生まれたものなのでしょう。美しい女に変身して、男をたぶらかすという『毒婦』のイメージです。

江戸には、幕府が容認する『花街』があり、ここの遊女は『公娼』で、中でも『花魁(おいらん)』は、ヒロインとして君臨していたのは御承知の通りです。

しかし、『岡場所』などと呼ばれる非合法の売春エリアも存在し、それ以外にも『夜鷹』と呼ばれる怪しげな個人営業の娼婦も出没して、客引きを行っていました。

いつの時代にも、『風俗営業』は後を絶たず、表向き『売春禁止法』が成立している現代の日本でも、その状況は変わりません。

人類の最古の職業は『売春婦』と言われていますから、人間社会に付きまとう『闇』の部分で、将来も『闇』はなくなりそうにありません。

江戸の男たちの大半は、『遊女に騙される』ことを承知で、通っていたに違いありませんから、そういった女の側面を『女郎蜘蛛』と表現したのでしょう。

しかし、中には『花魁』の言葉を、真に受ける『まじめな男』もいて、それを主人公にした『落語』もあります。

人間の『精神世界』には、『仏心』と『邪心』が共存していますから、女性の中にも『菩薩のような心』と『夜叉のような心』が共存していることになります。

ある側面を『女郎蜘蛛』と呼ぶからといって、その女性の全人格を否定することにはなりません。

しかし、世の中には、『仏心』や『菩薩の心』をほとんど持たない、『極悪人』が出現します。『精神世界』が個性的であることに由来する、これも人間社会の『闇』の部分です。

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2019年8月21日 (水)

江戸の諺『焼け石に水』

江戸の諺『焼け石に水』の話です。これは現代でもよく使われる表現です。熱く焼けた石に、少しばかりの水をかけても、すぐ蒸発してしまい、石を冷やすことにはならないということから、『その程度の努力や手段では、効果は期待できない』という意味として使われます。

水が、温度によって、『氷』『水』『湯気(蒸気)』に変わることは、古代の人も気づいていたと思いますが、これを『物理学』『熱力学』が、『相転移』として理解したのは、近世以降のことです。

『分子』という概念が確立して、『分子』の集まりが強固な『結晶』となったり、緩やかな相互結合になったり、バラバラになったりすることが判明しました。

この『相転移』には『エントロピーの変化』が付随しますので、これを利用して『エネルギー』を取り出す『蒸気機関』が発明され、『産業革命』の基盤となりました。

江戸の人たちは、『焼け石に水』の現象は理解していましたが、その特徴を利用して、同じ時代のヨーロッパ(英国)で、『蒸気機関』が発明され、『産業革命』が進行しているなどということは知りませんでした。

『黒船』の到来で、『蒸気機関』の威力を知って、幕府や各藩は、『彼我の差』を思い知らされました。佐賀藩は、『蒸気機関車』のミニチュアモデルを輸入し、殿様の前で動かしてみて、人々は仰天したと伝えられています。しかし、好奇心の強い日本人は、すぐに、自分たちで『同じもの』を創ろうとしたとも伝えられています。

明治維新の『文明開化』の象徴のが『蒸気機関車』の導入であったことは、御承知のとおりです。

これは、たった150年前の出来事です。この間、日本は列強に伍する為に『富国強兵』に走り、『戦争』を繰り返して、最後には『核兵器』の攻撃被害を受けることになりました。

更に150年後の『日本』『世界』『人類』は、どのようになっているのかは、想像することも難しいことです。少なくとも、『現状』が続いているとは思えません。

過去の150年間の変化の要因で、最も大きなものは『科学』『技術』です。多分今後150年の変化に、最も大きな影響を及ぼすものは、同じく『科学』『技術』でしょう。

私たちは、最先端の『科学』『技術』の詳細を理解することは、難しいことですが、少なくともその『本質』は、理解する努力が必要です。

『遺伝子操作』『核エネルギーの利用』『ナノ・テクノロジー(物質の分子レベルの捜査)』『量子コンピュータ』『人工知能(アルゴリズム)』などが、『人間』や『人間社会』に及ぼす影響は、『バラ色の未来』ばかりを保証するものではありません。

『人間』が『社会』を維持するための必ずしも必須要因でなくなる(ロボットや人工知能が代行する)可能性がありますから、単なる『ごくつぶし』になり、やがて滅亡へ向かうことにもなりかねません。その時、『愛』『自由』『基本的人権』『正義』などを持ち出してみても『焼け石に水』かもしれません。

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2019年8月20日 (火)

江戸の諺『三十の尻くくり』

江戸の諺『三十の尻くくり』の話です。

三十歳にもなれば、思慮も定まり、堅実な生活を営むようになるという意味です。これで思い出すのは、『論語』で『孔子』が語った人生の節目の話です。読み下し文は以下です。

子曰く、
吾れ十有五にして学に志ざす。
三十にして立つ。
四十にして惑わず。
五十にして天命を知る。
六十にして耳従う。
七十にして心の欲する所に従って、矩を踰えず。

現代文へ訳すと以下のようになります。

孔子が云う、
「私は十五才で(学問の道に入ろうと)決めた。
三十才で(学問に対する自分なりの基礎)を確立した。
四十才で戸惑うことがなくなった。
五十才で天命を悟った。
六十で何を聞いても動じなくなった。
七十になってからは、心のおもむくままに行動しても、道理に違うことがなくなった」と。

梅爺は自分の人生を振り返ってみると、とても『孔子』のように順調に節目をクリアしてきたとは言えませんから、『畏れ入りました』というほかありません。

80歳に近くなって、確かに『心のおもむくままに行動』していますが、とても『道理に違うことはなくなった』などとは言えません。

60歳の半ばからブログを書き始め、世の中の事象は、『物質世界(自然界)』と『精神世界(心)』に区分けして、各々の世界の特徴に照らして観ると、たいていのことは納得できる説明ができることに気づきました。

しかし、『孔子』は30歳にして、既に『学問の基礎を確立した』ということですから、雲泥の差です。

もし、梅爺が30歳の時に、『物質世界』『精神世界』の規範で世の中の事象を観ることに気づいていたら、梅爺の人生は大きく異なったものになっていたでしょう。

しかし、30歳の頃は、『物質世界』に関する人類の『科学知識』のレベルは、10年前のレベルには程遠いものでしたので、梅爺もそれを知るすべがなく、多分『物質世界』『精神世界』の規範で世の中の事象を観る方法論は見いだせなかったでしょう。

『三十の尻くくり』は、『そうありたい』と考えたくなることですが、最近の事件のニュースなどをみていると、とても30歳で『思慮分別』が身についているとは言えない人たちの話ばかりです。

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