2019年6月17日 (月)

ジョン・グリシャムの小説『The Racketeer』(4)

『The Racketeer』という小説を読み始めて、読者が最初に抱く興味は、5年間刑務所に服役中の主人公が、何故外の世界で起きた『殺人・強盗事件』の詳細(犯人、犯行動機、実際の犯行内容、犯行時期など)を知り得たのであろうかということです。
いわば古典的探偵小説や推理小説の定番である『密室殺人事件』の逆で、密室(刑務所)に身を置く主人公が、外の世界の『事件』の詳細を知っているのは何故かという興味です。
作者の『ジョン・グリシャム』は、まず、これらに読者が納得する『筋書き』を提示し、読者は『なるほど、そうか』と読み進むと、実はその『筋書き』は『騙し』であることが判明し、何故『騙す』のかと次なる疑問を読者が抱くと、新しい『筋書き』が提示され、やがてそれも『騙し』であると判明するといった、『ドンデンガエシ』の連続が、この小説の面白いところです。
主人公が繰り出すこれらの『騙し(ワナ)』に、FBIも読者同様に翻弄され、主人公の思う壺に話は展開していきます。
当然『外の世界』に共犯者や共犯者たちが必要になりますが、この小説では、主人公と共犯者たちとの関係が実に絶妙な設定で、共犯者の一部は最初は主人公の『敵』と思わせて登場したりします。これも、物語の進行の中で、『ドンデンガエシ』になります。
FBIとの『司法取引』で、別人となって刑務所を出所した主人公は、共犯者たちと次々に『ワナ』をしかけ、FBIが解決できなかった『連邦判事強盗殺人事件』の真相を暴き、殺人犯を証拠とともにFBIへ引き渡すと同時に、殺人犯が隠し持っていた『金の延べ棒』をちゃっかり着服してしまいます。
普段は権威や権謀術数を振りまわすFBIや連邦司法機構が、主人公や共犯者たちから、翻弄され『こけにされる』物語の展開に、アメリカの読者は『判官びいき』で喝采を送ることになるのでしょう。手段はともあれ、これも『アメリカン・ドリーム』の一種なのかもしれません。
英語で『難しい本』を読むのも、ボケ防止になりますが、時折この様な面白い『娯楽小説』を読むのは息抜きになります。、

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2019年6月16日 (日)

ジョン・グリシャムの小説『The Racketeer』(3)

この小説は、一介の無名の弁護士が『正義』をかざして国家権力の不正を暴くといった、ありきたりの勧善懲悪の物語ではありません。自分の罪を免除してもらうための後ろめたい『司法取引』や、司法や警察が、法的に訴追できないスレスレの『灰色な行為』を見事に駆使して、『刑の免除』『別の人物(自由人)への変身』『巨万の富』を手に入れるという、破天荒な物語です。
最後の最後で、大ドンデンガエシがあり、すべてが水泡に帰して、主人公は再び刑務所へ逆戻りするのかもしれないと、予測しながら読みましたが、主人公にとって『ハッピーエンド』が待ち構えていて、『ヤレヤレ』と安堵しました。
読者は、『怪盗ルパン』や『鼠小僧次郎吉』の話を読むような気持で、『憎めない悪党』が展開する痛快さを共有しながら読むからでしょう。作者は読者の『判官びいき』の心理を熟知しています。
この本の『あとがき』で、著者の『ジョン・グリシャム』は、すべてがフィクションであり、モデルとなった事件や人物は一切ないと述べています。しかし、この破天荒な物語に、物語としての整合性をあたえるために、大変苦労したことも告白しています。法律に関する豊富な知識や、過去の判例の内容を熟知していなければ、物語の構成は思いつきませんが、それでも苦労したというのがホンネなのでしょう。あらゆる因果関係に矛盾がないような入念な配慮がなされていることは確かですが、あまりに『できすぎ』の感があり、『現実はこうはいかないだろう』と梅爺は思いながら読みました。しかし、『娯楽小説』と割り切れば、飛びきり面白い作品です。
『ジョン・グリシャム』は、多作の小説家で、出版したほとんどの小説がベストセラーになり、多くは『ハリウッド』で映画化されていますから、著作権や版権で多大な収入を得ているはずです。『ストーリー・テリング』に秀でた才能の持ち主で、『アメリカン・ドリーム』の実現者の一人です。この『The Racketeer』という小説も、『ハリウッド』が飛びつきそうな作品です。
著者がいくら『これはフィクションです』と主張しても、アメリカの読者は、『このようなことが起きても不思議ではない』と感じながら読むはずですから。梅爺のような日本人の読者は、『アメリカ社会』の現実を、この小説からうかがい知ることになります。
この小説では、殺された連邦判事が、自らの裁判の被告である大企業(環境汚染で住民から訴えられている)から、『闇ルートで流通する裏金工作用の金の延べ棒』を賄賂として受け取っていたことが、明らかになります。
日本に例えれば『最高裁判事』が、係争中の大会社から、『賄賂』を受け取っていたという話ですから、日本の作家は、そのようなプロットの設定に二の足を踏むのではないでしょうか。アメリカの小説や映画は、『大統領の不正』や『政府要人の不正』を平気で、物語に組み込みます。勿論、一方で『大統領』を『ヒーロー』として描いたりもします。この様に『架空の人物』とはいえ、権力者は『悪を働いても不思議ではない』と抵抗なく受け止める国民の『価値観』は、日本人から観るとやや異文化に感じます。もっとも日本の若い人たちの『価値観』は、アメリカのようになりつつあるのかもしれません。

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2019年6月15日 (土)

ジョン・グリシャムの小説『The Racketeer』(2)

この小説で、主人公が利用するのが『司法取引』です。『国家権力』に重大な事実を告げ、関連する裁判で『国家権力』に有利な証言をするなどの取引条件で、罪人が自分の罪を軽減、または無効にしてもらうのが『司法取引』です。
日本にも『司法取引』がありますが、アメリカのそれは、『そこまでやるか』と云いたくなるほど徹底しています。重大な裁判で『国家権力』に都合の良い証言をすれば、被告がギャングや悪党一味であったりすれば、彼らから命を狙われることになりますので、証言する際には被告から顔が見えないような遮蔽が施されて、声も電子装置で変えて証言台に立つことになります。それでも悪党一味は、証言者が裏切り者の誰であるかは見当がつきますから、命が狙われることには変わりがありません。
この『証言者』を保護する為に、『国家権力』は、『証言者』を全く新しい別人物に仕立てることを支援します。『別の名前』『別の(仮想の)履歴』『別の社会保障ナンバー』『別のパスポート』『別のクレジットカード』『別の運転免許証』などが賦与され、『証言者』が望む場所への移住、就職なども斡旋します。当座の生活資金も賦与され、望むなら『整形手術』で容貌も会えることができます。日本の『司法取引』にはこのような徹底した『保護プログラム』はありません。
FBIは、この『保護プログラム』は完ぺきで、『証言者』の安全は保障されると主張しますが、現実には、『証言者』がギャングなどに暗殺されてしまうケースがないわけではありません。『国家権力』側から秘密が漏えいしてしまうためで、アメリカ社会の闇がそこにあります。
刑期の半分である5年間が経過した時、主人公とは一見かかわりがないように見える『強盗殺人事件』が刑務所の外で起こります。被害者は連邦判事の要職にあった人で、人里離れた被害者の別荘で、秘書で愛人の女性と密かに週末を過ごしていたところを強盗に襲われ、二人は無罪に殺害されると同時に、地下にあった金庫の中身が奪われます。この金庫の中身は、物語の後半で、闇ルートで流通する『金の延べ棒』であることが判明します。鋳造者が誰であるか分からない裏金工作用の『金の延べ棒』で、何故これを連邦判事が保有していたのか、それを強盗殺人犯は何故知っていたのかが、物語のカギをにぎることになります。
国家司法機構の要職にあった人物が殺されたとあって、メディアはこの事件を大々的に報じます。FBIや警察は、威信にかけて犯人を捕らえようとしますが、何一つ手掛か見つからず、窮地に追い込まれます。
この時、主人公は、『私は、この事件の犯人が誰で、犯行動機も知っている』と主張し、この情報提供で『司法取引』をしたいと申し出ます。つまり、刑を免除してもらい、自由人として出所したいと願い出たことになります。ここから、主人公と司法機構、FBIの間の虚々実々のやりとりが始まり、読者も『一体どうなるのだろう』と興味に駆られて読み続けることになります。

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2019年6月14日 (金)

ジョン・グリシャムの小説『The Racketeer』(1)

アメリカの人気小説家『ジョン・グリシャム(John Grisham)』の小説『Racketeer』を、アマゾンの電子書籍リーダー『Kindle』にダウンロード(英文)して読みました。『ジョン・グリシャム』は、日本で云えば『松本清張』のような作風で、アメリカ社会の問題を推理小説仕立てで作品にしています。自身も弁護士であったことから、弁護士を主人公にした法廷を舞台とする作品が多いのも特徴です。今まで読んだ作品の感想は『梅爺閑話』に記載してきました。カテゴリー『ジョン・グリシャム』で検索できます。
日本とアメリカの裁判システムの違いを、梅爺は『ジャン・グリシャム』の小説を読むことで学ぶことができました。
『Racketeer』は、英語では『不正な方法で金儲けをする人』の意味ですが、日本での翻訳本は『脅迫者』という表題で売られているようです。脅迫で金を奪うことは『Racketeer』の一つの行為ではありますが、『脅迫者』は『Intimidator』が一般的な表現です。
『Racketeer』の主人公は、アメリカ南部の小さな町で、弁護士事務所の共同経営者であった黒人の中年弁護士がです。大学時代の友人の口車に乗せられて、ワシントンの悪徳ロビイストの『マネー・ロンダリング』に結果的に加担することになってしまい、FBIの追求を受けて、裁判で10年の実刑判決を受けて、刑務所へ送られてしまいます。
これで、家庭は崩壊し、妻とは離婚、一人息子も妻に引き取られ、父親が刑務所へ面会にくるだけの、孤独な人生を突然強いられることになりました。主人公は、大学時代の友人や悪徳ロビイストに『騙された被害者』であって、犯罪の『加害者』ではないという意識が強く、FBIをはじめとする国家権力に対して復讐心を募らせます。
しかし、現実にはなすすべもなく、刑期の半分が経過します。読者は、『国家権力』に対して『弱者』である主人公に心情的に同情しながら、読み進むことになりますが、刑期の5年が過ぎたところから、物語は意外な展開を始めます。
推理小説の筋書きを、詳細に明かすことは、ルール違反ですし、これからこの小説を読まれる方の興をそぐことになりますから避けますが、この小説は主人公が『国家権力』に対して見事な『復讐』を果たして、『メデタシ、メデタシ』で終わります。主人公に心情的な共感を覚えていた読者も一緒に溜飲を下げることになります。
主人公と『国家権力』が、狸と狐のような化かし合いを展開しますが、主人公の仕掛けた精緻な『ワナ』が次々に功を奏し、結果として主人公は、『国家権力』から訴追されない『自由人』になります。
よくできたストーリーであるが故に、本当にこんなにうまくいくのかと疑いたくなるところもありますが、娯楽小説と割り切れば、面白い作品です。

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2016年11月25日 (金)

ジョン・グリシャムの小説『Gray Mountain』(6)

『ドノバン』が、生前に『炭鉱会社』から盗み出した極秘資料は、『ドノバン』『ジェフ』兄弟だけが知る、『Gray Mountain』の一角にある秘密の洞窟に保管されていて、これを『炭鉱会社』から盗難事件として捜査依頼されたFBIの追求をかわして、『企業訴訟』をてがける『法律事務所』の手元へ送り届けることができるかどうかが、スリリングな物語として展開します。

この輸送が成功したところで、この小説は終わっています。

読者が想像できることは、極秘資料が『盗み出された』ことでは『ドノバン』は訴追対象になりますが、『極秘資料』の内容が企業訴追裁判で明るみに出ることで、『炭鉱会社』は莫大な賠償金を支払うことになるだろうということです。

『極秘資料』は、『炭鉱会社』が、有害物質を垂れ流し、それが住民の健康を損ねていることを『知っていた』ことを暴露することになるからです。

『ジェフ』は『ドノバン』が残した『法律事務所』を『サマンサ』が継承してくれないかと望みますが、『サマンサ』は断ります。

『サマンサ』は、大企業を相手取って多額の賠償金を勝ち取るというような営利目的に近い『訴訟』よりも、貧しい人達が弁護士を雇えないために苦境に立たされている日常の出来事をサポートすることに、力を注ごうと決意をします。

『NPO』からは、年収4万ドルの給与提示があり、これを受諾します。ニューヨークの『大規模法律事務所』で働いていた時の年収の1/10ですが、『自分を必要としている人達』のために『働く』ことに生きがいを見出したことになります。

『リーマン・ショック』がなければ、『サマンサ』の人生は、『立身出世』を目指した全く異なったものになっていたかもしれません。

『外部環境の変化』と『自分の意志』の組み合わせで、人生は展開していきます。『災い転じて福となす』こともあれば、『副故に身を滅ぼす』こともあるということでしょう。

小説は、読者が観客席から主人公の人生を眺めることができる、安全な娯楽です。共感することがあっても、自分もその様に振る舞えるかどうかは別の話です。

梅爺も、大会社のサラリーマンとして定年を迎えましたから、本当に『自分らしい人生を送ったのか』と問われれば、答に窮します。しかし、自分にとっても、家族にとってもその選択が『マチガイ』であったとも思っていません。分相応に生きるというのも、一つの選択ではないでしょうか。

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2016年11月24日 (木)

ジョン・グリシャムの小説『Gray Mountain』(5)

『サマンサ』は、バージニア州の小さな町『Brady』のNPO『Legal Aid Clinic』で『インターン(無給弁護士見習い)』として働き始めます。

『Legal Aid Clinic』の責任者は、『マティ』という中年の女性弁護士で、彼女の甥の『ドノバン』も弁護士で『Brady』に独立した法律事務所を構えています。『ドノバン』は、この地方の経済を握っている『石炭炭鉱会社』のあくどい行為を摘発し、裁判で争うことに情熱を傾けています。

『サマンサ』は『ドノバン』に好意を抱きますが、あくどい『石炭炭鉱会社』と渡り合うために、こちらも『法』に触れることを辞さないという『ドノバン』の対応方法には違和感を感じます。

『ドノバン』は、『石炭炭鉱会社』が雇った嫌がらせをするやくざ者たちに付きまとわれ、護身のためにピストルやライフルを身の周りに置いています。電話や携帯電話も傍聴されていいると感じています。

『ドノバン』が、このように『石炭炭鉱会社』に敵愾心(てきがいしん)を抱くのは、幼いころの居住地『Gray Mountain』が、『石炭炭鉱会社』に不当な条件で買収され、山の頂上部がはぎ取られた、『露天掘り』の現場になってしまったという過去があるからです。

両親は、所有地『Gray ountain』を売り渡すかどうかで諍(いさか)いになり、母親は自殺してしまいます。父親もこの地を離れ、今は『ドノバン』とも疎遠になってしまっています。

露天掘りの結果、自然の景観が破壊されたばかりではなく、渓谷は土砂で埋められ、ときおり土砂崩れがおきて、下方の住民の命を脅かすことになります。掘り出された『石炭』を洗浄した水も垂れ流しにされ、渓谷に堰きとめられた『有毒物質』をふくむ汚染沼が出現し、やがて地下水も汚染され、住民の健康を害する要因に発展していきます。

この地方の経済が『石炭炭鉱会社』に依存しているため、住民は泣き寝入りをせざるをえないことと、例え訴訟に持ち込んでも、『大法律事務所』のお抱え弁護士たちの庇護のもとに、『石炭炭鉱会社』は『無罪』になってしまうケースがほとんどという状況になっています。

『ドノバン』は、これに立ち向かう『一匹狼』でしたが、突然『自家用機セスナ』が操縦不能になり、墜落して死んでしまいます。背景に『石炭炭鉱会社』の陰謀をあるのではと、『ドノバン』の弟『ジェフ』が究明に立ち上がります。『ジェフ』は弁護士資格を持ちませんが、兄の遺志をついで、『石炭炭鉱会社』の不正を暴くことを始めます。

『ジェフ』に同情する『サマンサ』は、『ジェフ』の行動に巻き込まれ、やがて二人は恋仲になっていきます。

『ジェフ』の復讐には、『ドノバン』が生前『石炭炭鉱会社』から盗み出した機密書類、これを盗難事件として捜査する『FBI』、『ジェフ』の復讐を利用して一儲けしようとする企業訴訟を専門にする法律事務所などがからみ、物語は佳境に入っていきます。

あらゆるエピソードが、『現実味』をもって描写されているのは、『ジョン・グリシャム』の力量です。

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2016年11月23日 (水)

ジョン・グリシャムの小説『Gray Mountain』(4)

『リーマン・ショック』のために、ニューヨークの巨大法律事務所から、『一時解雇』を通告された主人公の『サマンサ』は、1年間程度様子を見るために、『インターン』として法務経験をつめるどこかの法律事務所を探して当面の職を得ようとします。『インターン』は無給ですが、その間の生活は手持ちの貯蓄でしのぐ覚悟をします。

『インターン』を受け容れてくれそうな法律事務所の候補リストを、巨大法律事務所から紹介してもらい、片っぱしから連絡しますがいずれも体よく断られますが、ようやく最後に、バージニア州のBradyという人口2200人の町の『Legal Aid Clinic』というNPOから、『面接』したいとの回答がありました。

『Legal Aid Clinic』は、弁護士を雇えない貧しい人達の、法律問題をボランティアで対応する組織ですので、営業目的の『法律事務所』とは、仕事の内容は似ています。当然弁護士資格をもった人を必要とします。

『面接』を受けるために『サマンサ』は、ニューヨークから車でバージニア州Bradyをめざします。途中、ワシントンDCに立ち寄り、離婚している両親に別々に会って、『一時解雇』や『インターン応募』について話します。

母親は、早期に巨大法律事務所への復職を目指すように助言し、父親は、自分が経営参加している法律事務所で働くように薦めます。

大都会『ニューヨーク』と田舎町『Brady』の対比、営利目的の『巨大法律事務所』と田舎町の『NPO組織』の対比、という巧みな設定で、『ジョン・グリシャム』は、『人は何を生きがいとすべきか』というテーマを掘り下げていきます。

大都会での快適な生活、大法律事務所での出世、高額所得にあこがれていた『サマンサ』が、田舎町で貧しい人達に触れ、その人達が『サマンサ』だけを頼りに懸命に生きようとしている様子を知って、この地でやっていこうと考え方が変っていく様子を、この小説は見事に表現しています。

『大都会』『大法律事務所』は『悪』、『田舎町』『NPO』は『善』といった、単純な比較ではなく、人間の欲望にも理解を示しながら、それでも最後にどちらを選ぶのかといった、心が揺れ動く様が描かれています。

多くのアメリカ人読者は、『サマンサ』に心情的には賛同しながら、自分は『大都会の快適』『大企業での立身出世』を選択しているのではないでしょうか。そのようなことも『ジョン・グリシャム』は、先刻お見通しなのでしょう。

アメリカは、『ひどい国』で『素晴らしい国』であると前にも書きましたが、『営利目的の悪徳企業』は『ひどい国』、貧しい人達のための献身的な『NPO』は『素晴らしい国』の側面です。

この小説は、アメリカの両面を描いているということになります。

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2016年11月22日 (火)

ジョン・グリシャムの小説『Gray Mountain』(3)

この小説の主人公は、『サマンサ・コーファー』という弁護士資格を持つ若い女性です。『ロー・スクール』を優秀な成績で卒業し、ニューヨークの巨大法律事務所に就職して、『不動産担当部門』でのキャリアが数年あります。

巨大法律事務所は、2000人もの従業員を抱える大組織で、『大企業』『大金融機関』『大不動産業』などの、『訴訟』事項を一手に引き受けています。いかにもアメリカを象徴するビジネス形態です。

巨大法律事務所は、『パートナー』と呼ばれれる幹部社員(弁護士)を頂点に、『アソシエート』と呼ばれる中間社員(弁護士)、『パラ・リーガル』と呼ばれる補佐事務員、それに秘書などの一般事務員で構成されています。『サマンサ』は『アソシエート』です。

巨大法律事務所の『パートナー』『アソシエート』の年収規模は、それぞれ1億円規模、3~5千万円規模と高級で、就業時間単位で、経費を契約企業へ請求するしくみになっています。したがって、週に100時間以上働くことが求められ、早朝から深夜まで働くことが当たり前になっています。

主人公の『サマンサ』は、『不動産関係の訴訟』に対応する、資料分析、資料作成を朝から晩までオフィス勤務でやっていますから、弁護士といっても、実際の法廷に立ったことは一度もありません。

『サマンサ』の両親は、7年前に離婚していて、母親はワシントンの法務省に務める弁護士資格を持った公務員、父親は『航空機事故』があった時に、航空会社を訴えて高額な補償金を獲得するための専門法律事務所のコンサルタントです。父親も元は『航空機事故』専門の弁護士でしたが、やり過ぎで法に触れ、弁護士資格をはく奪され、数年刑務所に服役していました。服役後も知識、経験を買われて法律事務所のコンサルタントとして経営者に復帰しています。をこの事件があって両親は離婚しました。

このような家庭の事情があって、『サマンサ』は『法廷弁護士』にはなりたくないという思いを持っています。

2008年の『リーマン・ショック』で、巨大法律事務所は、突然経営困難になり、『サマンサ』はある日突然『人員削減』の対象であることを告げられます。『解雇』ではなく、数年後に景気回復した時に『再就業』の可能性を示唆した内容が告げられました。

いつかは『パートナー』になろうという野望を持っていた『サマンサ』はショックを受けますが、当面自分で身の振り方を考えなければならない状況になりました。

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2016年11月21日 (月)

ジョン・グリシャムの小説『Gray Mountain』(2)

アメリカは歴史が浅い国であるが故に、近世の文明レベルに達していた人類が、『新世界』に『新国家』を建国するプロセスを、記録資料などを利用して検証することができる特徴を有しています。ある種の文明レベルを獲得している人間たちが、どのような人間社会を創っていくのかを省みることは興味深いことです。

ヨーロッパ各国からの白人移民を中心に、先住民のネイティブ・アメリカン、アフリカから連れて来られた黒人奴隷、中南米から労働力として流入したヒスパニック系の人種、貧しいアジアからの移民などが入り混じって、『人工的な多民族国家』ともいえる国家が創られていきました。

イギリスの宗教的な迫害から逃れてきた清教徒(ピルグリム・ファザース)が、最初の主役であったことから、『国語』は『英語』になりましたが、当初のアメリカはいかにしてイギリスの支配から独立するかで四苦八苦しました。

一方ヨーロッパへの郷愁もあり、アメリカで成功した人達は、ヨーロッパの貴族社会を模したような上流社会を構成したりもしました。

『合衆国』の国家形式が確立したのは、『南北戦争』で北軍が勝利したからで、もし南軍が勝利していれば、現在のアメリカの国家形態は、全く違ったものになっていたでしょう。

『南北戦争』は、リンカーンの『奴隷解放』のための戦争のように、学校で教わりましたが、リンカーンの本当の懸念事項は、『合衆国体制から離脱しようとする州を阻止すること』『イギリスの支配を排除すること』で、『奴隷解放』が主目的ではありませんでした。その証拠にリンカーンは、『奴隷制を認める』ことも政治取引の材料としてちらつかせています。

リンカーンは優れた人物であったことは間違いありませんが、『暗殺された最初の大統領』として、『高潔で何もかも立派な大統領』という伝説的なイメージがその後確立したものと思います。

『法』の概念を保有する人達が、新国家を建国しましたから、当然『憲法』『法』が社会の基盤として重要な意味を持ちました。既存の『王朝』、身分制度などはありませんから、『民主主義』『大統領制度』などの採用は当然のこととも言えます。

アメリカが、『個人の能力』を尊重し、『法(約束事)や契約』を重視する傾向が強い国家である背景は、歴史にあります。

その結果、社会のもめごとは全てと言ってよいほどに『訴訟事』になりますから、弁護士だらけの国になっています。日本の弁護士の数が3万人であるのに対し、アメリカの弁護士の数は127万人です。いくら国家規模が異なるからとはいえ、この40倍の違いは、日本の常識では異常に見えます。

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2016年11月20日 (日)

ジョン・グリシャムの小説『Gray Mountain』(1)

アメリカの小説家『ジョン・グリシャム』の小説『Gray Mountain(灰色の山)』を英語版ペーパーバックで読みました。 

『ジョン・グリシャム』は、多作ながら出版する度に必ず『ベスト・セラー』になる、現代アメリカの人気作家の一人です。 

梅爺は、処女作『Time to Kill』を読んでファンになり、その後、新作が発表される度に、ほとんど購入して読んできました。 

『梅爺閑話』にも、いくつかの作品の感想を掲載してきました。(カテゴリー『ジョン・グリシャム』で検索できます) 

『ジョン・グリシャム』の小説の多くは、アメリカ社会の影の部分をテーマとして取り上げ、『プロット(筋書き設定)』『情景描写』『人物描写』が秀逸で、文字通り読者をつかんで離しません。日本風に云えば『社会派の作家』ということになります。『ジョン・グリシャム』は、もと弁護士であったことから、『法廷』の場面が多く登場します。お陰で梅爺もアメリカの『陪審員制度』の知識が増えました。 

主人公も『ごく平均的なアメリカ人』であるために読者も感情移入しやすいことが『ベストセラー』となるのでしょう。 

読んでいて、状況や人物の性格、行為に関して『そのようなことが本当にあるの?』『いくらなんでも偶然過ぎない?』というような『不自然さ』を感じません。英語の表現も気取りがなく比較的平易です。

一言で云えば、人間や人間社会への洞察が的確で、それを表現する優れた能力の持ち主であるということになります。アメリカは、『素晴らしい国』であり『ひどい国』であもあるという極端な両面をもっていますが、このようなプロの作家を輩出するポテンシャルはさすがです。

梅爺は、日本の流行作家の作品と比較する能力を持ち合わせていませんが、『ジョン・グリシャム』レベルの作家を日本で探すのは易しくはないように感じます。

『Gray Mountasin(灰色の山)』というタイトルは、バージニア州のアパラチア山系の中に実在する山の固有名詞からの流用です。アパラチア山系は、アメリカ有数の石炭炭鉱地帯で、今でも多くの石炭採掘企業が事業を行っています。

採掘が続いている時はにぎやかであった所が、採掘が終わるとさびれた町になるという盛衰が激しい所があり、アパラチア山系に近いウェスト・バージニア州は、全米の中でも貧しい州に属します。

安い労働賃金で人が雇えるというので、『IT関連の入力作業』を専門に行う企業が進出し、梅爺も仕事の現役時代に、この地方の実状視察に出かけた思い出があります。

石炭を効率よく『露天掘り』にするために、山の頂部をそっくりはぎ取る工法が採用され、これが『自然破壊』『環境汚染』を引き起こして、労働者や地元住民を苦しめる結果になっています。

この小説は、横暴な大企業の振舞いに立ち向かう、弁護士や庶民の闘いを題材にしています。アメリカの『ひどい部分』が描かれています。

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