2018年12月10日 (月)

梅爺創作落語『極楽詣で』(12)

(ご隠居)『それでも八っつぁんが観てきた極楽の周囲の様子は、和尚の話とそれほど違いませんな。暑くも寒くもなく、色とりどりの花が咲き乱れ、香(かぐわ)しい香りが漂い、天女の楽の音がどこからか聞こえてくるといったところは、和尚の話とそっくりじゃありませんか』
(八五郎)『そういわれればそうですな。でも又兵衛さんにも言ったとおり、あっしはあんな何も変化がないところに3日もいたら、飽き飽きして逃げ出したくなるというのがホンネですな』
(ご隠居)『でも極楽の霊者は、その何も変化がないことこそ心の安らぎと受け取って満足しておられるなら、それでいいんじゃないのかい』
(八五郎)『とにかく分かったことは、この世とあの世は全くの別の世界であるということですな。この世で通用する考え方、感じ方の尺度は、あの世には持ち込めないと覚悟する必要がありますな。とにかく誰も死ねば極楽へいけるのですから、そこへ行ったら郷に従えばよいという、それだけのことですな。それよりも、人がこの世にある時の生き方について述べられたお釈迦様の教えにもっと耳を傾けるべきではないんでしょうかな。極楽で阿弥陀如来様から聞いた話では、お釈迦様の本当の関心は、何故人が生きることはとは苦しいことを伴うのかといったことで、そのために煩悩の解脱という境地に至ったということでした。あっしはそれを聞いて目からうろこが落ちました。死後の救いではなく、生きている時の救いをお考えになったということですからな。あっしらにとってはまず生きる方が死ぬことより先決でござんしょ』
(ご隠居)『なにやら極楽を観てきて、八っつぁん、一段と賢くおなりだねぇ』
(八五郎)『聞いていたことと、実際に観たことが大きく違っている時、聞いて極楽観て地獄、何ぞといいますが、極楽は観ても聞いても極楽でしたな。地獄なんぞはないと分かれば一層すっきりしますなぁ』
(ご隠居)『そういった事情を知らない檀家の人たちは、地獄へ落ちることから免れようと、お布施を包む紙があと何枚必要なのだろうと、そんなことばかり気にして生きているんですな』
(八五郎)『それで、檀家の衆たちは、御本尊の前で、ナンマイダ、ナンマイダ(何枚だ:南無阿弥陀仏)とお伺いを立てているわけですな』

お後がよろしいようで。

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2018年12月 9日 (日)

梅爺創作落語『極楽詣で』(11)

(八五郎)『この話を万福寺の和尚にすべきでござんしょうかね』
(ご隠居)『極楽の阿弥陀如来様のご希望では、八っつぁんに、この世で本当の話を広めてほしいということでしたな』
(八五郎)『へぃ、安請け合いしてしまい後悔しているんですよ』
(ご隠居)『これはあくまでも私の了見ですが、和尚に話しても、全く聞く耳を持たんでしょうな。少なくとも、今すぐ話をするのはやめた方がよかろうのぉ』
(八五郎)『あの和尚は石頭ですからな』
(ご隠居)『いや、石頭というよりは、人間というものは誰でも一度思い込んだことを変えることは難しいもんですよ。特に和尚は、若い時からの修行で、仏のこと、極楽、地獄なんぞといったあの世のことを沢山学び、頭へ叩き込んできましたから、その考え方は、ちょっとやそっとでは変わらんfでしょうなぁ』
(八五郎)『あっしも、それがちょいと気になっていたんですよ』
(ご隠居)『とりあえず極楽があることがわかったのは良いとして、地獄はない、如来、菩薩、明王、天部などは、お釈迦様の教えとは関係がない、などと聞いたら、腰を抜かすというより、大いに立腹するんじゃありませんか』
(八五郎)『あっしの観てきた極楽は、人は死ねば誰でも行けるところでしたから、こんなことが分かっちまったら、地獄へ落ちる恐れを誰も抱かなくなり、お寺へお布施を届けること人も減って、和尚としてはおまんまの食いっぱぱぐりになっちまいますからな』
(ご隠居)『地獄へ落ちたくなかったら、この世で功徳を積め、つまりお布施を払えというのが和尚の決まり文句ですから、たしかに地獄がないというのは、和尚には困ったことになりますな。ただ、お前さんの話によると、先祖を供養することは大切で、それがないとあの世の霊者が、盆に里帰りできないということでしたから、先祖の供養には和尚が必要かもしれませんな』
(八五郎)『しかしよく考えてみると、この世の人たちが、先祖を供養しなくなったりして、誰の頭にも先祖の思い出がなくなってしまったら、あの世の霊者は誰も里帰りできなくなり、この世とあの世の関係は全く途絶えることになりませんかなぁ』
(ご隠居)『でも、八っつぁんのところへ現れた又兵衛さんは、お前さんの遠い祖先で、お前さんの思い出にはないお人じゃないのかい』
(八五郎)『そう云われればそうですな。まあ、身内や知り合いで先に死んだ者があるなら、その人の思い出が生きてる人の頭にある限り、とにかく供養しろということですな。極楽では霊者同士の関係は皆心得ているようですから、先祖の関係をたどって、遠い先祖も里帰りできるということですな』

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2018年12月 8日 (土)

梅爺創作落語『極楽詣で』(10)

(八五郎)『それじゃ、又兵衛さん、そろそろこの世に帰るとするかね。どうすればいいんだい』
(又兵衛)『先ほどの、現世の渕を見下ろす崖の上の野原へ移りましょう。はい到着しました』
(八五郎)『極楽じゃ、どこへ行くにも瞬(またた)く間だね。ここで何をすればいいんだい』
(又兵衛)『八五郎さん、お独りで、崖の縁(ふち)へ行って、下の縁の渦へ思い切って飛び込んでください』
(八五郎)『下の渦までは2間もありそうで、ちょいと足がすくんじまうな。それにあっしは自慢じゃねーが泳ぎは得意じゃねーんだよ。こんなところで溺れて土左衛門になりたくはねーな』
(又兵衛)『極楽では、死ぬというようなことはありません。大丈夫ですから思い切って飛び込んでください』
(八五郎)『お前さんも薄情だね。そんな離れたところにいないで、こちらへ来て一緒に飛び込んでおくれよ。一人じゃ心細くていけねーよ』
(又兵衛)『それではまた私もこの世へもどってしまい、堂々巡りになるって八五郎さんご自身で言っていたではありませんか。目をつぶりこの世へ戻ることを念じながら飛び込んでください』

(八五郎)『ご隠居さん、これがあっしが極楽へ行ってきた経緯(いきさつ)です』
(ご隠居)『するってぃと、お前さん現世の縁の渦へ飛び込んだのかい』
(八五郎)『もうやぶれかぶれで飛び込んだんでございますが、気がつくと、濡れも何もせずに仏壇の前に座っておりました。あっしにとっては極楽は一刻ほどの時間のつもりでしたが、長屋の外に出ると、出会う皆が、八っつぁん3日(みっか)ほど見掛けなかったけど、どこへ行っていたんだいと、ご隠居と同じことをきくもんですから、この世と極楽じゃ時間の進みが違うんじゃないかと初めて気づきました』
(ご隠居)『それで、早速太郎兵衛さんの所へ行って、お雪さんを嫁にほしいと頼んでみたのかい』
(八五郎)『へぃ、どうも驚いたことに、極楽のおっかさんの言っていたことがその通りで、とんとん拍子に縁談がまとまりました』
(ご隠居)『それは、おめでたい話で何よりですな。それにこれでお前さんが極楽へいってきたのは、夢や作り話ではないことが確かになりましたな』

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2018年12月 7日 (金)

梅爺創作落語『極楽詣で』(9)

(八五郎)『あっしを好いていてくれる娘が近所にいるって、一体誰のことですかい』
(おっかさん)『長屋の太郎兵衛さんのところの、お雪さんだよ』
(八五郎)『お雪坊なら、幼馴染だが、おっかさんも知っての通り、お雪坊は今や長屋小町といわれる別嬪(べっぴん)で、気立てもやさしい娘(こ)ですから、お雪坊さえ望めば、日本橋の大店(おおだな)の若旦那のところでも、どこでも輿(こし)入れできますよ。あっしのような貧乏大工には出る幕がございませんよ。それに近頃じゃお雪坊はあっしをみかけると、ぷいと横を向いてわざと知らんぷりをして通るんですよ』
(おっかさん)『お前も馬鹿だね。それは好いているからこその素振りじゃないか。女は好いた人と一緒になるのが、何より幸せなんだよ。この世に戻ったら、しっかり話をつけるんだよ』
(八五郎)『好いているからこそ知らんぷりをするなんて、どうも女心は難しいもんですな。でも、8年ぶりにおっかさんのお説教がきけて、極楽に来た甲斐がありました。戻ったら太郎兵衛さんに、お雪坊を嫁にもらえるかどうか確かめてみましょう』
(おっかさん)『今度お前に会えて話が出来るのは、お前が死んでこちらに来た時だから、だいぶ先の話になるね。それまでは盆の度に里帰りして、蔭ながらお前を見守っていますよ。この世では達者が一番だからね』
(八五郎)『へぃ、かしこまりました。それでは、おとっつぁん、おっかさん名残惜しいですが、この辺でお暇いたします。あれっ、そう礼を言った途端に、二人の姿はもう見えなくなりましたな』

(又兵衛)『お二人ともにこにこしていましたから、八五郎さんのお気持ちは十分伝わりましたよ。さて外(ほか)に極楽について、見聞きされたいことはございますか』
(八五郎)『見渡すところ一面に色とりどりの花々が咲き乱れていて、えも言われぬかぐわしい香りがただよっていますな。それに暑からず、寒からずで実に居心地のよいところですな。極楽には季節の移り変わりなんてものはないのかい』
(又兵衛)『季節ばかりか、夜昼の区別もありません』
(八五郎)『どこからか、妙なる楽の音(ね)が聞こえてきますが、あれは誰が奏でているんですかな』
(又兵衛)『空中に浮かんだ天女たちが楽器を奏でているんですよ。もっとも八五郎さんにはその姿は見えませんがね』
(八五郎)『四六時中楽器を奏でているんじゃ、天女さんたちも時には疲れて休みたくなるんじゃないのかい』
(又兵衛)『極楽では、疲れる、飽きるなどということはありません。霊者は食べたり飲んだりはしませんが、いつも満腹です。夜はありませんから眠ることもありません。それに何よりも心を煩(わずら)うこともありませんから、いつも心穏やかです』
(八五郎)『何から何まで結構な聞こえるけれども、正直なところ、あっしは三日も極楽に居たら、飽き飽きして逃げ出したくなりそうな気がしますな。どうも罰当たりなことをいうようですが』
(又兵衛)『残念ながら極楽に、この世の考え方を持ち込むことはできません。飽き飽きして逃げ出したくなるというのは、この世の人の考え方、感じ方です。八五郎さんも霊者として極楽の住人になれば、変わりますよ』

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2018年12月 6日 (木)

梅爺創作落語『極楽詣で』(8)

(阿弥陀如来)『それでは、後のことは又兵衛さんにお任せしますよ』
(又兵衛)『かしこまりました。八五郎さん、せっかく極楽へいらっしゃったのですから、ひとつご両親に会っていかれてはいかがですか』
(八五郎)『おとっつぁんが亡くなったのは10年前、おっかさんは8年前ですから、もし会えるならそいつはうれしいですな。ろくに親孝行はできなかったこともこの際詫びてぃと思います。しかし、又兵衛さん、極楽へきてから姿が見えたのは、又兵衛さんと阿弥陀如来様だけで、外の霊者の方々の姿はどこにもみえませんが、いったいどこにおられるのでしょうな』
(又兵衛)『極楽では、この世で縁があった者同士だけが、以心伝心で集い、お互いの姿も見ることができます。そうでもしないとここには大昔からの霊者が数え切れないほどおられますから、もし皆姿が見えていたら煩わしいことになりますからな』
(八五郎)『それで、姿が見えるもの同士は、話もできるということなのかい』
(又兵衛)『それは、私と八五郎さんがこうして話をしていることでもお分かりでしょう。それでは目を閉じてご両親に会いたいと念じてみてください』
(八五郎)『なんだか狐につままれたような気分だが、やってみましょうかね』

(又兵衛)『はい、目を開けてみてください。ここにご両親がおられます、今までのいきさつは伝えてありますから、すでにご存じです』
(八五郎)『これは、おとっつぁん、おっかさんおなつかしゅうございます。また会えるなんて思いもしませんでした。親孝行したいときには親はなし、なんていいますが、世話ばかり掛けて何も恩返しできなかったことを悔やんでおります。どうか勘弁してください。おとっつぁんもおっかさんもお変わりのない様子で安心いたしやした』
(おとっつぁん)『極楽の霊者に向かってお変りもないはないだろう。ここでは変わるなんてことはないんだよ。それよりもお前が日ごろ先祖を大切に供養してくれるおかげで、わしらは毎年盆には、里帰りしてお前の元気な様子を蔭ながらみて感謝していたんだよ。礼をいうのはわしらの方だよ』
(八五郎)『畏れ入ります。次の盆も楽しみにお待ちします』
(おっかさん)『ところで八五郎、お前まだ独り身なのはよくありませんね。そろそろ身を固めたらどうなんだい』
(八五郎)『これはおっかさん、極楽でお説教でございますか。そいつぁ、あっしも身を固めたいとは思いますが、何しろ貧乏な大工職人のところえ嫁にこようなどという娘はそうはいないんですよ』
(おっかさん)『お前のカンの鈍いのにはあきれるね。近所にお前に恋焦がれている娘がいることに気づかないのかい』

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2018年12月 5日 (水)

梅爺創作落語『極楽詣で』(7)

(阿弥陀如来)『まず私のことをお話いたしましょう。私を皆様が阿弥陀と呼んでくださるようになったのは、お釈迦様の教えがこの世で広まった後のことで、それ以前、私はただ極楽を取り仕切る役目の者でございました。あの世と共に私はずっとこの役目をはたしてきただけでございます』
(八五郎)『するってぃと、阿弥陀様はお釈迦さまが現れるよりずっと前から極楽の守り番であったってぃことですか』
(阿弥陀如来)『お釈迦様がお生まれになるずっと前から、この世は存在しておりましたし、当然ながらお釈迦様の時代より前に亡くなられた方も数え切れないほどおられました。極楽は亡くなった方を霊者として迎え入れるところであって、お釈迦さまが創ったものでも、お釈迦様のために存在するところでもありません』
(八五郎)『ってぃことは、お釈迦様も極楽では霊者のおひとりにすぎないということですか』
(阿弥陀如来)『そのとおりです。お釈迦様は、この世で人間の生き方を深く洞察された方で、その内容が素晴らしいがゆえに、この世の多くの人に受け容れられました。でもお釈迦様も人間のおひとりであることには変わりなく、お亡くなりになった後は、この極楽で霊者として過ごしておられます。極楽には、この世のような身分の差はありません。この世で偉い方でも。、極楽で特別な扱いは受けません。それにお釈迦様は生前死後のことにはあまり触れておられません。お釈迦様のご興味の対象はこの世で生きることの意味であったということでしょう』
(八五郎)『するってぃと、如来、菩薩、明王、天部などという仏様は、どういうことになるんでございましょう』
(阿弥陀如来)『お釈迦様は、そのようなものとは関係がありません。お釈迦様の教えが仏教として、インドから外の地へ伝わったときに、その土地にそれ以前から存在した土着の祭祀や風習が、仏教に入れ混ざって、いろいろな役目の仏様が出現したということです。増えすぎて仏教の当事者も困り、曼荼羅などで役割分担を説明しようとしましたが、さらに秘密めいて分かりにくいものになってしまいました。詳しく知りたければ、お釈迦様の霊に会って、問いただされたらいかがですか』
(八五郎)『あっしらが仏教として教えられたことと、お釈迦様のはじめられた仏教は、かなり違うものであるというお話でございますな。この話を万福寺の和尚にしたら、腰を抜かすどころか気を失うかもしれませんな』

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2018年12月 4日 (火)

梅爺創作落語『極楽詣で』(6)

(阿弥陀如来)『八五郎さんにもご足労をおかけしましたな。亡くなった方がこちらへ来て、盆には里帰りしますが、霊者になった者はこの世の人には姿が見えませんから気配を感じていただくしかありません。この世で語られている極楽や私(阿弥陀如来)のことは、想像だけが膨らんでしまうらしく、必ずしも実態でないことが吹聴されているようで、案じておりました。八五郎さんには、亡くならずにこちらにおいでいただいたわけですから、是非ありのままの極楽や私を観ていただいて、もう一度この世へお戻りになったら、その話をこの世の人たちにお伝え願いたいのです』
(八五郎)『へぇ、そいつはあっしには大役で、大変な重荷でございますが、なんとかお役にたつようにいたします』
(阿弥陀如来)『それでは、又兵衛さん、後のことはお願いしますよ。八五郎さん、その前に私に何かお聞いておきたいことはございますか』
(八五郎)『あっしは無学なもんでございますから、トンチンカンなことをお聞きするかもしれませんが、こちらはあの世の極楽だとして、地獄はどちらにあるんでございましょう。万福寺の和尚は、功徳を積まないとお前さん地獄へいくことになりますぞなんぞとやたらに脅かすもので、いつも気になっていたんでございますよ』
(阿弥陀如来)『残念ながら私も地獄については何も存じません。もちろん地獄をみたこともありません。多分この世の人たちが想像して考え出しただけの場所で、そのようなところはないのではありませんか』
(八五郎)『そいつはどうも驚きましたな。帰ってその話を和尚にしたら腰を抜かすかも知れません。それにしても極楽には、次々に亡くなった霊者が送り込まれてくるとすると、段々手狭になるなんてことはないんでございますか』
(阿弥陀如来)『極楽には、広い狭い、長い短い、遠い近い、初め終わり、などというこの世でいう尺度はございません。どんなに霊者が増えても何も困りません』
(八五郎)『へーぇ、重宝なところでございますな。するっていと三途の川にも川上、川下なんてものはないんでございますな』
(阿弥陀如来)『始めも終わりのありませんから、そうなりますな』
(八五郎)『これは大変お聞きにくいことなんでございますが・・・』
(阿弥陀如来)『御遠慮なさらずに、どうぞお聞きください』
(八五郎)『万福寺の和尚の話では、仏の教えを始められたのはお釈迦様ということでございますが・・』
(阿弥陀如来)『はい、そのとおりです』
(八五郎)『それなら、仏様は釈迦如来お一人ということにしていただければ、あっしらにも分かり易いんでございますが、どうしてお釈迦様以外に、やれ如来だの菩薩だの明王だの天部だのと沢山の仏様がいらっしゃるんでしょうかな。何べん説明を聞いても複雑すぎて、数も多すぎて頭に入らないんでございますよ。阿弥陀如来様もそのおひとりなので、これは失礼な話でございますが、前々から理由(わけ)を知りたいと思っておりましたもので』

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2018年12月 3日 (月)

梅爺創作落語『極楽詣で』(5)

(八五郎)『生きたまま極楽へ行けるという珍しい役目を果たす人間に選ばれるのは面映ゆいことですな。いつも得意げに極楽の話をしている万福寺の和尚さんに、あっしが逆に本当の話を伝えるなんざ、ちょいと想像しただけでも痛快ですな。何やらちょいと不安の気もないではありませんが、ここはひとつ腹を決め阿弥陀如来様を信じて、この話に乗ろうじゃないか』
(又兵衛)『いや、助かります。それでは早速極楽へと向かいましょう。どうかこの仏壇の前で私の隣にお座りください。そして私の手を握り、目を閉じてください、これから一緒に「南無阿弥陀仏」と3回唱えてください。私が「はい」と云うまでは目を開けないでください』
 

(又兵衛)(八五郎)『南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏』 

(又兵衛)『はい、目を開けてよろしゅうございますぞ』
(八五郎)『へーぇ、あっという間に着いてしまいましたな。ここが極楽かい』
(又兵衛)『ここは「現世の渕」の崖の上の野原で、ここから私が足を滑らし、あそこに見える三途の川の渦に落ちて、お前様の長屋の部屋に現れたという次第です。最前あそこの渦から吹きあげられて、ここへ無事着きました。阿弥陀如来様に元の場所へ戻していただいたということでございます』
(八五郎)『水の中を通ってきたのに、どこも濡れていませんな。極楽というところは便利なところですな』
(又兵衛)『せっかく極楽へいらっしゃったのですから、お前様も覚えておられるご先祖様に会っていただいたり、この世とは違ういろいろなところへも是非ご案内したいと思いますが、まずその前に阿弥陀如来様にお礼を言いにいきましょう』
(八五郎)『阿弥陀如来様のところはここから遠いのかい』
(又兵衛)『極楽では、遠い、近いという考え方がございません。そこへいこうと思えば、そこへ行けるのでございます』
(八五郎)『なにやら、まやかしのような話ですな。ここではあっしは生粋の新参者ですから、よろしく頼みますよ』

(又兵衛)『阿弥陀如来様、只今この世から戻りました。仰せのとおりに、この世の八五郎様をお連れいたしました』
(阿弥陀如来)『おぅ、御苦労であったな。お前さんの珍しいものには何にでも首を突っ込みたがる癖は生来のもので直しようがありませんが、「現世の渕」には二度と近づかぬことですな』
(又兵衛)『畏れ入ります』

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2018年12月 2日 (日)

梅爺創作落語『極楽詣で』(4)

(八五郎)『するってぃと何かい。お前さんは極楽へ戻る方法をご存じごなのかい』
(又兵衛)『はい、先ほど阿弥陀如来様に教えていただきました』
(八五郎)『ちょいとお待ちよ。ここに居るのはお前さんとあっしの二人だけじゃないのかい。阿弥陀如来様がこんな汚い長屋を訪ねてくださるなんてぃ話は聞いたことがありませんな』
(又兵衛)『いえ、阿弥陀如来様は極楽におられて、何から何まで私どもの面倒を見てくださいます。極楽の霊者は、どこに居ても以心伝心で阿弥陀如来様とお話ができるのでございます』
(八五郎)『へーぇ、驚いたね。それでお前さん極楽へ戻る方法を教えてもらったってぃわけかい。その方法とやらは、厄介なものなのかい』
(又兵衛)『いえ、その方法はいたって簡単なのでございますが、厄介なのはそれに一つの条件がついておりましてな』
(八五郎)『なんだいその条件てぃのは』
(又兵衛)『この世の人間を一人を道連れにしないと帰れないということでございます。急な話で恐縮ですが、八五郎さん、極楽までご一緒いただけませんかな』
(八五郎)『いくらご先祖様のお前さんの頼みでも、そいつはきけませんな。だいたい極楽へ行くということは、あっしがこの世をおさらばして死ぬということになるんじゃないのかい。貧乏暮らしでも、まだまだこの世に未練がありますからな』
(又兵衛)『そうおっしゃるだろうと思って、そのことも、阿弥陀如来様に確かめてございます。私に極楽まで付き合っていただいた後は、お望みならいつでもこの世へ御戻りいただけるというでございました』
(八五郎)『その時はまたお前さんを道連れにしなければならないとなると、この話は堂々巡りになっちまうじゃないのかい』
(又兵衛)『いえいえ、お前様一人でお帰りになる方法も阿弥陀如来様に確かめてございます』
(八五郎)『なんだってまた阿弥陀如来様はこの世の人間の道連れをご所望なさるのかねぇ』
(又兵衛)『この世の人たちは、極楽のことは話に聞くだけで、半信半疑な人や、中には全く信じない方もおられますな。阿弥陀如来様は、八五郎さんに実際極楽を観ていただいて、この世にもどり正しい話を伝えてほしいということでございましょう』

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2018年12月 1日 (土)

梅爺創作落語『極楽詣で』(3)

(見知らぬ老人)『実は、手前はお前様の先祖にあたるものでございます。詳しく申せば、お前様の爺さんのまた爺さんで、この世では又兵衛と申しておりました』
(八五郎)『爺さんくらいまでの話なら、少しは聞き及んで知ってても、そのまた爺さんとなると、申し訳ないが皆目見当もつきませんな。へーぇ、そうかいお前さんはあっしのご先祖様なのかい』
(見知らぬ老人:又兵衛)『お前様が、日ごろ手厚く先祖を祀っておられるおかげで、この場所がすぐにわかりました。そこの仏壇の中を通ってここへまいりました』
(八五郎)『霊者というのは便利なものですな、こんな狭い仏壇の中を通って、あの世とこの世の行き来が出来るってことですな。ご先祖様とは知らずに、最前は盗人呼ばわりして、とんだ失礼をしました。どうか勘弁しておくんなさい。ところで盆でもない今の時期にどうしてここへ現れることになったんですかい』
(又兵衛)『それについては、手前も面目のない次第がございましてな。ご指摘の通り、極楽の霊者は、年に一度盆の時期に、この世へ舞い戻ることができます。三途(さんず)の川の岸辺に、そのための「渡り浜」がありまして、そこからこの世へ戻ります。私どもは、水の上も地面と同じように歩くことができますから、難儀はありません。ただし、受け入れ側のこの世の人が先祖を手厚く祀っていることが要件でございまして、この世にそのような人がいない場合は、この世へは戻れません。この世に戻った霊者の姿は、この世の人たちの目には見えません。
この度、私がこちらへ来る羽目になったのは、盆の時の「渡り浜」ではなく、三途の川の早瀬にある「現世の渕」の渦を通ってのことでございます。この「現世の渕」は、極楽では近づく必要がないとされている所ですが、つい野次馬根性で渕の崖上から覗き込んで、足を滑らして渦にはまることになってしまいました。渦の中は暗闇でしたが、やがて光がもれる裂け目が見えてきて、そこを通り抜けてみると、ここに出たという次第です。幸いお前様が普段先祖の霊を手厚く祀っていてくださった為に、仏壇の中に光の裂け目ができて、私を導いてくれたに違いありません。お前様に私の姿が見えるということは「現世の渕」を利用してこちらへやってきた霊者の姿は、この世の人にも見えるということでございましょう』
(八五郎)『なるほど、事の次第はわかりましたが、ところで、この先どうされるおつもりなんですかい』
(又兵衛)『お前様にもお目にかかれましたから、もうこれ以上この世に留まる理由(わけ)はありません。ただ、極楽へ戻るためには、ひとつ厄介なことがございましてな』

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