2016年1月 9日 (土)

映画『おとなのけんか』(4)

この映画では、4人の登場人物の人物設定が、実に巧みに行われていて、それが『けんか』の誘因になるように仕組まれています。 

『子供のけんか』の加害者の少年の父親は、悪徳企業も強引に弁護するやり手の弁護士で、『おとなのけんか』の最中も絶えず、携帯電話で仕事を継続し、周囲をイラつかせます。典型的な仕事一途の夫で、家庭を顧みないことが、妻(投資コンサルタントを仕事にしている)の不満のタネです。 

一方被害者の少年の父親は、平凡な金物商で、出世や大金を儲けるようなことに意欲的でありません。この『何事にも事なかれ主義で、人生に挑戦しない態度』は、美術を愛し、アフリカの貧困救済などに関心を示す妻にとっては不満のタネです。 

『子供のけんか』の後始末を話し合うはずであったのが、些細な話題のずれから、だんだん『おとなのけんか』は、手のつけられない醜い様相を呈していきます。時には、夫同士が結託して妻たちを非難し、逆に妻同士も結託して夫たちをへの不満を爆発させます。 

昔の梅爺なら、この映画をみて、『どうして、こんなことになるのだろう』と頭が混乱したに違いありませんが、ブログを書いて『人』の『精神世界』の本質を自分なりに理解できている現在は、『起こるべきことが起きている』と冷静に観ることができました。 

『人の精神世界は、個性的で一人一人の考え方や感じ方は同じではない(生物学的にそうなるように宿命付けられている)』『人の精神世界は、情と理の二つの異なった機能の組み合わせで営まれていて、最初は情が無意識に働く。次の瞬間、情をありのままに表現することが自分にとって得策ではないと理が気づいた時に、理は情を抑えようとする。しかし、理で情が抑えきれない場合が多い』『人の精神世界は、時とともに変容する。したがって同じ人のものごとへの対応はいつも同じとは限らない』という考え方が現状の梅爺の理解です。このように観ればこの映画は『起こるべくして送っている事象』です。

この映画のエンディングは、公園で少年同士はあっさり仲直りしてしまっているらしい様子が遠景で写され、『おとなのけんか』の空しさが一層際立ちます。

これほど、人間を洞察できる監督の『ロマン・ポランスキー』が、実生活では『少女淫行』の嫌疑がかけられている人物でもあります。

人は誰もが、些細なことで醜さを露呈してしまう存在であることを、痛感させられる映画です。人間社会には、理論的に『平和』などあり得ず、穏やかな状態に保つためには『寛容』と『忍耐』が求められることを改めて知ります。『夫婦』『家族』『親友同士』なども、個性的な『精神世界』で構成されていることは同じですから、例外ではありません。相互に違いを認めようとしなければ『けんか』は避けられません。

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2016年1月 8日 (金)

映画『おとなのけんか』(3)

この映画は、『人』の『精神世界』が持つ、極めて現実的な側面、つまり、あまり直視はしたくない『見苦しい』一面を、暴いて見せています。

映画の中には、『愛』『思いやり』『信頼』『献身』などに命までも捧げる『ヒューマン・ドラマ』もあり、観終わった後で、私たちは『人間はなんと崇高で、素晴らしいものだろう』と、『暖かい心』の余韻に浸ります。

『おとなのけんか』と言う映画は、つまらないことにこだわって、言い争いを大きくし、やがて普段抑えていた不満までも爆発させて、罵り合う大人たちを描き、やり場のない状態で終わりますから、観終わって『人間はなんと身勝手で、心が狭く、見苦しいのだろう』と『寒々とした気持ち』になります。

『人間』は、本来『崇高で素晴らしい』ものなのか、はたまた『狭心で見苦しい』ものなのか、などと白黒をはっきりさせたくなりますが、その議論は無益であり、『崇高で素晴らしくもあり、狭心で見苦しいものでもある』と、矛盾をそのまま受け入れる方が現実的であると梅爺は考えています。

勿論、自分は『崇高で素晴らしい』存在でありたいと『理性』で願いますが、自分の中に『狭心で見苦しい』側面が『ない』と勘違いすると、自分も周囲も、不幸にしてしまうおそれがあります。『狭心で見苦しい』自分を、どれだけ抑制できるかが『理性』や真の『教養』にかかっています。

『釈迦』は2500年前に既に、『人には、仏心と邪心がある。邪心は煩悩による。煩悩をできるだけ排除して仏心を大切にしなさい』と『人』の本質を洞察しています。『仏教』の『邪心』と、『キリスト教』の『原罪』は、共に宿命的に『人』が抱える『負の側面』を示唆していますが、微妙に意味が異なるように梅爺は感じます。

一見矛盾する『仏心』『邪心』も、実は『安泰を希求する本能』がもたらすもので、根は一つと梅爺は推測しています。『他』を配慮した安泰か、『他』を無視した安泰かで、『善い(思いやりのある)行い』『悪い(身勝手な)行い』に分かれるだけのことです。

梅爺も、この世においとまする時期が近付いていますので、最後は温厚柔和な『好々爺』で終わりたいと思いますが、なかなか『皮肉屋の意地悪じいさん』から解脱(げだつ)できません。

その上『自分は好々爺であるなどと強弁せず、意地悪じいさんであると認めているのだから、まだましではないか』などと居直ったりしますので、手に負えません。

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2016年1月 7日 (木)

映画『おとなのけんか』(2)

この映画の監督の『ロマン・ポランスキー』の人生には、悲劇や猟奇的な事件が沢山付きまといます。

父親がユダヤ系であったために、『ナチ』により、家族は強制収容所へ送られますが、父親は穴を掘って息子の『ロマン・ポランスキー』を脱出させます。その後、父親は強制労働に耐えて戦後まで生き延びましたが、母親は強制収容所で亡くなっています。

戦後ポーランドで俳優として映画に関わっていましたが、やがて自由を求めてフランスへ渡り、『水の中のナイフ』で映画監督としてデビューします。

監督として名声を得た『ロマン・ポランスキー』は、アメリカへ渡り、女優の『シャロン・テート』と結婚しますが、妊娠中の『シャロン・テート』は『ロマン・ポランスキー』の自宅で、カルト教団によって、猟奇的に殺されてしまいます。背景に何があるのか梅爺は分かりませんが、単なる殺人事件ではない、複雑な人間関係を想像してしまいます。

その後、別の『少女への淫行』容疑で、アメリカの司法当局から追及され、アメリカを脱出してヨーロッパへ渡ります。本人は無実を主張していますが、今でも容疑は晴れていませんので、アメリカへの入国はできないため、この映画はニューヨークが舞台であるにもかかわらず、フランスで撮影されました。

アメリカへ渡る以前のヨーロッパ時代にも、自分の映画に出演した15歳の女優とも性的関係があったと言われています。

これだけの、悲劇、事件が身に起きれば、普通の人間ならば精神的に参ってしまうのではないかと思いますが、映画製作に意欲を燃やし続けるタフな生き方には驚きます。常識を逸脱した性倫理の持ち主であるようにも見えます。

しかし、『ロマン・ポランスキー』の映画だけをみれば、『人間を鋭く洞察』した作品であったり、『ヒューマニズム』溢れる作品であったりしますから、監督の人間像と、作品の間のギャップに梅爺は興味をそそられます。

『ロマン・ポランスキー』は、温厚な教養人というより、名声を求める野心家で、どういう映画が大衆に受けるかを、察知し、計算づくで創り上げることができる、ビジネスセンスも備えた才人なのではないでしょうか。

『ロマン・ポランスキー』の計算通りに、私たちは、彼の映画を観て、泣いたり、笑ったり、感動したりしているのかもしれません。

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2016年1月 6日 (水)

映画『おとなのけんか』(1)

NHKBSプレミアムチャンネルで放映された映画『おとなのけんか(2011年、フランス、ポーランド、ドイツ、スペイン合作)』を録画して観ました。 

久しぶりに『梅爺好み』の映画に遭遇し、大いに堪能できました。 

監督は、『ローズマリーの赤ちゃん』『戦場のピアニスト』など話題作を沢山手がけている『ロマン・ポランスキー(ポーランド)』です。 

この映画は、『ヤスミナ・レナ』の舞台劇脚本(God of Carnage:殺戮の神)を、ポランスキーが映画向きに脚色したものです。 

最初から、最後まで、ニューヨーク・マンハッタンのアパートの一室を中心にして、ドラマは展開されます。出演者も、中年の夫婦2組(4人)だけです。 

2組の夫婦の息子(11歳)同士が、公園でけんかをし、一方が木の枝を振って相手の顔面を打ち、唇を傷つけ、歯を2本折るという事件があり、被害者の息子のアパートを加害者の息子の両親が訪れ、2組の夫婦が、『後始末』をどうするか話し合いをする様子だけが描かれます。 

子供のけんかの後始末のために、大人が冷静に話し合うはずでしたが、4人が、些細な表現の食い違いや、気に入らない相手の行動に我慢できなくなり、徐々に『理性』を失い、本性をむき出しにした罵(ののし)り合いに発展していく様子が丹念に描写されます。 

『12人の怒れる男たち』と同様、一室だけでドラマが展開されるという設定が、『梅爺好み』です。登場人物の個性(本性)が、『言葉』遣いやその内容で、次第に表にあらわれてくるところが、何とも興味をそそります。ニューヨークが舞台ですから、言語は英語です。 

『おとなのけんか』は、実に入念に仕込まれた脚本が見事で、何気ない小道具(部屋に飾られたチューリップの花束、ペットのハムスター、携帯電話、固定電話機、美術画集など)が、話の展開で重要な役割を演じます。4人の俳優の演技も見事です。

原題は『Carnage(殺戮)』ですから、『言葉での殺し合い』という皮肉が込められています。『けんか』というようななまやさしい意味ではありません。

傍観者の観客には、『喜劇』ですが、やがて自分もその立場に追い込まれたら、同じように振る舞うかもしれないという懸念を持ちますから、単純な『喜劇』ではありません。

『12人の怒れる男たち』は、『理性』で、ハッピーエンドを迎えますが、この映画はドロドロの状態で終わります。

『人』の『精神世界』は、個性的で、『理』と『情』の絡み合いで構成されているという、梅爺の主張を、文字通り表現した映画と受け止めました。

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2015年9月 1日 (火)

映画『The Lady アウンサンスーチーの引き裂かれた愛』(4)

『アウンサンスーチー』は2010年には自宅軟禁が解除され、『国民民主連盟(NDL)』のリーダーとして政治活動を行い、日本など外国訪問も行っています。2011年に大統領に就任した『テイン・セイン』は、軍籍ではない初の大統領であり、選挙、複数政党制の議会など、『民主化』は少しづつ進展しているように見えます。 

しかし、ミャンマー(ビルマ)の歴史は、複雑な権力闘争、他国特に中国の影響力、麻薬や兵器を扱う悪徳政商の暗躍、少数民族の自立意識(独自の民兵組織を持つなど)、宗教の対立などが絡み、梅爺にはすんなり理解できません。

日本の明治維新は、リーダーたちが国家を確立することを最優先に腐心しました。その後、敗戦と言う大きな代償を払って、日本人は『国家は国民のために存在する』という共通認識を獲得しました。現在の多くの日本人は、イデオロギーや宗教を個人が受け容れる自由は権利として認めてはいても、イデオロギーや宗教のために国家が存在し、国家のために国民が存在するというような考え方は、受け容れません。

経済的な発展は必要と考えていても、健康を損なう環境がそれによって出現するならば元も子もないという考え方で、日本は『環境権』を基本的な人権の一つとして認めるまでにいたっています。

このような日本の常識で観ると、ミャンマーはあまりにも諸条件が混とんとしていて、民主化への道のりはまだまだ遠い状況にあると言わざるをえません。

政党、軍部、民族、宗教、政商などが、自分たちの利権を最優先して有利な立場を得ようとしているようにみえ、各々がそのために『国家機構』を利用しようとしているようにも見えます。つまり『国民のために国家が存在する』などという常識は醸成されていません。

『アウンサンスーチー』を、南アフリカで『アパルトヘイト』を排除したマンデラ首相(長期に牢獄に収容されていた)になぞらえ『女マンデラ』と賞賛する人達がいる一方、最近の政治活動には、いかがわしさもあると批判する人達もいます。

批判の対象は、『国民民主連盟』も、政商から献金を受けている、少数派であるイスラム教徒への仏教徒(アウンサンスーチーの支持母体)の弾圧を看過している、などです。

梅爺は、複雑な環境のなかで、粘り強く民主化を推進していくには、きれいごとばかりではすまず、妥協や優先度をつけた対応も必要になるのではないかと、『アウンサンスンチー』へ同情したくなります。

勿論、『アウンサンスーチー』が、ただの『権力志向者』ではなく、最後の目的は『国民のための国家をつくること』という志の持ち主であるという前提です。

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2015年8月31日 (月)

映画『The Lady アウンサンスーチーの引き裂かれた愛』(3)

『アウンサンスーチー』は看護していた母親が亡くなった後も、英国の家族のもとへ戻ることはせず、ミャンマーに滞在し続けます。軍事政権側は、なんども英国へもどるよう説得しますが、それはミャンマーへの再入国を拒むための『罠』であることを知っている『アウンサンスーチー』は拒否し続けます。ノーベル平和賞の授賞式のためにもミャンマーを離れることはありませんでした。 

無名の民主化運動家ならば、軍事政権はすぐに拘束、または処刑したに違いありませんが、『建国の父の娘』を処刑したとなると、国民は一気に反軍事政権のために結束蜂起する可能性があり、国際世論の厳しい批判にさらされることは歴然としていますので、さすがの軍事政権もそれを計算して、『アウンサンスーチー』を自宅軟禁として行動を制限しました。 

英国の夫や息子たちは、何度かミャンマーへの入国は許され、『家族対面』を果たしますが、すぐに軍事政権から国外退去を命じられました。 

夫は前立腺がんで、死期が近いことを悟り、何度もビザ申請をしますが、軍事政権は許可せず、『アウンサンスーチー』は夫と最後の別れを交わすことはできませんでした。映画はこの『引き裂かれた愛』を強調しています。 

『アウンサンスーチー』の心の中に、『祖国の民主化へ身を捧げる』か『妻、母親として家族と一緒の生活を選ぶ』かの葛藤があったに違いありませんが、覚悟して前者を選んだことになります。非情な決断をしたわけですから、第三者が『引き裂かれた愛』などと感傷的な面を強調してみても、なにかチグハグは感じを梅爺は受けます。 

人は生きるために非常な決断を迫られることがあります。『アウンサンスーチー』ほどのことではないにせよ、男性は『仕事か家庭か』、女性は『結婚か仕事か』の選択をしなければならないことがあります。『男はつらいよ』『女もつらいよ』が人生です。『優先度を決める』『両立させる努力をする』など色々な対応策がありますが、覚悟して自分で決めるしかありません。

軍事政権は、『国によって民主化の事情は異なる』と主張して、欧米が求める民主化を拒否しています。中国なども同じです。しかし、『権力を手放したくない』という保身のホンネが見え隠れします。中国の権力には、汚職が付きまとい、ミャンマーの軍事政権の裏側にも悪徳政商が暗躍し、賄賂が日常化してしるにちがいありません。

国際的に孤立化したミャンマーには、『中国』や『北朝鮮』が甘い言葉で近づこうとします。ミャンマーをとりこんで、何らかの利権を得ようとするだけのことで、ミャンマーの国民にとっては民主化が遠のく迷惑な話です。

民族的には60%が『ビルマ人』で、宗教的には『仏教』が主流とはいえ、ミャンマーは『多民族国家』であり、『多宗教』が共存する連邦ですから、民主化には、数々の難題が控えています。

『アウンサンスーチー』が国家のリーダーになれば、たちどころに問題が解決するというような単純な話ではありません。

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2015年8月30日 (日)

映画『The Lady アウンサンスーチーの引き裂かれた愛』(2)

『アウンサンスーチー』は、ビルマの『建国の父』と呼ばれている『アウンサン将軍』の娘として生まれました。『アウンサン将軍』はイギリスの植民地時代に、『ビルマ独立義勇軍』を率いて日本の支援も得てイギリスと戦い、1943年に『ビルマ国』を建国しました。この時の『ビルマ国』は日本の傀儡(かいらい)政権でもあったわけです。

しかし、1944年第二次世界大戦における日本の敗色が濃厚になると、『アウンサン将軍』はビルマ国軍を率いてクーデターを起こします。つまりイギリス側へ寝返って、今度は日本軍と戦いました。

第二次世界大戦で日本が敗北し、ビルマは連合軍によって解放されますが、イギリスは独立を許さず、再びイギリスの統治下に置かれました。

その後1948年に、イギリス連邦から離脱し、『ビルマ連邦(現ミャンマー連邦)』として独立しますが、その前年の1947年に、ビルマ内部の権力闘争の中で『アウンサン将軍』は暗殺されてしまいます。

独立は、非常に複雑な政治派閥の間の権力闘争が関与して実現したこと、『ビルマ連邦(ミャンマー連邦)』の名が示すように、他民族国家であることが、その後ミャンマーに『強権的な軍事政権』を根付かせる要因になったのではないかと梅爺は推察します。皮肉なことに権力闘争の繰り返しを阻止するための政権が、今度は権力を強大化させ、恐怖政治を行うようになります。さらに皮肉なことにこの政権内部も、権力闘争明け暮れるようになります。『スターリン』時代のソ連、現在の中国、北朝鮮などがその典型例です。

『アウンサン将軍』がもし生きていて、独立後の『ビルマ連邦』のリーダーとなったら、軍事政権ではない、民主主義国家が実現したかどうかは、想像するしかありません。

『アウンサンスーチー』の母親(将軍夫人)は、その後ミャンマーのインド大使として活躍しています。

『アウンサンスーチー』は、インドで高等教育を受け、イギリスのオックスフォード大学で、哲学、政治学、経済学を学び、卒業後は、大学で研究員として、また国連の書記官補として勤務しています。1985年~1986年には、京都大学の研究員として来日しています。

1972年に、オックスフォード大学の後輩である『マイケル・アリス博士(チベット研究者)』と結婚し、二人の男児の母親になりました。

西欧文化の中で教育を受け、その一員となり、民主主義がどのようなものであるかも知っているという点で、『アウンサンスーチー』は貴重なミャンマー人であるといえます。このまま、英国で暮らしていたら、平穏な人生であったにちがいありませんが、病気で倒れた母親の看護のために、1988年にミャンマーへ帰国したことから、人生は大きく変わることになりました。

民主化を求める学生のデモを、軍事政権が弾圧するなど、騒然とした中に帰国したことになり、やがて民主化推進運動のリーダーとなっていきます。母親の看護目的が、いつの時点で政治活動目的へと変わっていったのか興味深いところです。『家庭』と『祖国』の二者択一を迫られ、結果的に『祖国』を選んだことになります。

民主化推進グループとしては、『建国の父アウンサン将軍の娘』という称号は、結束の象徴としてこれ以上のものはありませんから、両者が結びついたのは当然のことなのかもしれません。

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2015年8月29日 (土)

映画『The Lady アウンサンスーチー引き裂かれた愛』(1)

テレビで放映された映画『The Lady アウンサンスーチー引き裂かれた愛』を録画して観ました。 

ミャンマーの政治指導者『アウンサンスーチー』の人生を、主として夫婦愛で描いた映画(リュック・ベッソン監督、2011年公開、フランス映画)です。 

『アウンサンスーチー』を演じた女優の『ミシェル・ヨー』、夫『マイケル・アリス博士』を演じた『デヴィット・ショーリス』の演技も見事で、そう云う意味では上出来の映画と感じました。 

存命で実在のノーベル平和賞受賞者の『アウンサンスーチー』の人生を映画化したものですから、概(おおむ)ねが『事実に即した内容』であろうと思いますが、ここまで『勧善懲悪』で、『善人(アウンサンスーチーとその家族、反政府運動の仲間)』と『悪人(軍事政権のリーダーたち)』の対立構図で描かれると、疑い深い梅爺は、『映画の趣旨から美化したいお気持ちは分かりますが・・』と呟きたくなります。悪い癖です。

梅爺は浅学にして『ミャンマー(ビルマ)の歴史』『現状の背景(他民族構成、宗教、経済、外国の影響力など)』『アウンサンスーチーの言動の詳細』などを詳しく理解しているわけではありませんが、実態は複雑で、単純な『勧善懲悪』で律することが難しいのではないかと想像することはできます。

勿論、『アウンサンスーチー』が尊敬に値しない人物であるなどと、考えているわけではありません。しかし、『軍事政権』さえ排除すれば、『ミャンマー』が即刻『民主主義国家』へ変貌するなどと単純な話ではなかろうと推察しています。

日本が第二次世界大戦で敗戦国になり、一気に『民主主義国家』へ変貌できたのは、ほぼ単一民族国家で、高い教育レベルや工業技術レベルを既に保持していたことに起因しています。世界の中で、むしろ珍しいケースであることは、多くの国家で日本のような変貌が起こらないことを観てもわかります。イラクは『サダム・フセイン』を排除して観ても、『民主国家』にはなりませんでした。

『民主主義』は人類が考え出した叡智の一つではありますが、『国民の平均的な教育レベルが高いこと』『違いを認めながら合意点を探る忍耐を必要とすること』などの条件がなければ成立しません。特定のイデオロギーや宗教のように、『私だけが正しく、他は間違い』と断ずる勢力が支配する国家は、『民主主義国家』にはなりえません。

この映画を観て、『俗悪非道な軍事政権』が、民主化を望むミャンマー人民を抑圧しており、『アウンサンスーチー』はその中で、家族と一緒の生活を阻まれ、家族との絆(愛)が引き裂かれた悲劇のヒロインであると受け止めるのは、間違いではないにしても、皮相な理解であると梅爺は感じました。

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2014年7月14日 (月)

映画『春との旅』(4)

この映画の『小林政広』監督は、大手(メジャー)の映画会社に所属しておらず、『春との旅』という作品も、全国の限定された映画館で公開されたました。それでも、映画を観た人達の満足度は高く、絶賛されました。

小林監督の他の作品は、海外の映画フェスティバルで数々の受賞をしています。むしろ海外で高い評価を受けている監督です。

大手の映画会社に属さないのは、制約を受けずに『自分が作りたい映画』をつくるためではないかと推察します。多分そのために製作費の確保は難しいに違いありません。『春との旅』という映画も、北海道、鳴子温泉、仙台などの現地撮影が大半です。それでも『仲代達矢』をはじめ著名な名優がキャスティングに名を連ねているのは、小林監督の『映画』に共鳴する映画人が多いためではないでしょうか。『淡島千景』が最後に出演した映画です。

小林監督は、若いころ『ピンク映画』の脚本家でした。それだけで真面目な方は、『品性下劣』と眉をしかめたりするかもしれませんが、梅爺はそうは思いません。生活の糧を得るための手段であったのでしょうが、『上品』『下品』の同居は人間の宿命ですから、『下品』を観る眼がなければ『上品』も理解できません。興行収入を無視しては映画は成り立たないことを『ピンク映画』で体験している小林監督であるからこそ、『自分が本当に作りたい映画』への執着が人一倍強いのであろうと思います。

たしかに『春との旅』と言う映画は、『ピンク映画』とは異なった映画ですが、人間の本性を俯瞰し、本質に迫る能力がなければ、『春との旅』はつくれません。小林監督の興味の対象は、『人間』の『精神世界』の複雑性にあるのではないかと思います。『上品』『下品』はその複雑性の区分に過ぎません。生物としての『ヒト』は『下品』と無縁には生きられませんが、『精神世界』を保有した『人』は『上品』を求めることに『深い心の満足』を感じます。『上品』と『下品』のバランスを心得ておられる方は、魅力的です。世の中に本当に『上品』なものは、そう沢山はありません。厚化粧をして、とりすましてみても、『上品』には見えません。

小林監督は、多量なタバコを所持していて空港で課税されたり、海外の禁煙ホテルで喫煙して、退去を命じられたりと大変なヘビー・スモーカの様です。酒も強いようですが、ご本人は『酒もタバコもやめるつもりはない』と公言されています。

凡人は『命を縮めますよ』などとありきたりの忠告をしたくなるものですが、小林監督にとっては『単に生きる』というより、『自分らしく生きる』ことが重要なのではないでしょうか。これも『精神世界』の『個性』がもたらす価値判断ですから、『どうあるべき』と論ずることは難しくなります。

梅爺は『春との旅』というような映画が大好きですから、このような映画がつくる潜在能力を秘めている日本も好きで、誇らしく感じます。

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2014年7月13日 (日)

映画『春との旅』(3)

左半身に麻痺が残る老人『忠男』と、その世話をする孫娘『春』という設定は、日本の高齢化社会、介護のありかた、などの問題提起をしていますが、『忠男』も『春』も、『国の福祉政策は怪しからん』などと泣きごとを言わずに、懸命に自分たちで対応しようとします。

『春』の将来を奪いかねない自分の存在を『忠男』は承知していながら、そうは言っても独りでは何にもできない我がままを振り払うことができません。『春』も自分の青春や人生はどうなるのかという不安を抱きながら、それでも祖父との『絆』は簡単に断ち切れません。

『精神世界』が作りだす矛盾、葛藤が見事に描かれ、観客は引き込まれていきます。この映画では、『春』だけを引き取って面倒をみようという、旅館経営をする『忠男』の姉や、『私たちと一緒に暮らしませんか』と優しい言葉を『忠男』にかける、『春』の父親(『春』の母親とは理由があって離婚)の後妻が登場します。

観客は、これで『解決』できたとホッとしますが、当の『春』も『忠男』も、なんとこれらの厚意は、『ありがたいが受けられない』と断ります。これは、『春』や『忠男』の『精神世界』の価値観が、結局二人の『絆』を最優先する決断をしていることを意味します。『精神世界』は個性的なものですから、第三者がこの決断の是非を論じても始まりません。人生で何を最重要視するかは、個人によって異なります。何かを選ぶことは、何かを捨てることになりますので、何もかもハッピーな解決などは、人生にはほとんどありません。『そして、みんな幸せに暮らしましたとさ』というのは『お伽噺』の世界の話です。

この映画では、『春』の両親の離婚のエピソードが描かれています。『春』は映画の最後に、両親の離婚以降会っていなかった父親に会いに行きます。『春』は、両親の離婚の原因を本当は知っていながら、『どうして別れたのか』と父親に問いただします。父親は『特別の理由などない』と曖昧に答えますが、『春』は『私は本当のことを知っている』言って泣き崩れます。

『春』の母親(『忠男』の娘)が居酒屋でアルバイトをしていた時に、客と浮気をし、それを知った父親(夫)は母親(妻)を殴って家を飛び出しました。母親はその浮気を悔いて、夫の許しを乞い続けましたが、結局許されないことに絶望し、川に身を投げて自殺します。

『春』は、父親を恨んだりしていませんが、母親への思いも断ち切れず『人は人を許すことができないの?』と泣いて問いかけます。これも『精神世界』の話ですので、『こうあるべき』というような回答はありません。『許すべきである』などという説教が通用するほど人間は単純ではありません。

『こうあるべき』ということが何事にも必ず存在すると思う方には、この映画は中途半端で歯切れが悪いかもしれません。『精神世界』で『情』が絡むと、そうはいかないと考えている梅爺にとっては、実に素晴らしい映画という評価になります。私たちは、色々な価値観に翻弄されるが故に最後は『自分の価値観』を必要とします。

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