2009年5月24日 (日)

京の夢大阪の夢

江戸いろはカルタの『ん』、『京の夢大阪の夢』の話です。

2007年1月に、『梅爺閑話』を開始した記念すべき第一回目が『犬も歩けば棒にあたる』でしたから、最後の『ん』に到達するまでに、2年以上を費やしてしまいました。もっと早く『ん』に到達するだろうと予測していましたが、途中で、色々な『雑念』が湧いてきて、文字通り『梅爺も歩けば神にあたる』『梅爺も歩けば脳にあたる』と、脱線を繰り返した結果です。

『ん』で始まる言葉は、日本語にはありませんので、作者は苦肉の策で、東海道53次の、終点『京の三条大橋』をイメージしたのでしょう。自分達の『江戸』を起点(日本橋)としての洒落た発想です。

それにしても、『京の夢大阪の夢』で作者は何が言いたかったのでしょう。また江戸の庶民は、何を思い浮かべたのでしょう。

江戸にいても、夢ならば京であろうが、大阪であろうが、自由に行くことができる、という意味にとれば、夢は『いやな現実』を一瞬忘れることができることから、『せめて夢くらいは楽しく見たいもの』と、やや嘲笑気味に言っているようにも思えます。当時の江戸庶民の大半は、『江戸で生まれ、江戸で死ぬ』生涯を送り、京や大阪は『話で聞くばかりの所』であったに違いないからです。

京は、帝(みかど)や公家が住まわれる高貴な所、大阪は、商人の金儲けの中心地ということで、『偉い人になる』『金持ちになる』ことを夢想するともとれます。しかし、夢から醒めれば、途端に厳しい『現実』に逆戻りするわけですから、『せめて夢くらいは壮大に』という、これも庶民の自嘲の意味が込められているようにも感じます。

梅爺がブログに何回も書いてきたように、人間の脳は、ストレスを回避し、癒すために、本能的に、『楽しいこと』を希求するようにできている、ということの裏づけのように思われます。人間にとって『笑う』ことが、いかに重要なことかということも、これに属します。

さて、『江戸いろはカルタ』が、これで一段落つきましたので、次は『上方いろはカルタ』に挑戦したいと考えています。実は、『江戸いろはカルタ』と『上方いろはカルタ』で共通なものは、『月夜に釜を抜く』しかありません。江戸と上方(大阪)の、文化の違いは、情報の流通が激しい今日でも存在しますので、当時は、庶民の考え方には、もっと大きな差があったのではないかと、推測しています。

とは言え、例によって梅爺の勝手な解釈になりますので、『正統な解説書』とは程遠いものになることは、ご容赦いただきたいと思います。

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2009年4月29日 (水)

粋は身を食う

江戸いろはカルタの『す』、『粋(すい)は身を食う』の話です。

豪商が、儲けた金を、吉原で気前よく使い果たしたなどという話は有名ですが、大店(おおだな)の旦那が、吉原へ通いつめて、家業が傾いたというようなこともあったに違いありません。

この諺は、そういったことを見聞きしていた江戸の庶民が、『つつましく生きるに越したことは無い』と考えた教訓のようでもありますが、実は、自分達は望んでも真似ができないことに、『それ見ろ』という金持ちに対する『僻(ひが)み心』が潜んでいるようにも感じます。

江戸時代の『粋(スイ又はイキ)』という言葉の意味は、多様であったのではないでしょうか。勿論『宵越しの金は持たない』といって、豪快に散財するのも『イキ』であったかもしれませんが、『粋(イキ)な黒塀見越しの松に』などと言う時の『イキ』は、『一見普通に見えるものを、よくよく見ると大変贅沢が施されている』といった意味でしょうから、『見えないところに配慮し、オシャレをする』という心意気を、江戸の人たちは、『イキ』と呼んで、尊んでいたように思われます。

商人や庶民が、表向きの豪勢で武士の反感を買うことを避けて、着物の裏地などに、贅沢をして、内心『イキ』がっていたのでしょう。『士農工商』で武士が最上階級とされていた社会で、『本当の実力者は自分達だ』という、商人の自負が産んだ文化のようにも感じます。上の人が、威張れば威張るほど、下の人は、『それがどうした』と内心では思うもので、健全な庶民とはそういうものです。

『ワビ』『サビ』などと同様に、『イキ』は、極めて日本的な文化を表現する抽象概念で、外国人に外国語で説明するのが、難しい言葉です。もっとも、海外のブランド品に群がる最近の若い人たちの中には、『イキ』は、もはや存在しないのかもしれません。

梅爺は、身づくろいに関して、見えないところどころか、見えるところにも、無頓着すぎると、よく梅婆にたしなめられていますので、『イキ』に関しては、日本人として失格者で、『イキ』を論ずる資格はありません。

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2009年4月16日 (木)

背に腹はかへられぬ

江戸いろはカルタの『せ』、『背に腹はかへられぬ』の話です。

相互に代用が効かないものの例えとして、『背』と『腹』という、言葉を選択した江戸庶民のユーモアに、先ず感心します。代用が効かないものは、他にも沢山あるなかで、『背』と『腹』と言われると、虚を突かれた感じがして、思わず『うまい!』と言いたくなります。

『世の中には、代用が効かないものがある』という意味から転じて、『やむを得ず、その方法を選ぶしかない』という時に、私達は、この諺を使います。

第三者が、客観的に、冷静に観れば、色々な選択肢がある場合でも、切羽詰った本人には、『進む道は、これしかない』と選択肢が無いように思えることがよくあります。『ABCD網』で経済的に列強から締め付けられた戦前の日本は、『座して死を待つくらいなら、戦う』と戦争に突入しました。国として『背に腹はかへられぬ』と考えた一例のように思います。

勿論、梅爺は、元航空幕僚長のように、日本の過去の行為に関して『まちがっていなかった』などと単純な主張をするつもりはありません。明治維新以降、列強に追いつこうと『列強らしく振舞い』、東アジアの植民地化を『大東亜共栄圏』設立などという美名で正当化しようとし、隣国の人たちに、苦難を強いた事実は、『過ち』以外のなにものでもありません。

しかし、当時善人の集団のなかで、日本だけが『悪人』であったというような見方も、単純すぎるように思います。植民地政策が『悪人の所業』というなら、当時は世界に沢山の『悪人』がいました。イギリスがインドで、フランスがベトナムで、オランダがインドネシアで行っていたことや、古くはスペインが南米で行っていたことを観れば、世界は『悪人だらけ』でした。遅れて列強陣に連なった日本が、『あいつがやるなら俺もやる。正直者は損をする』と考えたことは、賞賛も肯定もできることではありませんが、『当時の世界の価値観』は、そういうものであったということも考慮にいれる必要があるように思います。裁判で言うなら、無罪ではありませんが、情状酌量の余地は全く無いわけではないという程度の話です。

植民地の経済支配は『国益』のためと、自分の論理を優先し、支配される人たちのプライドや生活、時に命をも省みなかったことは、現在の世界の価値観では『まちがい』であったことは、議論の余地がありません。

経済行為は、現在でもそうであるように、過酷なほどに『強者』と『弱者』を産みだす性質を内包しています。国益のための植民地支配は、その極端な例で、多くの国が現在ではその『行きすぎ』をまちがいであったと考えているように、日本も『まちがい』であったことを認める必要があります。ただ当時の国際情勢を、『好戦的で侵略的な軍国主義者が起こした戦争』と、単純な白黒議論で片付けることに、梅爺は違和感を感じます。

当時の日本人の多くが、『背に腹はかへられない』と考え、心ならずもズルズルと戦争に引き込まれていった事情の背景は、そのように単純なものではないはずです。

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2009年3月27日 (金)

門前の小僧習わぬ経を読む

江戸いろはカルタの『も』、『門前の小僧習わぬ経を読む』の話です。

寺の和尚さんに弟子入りした小僧が、門前の掃き掃除などをしながら、毎日和尚さんの唱えるお経を聞いているうちに、いつのまにか、お経を口真似で唱えることができるようになるという状況が想像でき、お経の本当のありがたさや意味が分からない小僧が、一丁前に格好だけつけている様子の滑稽さが伝わってきます。

何かを学ぶ時に、理屈抜きに、繰り返しそれを体験し続ければ、やがて、それらしく振舞えるようになりますよ、という教訓にも取れますが、一方、格好だけつけても、その本当の意義を理解していなければ、単なる猿真似ですよ、と諭しているようにも受け取れます。

繰り返し反復するうちに、脳の記憶が確かなものになるということは、誰もが体験していることで、『脳の記憶メカニズム』に『反復』が有意に作用していることが推測できます。人間だけでなく、インコも、毎日同じ言葉を繰り返していると、それらしく喋りだします。梅爺も、思わぬときに、テレビのコマーシャルソングが、口をついて出てきたりして、広告主の策略とおりに『洗脳』されてしまったと苦笑することがあります。『洗脳』の基本テクニックは、繰り返し同じ情報を与え続けることであることが分かります。『洗脳』で経を読んでいるうちは、笑って済ませますが、過激なデモや、テロ行為を誘発する要因にまでなると、とても滑稽ではすまされません。

『聞き流しているだけで、英語が話せるようになる』というCD通販のコマーシャルを見て、梅爺は『嘘だろう』と疑っています。英語の基礎的な素養を身につけている人には、『聞き流し』は確かに有効な手段であることはまちがいがありません。自分の知識を確認し、異なった語彙や文法の応用で、表現力を拡大できるからです。しかし、基礎的な素養無しで、『聞き流し』てみても、『英語が話せるようになる』とは、とても思えません。

何かを身につけるときに、『物まね』は一つの有効な手段ではありますが、それと同時に、やはり『基本をみっちり学ぶ』ことも必要ではないでしょうか。ずぼらな梅爺は、『楽して結果だけ得たい』と思い続けてきましたが、今までの人生で、そういう『うまい例』に遭遇したことは、残念ながらあまりありません。

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2009年3月14日 (土)

貧乏暇なし

江戸いろはカルタの『ひ』、『貧乏暇なし』の話です。

この世は、大変不公平にできていると、多くの人が嘆きます。確かに、『生まれつきの才能』『生まれつきの容貌』『生まれつきの体質』それに『生まれた時代』など、自分では如何(いかん)ともしがたい要素で、人生が規制されることを考えると、『永い目で見れば、人生はプラスとマイナスが相半(あいなか)ばしている』などと、偉そうなことは、迂闊には言えません。

しかし、このような不公平な世の中で、生きている限り、現在の『時間』だけは、誰にも公平に与えられている『資源』であるという主張には、文句のつけようがありません。『資源』として『時間』は誰にも、公平に与えられますが、その『時間の使い方』には、不公平な要素で差異が生じ、『時間の使い方』がもたらす『結果』にいたっては、更に大きな差が生ずることを、私達は、経験で知っています。

江戸の庶民が、『暇(ひま)』と言っているのは、『自分ために有為に過ごせる気ままな時間』のことではないでしょうか。それでは、『暇』と感じない『時間』とは何かと言えば、『生計を得るために働く時間』や、『自分の意志ではない誰かの命令に従っている時間』ということになります。

人間は、不思議なことに我儘(わがまま)にできていて、多忙に働いている時には『暇』を希求しますが、梅爺のように、現役を退いて『毎日が日曜日』の生活になると、『暇』をもてあまし、忙しく働いていた日々を懐かしく思ったりすることになり兼ねません。従って、『暇』を『有為な時間』にするか『無為な時間』にするかは、大変大きな違いであることに気付きます。『無為な時間』の連続は、人間を不安にさせ、不幸な気持ちにするばかりか、老人にとっては『呆け』を誘発する危険な要素になりかねません。

江戸の庶民が、『貧乏暇なし』といっているのは、嘆いているようにも見えますが、反面、『充実した時間が過ごせる自分は幸せ』と言っているようにも見えます。

『生き甲斐』というのは、『自分は有為に時間を過ごしている』と実感できることで、『無為な時間』を『暇』と勘違いしている人は、『不幸』であるばかりでなく、折角公平に与えられている『時間』を浪費していると言われても、仕方がないように思います。

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2009年2月27日 (金)

縁は異なもの

江戸いろはカルタの『ゑ』、『縁は異なもの』の話です。

誰もが、自分の人生は、『偶然の出会い』に大きく支配されていると感じます。数学的な確率で考えれば、普通は『ありえない』と考えられるような、『出会い』を経験すると、『これは神や仏のお導き』かと、考えたくもなるのも無理はありません。

江戸の庶民は、この『縁』にまつわる、人知を超えた事柄を、『異』と表現したことになります。『摩訶不思議』という意味で、現代でも『異』であることに変わりがありません。

梅爺が最近体験した『奇遇』については、前にブログに書きました。

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_78f3.html

『出会い』が『偶然』に支配されやすいように、自分の出生に関しても、親も、性別も、時代も、国籍も自分では選べない『偶然』で支配されていますし、死に関しても普通は、原因や時期を選べません。受精の瞬間にDNAの配列が決定し、自分の先天的能力が決まってしまうというプロセスも、『偶然』の最たるものです。アンネ・フランクもあと数十年後に生まれていれば、ごく普通の女性として一生を全うできたかもしれません。人間の身体を構成する60兆とも言われる数の細胞も、外部からの偶然に属する刺激や情報に反応して、それぞれ必然的に働いているわけですから、人間も、世の中も、自然も宇宙も、すべて『偶然』と『必然』が織り成す、『摩訶不思議』な世界であると言えます。

この『摩訶不思議』は、現時点では、人知を超えていますので、『そういうものだ』と単純に受け容れるか、梅爺のように『自律分散処理』が基本ルールであるなどと勝手な『仮説』を唱えるか、『神や仏といった、緻密な設計者が存在する』と信ずるか、いずれかの選択をすることになります。いずれにしても『偶然』がもたらす影響は、幸運をもたらすポジティブなものと、不幸をもたらすネガティブなものの両面がありますので、『神や仏のお導き』とするならば、ネガティブなものも均等に受け入れなければならないように思います。江戸いろはカルタの作者は、考えたって、どうせ分からないものなのだから、『異』として受け容れなさいといっているようにも受け取れます。梅爺にとっても、『偶然』が、あくまでも単なる『偶然』に過ぎないのか、はたまた奥に『深い意図が込められているもの』なのかは、理解の範囲を越えていますので、『異』であることは確かです。仮に『深い意図が込められている』としても、それは『人間のためだけに良かれと意図されたもの』ではなさそうだと感じています。アンネ・フランクの死は、ナチの人為的な暴虐が原因で『偶然』ではないように見えますが、あの時代にユダヤ人として生まれたことは『偶然』です。この『偶然』を、『神の導きである』などと言える資格は、誰にもないように思います。

いずれにしても、『偶然』が『必然』を喚起するというしくみで、人も、世の中も、自然も運行しているように思えますので、『偶然』は『できれば避けたいもの』ではなく『必要なもの』であるように思います。『偶然』がなければ、人間の生も、人生も成り立ちません。

『偶然』は『異なもの』ですが、自分の意志や能力の範囲で、どう対応するかで、その人の人生は変わることは、まちがいなさそうです。

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2009年2月 7日 (土)

知らぬが仏

江戸いろはカルタの『し』、『知らぬが仏』の話です。

これは、人間の不思議さを端的にあらわした深遠な諺であると思いました。つまり、人間は、五感を使って情報を取得し、その意味を理解することがなければ、心が乱れることがなく、『仏の境地』でいられるということを示唆しています。

しかし、この諺は『つまらぬことを知って、くよくよ心配するより、知らずに居た方が幸せですよ』と言っていると同時に、『誰もが事の重大さを知って、対応しようとしている時に、それと知らずに、のほほんとして居るのは笑止なことだ』と、蔑んでいるとも解釈ができます。『仏の境地』を希求する面と、軽蔑する面の両面を示唆しているわけですから、江戸いろはカルタの奥深さの真骨頂と言えます。大聖人でもない限り、人は生きながらに仏にはなれませんので、生きていく限り、苦悩は道ずれですよ、と諭しているのではないでしょうか。

梅爺のように、野次馬根性のかたまりのような人間は、自分から色々なことに首を突っ込んで、『知ろう』としますので、当然『仏の境地』からは、極めて縁遠いのは仕方がないことですが、よくよく自分を観察してみると、なんでもかんでも首を突っ込んでいるいるわけではなく、自分が好奇心をもつ対象には、貪欲に向かいますが、自分に都合が悪そうだと『感じた』ときには、意図的にそれを避けていることが分かります。

人間は、心身が傷つくと、それを自ら癒すヒーリング機能を持ち合わせていて、『知ろう』『知らないようにしよう』という本能的な選択は、心のヒーリング機能を、知らず知らずに使っていることになります。生物として、高度に進化した人間ならではの話です。『笑う』ことは、健康につながるという話も、このヒーリング機能の活用に他なりません。

人間の持つ『自己ヒーリング機能』のメカニズムに関しての知識などは、江戸の庶民は持ち合わせていなかったことを考えると、現象の奥に、何か重要な意味がありそうだと洞察していたことに驚きます。

これからも梅爺は、その場その場で『知らぬが仏』を、都合よく使い分けて生きていくことになりそうです。それでなくても、知りたくない『嫌なニュース』で世の中は溢れかえっているわけですから、自分から求めて『嫌なこと』を増やす必要もなかろうと、これまた都合よく考えています。

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2009年1月10日 (土)

身からでた錆

江戸いろはカルタの『み』、『身から出た錆(さび)』の話です。

『自分の身に、不都合なことや不名誉なことが起こるのは、不運のイタズラなどではなく、あなた自身がその原因をつくりだしているのですよ』と、諭してくれている諺であることはよく理解できます。

現代人は、金属の錆(さび)や、有機物の腐敗の原因は、それぞれ外気との間の化学反応、ばい菌の活動と、科学的に知っていますが、江戸時代の人は、現象的に錆や腐敗は、『まずい事態』であることは経験則で知っていたものの、原因は正しく理解していなかったことでしょうから、金属の錆は、金属の内部にその原因が隠れていると想像し、このように『身から出た』というような表現をしたものと推察できます。

何でもかんでも『自分のせい』と考えるのは、何でもかんでも『他人のせい』と考えるのと同様、極端ですが、梅爺は、この歳まで生きてきて、どちらかというと『自分のせい』と考える方が、人生は健全にやっていけると感じています。『日本をダメにしたのは、ヘボな政治家のせい』と言うのは簡単ですが、『ヘボな政治家が選ばれるしくみしか思いつかない日本人(自分)の責任』とも言えないことはありません。

確かに、『確信犯』で、『この程度のことは騙しとおせる』『この程度のことは、許してもらえる』と積み重ねた結果が、身を滅ぼすような結果をもたらした事件などに接すると、自分のことは棚に上げ、『とんでもない悪い奴だ』と言いたくなりますが、問題は、自分では気付かずに続けてきた行為が、思いもよらない、不幸な事態をもたらすということも、人生には沢山あり、事後にその因果関係に知って、『あのとき、それに気付かなかった自分は、なんと愚かだったことか』と、後悔することも多々あります。

こういう場合は、どう対応するべきなのかと考えていましたら、『爺さん論争』の仲間のSさんから送っていただいた、ダライ・ラマに関する資料の中に、『もし、抜け出す方法がなく、解決策がないなら、思い悩んでもしかたがない。なぜなら、どうしようもないからだ』というダライ・ラマの言葉を見つけました。

自分の能力ではいかんともしがたいことは、『どうしようもない』と割り切れ、ということで、なるほどと思いますが、『どうにかなったのではないかと、割り切れないから、悩んでいる』わけですから、これは『こんにゃく問答』のような気がします。

人は、健康も含め、将来錆となって、あらわれることを、内に抱えながら、それと知らずに生きているわけですから、錆となって現れたものだけを悔やむのも、おかしな話であると気付きました。やっぱり、『どうしようもない』が正解なのでしょうか。

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2008年12月28日 (日)

目の上のこぶ

江戸いろはカルタの『め』、『目の上のこぶ』の話です。

『煩わしく、邪魔なもの』のたとえであることは分かりますが、江戸の庶民がこの諺を聞いて、何を思い浮かべニヤリとしたのか、色々想像してしまいます。江戸いろはカルタ全体に流れる諧謔の精神を考えると、これだけが単なる軽妙な言い換えであるとは思えませんので、つい深読みして、何か人間の本性に関する『おかしさ』が込められているのではないかと考えたくなります。

同様な例えに、『のどに刺さったトゲ』というような表現があります。こちらは、四六時中気になって、気になってしかたがない『邪魔者』の感じが強く、何としてでも取り除いて、早く清々したいという、緊迫感がありますが、『目の上のこぶ』の方は、気にしだすと、煩わしくなる、といった程度の感じがしないでもありません。本人は、他人が『あの人は、夫婦喧嘩でもして、きっと奥さんに皿でもぶつけられたのだろう』などと、好奇の目で見るに違いないと体裁を考えて悩みますが、他人は、それほど気にしていないものですよ、皮肉っているようにも感じます。

一般には、『目の上』という表現から、出世や成功を目論んで、現状より上の状態への飛躍を強く望んでいる人間の前に、出世や成功の邪魔になるライバルや、邪魔者があらわれたような状況を表現するのに、この諺が良く用いられます。権力欲や出世欲が強い人間ほど、どんな手段を弄しても、『目の上のこぶ』を取り除こうとしますので、この後、おどろおどろしいドラマが展開することになったりします。

それほど、大袈裟な話でなくても、人は、誰でも何かしら『目の上のこぶ』を抱えていて、『これが無かったら自分は幸せなのに』と、人知れず悩むものです。何としてでも、それを排除しようとするか、それは自分に与えられた宿命とあきらめて、抱えたままで生きていこうとするかは、その人の人生観や価値観で決まります。

梅爺は、完全無欠な人間などこの世にいないと考えていますので、むしろ『目の上のこぶ』は、人生で自分の弱点や欠点を、思い起こしてくれる貴重なもののように感じます。ただ、そればかりを『言い訳』にしていると、『どうせ』とか『所詮』とかを連発することになり、向上心を放棄して、開き直ってしまいますので、その辺のバランスは難しいところです。人生は、なかなか釈然とはいかないものです。

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2008年12月11日 (木)

油断大敵

江戸いろはカルタの『ゆ』、『油断大敵』の話です。

うっかり、気を許して準備を怠ると身の破滅をこうむることになりかねない、という教訓ですが、『うっかり気を許して準備を怠る』事例は、日常生活の中に数ある中で、江戸時代の人が『油を切らす』ことを取り上げ、『油断』という表現を用いている感覚が、興味深いところです。勿論、この『油』は、食用の油ではなく、火をともすための油のことです。暗がりのために、敵や賊の発見が遅れ、やられてしまうということでしょう。江戸の人たちは、油を『大変な貴重品』と考えていたわけではなく、その気になれば、いつでも入手できるものと考えていたからこそ、『つい、うっかり準備を怠る』ものの例として取り上げたに違いありません。些細なものが、身を滅ぼす『大敵』になるという、思いもかけない因果関係で、面白さを表現していることになります。

ところが、堺屋太一氏の著書『油断』でも分かるように、現代人にとっては、石油の枯渇や供給停止は、悲惨な状態を招くことは、誰もが実感するところですので、『石油の確保を怠る』ことは、『些細なこと』どころか、最も重要なことの一つになってしまい、『油断大敵』は、そのとおりですが、思いもかけない因果関係ではなく、切実な因果関係に変わってしまっているところが、皮肉な話です。

梅爺は、この諺を、『油断大敵、火がボウボウ』と教えられてきました。燃えるもの(油)が無いので安全と思い込んでいると、とんでもない他の理由で、火事に巻き込まれることもあるという教えなのでしょうか。

『つい、うっかり怠る』は、自分で分かっていて、やらなかったことですから、『怠らないように努力する』ことは、可能ですが、火事にならないように『油』を遠ざけておいたのに、違う理由で火事に巻き込まれる、というのでは、注意のしようがありませんので、むしろ、『人生は、思いもかけない災難に遭遇することがある』という、異なった意味の教訓に変貌してしまいます。

『油断大敵、火がボウボウ』では、救いの無い話になりますので、『油断大敵』で、止めておいていただいた方が、ありがたいように感じます。

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