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2019年11月 2日 (土)

江戸の諺『金のつるにつく』

江戸の諺『金(かね)のつるにつく』の話です。『金づる』という言葉は現在でも使われます。ある人にとって『資金源』となる人(または場所)のことですが、『金づる』に取り付いていれば、労せず金が手に入るというニュアンスが込められています。

『金のつるにつく』は、労せず金が手に入る相手と分かったら、それにしがみついて放さないという様子が目に浮かびます。肌に吸着して血を吸う『蛭(ひる)』のようなイメージです。

人間社会において、『金が支払われる』には、それに相当する『価値』が必要になります。『価値』は『労働』『サービス』『能力』『モノ』などが評価の対象になります。

この原則に従えば、『労せず金を手にする』方法を見つけることは、易しいことではないはずですが、人間はあの手この手で、この方法を考え出そうとします。

『窃盗』『恐喝』『詐欺』など、『非合法』の手段で、『金を手に入れようとする』人が、後を絶たないのはこのためです。

『非合法』とは言えないものに、『宝くじを買う』『競馬、競輪などに賭ける』などがあります。しかし、これらの方法は『必ず儲かる』保証はなく、むしろ『損をする』確率の方が高いしくみになっていますが、それでも『幸運』を夢見て人々は、これに群がります。

『金融業』を『労せず儲ける』手段と言えば、関連する方々からお叱りを受けそうですが、他人から集めた資金で、『運用益』を得る行為を、『サービス』『特殊な才能』と観るかどうかは微妙な気がします。

個人の才覚で、『株や債券へ投資する』という行為も、観方によっては『労せず儲ける』部類に入るのかもしれません。

『銀行』『証券会社』『ベンチャー・キャピタル』などは、『世の中の経済の仕組み(ルール)』を『金づる』にしているといえば言い過ぎかもしれませんが、汗水流してわずかばかりの収入を得ている人から見れば、そう言いたくなります。

『金持ちと結婚した女性』『金持ちの愛人になった女性』『女性に貢がせて、遊んでいる男性』『働かずに親のすねをかじって生きている子供』など、『金のつるに取り付いている』人たちと言えるでしょう。

『金づる』側にも、何らかの『負い目』や『もくろみ』がないと、このような関係は成り立ちません。

『金のつるにつく』生き方は、『本当に幸せな生き方』なのかと問うまじめな方もおられると思いますが、何を『幸せ』と考えるかは人それぞれで、どんな生き方をしても、優先するものがあれば、失うものもあるということなのではないでしょうか。

『労せず金を手に入れて、面白おかしく遊んで過ごしたい』と願うのは、『天国』を夢見ることに似ているような気がします。『天国』を心安らぐ場所と感ずるかどうかは、これもまた人それぞれで、梅爺は三日くらいすると『退屈だ』と、言い出しそうな気がします。

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