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2019年11月17日 (日)

『芸術』の政治的統制(6)

『独裁者の支配する国家』『独裁的政党が支配する国家』では、『信条の自由』『表現の自由』は優先されません。『独裁者』『独裁的政党』の権威が脅かされるものは、全て排除しようとするからです。

『全体』の秩序を守ることが最優先になり、『個』は自分を抑制しなければならなくなります。もし『全体』の秩序に異を唱えれば、『反社会的』と糾弾され、強制労働が科せられたり、処刑されたりします。『個』の言動は『秘密警察』に監視され、『恐怖政治』が支配することになります。

『梅爺閑話』の様な能天気で言いたい放題のブログを書いていたら、真っ先に糾弾対象になるでしょう。

このような環境下で、大きな『精神的苦痛』をこうむるのは、『宗教』『芸術』『思想』の関係者と言うことになります。

人類の歴史の中で、自分の考え方に従わない人たちを徹底粛清した『政治権力者』は沢山存在します。日本の歴史でもそのような『権力者』は皆無ではありません。近世以降では『ドイツナチスのヒットラー』『ソ連のスターリン』が最悪の例としてあげられます。

『独裁者』は、『恐怖』で他人を制御できると本当に思いこんでいるのか、それとも権力を維持する手段として『恐怖』を利用する以外の方法がないのか、分かりませんが『独裁』は陰湿な『恐怖政治』と結び付くことになります。そして『独裁者』の顔からも、支配される人々の顔からも、『本当の笑み』は消え失せます。『金正恩』『習近平』『プーチン』に梅爺は『能面』のような冷たさしか感じません。『本当の笑み』を感じません。

『精神世界』の自由な表現が、『資本主義にくみする退廃』『愛国心の欠如』とされ、多くのソ連の『芸術家』は、精神的苦痛に耐えかね『亡命』の道を選びました。梅爺の好きな『音楽』の世界では、『ストラヴィンスキー』『プロコイエフ』などがアメリカへ亡命しました。彼等は20世紀を代表する『大作曲家』の評価を現在得ています。エストニアの大指揮者『ネーメ・ヤルヴィー』一家も、アメリカへ亡命しました。その息子が、現在NHK交響楽団の首席指揮者『パーヴォ・ヤルヴィー』です。

亡命しなかった作曲家では『ショスターコヴィッチ』が有名です。『スターリン』に作曲のし直しを命じられたり、作品の演奏が禁止されたりしましたが、それでも演奏されることがないと分かっていても、作曲を続けました。当然、心の闇、絶望感などが表現されていて、現代の私たちの心に響きます。『スターリン』の死後、彼の作品の一部は『ソ連』でも演奏されるようになり、同胞の人たちにも感銘を与えました。

『芸術家』にとって、『政治的統制』は、存在が全否定されるような苦しみであったに違いありません。

しかし、『民主主義』体制でも、『芸術』は野放しの『自由』が許されるわけではありません。『公序良俗』という、社会の『主観の共有』があり、この一戦を越えると、社会から糾弾されることになります。『個』と『全体』の間の齟齬は、いつの時代、どのような体制下でも、程度の差はあれ存在するのです。

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