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2019年11月15日 (金)

『芸術』の政治的統制(4)

『芸術』に類似したのので『芸能』があります。両者ともに『創造者(作者、演者など)』と『鑑賞者(読者、聴衆など)』の関係で成り立っているのは同じです。

違いは、『創造者』の制作動機にあります。『芸術』の『創造者』は、自らの気持ちや情感を表現したいという動機が優先しますが、『芸能』の『創造者』は、『鑑賞者』に『うける』ことを優先します。

『芸術』で『鑑賞者』が感動のあまり涙を流すことはありますが、『芸能』の場合は、『創造者』がしかけた『お涙ちょうだい』のしかけに、『鑑賞者』が狙い通りにはまって落涙することになります。

『芸能』は『娯楽』提供が目的になり、その分『大衆』が受け入れやすいものになります。

一方、『芸術』は、特定の能力を保有する限定された『創造者』と『鑑賞者』の関係で成立することになり、社会の中では『少数派』になりがちです。

ただし『芸術』と『芸能』の境界は、それほど明確ではなく、『芸術』の中にも『芸能』の要素が、『芸能』の中にも『芸術』の要素がないわけではありません。

一般論として『芸術』は『高尚』であり、『芸能』は『低俗』ということになるのかもしれませんが、それほど単純な区分けにはなりません。

『芥川賞』と『直木賞』のことを考えていただくと分かりやすいかも知れません。

『文楽』や『歌舞伎』は、もともと庶民の『大衆芸能』でしたが、洗練された高みを目指す努力もあり、現在では『伝統芸能』として、『芸術』に近いレベルの評価を受けるに至っています。一部の『ジャズ』は、『クラシック音楽』の領域と似たものになっています。

『低俗』のままでは飽き足らず、高みを目指そうとするところが、『人間』の素晴らしいところです。『伝統工芸』『茶道』『華道』『俳句』『和歌』『和食』など、精神性の高みを目指す努力が、日本文化の得に素晴らしいところで、世界に誇りうるものです。

『芸能』は『ビジネス』として『金儲け』が目的になりますが、『芸術』は『金儲け』が直接の目的にはなりません。しかし『芸術家』も生きていくためには『金』は必要であり、芸術行為が『金』になるなら、それに越したことはありません。

結果的に『金儲け』ができる『芸術家』は幸運な人であり、『金儲け』ができない『芸能人』は不幸な人と言うことになります。

人類の歴史に中で『芸術』と良好な関係を築いてきたと言えるのが『宗教』ではないでしょうか。『神仏を讃える』『霊を弔う』などという『精神世界』の情感を、『芸術家』の『信仰心』が表現し、『信者』はそれに『共感』して、結果的に『宗教』の基盤が強固なものになりました。『宗教』が本当に『芸術』の本質を理解していたかどうかは分かりませんが、結果的に『宗教』と『芸術』は、相互依存の関係を築いてきたことになります。

『芸術』の本質を理解しない『政治権力者』が出現すると、『政治』と『芸術』の間に深刻な問題が生じます。『政治権力者』は、自分の価値観で不都合と判断する『芸術』は弾圧の対象にし、都合が良いと判断する『芸術』は庇護の対象にしようとします。言葉を換えれば、『芸術』は『政治』の手段となり、『芸術の政治的統制』が始まります。

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