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2019年11月 6日 (水)

『人間』と『自然』の乖離(3)

このエッセイの著者は、『人間』と『自然』の乖離の問題を解決するカギは、『人間』の『自然』に対する『愛』を回復すべきであると主張しています。

大自然の中に、身を置いたときに誰もが感ずる『心の安らぎ』を体験する機会を増やし、『愛』を回復すべきであると言った主張です。

静寂な森林の中に身を置いたときや、海辺で繰り返し寄せる波の音を聴いているときに、確かに私たちは『心が癒される』体験をします。

『生物進化』論を主張する学者は、木の実や魚介を採取しながら、『安泰』を得て生活していた太古の人間の環境に対する感覚(習性)が、本能として現代人の遺伝子の中にまで継承されているからであると説明し、『脳科学者』は、森林が生み出す『酸素イオン』や、波の音に含まれる『α波』が、『脳』に『安らぎ』を感じさせる要因であると説明します。

『α波』は、胎児の時に母親の子宮の中で聴いていた『環境音』に似ていて、更にその音は、先祖の生物が『海』で生きていた時の『環境音』に類似しているからであると、こちらも『生物進化』を引用して説明します。

『自然』への『愛』を回復すべきであるという主張は、『自然』への『愛』が、現代人の中で失われつつあるという主張の裏返しでもあります。

一理ある主張のように見えますが、『人間が愚かな戦争を回避する為には、神への信仰や他人に対する愛を大切にすべきである』といっているような、空疎な理想論のようにも思えます。

少なくとも議論を具体化するには、何故『人間』は『自然』に対する『愛』を失うことになったのかを見極める必要があります。

この事には、『科学』が大きくかかわっていると梅爺は思います。

『科学』の知識が増えるに従って、『人間』は『自然』を、『摩訶不思議で神秘な対象』ではなく、『ルールで変容する物質の総合体』と観るようになったことが真の原因であると思います。梅爺も『自然界』を『物質世界』と表現してきました。

『太陽』『月』『星』『風』『雷』などへの観方は一変しました。それらに付随していた『神』の概念も消滅しました。近世以前の人類は、『太陽神(お天道様)』『月の女神』『星座の神や生物』『風神』『雷神』を、本当に『信じて』いたことを思い浮かべてみる必要があります。『俵屋宗達』は、そう信じて『風神雷神図』を描いていたということです。

私たちが歴史を考える時には、『昔の人は太陽神を信じていた』と認識するだけでは十分ではなく、自分が当時の人間であったら、『自分もそれを信じていた』という前提で、当時の人たちの『考え方』『感じ方』を仮想体験することが大切です。

『古事記』『日本書紀』に現れる『神話』は、現代人の私たちが『神話』と区別しているだけで、当時の日本人にとってはまぎれもなく『歴史』の一部であったということです。

『天災』も『疫病』も、『悪霊のたたり』で起きるもので、『陰陽師』のまじないや、神官、僧侶の『加持祈祷』は、それを封じる手段として『信じられて』いました。『天皇』が執り行う『神事』は、形式ではなく、『国家安泰』のための、最重要政治(まつりごと)でした。『科学』の知識が、なかったからに他なりません。

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