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2019年11月 4日 (月)

『人間』と『自然』の乖離(1)

『What should we be worried about ?(我々は何を危惧すべきか)』というオムニバス・エッセイ集の99番目のタイトルは『The Human /Nature Divide(人間と自然の乖離)』で著者は恐竜生物学者の『Scott Sampson』です。

この著者の『危惧』は、人間は本来『自然』を再生可能な環境として維持しながら、『共生』の対象とすべきであるにも関わらず、自分たちに都合よく『搾取』するだけの対象と考えるようになってしまっていることです。

『太古』から『中世』まで、『人間』と『自然』の関係は、上記のような『共生』関係にあったと言ってよいでしょう。基本的に『自然の恵み』によって、自分たちは『生きていくことができる』と認識していたと考えられます。

仮にそのような認識はなかったとしても、当時の地球の全人口は、現在の10分の1程度で、当時の衣食住のために『自然』の再生能力を大きく超えて、地球資源を破壊するには至らなかったと観ることができます。

もっともこのような過去の『人間』に対する好意的な観方は、必ずしも当たっていないという反論もあろうかと思います。

確かに、『マンモス』や南北アメリカ大陸に過去に生息していた『大型哺乳類』が絶滅したのは、『人間』がその地へ入植して、『捕獲し、食べつくしてしまった』からという説もあります。

『人間』の全てが、『自然』に畏敬の念を持ち、『共生』を大切にしていたというのは、言い過ぎかもしれません。『生きる』ことに精一杯であるときには、そのことを最優先し、身勝手に見える行動をするというのは、昔も今も変わらないと考えるのが自然であるからです。

ある程度生活環境が安定した時に、『人間』は、『自然の恵み』はそこに存在する『神々』によってもたらされると考え、畏敬の念をもって『共生』することが、結果的に自分たちを利すると認識するようになったのかもしれません。

偶然にせよ、『人間』の恣意がはたらいたにせよ、中世までは『人間』と『自然』の関係は、『共生』といえるものであったということになります。

近世以降、『人間』が『自然』に対して、『不遜』に振舞うようになったのは、『科学』が人間社会へ大きな影響をもたらすようになったからです。

『科学』は、次々に『人間』に『便利さ』『快適さ』をもたらす一方、それまで『人間』が使わなかった『地球資源』をエネルギー源として、素材として大量に消費するようになりました。

手にした『便利さ』『快適さ』は、あまりにも魅力的で、その結果『地球資源』を枯渇するかもしれないなどと言う嫌なことは、見て見ぬふりをしてきたことになります。新しいエネルギー源や素材に関しても、『科学』が打ち出の小づちのように、また解決策を見出してくれるであろうと楽観的に観ようとしてきました。

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