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2019年10月 6日 (日)

江戸の諺『赤眼釣り合う』

江戸の諺『赤眼釣り合う』の話です。『上方落語』には、この表現が使われたりしていますので、江戸と言うより上方で主に使われた表現で、関西の方には現在でもなじみの表現なのかもしれません。『心外である』とむきのなって突っかかる様子が目に浮かびます。

『赤眼』は『充血した眼』のことで、興奮して血圧が上がる状態ですから、激しい『怒り』などが原因になります。

私たちの『脳』が、他人の顔を識別するときに、先ず『眼』を基準にすると言われています。出生後の赤ん坊は、目が見えるようになると、先ず母親の『眼』を追うようになるのは、それが人間の遺伝子で継承される基本的習性であるからなのでしょう。

顔を識別する為に『眼』を基準にすると同時に、『眼』の表情で相手の『情感』も読み取ろうとする習性もあるように思います。

梅爺が昔飼っていた犬は、梅爺の『眼』を真剣に見つめることがよくありました。『眼』で相手の『情感』を読み取ろうとする習性は、人間だけでなく『生物進化』の過程で、他の動物も共有している習性なのではないでしょうか。

『眼は口ほどにものを言い』などと言う表現は、現在でも使われます。『口』からは『言葉』が発せられ、『言葉』は話し手の考えや情感を伝える重要な手段ですが、『言葉』だけでは伝えられない情感があるために、『眼』をはじめ、色々な身体の部位を利用して、情感は表現されます。『言葉』に頼る『文学』といった芸術様式の他に、『絵画』『造形』『音楽』『舞踊』などの芸術様式は、このようにして出現したのでしょう。

『背中の表情で演技できる俳優は名優である』といわれるのもそのためです。

『眼』がコミュニケーションの手段として重要なものであると、古代から人類は感じとっていましたので、『眼』にかかわる諺やイデオムは、どの言語にも多数存在します。

『目が合う』『目が堅い』『目が利く』『目が曇る』『目が眩む』『目が暮れる』『目が肥える』『目が冴える』『目が覚める』『目が据わる』『目が高い』『目が近い』『目が散る』『目が出る』『目が点になる』『目が遠い』『目が届く』『目が飛び出る』『目が(に)留まる』『目が無い』『目が離せない』『目敏(めざと)い』『目を細める』『目頭が熱くなる』などと、日本語にも沢山の表現があります。

『鋭い目』『鈍い目』『聡明な目』『愚鈍な目』などは、その人の性格、能力を一言で表します。

私たちが周囲から取得する情報の80%は、『視覚情報』であると言われています。『生物進化』の過程で、生き残りの確率を高める手段(周囲の状況が自分に都合がよいものかどうかを判断)として、『目』の機能と、それから得られた情報を認識、判別する為の『脳』を保有することになったことが、人間の高度な『精神世界』の基盤としても継承されていることに感謝しなければなりません。

『老眼』や『視力の低下』に悩まされながら、梅爺も『目』を活用して読書をしたり、テレビを観ることを楽しみに生きています。

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