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2019年10月 9日 (水)

江戸の諺『三味線に喰われる太夫』

江戸の諺『三味線に喰われる太夫』の話です。

これは浄瑠璃(ジョウルリ)を語る太夫の腕前が、伴奏の立派な三味線やその音色に比べて貧相で、釣り合っていないことを、からかっているものです。

『道具』だけは立派で、それを使う人の腕が、『道具』にそぐわないという状況は、よく見かける光景です。

高価な『ゴルフ・セット』を自慢する下手なゴルファー、『高級車』を自慢げに乗り回すいかがわしい人物、高価な『調理道具』一式をそろえた下手な料理人、立派な『カラオケ・セット』で得意げに歌う音楽センスのない人など思い浮かびます。

本人は、『道具』が良ければ、自分の腕も上がるであろうと勘違いしていたり、立派な『道具』を持っていれば、周囲の人が自分を高く評価してくれるであろうと、これまた勘違いしているわけですから、客観的にみれば滑稽な話です。

一念発起して、何か新しいことに挑戦するときに、高価で一流の『道具』を先ず入手するという考え方は、『道具』に似合う腕前になるまでは、安易な妥協や挫折は絶対にしないぞという、『退路を断つ』という意味もありますから、必ずしも、滑稽とは言えない面があります。

しかし、自分が『願うレベル』と『実現できるレベル』には差があることを事前に、冷静に予測することは難しいことです。

『どうせ自分はダメだ』と最初からあきらめてしまうと何事も成就できませんし、一方『無理なことにいつまでもこだわる』のも、貴重な人生を浪費になりかねません。

誰でも、多かれ少なかれ、このような問題を抱えながら生きていることになります。

他人のことはある程度客観的に評価できても、自分のことになると客観視は難しくなるということです。これも『安泰を希求する本能』が私たちの心の底にあるからです。

『道具』として有名なものに、楽器の『ストラディヴァリ』があります。17世紀のイタリアの楽器職人『アントニオ・ストラディヴァリ』が製作した、『ヴァイオリン』『ヴィオラ』『チェロ』で、それを保有することは、演奏家のあこがれの的です。

素人には、『ストラディヴァリ』とその他の職人が創った楽器の音色の違いは、聞き分けることは難しいのですが、『名器』であるという評価は一種の『主観の共有』として継承されています。現在まで、世界に600ほどの『ストラディヴァリ』が残されていますが、時価は3億円程度もしますから、誰もが保有できるわけではありません。

音楽業界には、独特の『レンタル制度』があり、金持ちの所有者が、演奏者の力量や知名度を配慮して、演奏者に貸し出すしきたりになっています。

世界のコンクールで上位入賞した演奏家や、音楽会で、知名度が高く誰もが認める実力の持ち主が貸し出しの対象になります。

金持ちがただ所有してしても『宝の持ち腐れ』ですから、実際に『使って価値を発揮する』ことを重視した、なかなかうまい仕組みです。 

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