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2019年10月13日 (日)

手を失いつつある(3)

新しい『道具』や『機械』が出現するたびに、人類社会や特定の個人は、少なからず影響を受けてきました。『自動車』が出現して、交通様式が変わり、『馬車』や『馬』は不要になり、『馬車職人』『馬車の御者』は職を失いました。

『産業革命』の時に、機械に職を奪われた『職人』たちは、『ラッダイト運動(機械打ちこわし運動)』に走りました。自分たちの『安泰』を脅かすことになった『機械』を、あたかも仇敵のように憎んだという話です。

しかし、社会は『道具』や『機械』の出現で、職を失った人の数より、圧倒的な多数の人たちは、『快適』『便利』を手にして、職を失った人たちの『反抗』などはかき消されてしまいました。

何よりも、『道具』や『機械』の出現で、『付加価値』を生み出した『企業家』や、それを資金面で支えた『金融業者』は、莫大な『利益』を手にし、貧富の差は拡大されましたが、圧倒的多数の庶民が手に入れた『快適』『便利』の力は絶大で、『企業家』や『金融業者』が『不当な利益を得ている』と非難することにはなりませんでした。

『政治リーダー』にとっても、『富国』は好ましいことで、『企業家』『金融業者』を擁護する立場をとりました。

『富』の拡大を『善』とする、『自由市場経済』『資本主義』が、人間社会の一つの基盤として定着してきた背景がここにあります。

『企業家』や『金融業者』が得た利益は、社会へ再投資されるので、社会は更に豊かになるという主張がなされましたが、現実は、利益は社会に還元されずに、富裕層の『貯蓄(内部留保)』が増えるだけという弊害が露呈しつつあります。

それでも、『アメリカ』のように、一部の人が『大もうけ』することを、『アメリカン・ドリーム』と人々は称賛し、羨望する風潮が形成されました。『アメリカン・ドリーム』は『アメリカ』が『自由な国』であるからであると、『自由』の意味を深く考えずに、これまた『自由』を礼賛する風潮もあります。

『資本主義』は、観方を変えれば、『資本家による労働者からの搾取』であり、人類にとって好ましい社会形態ではないという考え方が、『共産主義』『社会主義』で、人類の歴史で、壮大な実験がなされましたが、結局『ソ連』の崩壊で、表向きは『資本主義』に敗北することになりました。

この事から『資本主義』が、人類にとって『理想』と端的に勘違いする人がおられますが、そのような単純な話ではないと梅爺は思います。

『ソ連』が崩壊せざるを得なくなったのは、『共産主義』『社会主義』の考え方が悪かったわけではなく、それを実現する為に採用した『社会構造』が、多様な価値観を認めない『恐怖政治』に走ったことにあります。何故『共産主義』『社会主義』は、権力抗争や『恐怖政治』に走るのかは、別の議論を要するころではないでしょうか。

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