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2019年10月10日 (木)

江戸の諺『京の着倒れ、大阪の喰い倒れ』

江戸の諺『京の着倒れ、大阪の喰い倒れ』の話です。

その土地土地に、歴史などが絡んだ文化があることを表現しています。世界から見ると、小さな島国の日本ですが、『ケンミン・ショー』などというバラエティ番組を観ていると、近接の県でありながら、微妙に異なった方言、食文化、風習などが今でも継承されていることを改めて知ることができます。

『京』と『大阪』は、双方近い距離関係にある上方の都市ですが、『京』の人は、良い衣装を手に入れることに、全財産を投げ出すほどの執着をし、『大阪』の人は、美味しいものを食べることに、全財産を投げ出すほど執着すると、優先する『価値観』の違いを誇張して表現した諺です。

『衣装』『食べ物』は、単に比喩のために諧謔で使っている言葉で、本質は、『京』の人は『形式的な体裁』を、『大阪』の人は『実質的な実利』を優先すると言っていることになります。

天皇がお住まいになる『御所』を擁する『京』は、きらびやかな公家文化が継承されていて、『形式的な体裁』がものを言う土地であったのに対し、『太閤はん』のおひざ元で栄えた『大阪』は商人主体の都市で、『実利』がものをいう土地であったという歴史を反映しているのでしょう。

『大阪』の人は、『京』の人を体裁にこだわるけれども『渋ちん(けち)』であると笑いものにし、『京』に人は、『大阪』の人を、開けっぴろげで『ガラが悪い(品がない)』と笑いものにします。

現在では、更に『神戸』が、『私たちは、京都とも大阪とも違う』と主張して、関西では三つ巴の主張合戦になっています。

自分の『アイデンテティ』を、他人より優れたものであると、主張するのは、個人も『コミュニティ』も同じです。『安泰を希求する本能』が、人間の『精神世界』の根底にあるからです。

距離的に近い関係にあるほど、相手に対して『ライバル』心をたぎらせることになります。クラス内やチーム内の『ライバル対決』、近い関係にある『学校』『会社』同士の『ライバル意識』、近隣の『県』『国家』に対する『ライバル意識』などが、すぐに思い浮かびます。

過去に、日本の植民地としての支配された『韓国』は、その歴史的な『恨み』もあって、何事にも『日本には負けたくない』という国民感情が強いのも、そのためでしょう。

『韓国』の政治リーダーが、この国民感情を権力維持の基盤として利用しようとするところがあり、両国が『友好的に競い合う』のではなく、『敵愾心で競い合う』ことになってしまうのは不幸なことです。

冷静に考えてみれば、双方にそれほどの違いがあるわけでもありませんから、つまらないことでいがみ合うのは、日本の『諺』で表現すれば、『目くそ、鼻くそを笑う』ということで、滑稽なことです。

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