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2019年10月15日 (火)

手を失いつつある(5)

『人が手を失いつつある』というこのエッセイの表現は、『人間の仕事を機械が代行するようになりつつある』という意味です。

そのようなことは、今に始まったことではなく、特に『産業革命』以降、ずっと続いてきたことであり、確かに一部は社会に混乱を起こしたりはしましたが、人々は何とか対応してきた結果、全体としては社会は健全な発展を遂げてきたので、今後もそうなるのではないかと御指摘される方もおられるでしょう。

このエッセイの著者が危惧していることは、『本当にそうか』という問題意識です。

この事を考える上では、『人間の仕事を機械が代行する』という意味が、『今まで』と『これから』では異なってくるのかどうかが問題になります。

『今まで』は、『機械に仕事を代行させる』ことで、人間の『存在価値』が脅かされることはないという共通認識が、社会にありました。言い方を変えれば、『機械で代行できること』は機械に任せ、人間は『機械が代行できないこと』をすればよいという考え方です。部分的には機械が人間に勝ることがあっても、全体的な総合能力で人間は機械に劣ることはないという考え方ともいえます。前にも書いたように、人間が『主人』で、機械は『下僕』であるという認識です。

この時の『全体的な総合能力』は、『脳』を駆使した高度な『推論』『判断』のことを意味します。

ところが、『これから』は、この『全体的な総合能力』で、人間が機械より劣ることになるのではないかと、エッセイの著者は危惧していることになります。

『AI(人工知能)』と呼ばれる『コンピュータ』の『推論』『判断』は、人間の能力をはるかに超えてしまうかもしれないということです。

もしそうなら、『今まで』人間を必要とすると考えてきた『砦』が崩壊することになり、人間の『存在価値』が基盤から崩れ去ることになります。

『AI』のプログラムを、継続的に改良する為のプログラマーだけが、人間として必要で、その他の職業は、全て機械にとって代わられるという予測になります。

それどころか、『AI』自身が自己改善する機能を持つようになって、プログラマーさえ不要になるのかもしれません。

『機械の医者』は、人間のいかなる名医よりも、確率的に正確な診断と手術を行い、『機械の教師』は、人間のいかなる教師より適切な教育指導を行い、『機械の裁判官』は、人間の裁判官より、妥当な判決を下し、『機械の気象予報士』は人間の予報士より、確率の高い予測をするようになり、『機械の政治リーダー』は、人間の政治リーダーより、国益を重視した妥当な判断をするかもしれません。

勿論、このようなことが、『明日』起こるわけではありませんが、数十年後には、このような問題に人類は直面するであろうことが予測できます。

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