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2019年10月 2日 (水)

『侏儒の言葉 』考・・『地獄』(3)

『釈迦』は、自らが『仏教』という宗教の教祖になろうなどとは考えずに、その時代のインドで取得できる知識や、自分の及ぶ限りの『理』による推論で、『人が生きることは何故苦しみを伴うのか』という疑問に納得のいく『答』を導き出そうとしただけではないでしょうか。

勿論その『内容』は、多くの人を啓蒙するものであり、『釈迦』を師とする『弟子たち』が周囲に集まってきました。『釈迦』の死後、『弟子たち』は生前の『師』の教えを、『経典』として残し、それが後に出現する沢山の『経典』の元になりました。

『キリスト』も、自らが『キリスト教』という宗教の教祖になろうなどとは考えずに、その時代のユダヤで取得できる知識や、自らの思考で、『人と神の関係の在り方』を述べようとしただけではないでしょうか。

当時のユダヤは『ローマ帝国』の属州であり、『皇帝』を『神』と仰ぐように強いられ、ユダヤ民族がそれまで、継承してきた『ユダヤ人の神(ユダヤ人だけの神)との契約』がおろそかにされたり、『ユダヤ教』の神官たちも、為政者の『ローマ帝国』におもねるようにして権威を維持しようとしていました。このような状況に『キリスト』は警鐘をならそうとしました。直接支配者である『ローマ帝国』』に反旗をひるがえすように、民衆を扇動などはしませんでしたが、『ユダヤ人の神との契約』の原点へ戻ることを説きました。『キリスト』の周りには『弟子たち』が集まり、多くの民衆も、ユダヤ民族で継承されてきた『救世主』のイメージを『キリスト』にダブらせて抱くようになりました。

為政者の『ローマ帝国』と、腐敗した『ユダヤ教』の神官たちにとっては、『キリスト』は自分たちの権威や権益を脅かす『危険分子』とみなされ、『キリスト』は裁判にかけられて、『ローマの刑法』のしきたりで『十字架の刑』に処せられました。

『キリスト』の死の直後、ユダヤ民族は『ローマ帝国』に反旗をひるがえし、結果は徹底的に弾圧され、敗北に終わりました。これが歴史上の『ユダヤ戦争』です。『キリスト』の存在が、この民族蜂起に関与している証拠はありませんが、間接的な影響はあったのではないかと梅爺は想像しています。この時『エルサレム』の『ユダヤ教神殿』は徹底破壊され、現在は『壁』の一部だけが『嘆きの壁』として残されました。『嘆きの壁』は『ユダヤ教』の聖地です。『エルサレム』には、『キリスト』の処刑地(ゴルゴダの丘)跡に建てられたカトリックの聖地『聖墳墓教会』や、『イスラム教』の教祖『ムハンマド』が、大天使の先導で一時昇天し、『アッラー(神)』に謁見したと言われる『岩のドーム(イスラム教の聖地)』もあり、宗教的にデリケートな場所になっています。中世の『十字軍』は、当時『イスラム国家』が支配していた『エルサレム』を奪回するようにと言う『カトリック法王』の命にしたがって派遣されました。

『仏教』『キリスト教』が、『宗教』として確立するのは、後の関係者(布教者)の努力によるものです。特に『キリスト教』は『使徒パウロ』の功績が大で、『教義』の体系化は彼によって成し遂げられたと言ってよいのではないでしょうか。

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