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2019年9月17日 (火)

『侏儒の言葉』考・・『恋は死よりも強し』(3)

『精神世界』を根底で支配しているものの一つが『安泰を希求する本能』であろうと、梅爺は何度もブログに書いてきました。これは『仮説』ですが、このように考えるとに矛盾は見いだせませんので、梅爺は気に入っています。

『安泰を希求する本能』は、生物が生き残りの確率を高めるために、周囲の事象が『自分にとって都合がよいものか、悪いものか』を最優先で判断することとも言い換えることができます。これが『好ましい(好き)、好ましくない(嫌い)』という情感を生み出しています。この『好き、嫌い』の判断を最優先する習性は、原始的な生物の時代から、継承されてきていますので、『ヒト』だけが持つ習性ではありません。

このように『ヒト』の『脳』は、根底に『情感』による判断があることを理解する必要があります。

その後『ヒト』の『脳』は、高度に進化し、『理』で判断する習性も、追加されました。『理』の判断とは、『因果関係を特定して納得しようとする』習性のことです。これによって『判断ミス』が減少し、生き残りの確率が高まることになるからです。

『生物進化』の過程で、『理』による判断能力は、後から追加されたものであることは、その機能が『脳』の表面に近い『大脳皮質』で行われていることで分かります。

一方、『情』による判断能力は、より原始的であるために、最初に形成された『脳幹』の部分が関与しています。

私たちは、日常周囲の事象を判断するときに、上記の『情』による判断と、『理』による判断を、意識的に、また無意識に巧みに組み合わせて使っています。しかし、『生物進化』の名残が強いために、最初の判断は『情』による判断であることが大半です。

先ず『好き、嫌い』『都合の良し悪し』で判断し、その後『なぜ好きなのか』を『理』による『後付け論理』で補強しようとします。『情』による判断は『理屈抜き』ですから、それ自体は『何故か』と問われても答に窮します。

『精神世界』にとって、『分からないこと』『不思議なこと』は、放置すると『不安』を助長しますので、何とか『因果関係』を考え出して納得しようと(安泰を得ようと)します。このような人間の習性が、『科学』『哲学』『文学』『宗教(教義)』を生み出し、それが文明を進展させてきました。

『芥川龍之介』の『侏儒の言葉』も、梅爺の『梅爺閑話』も、『安泰を希求する本能』から派生した著述であるといえます。しかし、その内容は『精神世界』の『個性』を色濃く反映したものですから、『同じような考え方』『同じような感じ方』になるとは限りません。ですから、『どちらが正しいか』などという議論は、意味がありません。

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