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2019年8月 9日 (金)

江戸の諺『宵(よい)払い』

江戸の諺『宵(よい)払い』の話です。この表現は、江戸時代の『決算の習慣』を知っていないと理解できません。したがって現在ではあまり使われない表現です。

江戸時代、『盆暮れ』に、『決算』をするのが商家のしきたりでした。借金を清算して、新しい気持ちで『盆暮れ』を迎えるという、『リセット』が重要であったのでしょう。

この清算のために、多くの商家が『盆暮れ』が近付くと『金繰り』に苦労した様子が、井原西鶴の作品などに描かれています。

『宵払い』は、前日の夕刻(宵)に、清算を済ませてしまうという意味ですから、裕福でゆとりのある状態を表現しています。

現代の『資本主義』『自由経済主義』『市場主義』でも、企業や、国家、自治体などの『決算』は重要な意味を持ちます。

現在の経済システムは、債券、株券のように『将来の利益』を期待して発行されたものの、現状における『評価価値(含み益)』などが、『決算』評価の対象にもなると言った、非常に複雑なものになっていますが、江戸時代の『決算』は、それに比べれば単純であったといえるでしょう。

それでも、商家や大名家は、『大福帳』を用いて、『入金』『出費』を記録し、そろばんで決算を行っていたのですから、『決算』は、地道で労力のいる仕事であったものと思われます。

当然のことですが、地球上の生物の中で、このような複雑な、経済システム、金融システムを行っているのは『人間』だけです。

なぜ『人間』だけが、このような複雑な行為を行うことが可能なのかは、『ホモ・サピエンス』が7万年くらい前に、生物進化のプロセスで獲得した、『認識能力の革命』があったからであると、『サピエンス全書』の著者は指摘しています。

『認識能力の革命』で、私たちは、『主観の共有』という、他の生物が保有しない能力を獲得しました。『主観の共有』は『神』『貨幣価値』『国家』などという抽象概念を、『実態あるもの』と人々が認識して(信じて)、共有することを意味します。コミュニティの中で、見ず知らずの人たちも、『主観の共有』でつながることになり、コミュニティの規模が他の生物では例をみないほどのものになりました。

更に、文字、数字を用いて、情報を『記録』することで、複雑な経済システムにも対応できるようになりました。

私たちが『あたりまえ』に受け入れている、『経済』『金融』のしくみは、このような人類の歴史に由来しています。

7万年前の生物進化の『認識能力の革命』が起こらなかったら、『人間』は地球上最強の哺乳類にはならなかったかもしれません。

『物質世界(自然界)』で起きている事象は、目的やあるべき姿を求めた『変容』ではありませんから、私たちの現在の存在は、『幸運な偶然』によるものとしかいいようがありません。

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