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2019年8月14日 (水)

科学が『パンドラの箱』を開けてしまった(3)

中世以前の人たちにとって、自分たちの存在や営みの全ては、『神』の存在なしには成り立たないという認識でしたから、『宗教』は必須なものでした。それを信じないかぎり、『宇宙』『生命』『人間』の説明ができなかったからです。

その時代、『宗教』は人類にとって全てであり、現代の『科学』の役割も果たしていました。聖職者も『天体を観測する』ことは、『神』の真理を理解することにつながると、信じて疑いませんでした。現在でも『バチカン』には、『天体観測施設』があり、聖職者がそれに携わっていることをテレビの番組で観たことがあります。聖職者はインタビューで『真理を追究することは神を知ること』と答えていました。しかしこれは『天体観測』の意義と『神の存在』の両方を肯定しようとする無理な論理です。『宇宙』の始まりから今日までの変容の中に、『神』の関与の痕跡は見当たりません。

『神』の真理は、全て『聖書』に答えが書いてあるという前提でしたから、『分からない』ことに遭遇すると、聖職者は、『聖書』を隅から隅まで読んで、その『答』を探そうとしました。

人々も、自分の行為に自信が無い時には、神父に『懺悔』し、神父が『それを神はお喜びにならない』と言えば、それが『正しい答(規範)』になりました。

近世以降『科学』が、色々な『真実』を見出すまでは、人々は、全て『神の御意志』を『正しい』と受け入れることに、矛盾を感じていなかったことになります。梅爺はこの時代を『神道主義』の時代と呼んで、前にブログに書きました。聖職者も、まさか『科学』が後に、『宗教』にとって都合の悪い存在になるなどとは、想像もしていなかったことでしょう。

『ガリレオ』の『地動説』は、聖職者による『異端尋問(裁判)』で、『神にそむく考え方』と断じましたが、このころから、『宗教』にとって雲行きが怪しくなり始めました。

『ダーウィン』が『種の起源』で、『生物進化論』を発表した時、さすがに『異端尋問』はありませんでしたが、それでも多くの人からの批判にさらされました。

現代でもアメリカの40%の人々は、『生物進化論』を受け入れていないと言われていますから、一度人間社会に根付いた『主観の共有』は、強固な慣性を持ち続けることが分かります。

『科学』は、『宇宙』『生命』『人間』といった、従来『ブラック・ボックス』として『宗教』がその説明を担当していた領域で、『宗教』の説明とは異なる『真実』を提示し始めました。

科学が『パンドラの箱』を開けてしまったと梅爺が表現したのはこの事です。

『箱』の中から『災い』が噴出したとは言えませんが、少なくとも『宗教』からすると、都合の悪い話が明るみに出てきたことになります。

『科学』は『ブラック・ボックス』の全容を解明できているわけではありませんが、少なくとも重要な基本的な事柄は明らかになりつつあり、その説明には『神』は登場しないからです。

中世までの全ては『神』を規範に考えれば『正しい』とする『神道主義』の基盤が揺らぎ始めたために、人々はそれに変わる『価値規範』として『人道主義』を唱え始めました。 

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