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2019年8月 4日 (日)

『神道主義』と『人道主義』(4)

人類が、地球上に出現して以来、変わらず抱え続けてきた大きな問題の一つは、『個』と『全体』の矛盾する『価値観』を、解消する普遍的な方法や知恵を保有していないことです。

生物として『個性的』であることを宿命づけられている『個(個人)』が集まって、『社会(全体)』が形成されました。『個』で生きるよりも『群(社会)』で生きる方が、『個』も『群』も生き残りの可能性が高まるからです。

『社会(全体)』を効率よく維持するためには、『社会』の秩序が必要になり、『個』はその秩序を遵守するよう求められます。しかし、上記のように『個』は『個性的』で、一人一人が異なった『価値観』を保有していますから、この異なった多様な『価値観』と、『社会』の秩序を、どのように両立させるかが難問で、『普遍的に解消する方法や知恵を保有していない』と梅爺が書いたのはこのことです。

手っ取り早く解消したように見せかける方法は、『個の個性的な価値観』などは認めず、『社会(全体)』の秩序だけが『正当』であるとしてしまう方法です。この方法は、『個』に潜在的な『不満』が残りますが、その『不満』がマグマとなって噴出し、『社会』の秩序が破壊されないような体制側の対応策が必要になります。

中世の『神道主義』は、ある意味で実に見事な対応策であったと言えます。『神』だけが『正当』であるとし、『人間』には何が『正当』かを論ずる能力など無いと断じているからです。相手が『人間』なら、反発したくなりますが、『神』では太刀打ちできないと誰もが畏れ入りました。それでも目に見えない『神』の権威を、危うくしないために『神の言葉(価値観)』が記述されている『聖典(聖書など)』を権威の象徴とし,『聖職者』は『神』の言葉を『人間』に伝える代理人としてこれも権威の一部を担ってきました。

『科学』が、この『聖書』の記述内容とは異なった『事実』を次々に明らかにしたために、『神道主義』は揺らぎ始めました。しかし、現在でも『神道主義』を全面的に信ずる人たちや、部分的に信じている人たちは沢山存在しています。

『神道主義』ではない方法で、『全体(社会)』の秩序だけが『正当』であるとする対応策は、過去に『ナチスドイツ』等がありましたが、北朝鮮のような『独裁者国家』、中国のような『一党(共産党)独裁国家』として現在も存在しています。こちらは『聖書』のような絶対的権威の象徴がありませんから、『洗脳政治』『個人崇拝政治』『恐怖政治』で、人々の不満の爆発を抑制しようとしています。

北朝鮮や中国は『神道主義』ではありませんが、日本のような『人道主義』を優先する『民主国家』ではありません。ロシアなどは、『民主主義』を装った『独裁国家的』な色彩を残す国です。

梅爺は、日本が『人道主義』を優先する『民主国家』であることを相対的に『好ましい』と考えていますが、これが、人類の求めてきた『理想』に最も近いものであるかのような幻想は抱いていません。

 

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