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2019年8月 5日 (月)

『神道主義』と『人道主義』(5)

『ホモ・デウス』の著者が、『人道主義』の基本的『価値観』として記述する、『政治』『経済』『審美』『倫理』『教育』の『価値観』を眺めてみると、その洞察に感心し、確かにこのような『価値観』が受け入れられていると感じますが、一方、『現実とは異なった無理』があるとも思います。

この『現実とは異なった無理』が、言い換えれば『人道主義』の問題点であろうと思います。

たとえば『政治的価値観』の『選挙民は何が最善かを知っている』という表現は、『褒め殺し』すぎます。梅爺は選挙の時に、自分が投票する候補者が、最善の人物であるなどとは思っていませんし、そのようなことは知る由もありません。

民主的な『選挙』で、統計的に『民意』が示されることは確かですが、『民意』が最善であるなどという保証は何もありません。

イギリスは『EU脱退』を、国民投票による『僅差』で決定し、いざ脱退しようとしましたら、『そう簡単にはいかない』ことが判明して、再度国民投票を行うべきなどという、行き当たりばったりの対応が露呈してしまっています。

アメリカも、『アメリカ第一主義』で、なんでもビジネス同様の『折衝』で解決できると考えている『トランプ大統領』を選んでしまってから、良識ある人々は『これではアメリカが世界で一層孤独になる』と案じています。

とても『選挙民が何が最善かを知っている』などと言えない状況です。

日本でも、『都民ファーストの会』が、都議選で圧勝してみたものの、長続きせず、次の選挙腕も圧勝するなどと、考えている人はいないように見受けられます。

『民意』等というものは、その時の『空気』で、突然膨らんだり、急にしぼんだりする頼りないものに見えます。とても『選挙民は何が最善かを知っている』などと言えません。

しかし、民主的な選挙で、政治リーダーを『選ぶ』という方法を権威づけるためには『選挙民は何が最善かを知っている』という前提が必要になります。

北朝鮮や中国は、『民意』などという危なっかしいものより、『独裁者』『独裁政党』の『見識』の方が、よっぽど効率よく国家運営できるという前提ですから、『民主的な選挙』など、ちゃんちゃらおかしいというのが本音でしょう。

私たちは『民主的な選挙』こそが『正しい』と思い込んでいますが、『正しい』などという保証はどこにもありません。『正しい』は適切な言葉ではなく、『他の方法よりましである』ということでしょう。

しかし、独裁者や独裁政党の『見識』を国民に強い続けると、一部の国民に必ず『不満』が芽生え、やがてその『不満』が、マグマのように寄り集まって、独裁者や独裁政党を脅かす存在になりかねません。人類の歴史は、そのようなことで、独裁者や独裁政党が倒された事例で満ち溢れています。歴史は繰り返すと言うなら、北朝鮮や中国の『恐怖政治』もやがて何らかの終焉を迎えることになるのでしょう。それが、いつ、どのように起こるのかは、今は誰にも分かりません。

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