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2019年8月15日 (木)

科学が『パンドラの箱』を開けてしまった(4)

『科学』が『宇宙』『生命』『人間』という、従来『ブラック・ボックス』であった存在の中身やその『カラクリ』を、明らかにし始めました。

その結果『宇宙』『生命』『人間』の出現と現在にいたる変容には、『神』の関与は見当たらないことが判明しました。『聖書』の内容や『聖職者』の判断を仰がなくても、普遍的、論理的に説明が可能であるということです。

この事で、それまでの『聖書』や聖職者の判断を『正しい』としてきた『神道主義』の基盤が揺らぐことになりました。

近世以降、人類が『人道主義』を重視し始めた背景には、『科学』が『物質世界』の『摂理』を解明し始めたことが関連しています。『主観の共有』の内容を『神道主義』から『人道主義』へ置き換える必要に迫られたからです。人類は、『人間社会』を維持するために、いつの時代でも何らかの『主観の共有』を必要とする習性をもっています。

『人道主義』から、『共産主義』『社会主義』『ナチズム』などが生まれましたが、必ずしも成功せず、現時点では、『人道主義』と『民主主義』との組み合わせが世界の主流になりつつあります。

アメリカの童話『オズの魔法使い』は、『人道主義』を端的に表現したものになっています。主人公の少女ドロシーは、家へ帰る方法を求め、『勇気』が欲しいライオン、『脳』が欲しいカカシ、『心』が欲しいブリキのきこりと一緒に、『オズの魔法使い』を訪ねますが、魔法使いは実は詐欺師であることが分かり、ライオン、カカシ、ブリキのきこりも、『勇気』『脳』『心』をもともと持っていることが判明するという話になっています。

『判断』を『オズの魔法使い(神)』に頼ってもだめで、頼りになるのは自分の『勇気』『脳(思考)』『心(情感)』であるという、『人道主義』の本質が語られています。

『ホモ・デウス』という本の著者は、『人道主義』を礼賛するあまり、人間の『判断』を過大評価して、『民主主義』『自由経済主義(市場主義)』に問題が生じていることを指摘しています。

『神の判断』が正しいとする『神道主義』も、『人の判断』が正しいとする『人道主義』もいずれも、万全ではないということに他なりません。

人類は、今後『人道主義』に代わる新しい『主観の共有』概念を、見出すことになるのかというテーマが『ホモ・デウス』では論じられています。

『科学』によって、自然界に存在してきた『ホモ・サピエンス』が、人工的な能力で補強した新人種『ホモ・デウス(神の能力に近付いた存在)』に変身した時に、何が起こるかを予測した内容になっています。

『判断』は『神』でも『人』でもなく、『人工知能』が行うというような時代が想定されますが、梅爺は何やら人類の将来に不安を感じます。

『間違う』ことがあっても、『判断』は『人』が行うことが、健全なような気がします。

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