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2019年8月17日 (土)

二つの異なった『自我』のせめぎ合い(2)

古代の人たちは、『神が人間を創造した』『神は人間に特別の魂を付与した』『人は死で肉体は滅びるが、魂は神に召させる』という説明を思いつき、多くの『宗教』はこれらを教義として重視してきました。

『生前に神に背く言動があれば(信仰が乏しいと)、死後魂は地獄へ落ちる』『あの世には、天国(神の国)と地獄がある』などという説明も付随して行われ、人々は、それを信じました。

これらの説明は、現代にも継承されています。

古代から近世に至るまで、多くの哲学者が、『人間』の特質として『一人一人がユニークな自我(Self)を保有する』と説明してきました。そして『自我は、自分の行動を自分で決める意思を保有する』と説明してきました。『自分の行動を自分で決める意思』は英語では『Free Will(自由意思)』と表現します。

梅爺は、科学知識を駆使して理性で考える限り、『魂(霊)』の存在や、『あの世(天国、地獄)』の存在は、『疑わしい』と感じています。もちろん、日常の会話の中でそれらの言葉に遭遇した場合、いちいち目くじらを立てて反論はしませんが、『疑わしい』という考え方に矛盾を感ずることはありません。

『宇宙物理学』『生物進化』『生命科学』『脳科学』などにかかわる多くの科学者も、それらの『存在』の根拠を見出せないと主張しています。

更に科学者たちは、『ユニークな自我』『自由意思』の存在も、『疑わしい』と主張し始めています。しかし、『魂』や『あの世』の問題ほど、現時点で梅爺は、『疑わしい』という主張に矛盾なく同意できてはいません。

たとえば『ジャンケン』をする時に、『グー』『チョキ』『パー』のどれを出すかは、梅爺の『自由意思』で決めているという『実感』があるからです。

しかし、梅爺が『自由意思』と思い込んでいるのは『錯覚』で、実は『脳』の中で行われる『判断』は、何らかの先行する『トリガー』を情報源として開始される、『物理反応(電子信号の情報伝達)』『化学反応(ホルモンを媒体とする情報伝達)』の必然的な帰結にすぎないというのが、最近の『科学』の説明内容です。

つまり、主として脳内で先行する、『物理反応』『化学反応』のプロセスの結果を、梅爺は『自分の意思で決めた』と『錯覚』して受け取っているという話になります。

『ユニークな自我』を科学者が『疑う』根拠は、『人間』の『脳』の、『右脳』と『左脳』は、異なった役割を分担していて、そのどちらの機能がその時の『判断』に強い影響を与えるかは、『時と場合』によって変わるということに由来します。

云ってみれば、『右脳』と『左脳』は、異なった『判断』をする二つの『自我』の母体ですから、とても『人間』は『ユニークな自我』を保有しているなどと単純には言えないということになります。 

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