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2019年8月18日 (日)

二つの異なった『自我』のせめぎ合い(3)

梅爺は従来ブログの中で、人間の『精神世界』の特徴の一つとして、『理』と『情』が複雑に絡み合っていることを指摘してきました。

『ホモ・デウス』という本を読んで、人間には二つの異なった性格を持つ『自我』があると科学者たちが指摘していることを知り、その内容は、梅爺が指摘してきた『理』と『情』に匹敵するものと確認できました。自分の『考え方』が補強されたような気がして嬉しくなりました。

『ホモ・デウス』という本での説明はこうです。『自我』の一つは、人間の『左脳』が担当し、『理論優先』の性格を帯びています。『理論優先』では分かりにくい表現ですが、くだけた云い方をすれば『屁理屈優先』で、体験した事象について、自分にとって都合のよい『屁理屈』をなんとかひねり出して、自分を納得させようとする『自我』のことです。更に分かりやすく言えば『自己弁明(言い訳)』をなんとかひねり出そうとする『自我』です。自分に都合のよい『屁理屈』『自己弁明』ですから、客観的に『論理的』であるなどという保証はありません。『嘘をつく』ことにもつながります。『ホモ・デウス』ではこの自我を『語り部(自己弁明)自我』と呼んでいます。

『左脳』は、『論旨思考の中枢』『言語中枢』の場所としても知られていますので、『左脳』が『語り部(自己弁明)自我』を担当しているという話はうなずけます。

これを読んで、まじめな方は、『私は、嘘をついてまで自己弁明することはない』と反論されるかもしれませんが、その反論そのものが『自己弁明』ではないでしょうか。人は本能的に『自己弁明』しようとする習性をもっているということで、これは梅爺が主張してきた『安泰を希求する本能』に由来するものです。明らかに『嘘』と分かるような『弁明』の言動を押しとどめて、自尊心を保とうとするような行為は、更に高度な『価値観』を重視する論理思考が働くからで、これができる人は『器が大きい人』『理性的な人』です。多くの場合子供は『語り部自我』が直接前面にでます。

もう一つの『自我』は、人間の『右脳』が担当し、『感覚優先』の性格を帯びています。

『喜怒哀楽』『好き嫌い』『苦痛』『快楽』など、理屈抜きでとっさに感ずる『感覚』を優先する『自我』のことです。人間は、周囲の事象を感覚器官で検知し、その事象が自分にとって都合がよいものか、悪いものかを、最優先で『判断』します。これが『感覚優先自我』で、『ホモ・デウス』という本では、『経験重視自我』と呼んでいます。『経験重視自我』は無意識に機能しますから、『突然感動する』『突然悲しくなる』などということになります。病気や怪我の『痛み』も、突然襲ってきます。

『右脳』の『経験重視自我』は、それを体験しているときは、大きな影響力を発揮します。しかし、すぐに『左脳』の『語り部自我』が介入して影響力を発揮しますから、両者のせめぎあいがどのような『結末』をもたらすのかは、『時と場合』で異なることになります。勿論『脳』は個性的ですから、人によっても『結末』はことなります。

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