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2019年6月19日 (水)

飢餓、疫病、戦争(3)

今までの私たちの歴史を通して、『ホモ・サピエンス』を悩ませ続けてきたことのトップスリーは、『飢餓』『疫病』『戦争』であったと、著者は指摘しています。そして、これらは現在の人類にとって、かならずしも最優先の『問題』ではなくなりつつあると述べています。

こういう主張に対しては、『それは楽観的すぎる』と反論したくなる方もおられるでしょう。地球上には今なお『飢え』で苦しんでいる人たちが少なからず存在し、アフリカには『エイズ』『エボラ熱』の恐怖にされされている人たちが沢山おり、中東では『戦争』が続き難民があふれているではないかと反論されたくなるのではないでしょうか。

しかし、著者と、反論したくなる人の違いは、『マクロな視点とその価値観』と『ミクロな視点とその価値観』のどちらを優先するかの違いです。どちらが『正しい』かは議論しても始まりません。

『マクロな視点とその価値観』を優先する人は、『理』でものごとを『合理的』に判断する傾向が強い人です。欧米の教養人にはこの傾向が強い人たちが多いように梅爺は感じています。一方、多くの日本人は、『目の前の事象』を『情』で受け止める傾向が強いために『ミクロな視点とその価値観』を重視します。しかし、これは時に『重箱の隅をつつく』議論になる弊害もあります。『木を観て森を観ない』という弊害です。

たとえば『ホモ・デウス』の著者は、地球規模で観れば、現在『戦争』や『テロ』の犠牲で亡くなっている人の数は、『交通事故』『自殺』で亡くなっている人の数より少ない、『エイズ』『エボラ熱』で亡くなっている人の数は、ジャンク・フードに毒され『肥満』などで亡くなっている人の数よりはるかに少ないと述べて、『戦争』『テロ』や『疫病』が人類にとって最優先課題ではなくなりつつあると主張しています。

梅爺は、過去に比べて『飢餓』『疫病』『戦争』が人類全体に与える苦痛は軽減していることは認めますが、この問題の本質から目を逸らすことは危険であろうと感じます。『マクロな視点とその価値観』も『ミクロな視点のその価値観』も、双方重要であり、時と場合に応じて私たちはそのバランスを考えなければならないのではないでしょうか。

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コメント

初めまして。
福岡伸一先生を調べていてこちらを訪れ、それ以来愛読させて頂いております。
今回の内容とは関係なく不躾なお願いで誠に申し訳ありませんが、リクエストをさせて頂いてよろしいでしょうか。
ニックレーンの「生命の跳躍」あるいは「ミトコンドリアが進化を決めた」です。
それぞれ2010年、2007年の刊行で時間は経ってしまっていますが、もしご興味があれば御所感を頂けたらと思います。
これからも末永くブログを続けられますよう願っております。

投稿: 有楽斎 | 2019年6月19日 (水) 19時47分

有楽斉さま
コメントありがとうございます。
ニック・レーンの『生命の跳躍』は読んでいませんが、『ミトコンドリアが進化を決めた』は過去に読んで、感想をブログに掲載しています。
http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/index.html
2008年7月1日のブログを参照ください。

以上。

投稿: 梅爺 | 2019年6月22日 (土) 02時11分

有難う御座いました。

投稿: 有楽斉 | 2019年6月26日 (水) 07時52分

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