« 『精神世界』を理解する方法(6) | トップページ | 『精神世界』を理解する方法(8) »

2019年2月12日 (火)

『精神世界』を理解する方法(7)

周囲の事象を『脳』が、『都合がよい』と判定することももちろんあります。この時も『脳』は対応するホルモンを分泌して、『肉体』へそれを知らせます。『愉快』『楽しい』などという『情』が、これに対応します。 

『喜怒哀楽』は、『情』がもたらすものであり、『泣く』『笑う』などがこれを肉体的に表現する行為であることを前に書きました。他人との『絆』を確認する為に、『情』を肉体的に表現することは重要な意味を持つからです。人間にとって『言葉』は『情』を表現する手段ですが、『情』の表現手段は『言葉』だけではありません。『芸術』で『精神世界』を表現する領域は『文学』だけではなく『音楽』『造形(絵画、彫刻)』『舞踊』と多様であるのもこのためです。

『安泰を希求する本能』は、周囲の状況を『都合がよい』『都合が悪い』『どちらでもない(無視、放置できる)』と『判定』し、対応する『情(情感)』が派生します。『言葉』による『情』の表現は、以下のように分かれます。

『都合がよい』・・『嬉しい』『楽しい』『美しい』『正しい』
『都合が悪い』・・『悲しい』『悩ましい』『苦しい』『醜い』『間違い』

これらは、状態を『定性的』『抽象的』に表現したのので、『定量的』な比較はできません。『精神世界』を考える上で、『価値観』を『定量的』に比較できないということは大変重要な意味を持ちます。

更に、先に挙げた『精神世界』の特徴の2番目の『個性的である』が、問題を一層ややこしくします。同じ事象に遭遇しても、人間は『同じように感じたり、考えたりしない』ということになるからです。

『感動した』と二人の人間が『言葉』で『表現』した場合、『マクロ』に『情感』を共有しているとは言えますが、『ミクロ』には同じ『精神世界』を保有しているとは言えません。

多くの人たちは、『情感は定量的に比較できない』『情感による価値観には個人差がある』ということを理解していないために、自分が『感じたり、考えたり』しているように他人も『感じたり、考えたり』しているに違いないと勘違いしています。そして、このことが人間関係で悲喜劇を生む要因にもなっています。

極端な場合、自分が『美しい』『正しい』と『感じて』いることに、他人は『醜い』『間違い』と『感じて』いることもあり得ます。

特に『情感』を基盤とする『価値観』で、『正しい』『間違い』を論ずるときには、よほど慎重でなければなりません。この場合の『正しい』『間違い』は、『科学』や『数学』のような、『理』で『真偽』判定ができる世界の『正しい』『間違い』と同じではありません。

人間社会では、同じ『正しい』『間違い』という言葉の表現が使われるために、人類は混乱を重ねてきました。自分が『正しい』と『情感』で判断したことが、やがて『絶対的に正しい』に変わり、これを受け入れない相手は『間違い』『邪悪』と非難の対象になるばかりか、『抹殺』の対象にまでなります。

地球上から『イデオロギーの対立』『宗教対立』は無くならないのは、『精神世界』の本質を理解していないことが原因のように思います。

|

« 『精神世界』を理解する方法(6) | トップページ | 『精神世界』を理解する方法(8) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 『精神世界』を理解する方法(6) | トップページ | 『精神世界』を理解する方法(8) »