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2018年12月23日 (日)

犯罪で形成された国家(3)

『人間』や『人間社会』を理解する上で、重要な要因の一つが『人間は個性的であるように宿命づけられている』ということです。

この意外に単純な『事実』が、日本で重視されてこなかったのは、明治維新以来の国策が『富国強兵』で、個性を排して国家に準ずる『金太郎飴』のような一律な『日本人』が育成目標であったからです。個性を廃してステレオタイプに振る舞うことが、安泰をもたらすという点では、現在の北朝鮮、中国と同様な状況であったともいえます。

『聖徳太子』以来、『和をもって貴しとなす』という考え方が、日本文化で継承されてきたことが、さらに『一律の日本人』を形成しやすくしたのかもしれません。

『聖徳太子』が初めてこの表現を使ったのではなく、縄文時代、弥生時代、古墳時代からこの思想が『日本人』の中にあったと考えるべきでしょう。

『日本人』が『平和』を好む民族であるなどという解釈は手前勝手で、対立を『戦い』ではなく『和議』で決した方が、犠牲が少なくて済むという現実的な解決手段であったということでしょう。各地に豪族が乱立する社会で、培われた知恵であったのではないでしょうか。

現代の日本にも、『和を優先する』という文化は継承されていて、『野球』や『サッカー』でもそれが話題になります。『ぬきんでた個性』と『チームの和』のどちらが重要かといった議論ですが、外国人の目には、『日本』のチームは『チームの結束力』が重視されているように映ります。

『人間』が個性的であるということは、同じ事象に接しても、誰もが同じように『感じたり』『考えたり』はしないということです。

他人との関係で、『自分の考え』を殺して『他人』や自分の属するグループの平均的な『考え方』に合わせることを優先するという習性を日本人が持っているとしたら、それは長所でもあり短所でもあります。

『短所』は、『自分の考え』をもつ努力をやめて、常に周囲の意向を気にかけるようになってしまうことです。

本当の『和』は、自分を殺して他人に合わせることではなく、お互いの『違い』を認めたうえで、共存できる方策を一緒に考えることです。

『リーダー』には、『個性的な個の集合体』が社会であることを認識し、『和』を模索する能力が必要です。『リーダー』の『権力』を利用して甘い蜜を吸おうとすり寄ってくる人たちの誘惑に負けない『理性』も求められます。

『犯罪が形成する国家』は、論外ですが、どの国家でも『権力』と結託して利権をほしがる人たちが必ず存在します。『犯罪が形成する国家』を危惧するより、このどの国でも起こり得るこの問題を危惧することが重要ではないでしょうか。

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