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2018年12月 5日 (水)

梅爺創作落語『極楽詣で』(7)

(阿弥陀如来)『まず私のことをお話いたしましょう。私を皆様が阿弥陀と呼んでくださるようになったのは、お釈迦様の教えがこの世で広まった後のことで、それ以前、私はただ極楽を取り仕切る役目の者でございました。あの世と共に私はずっとこの役目をはたしてきただけでございます』
(八五郎)『するってぃと、阿弥陀様はお釈迦さまが現れるよりずっと前から極楽の守り番であったってぃことですか』
(阿弥陀如来)『お釈迦様がお生まれになるずっと前から、この世は存在しておりましたし、当然ながらお釈迦様の時代より前に亡くなられた方も数え切れないほどおられました。極楽は亡くなった方を霊者として迎え入れるところであって、お釈迦さまが創ったものでも、お釈迦様のために存在するところでもありません』
(八五郎)『ってぃことは、お釈迦様も極楽では霊者のおひとりにすぎないということですか』
(阿弥陀如来)『そのとおりです。お釈迦様は、この世で人間の生き方を深く洞察された方で、その内容が素晴らしいがゆえに、この世の多くの人に受け容れられました。でもお釈迦様も人間のおひとりであることには変わりなく、お亡くなりになった後は、この極楽で霊者として過ごしておられます。極楽には、この世のような身分の差はありません。この世で偉い方でも。、極楽で特別な扱いは受けません。それにお釈迦様は生前死後のことにはあまり触れておられません。お釈迦様のご興味の対象はこの世で生きることの意味であったということでしょう』
(八五郎)『するってぃと、如来、菩薩、明王、天部などという仏様は、どういうことになるんでございましょう』
(阿弥陀如来)『お釈迦様は、そのようなものとは関係がありません。お釈迦様の教えが仏教として、インドから外の地へ伝わったときに、その土地にそれ以前から存在した土着の祭祀や風習が、仏教に入れ混ざって、いろいろな役目の仏様が出現したということです。増えすぎて仏教の当事者も困り、曼荼羅などで役割分担を説明しようとしましたが、さらに秘密めいて分かりにくいものになってしまいました。詳しく知りたければ、お釈迦様の霊に会って、問いただされたらいかがですか』
(八五郎)『あっしらが仏教として教えられたことと、お釈迦様のはじめられた仏教は、かなり違うものであるというお話でございますな。この話を万福寺の和尚にしたら、腰を抜かすどころか気を失うかもしれませんな』

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