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2018年12月31日 (月)

古代人の『精神世界』(1)

『サピエンス全史』という現生人類の歴史の本を読みながら、梅爺はハッと思い知らされたことがありました。それは、農耕革命が起きる前の人類(ホモ・サピエンス)の『精神世界』の内容がどのようなものであったかということです。 

梅爺は、ブログで毎回のように人間の『精神世界』について考えることが大切であると書いてきましたが、そのくせ、上記の古代人の『精神世界』がどのようなものであったかを、迂闊にも考えたことがありませんでした。 

『サピエンス全史』という本には、当然のことながら、古代人の『精神世界』は、類推の域を出ない、学問的には『分からない』領域であると書いてありました。 

もちろん『精神世界』という言葉は使われていませんが、文脈からして、それは梅爺が『精神世界』と呼んでいるものを指していることは明白です。

『精神世界』は、『脳』が創り出す仮想世界で、生きている人間だけが保有できるものです。その上刻々とダイナミックに変容していますから、死んでしまった人、特に古代人の『精神世界』などは、再現して検証する方法は、現代科学をもってしても見つかっていません。

『人類考古学』などの分野では、遺跡から発掘された『人骨』などから、どのような体格であったか、頭蓋の容量から『脳』の大きさがどの程度であったか、『歯』の摩耗などから、何を食べていたかなどは、科学的に再現、特定ができますが、これらはすべて『人間』の『物質世界』に属する事柄の検証であり、その人物が、『何を考えていたか』『どのように感じていたか』など、抽象的な『価値観』も含め、全く検証する術がありません。

もちろん、残されている遺物から、間接的な『仮説』を主張することは可能ですが、それはあくまでも『仮説』に過ぎません。

洞窟に残されていた古代人の『壁画』などから、『精神世界』に関する『仮説』は立てることが可能ですが、それが『真実』であるとは言えません。

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