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2018年12月18日 (火)

『虚構』の共有(4)

『精神世界』が自由奔放に創りだす『虚構』は、『物質世界(自然界)』の事象として適応させることはできません。

『物質世界』の事象、因果関係は全て『摂理』で規制されていて、逸脱は許されません。一方、『精神世界』の『虚構』を規制するものはありませんので、文字通り自由奔放、『何でもあり』ということになります。

これも何度もブログで紹介してきたように、『桃から生まれた桃太郎』『竹から月生まれ月へ帰るかぐや姫』などは、自然界の『摂理』を無視して成り立つ話です。言い換えれば、自然界に『桃太郎』『かぐや姫』は存在しません。

この例は『おとぎ話』なので、誰も異存なく認めますが、『神』も『虚構』であると梅爺が言った途端に、顰蹙(ひんしゅく)を買うことになります。

『神』という『虚構(抽象概念)』は、人類の歴史上、大きな意味を持っているという次なる梅爺の主張に入る前に、『桃太郎と神を同列に論ずるのはけしからん』と感情的な反論を受けてしまいます。

『サピエンス全史』の著者『ユヴァル・ノア・ハリル』も、梅爺と同じ主張です。『神』は人間が創造した『虚構』、しかしながらこの『虚構』を共有する能力こそが『ホモ・サピエンス』を地球上の生物の頂点へと導く原動力であったという主張です。もちろん『神』だけでなく、『会社』『教会』『国家』『国連』『民族』『貨幣』などという『想像した現実』が、原動力であったということです。

『ユヴァル・ノア・ハリル』は、この『想像した現実』を共有する能力を『ホモ・サピエンス』が獲得したことを、『認識革命(Cognitive Revolution)』と呼んでいます。

後に、『農耕革命』『産業革命』『情報革命』と、人類は『文明』を進化させることになりますが、最初の『革命』が『認識革命』であるという考え方です。

実際には『認識革命』と『農耕革命』の間に、『ホモ・サピエンス』の『文明』の発芽があったという主張です。

次に紹介する、何故『認識革命』が『文明』を生み出すことになったのかという洞察が秀逸です。

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