« 2017年6月 | トップページ | 2017年8月 »

2017年7月31日 (月)

ウンベルト・エーコのエッセイ『偶然と神のデザイン』(2)

このエッセイの中で、『ウンベルト・エーコ』は『カトリックとプロテスタントの違い』について論じています。『聖書』に書かれていることを、『どのように受け止めるか』という姿勢の違いの話になります。

『プロテスタント』は、『聖書』に書かれていることの『真意』はこうだと表現することを重視します。これは『原理重視主義』と呼ばれるものです。しかし、『真意』はこうだと表現するプロセスで、その人の主観的な解釈が入り込んでくるために、『原理重視主義』は色々な受け止め方(解釈)を生み出すことになります。

一方、『カトリック』では、『聖書』に書かれていることの『真意』は、ローマ法王庁の見解が信者へ通達されます。見解は一つですから、色々な解釈が入り込む余地はありません。

このようなことから『ウンベルト・エーコ』は『キリスト教原理主義』は『プロテスタント』のみの存在し、『カトリック』には存在しないと論じています。

このような理屈っぽい議論は、欧米の教養人が好むものですが、日本人の多くの興味の対象にはなりません。日本人の中では『理屈っぽい』部類に属する梅爺でも、少々辟易します。

私達は『原理主義者』こそが、一つの考えに固執する集団と思いがちですが、『ウンベルト・エーコ』にかかると、逆に『原理主義』が多様な解釈を生み出す母体と言うことになります。このパラドックスのような問題提示が『ウンベルト・エーコ』の真骨頂です。柔軟な考えができない読者は、戸惑うことになります。

しかし確かに『プロテスタント』が非常に多くの宗派に枝分かれしていったのに対し、『カトリック』ではローマ法王庁の権威が保たれているのは何故か、という問いにはこの『ウンベルト・エーコ』の主張は答えています。

『カトリック』におけるローマ法王庁の見解も、簡単には出来上がりません。見解が出来上がれば、信者はそれを『信じて受け入れるだけ』ですみますが、見解を創るプロセスでは、高位の聖職者、神学者などの間で議論が行われ、どうにもまとまらないときには『法王』の意向で決するというような、現実的なプロセスがあるはずです。

限定された人たちで見解が創られるか、誰にでも見解を述べることが許されるのかの違いで、『解釈』には、人間の主観が入り込むことには変わりがないように梅爺には見えます。

『神の真意』という表現を用いながら、人間の『考えた』内容が、横行しているのではないか、『聖書』そのものも、もとはと言えば人間の創作であろうと、梅爺は畏れ多くも考えています。

| | コメント (0)

2017年7月30日 (日)

ウンベルト・エーコのエッセイ『偶然と神のデザイン』(1)

『ウンベルト・エーコ』のエッセイ集『Turning back the Clock(時を遡る)』の32番目の話題は『Chance and Intelligent Design(偶然と神のデザイン)』で、『宗教』と『科学』の論争のタネである、『天地は神が創造したものか』という内容に関するものです。

梅爺は、すでにこの話題を何度もブログに書いてきて、個人的な『見解』を有しているつもりですので、自論を検証する良い機会と思い興味深く読みました。

『Intelligent Design』という英語の表現は、『知的な設計』と一般的には訳せますが、このような議論の場合は『神のデザイン(神の意図)』の意味になります。

自然界の『事象』は、『偶然』によるものか『必然』によるものかという議論ですから、非常に難しい問題で、科学者の間でも議論が続いています。

ただし科学者の議論は、『必然』ならばそれは『神の意図』であるといった単純なものではありません。

自然界の『変容』は、いくつかの要因が複雑に絡み合って『偶然』に開始されるように見えます。したがって『変容』は『神の意図』で起きたとは考えにくいことになります。

人間にとっては極めて都合の悪い『天災』も、自然界の事象としては偶然の要因が複数重なって起きた『変容』に過ぎません。『天災』は善良で信仰深い方の命も容赦なく奪いますから、これを『神の意図』とするには少し無理があります。

『変容』は『偶然』のきっかけで始まりますから、宇宙の歴史を、『ビッグ・バン』まで巻き戻し、再スタートさせてみても、『地球』や『人類』が出現するとは限らないという話になります。

しかし、ややこしいことに『変容』は『偶然』の要因がきっかけで始まりますが、『変容』そのものは『摂理(ルール)』に則って進行することも動かせない事実です。

つまり自然界は、全て『摂理』に支配されていることは明白で、この『摂理』を見出すことが『科学』の使命になっています。

『ニュートン』『アインシュタイン』などの天才的な『科学者』達が、すでに多くの『摂理』を見出してきました。

しかし、『何故自然界は摂理に支配されているのか』『何故摂理は存在するのか』といった根本的な問いに、現在の科学は何も答えることができていません。これは『科学』にとって究極の問いです。

それならば、『摂理』こそが『神のデザイン』ではないかということにもなりますが、この問題はそれほど単純な話ではありません。

『ウンベルト・エーコ』も、現在は答が見つからないと結論付けています。

| | コメント (0)

2017年7月29日 (土)

出雲と大和(10)

17万年前にアフリカ中部に出現した『現生人類(ホモ・サピエンス)』は、8~10万年前に、世界の各地へ向けて移動を開始し、日本列島へ到達したのは、3~4万年前であったのではないでしょうか。

その後、『石器時代』『縄文時代』『弥生時代』『古墳時代』となるわけですが、『ヤマト王権』が出現したのは、『弥生時代』の後半から『古墳時代』の前半頃と推測できます。

各時代の『コミュニティ』規模を想定すると、『縄文時代』までは『村落単位』が中心で、『弥生時代』に初めて『豪族』による地域支配が出現したのではないでしょうか。やがて強い『豪族』が他の『豪族』も含めて支配する『連合国家』のようなものが生まれてきたと考えられます。

『邪馬台国』は、『豪族』達の間の紛争を終わらせるために、『豪族』達が合意で設立した中央国家であると『魏志倭人伝』には書いてあります。女性の呪術者『卑弥呼』をリーダー(女王)とし、紛争はおさまったとも書いてあります。

日本に初めて出現した強力な『連合国家』が『出雲国』であり、この支配者が『大国主命』であったと梅爺は推測しました。『邪馬台国』と『出雲国』の関係は特定はできませんが、『邪馬台国』は『出雲国』も関与して創られた体制であるとも考えられます。

その後、九州に拠点を持っていたある『豪族』が、『東征』を開始し、ついに『出雲国』から権力を奪い取って、大和地方に『ヤマト王権』を樹立することに成功したと考えられます。

文化的、技術的に進んでいたはずの『出雲国』が、何故新興勢力の『ヤマト王権』勢力に権力を奪われたのかは、理由がよくわかりませんが、『連合国』としての結束に弱点があったのかもしれません。

『ヤマト王権』は、苦労をしながら旧『出雲連合』に属していた豪族たちを支配下におさめ、文化や技術も積極的にとりこんで、『飛鳥時代』には日本の大半を支配する『国家』になったということでしょう。

このプロセスは、明治維新で『薩長連合』が、江戸に本拠を移して『明治政府』を樹立し、幕府の支配から自分たちの支配へ変えていった姿と似ています。日本人の大半にとっては、支配者が交替しただけのことでした。『ヤマト王権』の樹立も当時の日本人の大半にとっては『支配者の交替』であって、それ以前の文化が消滅したわけではありません。

『出雲国』勢力は新しい権力者である『ヤマト王権』の支配下になったということで、むしろ文化面では新興の『ヤマト王権』に強い影響を与えていると梅爺は考えています。

『伊勢神宮』などは、『出雲』の神社様式を真似て創ったのではないでしょうか。

『古事記』『日本書紀』の編纂者は『魏志倭人伝』を読んでいたはずですが、『邪馬台国』『卑弥呼』は『古事記』『日本書記』では明白な説明がされていません。これは『ヤマト王権』の先祖ではないことを示唆しているように見えます。

『出雲』を敵として『悪者』に仕立てずに、『国譲り』をして『ヤマト王権』に従ったと友好的に扱っているのは、『ヤマト王権』は成り上がり者ではなく、最初から圧倒的な勝者であったという印象を創りたかったからではないでしょうか。または『出雲』を悪者にできない、何かの事情が隠されているようにも思えます。

| | コメント (0)

2017年7月28日 (金)

出雲と大和(9)

九州から『東征』してきて『ヤマト王権』を築いた勢力が、『出雲連合国』からその支配地『葦原中津国』を奪い取り、ここを拠点と定めたというのが、梅爺の推測です。

この時、『ヤマト王権』側のリーダーは『神武』という人物であったとすると、『出雲国連合』のリーダーは誰であったのかが知りたくなります。

『古事記』『日本書紀』によれば『国譲り』は『神代』の出来事になって、必ずしも事実を反映していませんが、攻めてきた『天津国』の神に対応したのは、『国津神』である『大国主命』の二人の息子たちということになっていますので、この話に歴史が秘められているとすれば、『神武』に対応したのは、『大国主命』の息子たちであり、この時『大国主命』はまだ存命であったという推測になります。

一人の息子が『国譲り』を主張し、『大国主命』もこれを了承したということになっています。ただし、『国譲り』の代わりに『大国主命』を祀る神社を出雲に建立することが条件であり『ヤマト王権』もこの条件を受け入れたという話になっています。もう一人の息子は『国譲り』に反対し、信濃へ逃れ『諏訪大社』を建立したという伝承になっています。

『諏訪大社』は現存する神社で、出雲系神社とされていますから、歴史的な出来事と関与していることは確かです。

梅爺が解せないのは、『大国主命』が歴史的に実在した人物であるとして、『国譲り』の後の去就が判然としないことです。

梅爺は、『ヤマト王権』側が、何かの策略で『出雲連合国』の実質的なリーダーである『大国主命』を殺害したのではと妄想したくなります。

『出雲連合国』で敬愛されていたリーダー『大国主命』を非道な方法で殺害したとなると、その後の旧『出雲国』勢力支配にも影響が出ますので、『神話』で『良い人物』に仕立てたとも考えられます。

『出雲大社』の建立も、『国譲り』の時の約束を果たしたというより、『祟り』を恐れて『鎮魂』のために建立したとも想像できます。

これらは妄想をもっともらしい話にする梅爺の理屈ですから、歴史に詳しい方から観ると誤認だらけかもしれません。

| | コメント (0)

2017年7月27日 (木)

出雲と大和(8)

『ヤマト王権』が成立して以降、日本の権力の中心は『大和朝廷国家』であったことは確かでしょう。

しかし、成立以前も『ヤマト王権』の前身となる勢力が、日本の権力の中心であったかどうかは分かりません。

『ヤマト王権』を築いた勢力は、新興勢力であり、それ以前は、別の勢力が比較的広域に日本を支配していた可能性は否めません。

私達は、『邪馬台国』は『ヤマト王権』の前身であり、『卑弥呼』は『天照大神』の神話として継承されていると考えたくなりますが、そうであるとは限りません。

中国の歴史書に記載されている、『邪馬台国』や『倭国』『倭の五王』と後の『大和王権』との関係は、必ずしも歴史学者の見解が一致しているわけではありません。

『倭国』は、地理的に日本を指しているだけなのか、一つの国と思えるほど強大な支配をしている具体的な一つの『国家』なのか、各地の豪族を束ねた『連合国家』なのかを梅爺は理解していませんが、当初は豪族による『連合国家』であったと想定したくなります。

『出雲と大和』という本の著者『村井康彦』先生は、『邪馬台国』は『出雲』が立てた国であると推定しておられますが、これは、『邪馬台国』は連合結束の中心であり、『邪馬台国』で宗教的な儀式(当時は政治的決定を行うことと同義)が行われていたという想定なのでしょう。

仮に『邪馬台国』が大和地方にあったとして、何故『出雲国』が、自分たちの発祥地『出雲地方』ではなく、大和地方に『邪馬台国』を置いたのかという疑問がこの説には残ります。

九州から『東征』してきた『ヤマト王権』を創った勢力が、『出雲連合国』を破り、宗教、政治の中心地であった大和地方に、拠点を築いたという考え方が、梅爺には自然に見えます。

『ヤマト王権』側は軍事力で勝ったと考えられますが、文明のレベルや新技術などは、中国大陸、朝鮮半島と交流が頻繁であった『出雲連合国』が優っていたのではないでしょうか。『ヤマト王権』は『出雲連合国』の進んだ文明、技術を取り込むことに成功したと考えられます。

『古事記』の『神話』の大半は『出雲』の『神話』であることはそれを示唆しています。『神社建築』『祭礼儀式』なども『出雲』が進んでいて、『ヤマト王権』は真似してとりいれたように見えます。

| | コメント (0)

2017年7月26日 (水)

出雲と大和(7)

従来『弥生人』の渡来は紀元前2~300年といわれていましたが、最新の調査では、紀元前1000年ごろとなっています。『弥生人』は中国大陸、朝鮮半島を経て日本へやってきた人たちと考えられています。

重要なことは、『弥生人』はすでに『国家単位』の『コミュニティ』が存在することを『知っていた』か『体験していた』ことです。

それ以前に1万年以上続いていた『縄文時代』に、日本に『国家単位』の『コミュニティ』が既に存在していたかどうか、梅爺は分かっていませんが、少なくとも『弥生人』が日本における『国家単位』の『コミュニティ』出現に大きく関わっていると考えてよいのではないでしょうか。

日本に出現した『国家コミュニティ』の人たちは、外国にすでに他の『国家コミュニティ』が存在することを知っており、その証拠に『朝貢』『交易』『戦い』のために外国(朝鮮半島、中国大陸)へ出向いています。

日本の古代人は、私達が想像する以上に『外国』の存在を知っており、その存在を『気にしていた』ことになります。『井の中の蛙』ではなかったということです。

日本の『国家コミュニティ』の誕生は、『弥生人』の渡来の直後で、『邪馬台国』『出雲国』より1000年位前と想定されます。『よちよち歩きの国家』から『立派な国家』になるまでに1000年を要したことも『まあ、そのくらいはかかるだろう』と梅爺は納得できます。

『ヤマト王権(大和朝廷国家)』がいつ始まったのかは、前にも書いたとおり判然としませんが、3~4世紀ごろではないでしょうか。母体となった『コミュニティ』は、最初は九州に拠点を持っていて、後に『東征』して『大和地方』に『国家』の中心を移したものと考えられます。先祖は、朝鮮半島から渡来した弥生人ではないでしょうか。

『大和地方』に本拠を移すにあたって、当時その地域を支配していた『出雲国』と衝突し、何らかの抗争を経て、占領に成功し、逆にその後は『出雲国』も支配下に置いたと考えられます。

この時『穏やかな国譲り』が行われたとは到底考えられないというのが梅爺の推測です。『国譲り』は『出雲(連合国)』の『完敗』ではなく『降伏』で軍門に下ったことを示唆しています。その後『ヤマト王権』が確立するまでに、『旧出雲勢力』との権力をめぐる駆け引きがあったであろうことは容易に想像できます。

後の『ヤマト王権』の権力者『蘇我氏』『物部氏』などは、『旧出雲』の豪族の末裔という説もあります。

| | コメント (0)

2017年7月25日 (火)

出雲と大和(6)

人類は、『コミュニティ』の規模を大きくする過程で『文明』を発展させてきました。原始社会では『家族単位』での行動であったものが、やがて『村落(部族)単位』を経て『国家単位』『連邦(帝国)単位』へと発展していきました。

リーダーも『家長』『部族長』『王』『皇帝』と変わり、その権限、役割も強大かつ複雑になりました。

『村落』程度までは、メンバーが互いに『顔見知り』の間柄ですが、『国家』『連邦(帝国)』となると、『見知らぬ人』と共存することが必要になり、時には『違う言葉を話す人』『違う神を信仰する人』とも共存する必要に迫られることになります。

価値観を共有するための『法』や、『貨幣制度』も出現することになります。何よりも『コミュニティ』を効率よく運用するために役割分担が決まり、『職業』という概念が導入されます。戦いを職とする『軍隊』『兵士』なども出現します。

『文明』は『コミュニティ』の規模と一緒に進化したことは、このように明らかです。『村落単位』から『国家単位』へは『文明』の大きな飛躍を伴いました。

現在でも、アフリカ、南米、東南アジアの密林の中には、『村落単位』で生活をしている人たちがいますが、その人たちが『文明』という視点で低いレベルにとどまっている理由は、『コミュニティ』の規模が高度な『文明』を必要としないからです。

『文明』は、人々の生活を便利にし、物質的には豊かにしますが、心を豊かにするかどうかは別の議論になります。アメリカなどには、電気、自動車などの利用を拒否し、宗教的な集団生活する『アーミッシュ』と呼ばれる人たちがいます。『アーミッシュ』の人たちにとっては、『心の豊かさ』が最も価値あるものなのでしょう。

話がそれましたが、古代日本で、いつ『村落単位』が『国家単位』に変化したのかが重要で、この経緯を知りたくなります。

3世紀に『邪馬台国』が存在していたことは『魏志倭人伝』で分かりますから、『国家単位』の出現はそれ以前となります。おそらく、『弥生人』の渡来と大きな関係があるのではないでしょうか。

| | コメント (0)

2017年7月24日 (月)

出雲と大和(5)

古代に『出雲』中心に『国』が存在していたことは、『古事記』『日本書紀』も『国津神』が創った『国』として認めています。

考古学的にも、多数の遺跡の存在や、『大和地方』を上回る銅矛、銅鐸、銅鏡が発掘されている事実から、間違いのないことでしょう。

周辺各地を平定し、『出雲』の国を創ったのは、偉大なるリーダーである『大国主命(おおくにぬしのみこと)』であったと推定できます。朝鮮半島との交易にも有利な地で、銅器、鉄器などの最新技術や新しい文化を入手しやすかったと考えられます。

支配地域は、山陰から北陸、越後、信濃におよび、多分『大和地方』も含まれていたと考えてよいのではないでしょうか。越後の『ヒスイ』を使った勾玉などが遺跡から発掘されるのもその証拠です。

大和の『三輪山』には、『大国主命』を祀る『大神(おおみわ)神社』があることも、間接的にそれを物語っています。『大神神社』は『三輪山』自体が『ご神体』で、山頂の巨石が信仰の対象になっていますが、このような巨石信仰の習慣は『出雲』の祭祀様式(習慣)と合致しています。

『出雲と大和』という本の著者『村井康彦』氏は、『邪馬台国』も『出雲国』が大和地方に創った『国』であると大胆な仮説を述べています。もしそうなら、『邪馬台国』は『ヤマト王権』の初期の国家ではないことになります。

『神在月(出雲の旧暦10月、出雲以外では神無月)』に神々が『出雲』に集うという言い伝えは、『出雲国』の支配地のリーダーが集まって結束を確認する催しが存在したことを想起させます。『先祖は神』という古代人の認識ですから、『神々が集った』のは『人々が集った』と同じ意味と考えられます。

梅爺の推測は、そのような状況で、後に『ヤマト王権(大和朝廷国家)』を創る集団が、多分九州地方から『東征』してきて、結果的に『出雲国(多分連合国家)』を逆に支配下におさめ、大和地方を中心とした『国』を創立したというものです。単なる推測で証明はできませんので『仮説』ですが、梅爺にとってはその方が得心がいきます。

九州から『東征』してきた『天津神』を先祖とする集団と、『出雲』を中心に支配していた『国津神』を先祖とする集団が、どのような『出来事』を繰り広げて、最終的に『天津神』集団が、勝利したのかは判然としません。

『古事記』『日本書紀』の記述の中に、その『出来事』が間接的に記述されていると梅爺は推測しています。勿論『天津神』集団に『都合のよい話』に変えられていますから、事実は推測するしかありません。

| | コメント (0)

2017年7月23日 (日)

出雲と大和(4)

日本の古代における『宗教』は、自然崇拝の『アミニズム』であったと考えてよいのではないでしょうか。

摩訶不思議に見える周囲の自然現象は『神々の仕業』と考え、『恵みをもたらしてください』『災いをもたらさないでください』と『神々』に祈ったことになります。

『山』『河』『巨石』『巨木』『特定の動物』などは、『神』または『神の化身』として信仰の対象になりました。

何にでも『神』が宿るわけですから、『神』の数は『八百万(やおよろず)』になります。

『一神教』は洗練された『宗教』で、『アミニズム』のような『多神教』は低俗な『宗教』とみなされがちですが、梅爺は必ずしもそのようには思いません。

『摩訶不思議』『神秘』の根源を一つと考えるか、それぞれに多数と考えるかの違いですが、一つと考える方がむしろ不自然な気がします。

近世以降、人類は科学知識により、従来『摩訶不思議』『神秘』であった事象の実態を多く知るようになりました。それは事象ごとに異なった因果関係で説明されますので、根源はそれぞれに多数存在するという『多神教』の考え方に寧ろ類似しています。

やがて自然崇拝に加えて、『先祖の霊』『死者の霊』も『祀り』の対象に加わるようになります。古代の日本人にとって、『先祖は神』と認識されていましたので、これは当然のことです。『神の子孫が人間』ですから『神』と『人間』の区分けは極めてあいまいです。これも日本人の『宗教観』の特徴です。

特に権力者は、自分の家の先祖を『特定の神(氏神)』とし、神殿の規模や豪華な祭祀の儀式を権力の象徴として誇示するようになります。『天皇家』の『伊勢神宮』、『藤原家(摂関政治で権力を握った)』の『春日大社』はその典型例です。さすがに『藤原家』は、『天皇家』には憚って『春日神宮』ではなく『春日大社』という呼称を使っているのでしょう。

日本人は、このほかに『非業の死』『悲壮な死』を遂げた人の『霊』が、『祟り』をもたらすことを恐れ、これも『祀り』の対象にしてきました。『天満宮(菅原道真)』『乃木神社(明治天皇の死に殉じた乃木元帥)』などがその例です。

戦いで殺した敵の『霊』も、『祟らないように』と勝者が『祀る』例も少なくありません。『殺しておいて、祟らないでほしいと祀る』のは滑稽と感ずるのは現代人の感覚で、古代人は『殺す必要があるから殺す』『祀る必要があるから祀る』と分けてとらえていたにちがいありません。

日本にたくさん残る神社が『何を祀っているのか』を調べれば、日本人の宗教観はもっと鮮明に体系化できるのではないでしょうか。

| | コメント (0)

2017年7月22日 (土)

出雲と大和(3)

『古事記』『日本書紀』の『神話』は、当時の日本人が、自分たち『人間』と『神々』の関係をどのように考えていたかを知る上で興味深いものです。

現代の私達が自分たちと『神々』との関係を考えるのとは、かなり違うことを理解する必要がありそうです。

私達は、『神々』は『人間』とは異なった存在として考えますが、当時の日本人は『自分たちの先祖は神々である。つまり自分は神々の子孫である』と信じていたように見えます。

『神々』は『先祖』ですから、自分たち『人間』と同じように振る舞うことは当然と考えていたのでしょう。このとらえ方は『ギリシャ神話』などと似ています。『神』と『人間』の間に子供が生まれるのも不思議な話ではないことになります。

『ヤマト王権』のリーダーである『天皇』の先祖は『天津神(あまつかみ)』であり、『葦原中津国(大和地方)』を最初に平定して治めていたであろう『出雲国』のリーダーの先祖は『国津神(くにつかみ)』であるということです。『天津神』の代表は『天照大神(あまてらすおおみかみ)』で、『国津神』の代表は『大国主命(おおくにぬしのみこと)』ということになります。歴史上それに該当する人物がいたかどうかは分かりませんが、言い伝えの中に、何かの歴史的事実は隠されているのかもしれません。

当時の庶民が、それぞれ自分の先祖は『特定の神』であったと考えていたわけではなく、権力者であるリーダーの先祖は『特定の神』であるという、一種の権力を示す目的もあったのでしょう。

『伊勢神宮』には色々な謎もありますが、端的に言えば『ヤマト王権』の『天皇』の先祖である『天津神』すなわち『天照大神』を祀った神社であり、一方『出雲大社』にも謎がありますが、これも端的に言えば『国津神』すなわち『大国主命(おおくにぬしのみこと)』を祀った神社であるということです。

『神宮』という呼称は、『天皇家』の先祖の『神』を祀る神社にのみ許されていて、それゆえ『出雲』の神社は『出雲大社』と区別されています。この一種の『差別』の裏側に、実際にはどのような歴史が隠されているのかが、梅爺の興味の対象です。

現在の天皇家の方々が『出雲大社』に詣でても、神殿の中のある聖域には立ち入ることができないと聞いたことがあります。また『出雲大社』への参拝の作法は、他の『神社』の参拝の作法と微妙に異なります。

これはいったい何を意味するのかと、梅爺の妄想は膨らみます。

| | コメント (0)

2017年7月21日 (金)

出雲と大和(2)

『古事記』や『日本書紀』における『国家成立』の経緯は『神話』として記述されています。

史跡や発掘物を考古学的に調査して、『古代』を特定しようとする学者の中には、『神話』は『作り話』で、これをもって歴史を考察することを重要視されない方がおられます。

しかし、『神話』は完全な『作り話』ではなく、その中に『歴史的事実』が表現を変えてそれとなく組み込まれているのではないかと梅爺は思います。『神話といえども人間の『精神世界』が創作した話であり、実際の『出来事』の言い伝えを引用している可能性があるからです。

世界の『神話』には、このような共通点があります。『神話』を解析して実際の遺跡を発見した例もあります。

『古事記』『日本書紀』を例にとれば、『ヤマト王権』成立から約500年後の編纂ですから、編纂者は勿論、多くの関係者は、父祖からの言い伝えで、『実際は何があった』のかを薄々『知っていた』のではないかと推測できます。ただしその内容は時間の中で風化したり、美化されたりしていて正確さは欠いていた考えられます。

このような状況で、継承されていた断片的な情報を寄せ集め、『自分たちに都合のよい表現(解釈)』に編集し直したと考えるのが妥当ではないでしょうか。

『国家成立』の経緯は、大和朝廷を創った人たちの先祖(天津神:あまつかみ)が、出雲を治めていた先祖(国津神:くにつかみ)と折衝をして『葦原中津国(大和途方)』の『国譲り』が実現したという話になっています。

梅爺は昔から、この『話し合いによる国譲り』という穏やかな表現は、事実を隠す方便ではないかと感じていました。一国のリーダーが、他国のリーダーに『穏やかに自分の国を譲る』などということは考えにくいからです。

はっきり言えば、真実は『策略を弄した略奪』であったのではないかという推測です。

『葦原中津国』の地は、『出雲』の支配下にあったものを、どこからか移住してきた『ヤマト王権』を創った先祖が、『謀略、策略』で強引に奪い取ったという推定です。武力衝突、殺戮を伴う『闘い』の末に、権力を『ヤマト王権』側が握ったのは、その後の歴史から確かなことでしょう。ただし、これで『出雲』勢力は消滅したのではなく、多くは『降伏』して『ヤマト王権』の支配下に組み込まれたと考えるのが妥当なような気がします。

この光景は、明治維新で薩長軍が、江戸に侵攻し、新政権を樹立したことと同じように梅爺には映ります。『徳川幕府』はなくなりましたが、関係者は全て殺されたりはしていません。。

『古事記』『日本書紀』は、自分たちが大義名分を持たない掠奪者であることを隠ぺいするために『国譲り』というフィクションを考え出したのではないかという推定です。徳川幕府が『大政奉還』せざるを得ない状況に追い込まれたように、『出雲』勢力はしぶしぶ『国譲り』せざるを得ない状況に追い込まれたということでしょう。

| | コメント (0)

2017年7月20日 (木)

出雲と大和(1)

梅爺は『日本の古代史』に興味を抱いていますが、残念ながら系統だって学んだこともなく、したがって考古学の知識は皆無に近く、その上自ら古文書や漢書を精読する能力も持ち合わせていませんから、断片的な『情報』で勝手に妄想するという、ご専門の方から見ると手に負えない輩(やから)です。 

特に『ヤマト王権(大和朝廷国家)』が、『いつごろ』『どのようにして』成立したのかを知りたいと思うのですが、専門の方にもこれは難問らしく、明確な答は得られませんので、勝手な妄想をすることになります。 

これから書くブログの内容は、勝手な妄想による『仮説』ですから、その程度のものとしてお読みいただきたいと思います。 

それでも関連知識を得るために、何冊かの参考書は読みました。その中では『出雲と大和:(村井康彦著、岩波新書)』が大変役に立ちました。 

著者村井先生(国際日本文化研究センター名誉教授)の説は、『出雲は大和朝廷に隷属する国家であった』という従来の日本史の解釈に異を唱えるもので、『出雲は大和朝廷国家が成立する以前から、山陰、北陸、信濃ばかりか、近畿までを支配していた大きな国家であった』という内容です。

梅爺も、『大和朝廷国家』以前に、それを圧倒する国家『出雲』が存在していたのではないかと、何となく感じていましたので、村井先生の説には賛同したくなりました。

『ヤマト王権』の成立を考えるのには、二つの方法があります。一つは、遺跡やそこから発掘された歴史的遺品(銅矛、銅鐸、銅鏡など)を考古学的に調査し推定する方法で、もうひとつは『古事記』『日本書紀』『各地の風土記』などの古文書を読み解く方法です。

しかし古文書にはいくつかの問題があります。

『ヤマト王権』の成立は、3世紀後半から4世初めごろと推定されますが、『古事記』などが編纂されたのは8世紀初めであり、500年程度の時間差があることと、『古事記』などは『ヤマト王権』によって編纂されたことです。つまり内容は、『ヤマト王権』に都合がよいものになっていることを配慮して読む必要があるということです。

| | コメント (0)

2017年7月19日 (水)

ウンベルト・エーコのエッセイ『十字架の用途と習慣』(4)

キリスト教の信仰厚い人は、『十字架(クロス)』は神聖な特別の意味を持つシンボルで、これを軽々しくほかの目的でデザインに使うことは『正しくない』と考えるに違いありません。

一方、信仰心がそれほど厚くない人は『歴史的、宗教的な解釈があったとしても、現在ではクロスは単なる造形デザインの要素に過ぎない』と考えて、気軽にネックレスなどのデザインとして利用していることになります。

両者が、『私の方が正しい、あなたは間違っている』と議論しても始まりません。

昨日も書いたように、個性的な『精神世界』が下す価値判断には、普遍的な尺度がないからです。

どうしても決着をつけたいのなら、そのコミュニティの共通認識として『約束事』を定めるしかありません。つまり、『クロスをネックレスのデザインとして採用することを禁止する』という法令をつくるしかありません。

『自分の価値観を述べる』『相手の価値観の存在を認める』ということは、絶えずストレスを抱え込むことになり、個人にとっては容易なことではありませんが、『生きる』ために誰もが支払わなくてはならない代償なのではないでしょうか。

理性の生育が未発達な幼児に、このことを理解させることは難しいのですが、少なくとも大人になったらこのことを理性で理解する必要があります。

ストレスを回避する一つの方法として、その社会で多くの人が受け入れている伝統的な習慣は、その社会に住む以上『尊重』すべきであると『ウンベルト・エーコ』はこのエッセイで主張しています。移民の人たちもイタリアに住む以上、イタリアの習慣を尊重すべきと言いたいのでしょう。

『ウンベルト・エーコ』自身は、『迷信』など一切信じないけれども、友人を自宅のディナーに招待した時に『13人』の人が同じテーブルに着くのは避けると書いています。『13』はキリスト教文化の中で『縁起の悪い数字』であるからです。

梅爺も、神社への参拝、冠婚葬祭に列席した時のマナーなどは、その場で要求される『習慣』に従うことにしていますから、『ウンベルト・エーコ』の行為は理解できます。

当然ヨーロッパのキリスト教『聖堂』に入るときには脱帽し、イスラム教の『モスク』へ入るときには『靴』を脱ぎます。

これは『異文化』への『敬意』であり、その習慣を『尊重』するためで、梅爺の『信仰』とは無関係な話です。

| | コメント (0)

2017年7月18日 (火)

ウンベルト・エーコのエッセイ『十字架の用途と習慣』(4)

『tolerance(忍耐)』という言葉の理解に、人によって微妙な違いがあることを『ウンベルト・エーコ』は指摘しています。

異文化との共存には『寛容と忍耐』が必要などと言われると、多くの人は『それはそうだ』と思いますが、大半の人は、『自分が属している文化の方が、共存を余儀なくされている文化より優れている。でも仕方がないので我慢する』と受け止めるのではないでしょうか。

日本に多くの中国人観光客が押し寄せて、公共の場で日本人なら顰蹙を買うような行動をしても、日本人の多くは『外貨獲得のためには我慢する』のであって、心の中では『中国人は公共精神という点で日本人に劣る』と軽蔑の眼でみることになるというような例が当てはまります。

しかし、『ウンベルト・エーコ』は、『相手との違いを認める』ことと、『自分の方が正しい、優れている』と主張することとは、区別すべきと述べています。『tolerance』は『相手との違いを認める』ことだと言いたいのでしょう

『正しい』『優れている』という判定を下すのは人間の『精神世界』の価値観ですが、『精神世界』は個性的であること、『文化』の違いも『文化』の個性であることを考えると、普遍的な価値判断基準は存在しない以上、『正しい』『優れている』という主張は成り立たなくなると言いたいのでしょう。

しかし、このことを『論理的』に認めることができる人は、かなり『理性的』な人で、多くの人は『自分が慣れ親しんだもの』が『正しい』『優れている』と無意識に考えてしまします。

梅爺流にいえば、『自分を優位な立場に置く』ことは、『安泰を得る』手段ですから、本能的に『情』がそう判断するということになります。『やたらに威張る人』や『いじめの行為』が世の中で後を絶たないのはこのためです。

『情』は『主観』であり、『理』は『客観』であるという違いになります。『周囲との絆』を確認するために、『主観』を主張することは個人にとって重要ですが、それは『私の価値観はこれを優先する』と言っているだけで『私の方が正しい』ということではないことを認識すべきというのが『ウンベルト・エーコ』が言いたいことなのではないでしょうか。

梅爺は全く同感です。世の中には『私はこう思う。そのように考える自分は正しい』という勘違いの議論が多すぎます。

| | コメント (0)

2017年7月17日 (月)

ウンベルト・エーコのエッセイ『十字架の用途と習慣』(2)

キリスト教の信仰厚い方々は、認め難いとおっしゃるかもしれませんが、現代社会では『十字架(クロス)』は、宗教的な意味が減じて、一種の『造形的なシンボル』になってしまっているのはたしかなことでしょう。

西欧の、民主主義、世俗化が進んでいる多くの国で、『国旗』には『クロス』がデザインとして用いられています。もともとは『キリスト教』を国家基盤としていたことの名残ですが、信教の自由が認められるようになってからも、『国旗』のデザインを変更しようという議論はあまり聞いたことがありません。『伝統、習慣』の一部として国民が受け入れているということなのでしょう。

ヨーロッパで、肌もあらわな『ピチピチギャル』が、胸元に『クロスのネックレス』を下げていても、『不道徳』『不信心』と非難されることはないと、『ウンベルト・エーコ』は面白おかしく紹介しています。もはや『宗教的な意味』は希薄になっているという証拠として挙げているのでしょう。

歴史的にイスラム教文化を基盤としてきた多くの国家も、『国旗』にイスラム教のシンボルである『三日月』をデザインとして配しています。

『トルコ』のように、近世の独立以降『世俗化』を標榜してきた国でも、『国旗』には『三日月』が使われています。これも『伝統、習慣』として重んずるという考え方なのでしょう。

学校の教室に『十字架』が飾られていたからといって、生徒が『キリスト教』に感化されることなどないと『ウンベルト・エーコ』は述べています。

その証拠に、従来イタリアの大学の教室に『十字架』は飾られていましたが、卒業生は全員熱心な『カトリック信者』などにはならず、多くの『無神論者』まで排出しているではないかと述べています。

学校の教室に『十字架』を飾ることの是非は別として、『移民』として入国してきた人たちは『ホスト国』の『伝統、習慣』は受け入れるべきであるというのが『ウンベルト・エーコ』の主張です。

『tolerance(忍耐)』ということが求められますが、『tolerance』の意味を多くの人が誤解しているとも述べています。

『差別を我慢する』『信念を否定される』という誤解が付きまとうことを言いたいのでしょう。

| | コメント (0)

2017年7月16日 (日)

ウンベルト・エーコのエッセイ『十字架の用途と習慣』(1)

『ウンベルト・エーコ』のエッセイ集『Turning Back the Clock(時を遡る)』の30番目のタイトルは『The Crucifux, Its Use and Customs(十字架の用途と習慣)』で、西欧では『十字架』は、キリスト教の象徴というより、社会に溶け込んだ一種の造形的なデザイン・シンボルになってしまっているので、必ずしも宗教とからめて議論する対象でなくてもよいのではと述べています。

このエッセイが書かれたのは、2001年ごろで、ヨーロッパは比較的寛容に、アフリカ、中東、アジアからの移民を受け入れていました。

現在のように中東からの難民が、多数押し寄せ、社会治安や国家の経済システムにまで影響が出始めると、さすがの西欧諸国も、『人道的な立場』だけを標榜できずに、『抑制』や、右翼的な政党の台頭で『排除』までもが議論の対象になっています。

個人も国家も、切羽詰まれば『自分優先』になるという典型的な事例で、トランプ大統領の『America First』などもこれに類します。『個』と『全体』のどちらの都合を優先するかという問題に、人類は普遍的な対応策を見出していないために、このようなことは歴史的に繰り返されてきました。今後も続くことになるでしょう。

このような将来を見通してか、2001年当時『ウンベルト・エーコ』は30年以内に、ヨーロッパは『白人社会ではなく有色人社会になるであろう』と予測しています。簡単にそうなるのではなく、難しい相克を抱えながら、そのように変貌していくであろうという予測です。

日本人は、少々外国からの観光客が増えても、日本が多民族共存国家に変貌していくなどという実感を抱きませんから、ヨーロッパの白人たちが抱いている『危惧』『不安』を理解することが難しいのかもしれません。日本人が『日本の将来』に関して『能天気』なのは、歴史的に外と隔離された島国で、太古は別として、異民族の侵略や大量移住を経験していないからなのでしょう。

外国からの移民が増える中で、イタリアでは当時、『公立学校の教室に十字架を飾ることの是非』が議論になっていたことが、このエッセイから分かります。

ヨーロッパの中では、フランスが最も『世俗化』が進んでいて、公立学校の教室に『一切の宗教的なシンボルは持ち込んではいけない』ということが法で規定されています。『十字架』『チャドル(イスラム教の女性の衣装)』がこれによって排除されることになりますが、『チャドル』は『民族の伝統的衣装』であって『宗教的なシンボル』ではないという反論があると『ウンベルト・エーコ』は紹介しています。

『伝統的な習慣』なのか『特定の宗教のシンボル』なのかは、いくら議論しても判然としない『灰色の領域』なので、こういう場合は『伝統、習慣』という考え方を『尊重』すべきではないかというのが、『ウンベルト・エーコ』の主張です。

この主張に梅爺は賛成です。

| | コメント (0)

2017年7月15日 (土)

結婚相手選びの争い(4)

人間は自分を『過大評価』し、他人を『過小評価』しがちです。これも、『精神世界』の根幹に『安泰を希求する本能』があると考えれば得心がいきます。自分が劣っていることを認めることは『不安』の要因となり、『安泰』が脅かされたと感ずるからです。 

自分を『客観視』できる人は、器の大きな人であるということになりますが、いざとなると人間は理性を失い、つい自分を『過大評価』したくなります。これに関しては、梅爺も全く自信がありません。 

『結婚』は相互の信頼関係で成り立つものですから、男女のどちらかや双方が、自分を『過大評価』し、相手を『過小評価』していたらうまくいくはずがありません。 

相手の『欠点』だけが気になるようになり、最後は、『箸の上げ下ろし』『食べるときの咀嚼(そしゃく)の音』まで、『下品』で耐えられないなどということになります。『潔癖症』の人は、相手の振る舞いの全てが『汚らしく』見えるようになり、これも耐えられないということになります。 

『男女のトラブル』の多くは、このように客観的には『些細な原因』を、当事者が『過大視』することで始まるのではないでしょうか。勿論、一方的にどちらかが『悪い』と客観的にもいえる場合もありますが、それはむしろ少ないケースではないかと思います。 

人間社会に『男女のトラブル』が絶えないのは、由々しきことと言えますが、人間の本質を考えると、これは人間社会から『戦争』がなくならないのと同様、回避するための妙案は見当たりません。 

『戦争』に関して国家が配慮しなければならないのは、自らが『戦争』を始めることのないように、最大限の努力をすることであるように、『男女のトラブル』も、自分がその原因を創らないように個人が努力するしかありません。

このエッセイの著者の『男女のトラブルの原因は、ふさわしい相手が不足しているから』などという主張を鵜呑みにすれば、『悪いのは自分ではなく社会』という稚拙な論理が幅を利かす世の中になってしまいます。

いわんや、『ふさわしい相手の不足を解消するための方策を社会は模索すべきである』などという主張はトンチンカンのように梅爺には思えます。

| | コメント (0)

2017年7月14日 (金)

結婚相手選びの争い(3)

このエッセイの著者は、『ふさわしい相手の不足』以外に、人間の『自尊心』『虚栄心』が、『男女のトラブル』の原因になっていると述べています。

これは、その通りですが、『男女のトラブル』だけでなく、『人間関係におけるトラブル』全てに共通な話です。

結婚相手の候補者に、自分を『良く見せよう』として、『ウソをつく』ことの事例がエッセイの中に紹介されています。

インターネットお見合いサイトでの自己紹介では、男女とも、相手に評価してもらいたいという心理が働いて、男は『収入』や『仕事の地位』を実際より高く表現し、女性は体重を実際より軽く、年齢を実際より若く表現する傾向があると書いてあります。

確かに、結婚後に『現実』が露見して、『トラブル』になることはあるに違いありませんが、この著者は、何故人間には『自尊心』『虚栄心』があるのかを解説していません。

『自尊心』『虚栄心』が『トラブル』の原因であるなどという指摘は、誰でもできます。心理学者である以上、ここでとどまっているのは片手落ちです。

梅爺は、人間の『精神世界』の根幹を支配しているものは『安泰を希求する本能』であろうと考えています。

『自尊心』『虚栄心』は、この『安泰を希求する本能』がもたらす副産物と考えれば納得がいきます。

人間社会において、『他人が自分の存在を認め、自分の価値も評価する』ことが『絆』を『安泰』として認識する条件になります。『絆』を失った『孤独感』ほど人間を苦しめるものはありません。

このため、『無視される』『非難される』『低く評価される』ことは、『安泰』が脅かされたと感じ、『安泰』を回復しようと『精神世界』は無意識に反応します。

その結果が『自尊心』『虚栄心』となって言動に現れます。表現の違いはあれ、『自尊心』と『虚栄心』は同根ではないでしょうか。

結婚相手を選ぶといった重要な機会に、自分を『良く見せよう』という心理が働くのは当然のことです。

ただ、理性的な人は、『良く見せる』ことが、後々『悪い結果』になることを予測して自分を抑制することになります。

理性で、情感による行為を抑制できる人は器の大きな人です。理性を常に研ぎ澄ますことが人間として如何に重要であるかが分かります。

| | コメント (0)

2017年7月13日 (木)

結婚相手選びの争い(2)

結婚相手選びに難しさがあるとすれば、それは『ふさわしい相手候補が払底している』からではなく、『自分にとってふさわしいと思う相手に遭遇する機会が少ない』からではないでしょうか。

人間の行動範囲は限定されており、その範囲の中で『ふさわしいと思う相手』に遭遇する機会は極めて限定されます。

それでも『一目で恋に陥る』などということが起きるのは、生物種として子孫を残していくために、必要なこととして付与されている資質が働くからです。これもロマンティックな説明でなくて恐縮ですが、『脳』の中ではホルモンが分泌されるなどの『物質世界』の事象が起きていることによるものです。

『一目惚れ』は、理性による判断ではなく、情感が強く働いた結果で、人間の『精神世界』では、情感が理性に優先するということを如実に示した事例です。

現代の日本社会では、『恋愛』と『結婚』の結びつきが『好ましい』と多くの人が考えていますが、歴史的にいつの時代もそうであったわけではありません。

戦国時代の『政略結婚』は特殊としても、『家』のために『世継ぎをもうけるための結婚』『財産目当ての結婚』などは、当り前に行われてきました。

それぞれ『個性的』な男女が結婚して、『お似合いのカップル』になるかどうかは、二人の『精神世界』の価値観の相対的な組み合わせで決まるもので、第三者が客観的に決めることではありません。

世の中には、一般的には『不釣り合い』に見える男女が結婚して、『仲睦じい夫婦』であることもあれば、誰が観ても『釣り合っている』と思える男女が結婚して『不仲な夫婦』になってしまっていることもあります。

全て、人間の『精神世界』は『個性的』であることに起因しています。

このエッセイの著者のように、レベル8の人が、レベル7以下の人と結婚するとトラブルが起きるなどという単純な話ではありません。

その意味で、結婚を成就させる手段として『恋愛』が最善などということも言えません。『お見合い』『結婚斡旋』で結婚して『幸せなカップル』になることもあるからです。

むしろ、自分の行動範囲だけではなく、広い範囲から候補者が選べること、他人の理性が関与して、客観的な相手に遭遇できる可能性があることなど、『おお見合い』『結婚斡旋』には利点もがないわけではありません。

どのような『きっかけ』であれ、『嫌々結婚する』事態がなければ、『幸せなカップル』になる可能性は残されているということでしょう。

| | コメント (0)

2017年7月12日 (水)

結婚相手選びの争い(1)

『What should we be worried about ?(我々は何を危惧すべきか)』というオムニバス・エッセイ集の49番目のタイトルは『The Mating Wars(結婚相手選びの争い)』で、著者はアメリカ、テキサス大学の心理学教授『David M.Buss』です。

男女間のトラブルの原因を論じた内容で、結論的には『ふさわしい相手が不足している』ことが原因と述べています。

この主張は、あまりに皮相なものの観方で、梅爺はすんなり受け入れることができませんでした。

男女間のトラブルは、人類の出現と同時に始まり、現在も絶え間なく続いています。人間の資質の中に、トラブルを引き起こす要因を誰もが抱え込んでいると考えるのが妥当なのではないでしょうか。

心理学の教授ならば、もっと『人間』に関する深い洞察をしてほしいものです。

エッセイで取り上げている『男女間のトラブル』は、『性関係における演技(騙し)』『相手を魅了する能力不足』『暴力』『浮気』『不倫』『離婚』『別れた後もつきまとうストーカー行為』などです。

これらに共通する原因は、『ふさわし相手が極度に不足している』ことと結論付けています。

なんとこの著者は、人間の価値を、10段階(10が最も優秀、1が最も劣等)に分けて、たとえば、レベル8の人が、レベル7以下の人を結婚相手に選ぶと、やがて不満、不平が噴出し、『男女間のトラブル』が発生すると述べています。

いかにも論理的な説明に見えますが、多様な価値を保有する『人間』を、単純に10段階に区分けするなどということは現実にはできないはずです。

この著者の論法に従えば、世の中をくまなく探せば『ふさわしい相手』が必ずいるということになりますが、これは何事も『正しい』『間違い』のどちらかに区分けできるという主張と同じで、実際には人間社会の事象には当てはまりません。

私達は結婚相手を選ぶときに、自分の『精神世界』を駆使して、自分にとって都合のよい要件を列挙し、それが満たされれば『理想的にふさわしい相手』であると考えます。

『精神世界』の価値観は、『個性的』であり、普遍的に測る尺度がありませんから、『自分にとってふさわしい相手』と言えても、客観的にその人に『ふさわしい相手』とは言えません。

勿論、結婚相手選びの時に、双方とも『理想的な相手』に巡り合うことは現実にはありませんから、すこしづつ妥協をして、それでも『許容できる範囲』であると認めて、結婚にこぎつけることになります。ロマンチックな説明でなくて恐縮ですが、現実に『精神世界』はこのように働いているはずです。

| | コメント (0)

2017年7月11日 (火)

『侏儒の言葉』考・・好悪(4)

後天的に脳に刻み込まれた『価値観』が、時に先天的な『安泰を希求する本能』の支配をも制して強く働くことがあると昨日は書きました。

『こういう場合には、このように振る舞うのが人の道にかなうことだ』と教え込まれ、強く『脳』に定着している記憶は、行動へも影響を与えるということです。

一度強く定着した『価値観』は、簡単には覆らないという習性を人間の『脳』は保有していて、心理学者はこれを『認知バイアス』と呼んでいます。

人間が行動するときのきっかけは、『安泰を希求する本能』が主で、『情』が関与する場合は『好き嫌い』『見栄、自尊心(自分を他人に良く見せたいとする心)』、『理』が関与するときには『損得勘定』などがこれにあたります。

しかし、後天的に教え込まれた『価値観』は、『安泰を希求する本能』には必ずしも起因しませんが、やはり人間の行動のきっかけになります。

『芥川龍之介』が、『人間の行動の原因は好悪、快楽だけ』と断ずるのは、少し無理があるように感じます。 

後天的に脳に刻み込まれた『価値観』は、『洗脳』と同じ結果をもたらすということになりますので、厄介な話になります。 

『親の教え』『先生の教え』『聖職者の教え』は、『洗脳』などを念頭において行われないとはいえ、『洗脳』と同じ結果を生む可能性を秘めているという怖い話になります。 

社会の秩序を保つために、『法』『道徳』『倫理』は必要な約束事ですが、子供たちにそれをどのように『教える』かは易しいことではありません。

親の『価値観』を子供に伝承するという行為は、『種』を存続させる上での『知恵』であり、意味のあることですが、一方子供の『価値観』を、規制するというマイナス面も有しています。 

特に脳の『理』の機能が未成熟な幼児に、何を『教える』かは、難しい選択になります。

成人になって、自分の『理性』で判断できるようになるのが好ましいことですが、幼少時に教え込まれた『価値観』が『認知バイアス』として強く残っていると、『思考を放棄する人間』『他人の判断に依存する人間』なりがちで、これは社会にとっても、本人にとっても好ましいことではありません。

『科学』や『数学』には、『普遍的に正しい答』がありますが、人間の『精神世界』の『価値観』が絡んだ事象では、『普遍的に正しい答』がないのが普通です。

『それでも、自分で判断して行動する』のが人生ですから、人生に『悩み』が付きまとうのは避けられません。結果的に過ちを犯すことも避けられません。

『我悩む、故に我あり』と言いたくなります。しかし、『悩み』は『生きている』ことの代償と前向きにとらえるしかありません。

| | コメント (0)

2017年7月10日 (月)

『侏儒の言葉』考・・好悪(3)

冷たい川で溺れている子供を、飛び込んで助ける行為は、客観的に『冷たい』『危険』など『快楽』とは程遠いように見えますが、助けた人にとってはそれが『快楽』なのだと『芥川龍之介』は書いています。

上記の行為は『利他的な行為』で、自分の『安泰』を最優先する『利己的な行為』とは正反対の行為になります。

何故人間の心に『利他的な心』と『利己的な心』が潜んでいるのかは、宗教家や哲学者が古来から考え続けてきました。

仏教では『仏心』『邪心』と表現し、『邪心』は『煩悩』が生み出すものなので、『煩悩解脱』に勤めて『仏心』に近づきなさいと説いています。

『脳科学者』『心理学者』は、猿や象の集団でも、『利他的な行為』が見受けられることから、『利他の心』は必ずしも人間だけの崇高な習性ではないと言っています。

そして、『利他的な価値観』は、遺伝子として継承されている可能性もあると説明しています。

『母性愛』などは、他人を前提とした『利他の心』とは異なるとはいえ、似ていますから遺伝子としての継承はあり得る話です。

梅爺は、これらの主張に反論したり、検証したりする能力を持ち合わせていませんが、『利他的な価値観』は、生後育った環境の中で、後天的に形成されることが大半ではないかと推測しています。

つまり、『親の教え』『先生の教え』『聖職者の教え』などが『価値基準』として脳に刻み込まれたのであろうという推測です。当然『教え』は、コミュニティ(全体)の一員として振る舞う時の『価値基準』を示しています。

先天的な『安泰を希求する本能』は強く支配的ですが、時にはこれを制するほどに、後天的な『価値基準』が強く働くこともあるということなのではないでしょうか。

『冷たい川で溺れている子供を、飛び込んで助ける』という行為は、後天的な『価値観』が強く働いたものであって、この『価値観』を『快楽』と呼ぶのは少し無理があるように思います。

人間の『精神世界』は『個性的』ですから、誰にでも『利他の心』と『利己の心』があるにせよ、それが現実の行為としてどのように現れるかは、人によってマチマチです。

自己中心的で極めて『利己的』な人もいれば、常に他人のために尽くそうとする『利他的』な人もいます。

『利他の心』を多くの人が共有しているコミュニティは、『民度』が高いコミュニティです。

東日本大震災の時に、日本人の『行動』は、世界に感銘を与えましたが、それは歴史的に育まれてきた日本の『文化』の中に『利他の心』が根付いているためです。

| | コメント (0)

2017年7月 9日 (日)

『侏儒の言葉』考・・好悪(2)

『個』の都合と『群』の都合が相反する理由は、『個』が個性的であるからです。

人間が『個性的』であるのは、『神』のデザインによるためではなく、『生物進化』で選んだ『両性生殖』の仕組みが原因です。

子供の遺伝子は、両親の遺伝子の偶発的な組み合わせとして継承されるからです。『個性的』であるのは、容貌や体格だけではなく、『精神世界』の判断機能にも及びます。

つまり、論理的には、人間は同じ事象に遭遇しても、『考える』『感じる』ことは『同じ』ではないということです。

『群』にとっては、これは困ったことで、全員が勝手に振る舞えば、『秩序』が保てませんから、約束事として『群』の掟が必要になりました。

『法』『倫理』『道徳』などは『掟』として出現した『約束事』です。この『掟』においては、『個』の『好悪(好き嫌い)』ではなく、『善悪』という抽象概念を『群』の全員が共有する必要があります。

人間の素晴らしいところは、『抽象概念』を言葉で表現し、『群』で共有してきたことです。

『好悪』は生まれた瞬間から私達につきまといますが、『群』の『秩序』を守るための『約束事』を重視するという考え方は、『群』の中で受けた教育、親の教え、聖職者の教えなどを介して後天的に『脳』に刻み込まれたものです。

この判断は『情』によるものではなく、『理』によるものといえます。

人間は、最初に『情』の判断を直感的に行い、次に『理』によるチェックを行うのはこのためです。

『個』としては選択したことも、『群』の『掟』や『群』の共通価値観に反すると判断すれば、自制して『勝手な振る舞い』を押しとどめることになります。

『泣きたい気持ちをこらえる』『怒りを押しとどめる』などは、このように行われます。

ただし『情』が圧倒的に強く働けば、『一目惚れ』などという抑制が効かない事態も生じます。

『芥川龍之介』は、冷たい川でおぼれている子供を、飛び込んで助けるなどという行為も、結局は『助ける行為』がその人にとっては『快楽』であると、書いていますが、少し無理な主張に感じます。

| | コメント (0)

2017年7月 8日 (土)

『侏儒の言葉』考・・好悪(1)

『芥川龍之介』の『侏儒の言葉』の中の『好悪』に関する文章を読んだ感想です。

我々の行為を決するものは善でもなければ悪でもない。唯我々の好悪である。或は我々の快不快である。そうとしかわたしには考えられない。

自分は『清く、正しく、美しく』生きていると信じておられる方は、少し戸惑われる表現ではないでしょうか。本能だけが私達を支配しているといっているようにも見えるからです。

これではまるで『人間は、犬猫畜生と同じ』といっているようなものだと反論したくなるかもしれません。

しかし、梅爺は『芥川龍之介』の言いたいことが分かるような気がします。したがって、これを読んでも眉をしかめることはありませんでした。

人間の『精神世界』の根底にある判断基準は、『安泰を希求する本能』であるという、いつもブログに書いてきたことと同じことを、ただ表現を変えて言っているだけであろうと思ったからです。

大半の『好悪(好き嫌い)』は、『精神世界』の『情』が絡む判断で、『何故好きなのか』『何故嫌いなのか』は突然問われても答えられません。

梅爺の嗜好物の一つは『ピーナッツ』ですが、『何故か』と問われても困窮するだけです。先祖から受け継いでいる『遺伝子』が関与しているのでしょう。

生物進化の過程で、『脳』は、『生命維持制御機能』『生存に都合のよいものを選ぶ判断機能(情が関与)』『因果関係を推論する機能(理が関与)』の順に進化してきました。

『脳』は、『建て増し住宅』のように、古い部分を残しながら、新しい機能を追加してきました。『理』の機能に関与する部分は、『大脳皮質』という表層部にあるのはそのためです。

『生存に都合のよいものを選ぶ判断機能』こそが『安泰を希求する本能』そのものです。生物種として生存していく確率を高める為には、必須の本能であったからでしょう。

『脳』が最初に判断する部分は『情』の機能ですから、誰でも『好悪』『快不快』で、直感的に『選択』を行います。

しかし、次の瞬間、『この選択で良いのだろうか』という『理』のチェックが入ります。この『理』のチェックは、人間が集団(群)で生きることを選択したことと関与しています。

『集団で生きる』方法を選んだのも、生存確率を高めるためですから、ここでも『安泰を希求する本能』が働いています。

しかしこの結果、人間は『矛盾』を抱えることになりました。それは、『個』の都合と『全体(群)』の都合は、多くの場合相反することに気付いたからです。

| | コメント (0)

2017年7月 7日 (金)

スティーブ・ベリーの小説『The Jefferson Key』(4)

『憲法』はどの国にとっても『あるべき姿(理念)』を規定したものですから、人間社会を維持するために重要なものです。

特に『アメリカ』は『多民族国家』『州を束ねた連邦国家』としてイギリスから独立するかたちで建国しましたから、『憲法』は特に重い意味を持っています。

国民も『憲法』は、自分たちの先祖が勝ち取って創り上げたものと受け止めていますから、国民にとって『不都合』なことが出来(しゅったい)すれば、『憲法』は改定できるものと受け止めています。

現に『改定』は何度も行われています。勿論、その『改定』は『議会』が決定した後に『州』が『批准』することで成立します。

『憲法はむやみに変えてはいけないもの』という感覚が強い日本とは、かなり事情が違うように梅爺は感じます。

一方、『憲法』で決められてることは、『認める』という論理的な判断も強いことになり、この小説のように建国時に『アメリカ』のために『海賊行為』で敵国『イギリス』『スペイン』と戦った『組織』に、『憲法』に従って『特別の権限を付与された』ということが事実なら、今でもその末裔の『組織』は、『特別の権限』を保有しているというような論理になります。

この小説は、そのような背景を利用して展開しますが、日本人のように『海賊行為は悪いこと』『国家がそれを認めることは悪いこと』と自分の価値観で考えてしまう人にとっては、理解しがたいことでもあります。

日本を舞台としてこのような小説は出現しないのはそのためです。

『憲法』は『約束事』に過ぎないので、不都合なら『改定する』ことに抵抗が少ないアメリカ人と、『憲法』を『金科玉条』として簡単に変えてはいけないと考える傾向が強い日本人と、どちらが『正しい』かなどと議論することはあまり意味がありません。

しかし、日本人も、世界にはいろいろな国があり、それぞれ異なった歴史、文化、価値観を保有しているという『違い』は認識する必要があります。

この小説は、日本人には『そんなことがあるのか』と疑いたくなる内容ですが、アメリカ人には『起こりうる当り前のこと』なのかもしれません。

小説は面白く読みましたが、『アメリカ』は『日本』とは違うという印象が、強く残りました。

| | コメント (0)

2017年7月 6日 (木)

スティーブ・ベリーの小説『The Jefferson Key』(3)

世界の国家は、どれも細かく見れば、成立時の特殊な事情があったり、継承している歴史や文化が異なりますから、現状の『国の運営方式』はそれぞれ違いがあります。 

多くの人は、外国の『国の運営方式』などについて、知識を持ち合わせませんから、他国も自国と同じように運営されていると勘違いしがちです。 

特に『アメリカ』は、大国であり、日本人も身近に感ずる国のひとつで、情報も多いために『アメリカのことは分かっている』と思いがちですが、実は分かりにくい国の部類に属すると梅爺は感じています。 

一つは自治権限の強い『州』を束ねた『合衆国』であるということでしょう。アメリカの『州』は、日本の『県』とはかなり違います。 

日本の『県』は、明治政府が、お上の意向として割り振った、いわばお仕着せの区画割りですが、アメリカの伝統ある『州』は、建国以前に、『独立国』に等しい自治を保有していたコミュニティです。 

広大な国土を持つアメリカが、『州』による一種の連邦国家体制を採用し、『州』にかなりの自治権を与えたことは、民主国家の立場を維持する上で必要なことであったように思います。 

しかし、何事も長所が短所になりますから、『中央政府の支配』と『州の支配』が二重構造になり、時に双方の間に軋轢が生じたりします。このために逆に『大統領』に権限が集まる仕組みも必要であったのでしょう。 

『司法(裁判の仕組み)』『犯罪への対応(警察の仕組み)』が二重構造になっている上に、かなり基本的な人権にかかわる『法』も、『州』によって異なったりします。たとえば『同性愛』同士の『結婚』を認める、認めない、『生物進化論』を学校で教えることを認める、認めないなどということも『州』によって対応が異なります。

更にややこしいのは、『国家安全』『対テロリズム』に関わる『情報機関』が、『CIA』や『FBI』ばかりではなく、国防総省やその他主要省庁の下部組織にも存在し、各々が功を競ったりして、必ずしも連携していないために、問題を起こすことがあることです。これらの仕事に従事している人間の数も、日本では想像できないほどの数に上ります。

この小説でも、善玉の『情報機関』と悪玉の『情報機関』が対立し、悪玉は『拉致』『殺人』も辞さないといった非道な悪役として登場します。

国家には、当然のこととして大規模な『諜報機関』や『情報機関』が存在するとアメリカ人が受け止めているとしたら、日本人の感覚とは異なります。

『自由な国』『民主主義を信奉する国』という一面の裏に、『国益優先』という大義名分で、手段を選ばず行動する強大な『諜報機関』『情報機関』が存在するということですから、『アメリカ』は『素晴らしい国』であり『恐ろしい国』です。

もっとも『人間』と同じで、生きていくためには、『きれいごと』だけではやっていけないという『現実』があるとしたら、『きれいごと』だけで済まそうとする日本人は『能天気』なのかもしれません。

| | コメント (0)

2017年7月 5日 (水)

スティーブ・ベリーの小説『The Jefferson Key』(2)

『スティーブ・ベリー』の歴史小説は、その都度『世界史』『アメリカ史』の中から謎が選ばれテーマになります。 

古代の『アレキサンダー大王』から、現在の『北朝鮮世襲独裁体制』まで、何でも小説にしてしまいます。 

『北朝鮮世襲独裁体制』を題材にした小説では、最近マレーシア空港で暗殺された『金正男(キムジョンナム)』とおぼしき人物が、祖国の腹違いの弟で独裁者の『金正恩(キムジョンウン)』とおぼしき男と、権力闘争する話でした。 

今回の暗殺が起きるずっと以前に小説は書かれていますから、『スティーブ・ベリー』は『ほらみなさい、そのようなことが本当に起きたでしょう』と得意顔になっているかもしれません。 

題材は、小節ごとに異なりますが、主要登場人物は大体いつも同じで、主人公の『コットン・マローン』の名をとって『コットン・マローン・シリーズ』と出版社は名付けて宣伝しています。 

『コットン・マローン』はアメリカ人の中年男性で、元アメリカ法務省の特務機関の工作員です。現在は、デンマークのコペンハーゲンで『古本屋』を営んでいますが、特務機関の女ボスの要請で、今でもフリーランサーで事件に関与することになります。勿論『頭脳明晰』『運動神経抜群』『乗り物の操縦は全てOK』『武器操作もOK』『外国語堪能』で、いつもスーパーマンのような不死身の活躍をします。

法務省特務機関の女ボス『ステファニー・ネリ』、『コットン・マローン』の恋人『カシオペア・ヴィット(スペイン人で、これまたスーパー・ウーマン)』、それにアメリカ大統領『ダニー・ダニエルズ(仮想の人物)』も小説の常連で、今回も登場します。

今回の悪役は、アメリカ建国当時に『海賊行為』で、イギリスやスペインの商船、軍艦を略奪し、アメリカを助けた『海賊連盟』の末裔組織『コモンウェルズ』です。この『コモンウェルズ』との関係を利用して立身出世しようという政府内の要人も登場し、話が複雑さを増します。

建国当時、アメリカ議会は『海賊連盟』に『活動を認める特権を付与する議決』をし、後の大統領『アンドリュー・ジャクソン』がこの議事録の存在を好ましくないと考え、『暗号』を使って秘匿してしまったという物語になっています。この『暗号』は『ジェファーソン大統領』が昔考え出した方式を利用しているという筋書きです。

『海賊連盟』の末裔『コモンウェルズ』は、この議事録を必死で探しだして、今でも自分たちの『特権』は憲法で保証されていることを明らかにしたいと暗躍します。

これを阻止しようとするアメリカ大統領『ダニー・ダニエルズ』は、『コットン・マローン』達を利用して対抗します。

勿論、最後は『コモンウェルズ』は崩壊に追いやられ、暗号を解いて見つけた『議事録』も闇に葬られ、メデタシ、メデタシで終わりますが、その間、物語は、アメリカ、カナダを舞台に息もつかせぬ大活劇で進行します。

物語の筋書きを紹介するのが、このブログの目的ではありませんから、このような小説が『虚構』にせよ登場する『アメリカ』という国について、感想を述べたいと思います。

| | コメント (0)

2017年7月 4日 (火)

スティーブ・ベリーの小説『The Jefferson Key』(1)

アメリカの歴史ミステリー小説作家『スティーブ・ベリー(Steve Berry)』の小説『The Jefferoson Key』を、英語版ペーパーバックで読みました。

最近は、アマゾンの電子ブックリーダー『Kindle』で読書することが多くなりましたが、『The Jefferson Key』は、買い置きの未読本として書棚に残っていたものです。

『スティーブ・ベリー』は、有名な史実と、『荒唐無稽』なフィクションを組み合わせて『破天荒』な物語を創出する能力にたけた作家です。今までも『梅爺閑話』では多くの読後感想を掲載してきました。

『史実』と『フィクション』の組み合わせが読者を魅了するのでしょうが、それにしてもよくこのようなフィクションを思いつくものだと梅爺は感心してしまいます。

『The Jefferson Key』の『Jefferson』は、第三代アメリカ大統領『トーマス・ジェファーソン』のことで、『暗号好き』の彼が考案した装置を利用して、後の大統領『アンドリュー・ジャクソン』が、ある『史実』を秘匿したという話になっています。この『暗号解読』が物語では重要な役割を果たすことになります。

この小説で、読者の度肝を抜く『想定』は、今まで4人のアメリカ大統領が暗殺されていますが(下記)、実はある同じ『秘密組織』が自分たちの組織を守るために行った犯罪であるというものです。勿論フィクションですが、その突飛な発想には驚きます。

第16代大統領『エイブラハム・リンカーン』 1865年
第20代大統領『ジェームズ・ガーフィールド』 1881年
第25代大統領『ウィリアム・マッキンリー』 1901年
第35代大統領『ジョン・ケネディ』 1963年

『秘密組織』は、アメリカの建国時に、アメリカのために功績をあげた『海賊の同盟組織』を先祖とする集団です。『海賊』がイギリスやスペインの商船や軍艦を襲って、間接的にまだ弱体であった当時のアメリカ政府を『助けた』ことは『史実』のようですが、その末裔が『秘密組織』として現在まで継続しているというのはフィクションです。

アメリカの憲法(第一章、八節)には、アメリカ議会は『国家に貢献した特別な組織に、特権的な権限を与えることができる』というような内容があり、建国当時、『海賊の同盟組織』に『活動を認める』議決がなされたという想定に小説はなっています。

この『特権付与』は『好ましくない』と考えた『アンドリュー・ジャクソン大統領』が、この議会の『議事録』部分を抜き出し、秘密の場所に隠匿し、その場所の『謎』は、『ジェファーソン』が愛した暗号方式で解かないと分からないという筋書きで小説は展開します。

勿論、『特権付与』も、その『議事録秘匿』も、作者の考え出したフィクションです。

あまりに『荒唐無稽』な話に、『それはないだろう』などとつぶやきながらもついつい最後まで読まされてしまうのが『スティーブ・ベリー』の小説の特徴です。

| | コメント (0)

2017年7月 3日 (月)

Kings have long arms.

英語の諺『Kings have long arms.』の話です。

『王様の腕は長い』ということで、『権力者のの力は、遠くにまで及ぶ』ということなのでしょう。

徳のある王様の善政が、国の隅々にまで及ぶという意味と、ひどい王様の悪政が国の隅々にまで及ぶという相反する意味が考えられますが、どちらの意味なのか梅爺は分かりません。何となく『権力者は、力に任せて過酷なことを全員に強いる』というような意味なのかと思います。間違っているかもしれません。

話が飛躍しますが、梅爺は『日本』に『王様』と呼ばれる人物が登場したのは、いつのことだろうと考えたことがあります。勿論『古代史』の話です。

3世紀の半ばに『邪馬台国』に『卑弥呼』という『女王』がいたことが、中国の歴史書『魏志倭人伝』から分かっています。

『卑弥呼』は、中国、朝鮮半島に使節を送っていますから、その地の情勢をよく知っていたことになりますし、中国に『文字文化』をはじめ優れた『文化』『技術』があることも知っていたことになります。『邪馬台国』は、航海技術も保有していたことになりますから、決して未開の野蛮国家ではありません。

『卑弥呼』は、日本の豪族間の争いが絶えなかったために、豪族間で擁立した『女王』であると『魏志倭人伝』には書かれています。宗教と政治を統括する『シャーマン』であったのであろうと推測されています。

紀元前1世紀から紀元1世紀にかけて、弥生時代に日本へ渡来した人たちが、日本各地に豪族の支配地域を確立していき、その集大成として『邪馬台国』が出現したのでしょう。

問題は、その後出現した『ヤマト王権』と『邪馬台国』の関係が、現状では分かっていないことです。『ヤマト王権』の支配者は『大王』と呼ばれていましたが、7~8世紀にかけて『天皇』と呼ばれるように変わりました。

これらを総合すると、日本に『王様』と呼ばれるような人物が出現したのは、3~5世紀ごろではないかと推察できます。

それらの『王様』が、どのような『長い腕』を持っていたのかも知りたくなります。『良い王様』も『ひどい王様』もいたに違いないからです。

| | コメント (0)

2017年7月 2日 (日)

梅爺創作落語『夢現(ゆめうつつ)』(8)

(八五郎) 『そこんところで、夢から醒めたってぃ次第でして・・・』 

(ご隠居) 『なるほど、こいつぁ、妙な夢と言えば確かに妙ですな』 

(八五郎) 『なにしろ、お釈迦様の口から、あの世、極楽、地獄、死んだ人の魂、曼陀羅の仏たちなんぞという話は、ご自分は預かり知らぬことと聞いて、びっくりいたしやした。寿福寺のご住職が聞いたら腰を抜かすような話でござんしょ』 

(ご隠居) 『そういうものは、皆誰かが考えた作り話だと言われても、本当か嘘か確かめようがありませんからな。とどのつまり、信ずるか信じないかということになりますな。信じてしまえば、何でもありということになり、疑い出せばきりがないという話で、いずれにしても釈然としませんな』 

(八五郎) 『お釈迦様の話の中で、そういえばそうだと得心がいったのは、「現の世界」と「夢の世界」に分けて考えると、物事は分かりやすいということです』 

(ご隠居) 『たしかにそういわれりゃ、私なんぞも「現の世界」と「夢の世界」を普段ごっちゃにしてしまっていますな。でも「夢の世界」の話はあくまでも「夢の世界」の話で、「現の世界」には通用しないと言われてしまうと、なんとも味気ないことになりはしませんか。加持祈祷で雨乞いをしたり、病を治してほしいと願っても、効き目は期待できないということでござんしょ。雨や病は「現の世界」の出来事ですからな。しかし、そうはいっても困った時の神頼みで、すがりたくなる気持ちはそう簡単にふり払えないのはどういうことなんだろうね』

(八五郎) 『夢の中のお釈迦様の話が正しいとすれば、人は生きているかぎり眠っていようと、起きていようと必ず「夢」をみるようにできているというんですな。特に始末に悪いのが起きている時の「夢」で、「夢」が「現」になるように、祈ったり願ったりしているうちはまだ可愛いんですが、そのうち、「夢」を「現」と勘違いするようになると、はた迷惑なことになりかねないということなんでしょうな』

(ご隠居) 『八っつぁんの話に水を差すわけじゃありませんが、そうだとするとお前さんの夢に現れたお釈迦様は、本当のお釈迦様かどうかわからないし、話されたこともお釈迦様の本当の考えかどうかも分からないというということになりはしませんか』

(八五郎) 『へぇー、どーもそういうことになりますな。ただ一つだけ確かなことは、あっしが「現の世界」で生きている生身の人間であるからこそ「夢」をみるということで、死んじまえば「夢」なんぞ見ないだろうということですな。霊や魂が夢をみるなんて話は耳にしたことがありませんからな。つまり「現」抜きでは「夢」はないということになるんじゃありませんか』

(ご隠居) 『そりゃーそうでしょう。昔から「現を抜かすな」というじゃありませんか』

お後がよろしいようで。

| | コメント (0)

2017年7月 1日 (土)

梅爺創作落語『夢現(ゆめうつつ)』(7)

(八五郎) 『夢の中とは言え、こうしてお釈迦様にお会いでき、直(じか)にお考えを拝聴できて勉強になりました。ところで、最前お釈迦様は、ここはあっしの夢の中の世界だとおっしゃいましたが、どうしてあっしのようなしがない人間の夢の中にお釈迦様のような偉いお方が現れてくださったんでしょうか』

(お釈迦様) 『八五郎さんは、現(うつつ)の世界と夢の世界を、いったりきたりしながら生きておいでになられますな。眠っていない時は現の世界に、眠っている時には夢の世界に身をおいておられることになります。ここでちょいとややこしいのは、眠っていない時にも、八五郎さんは、現の世界には無いものを、願ったり、祈ったり、空想したりしていて、これも言葉の上では、夢と呼ばれたりすることです。眠っていない時の夢と、眠っている時の夢の一番の違いは、八五郎さんがご自分で意図したものかどうかということになります。つまり眠っている時の夢は、八五郎さんにとっては思いもよらないものであったりすることです』

(八五郎) 『てーことは、眠っていない時の夢は、観方によっては、無い物ねだりをしているようなもので、先ほど教えていただいた「煩悩」のなせる業(わざ)ということになるんでございますか。しかし、人間は夢を描いて努力をしたり、それが実現した時に大きな満足を得たりしますから、夢はあながち悪いもんでもないような気もいたしやすが・・』

(お釈迦様) 『八五郎さんのご指摘はお見事ですな。「煩悩」を解脱(げだつ)して心穏やかに生きることが幸せなのか、「煩悩」をむしろ認めて、それと格闘しながら生きていくことが幸せなのかは、人によって考え方が異なりますから、どちらを選ぶかはその人の好き好きにお任せすればよいということでしょうな。ただし、「煩悩」だけを野放しにすると、他人を傷つけるようなことになりがちで、その人の幸せだけの問題ではなくなりますから、どうしても、どこかで足かせが必要になるのではないでしょうかな。私が弟子たちに伝えたかったことは、「煩悩」に強く支配される人間にも、根底に「仏心」があることを忘れるなということです』

(八五郎) 『お釈迦様に生意気なことを申し上げるようでなんでございますが、生身の人間が仏心だけの仏になるなんてーことは、どだい無理なんじゃございませんか。それに生きている人間がみんな仏になっちまったら、世の中面白味がなくなりはしませんか。惚れたり、はれたり、泣いたり、笑ったりできることこそが、生きている証拠で大切なんじゃないかとあっしは思いますがね。眠っていない時の夢については、なんとなく分かりやしたが、眠っている時の夢では、あっしにも思いもよらぬことが起きるとしたら、手の打ちようがありませんな。一体どうしてそんなことが起こるんでございますか』

(お釈迦様) 『眠っている時の夢が、なぜ出現するのか、正直言って私にも分かりません。人の心が持つ不思議の一つといえましょうな。ただし、一見摩訶不思議に見える夢も、八五郎さんが過去に実際経験したこと、理解した知識が、土台になっているような気がします。そういうものの枠を越えた夢は見ないんじゃありませんか。八五郎さんの夢に、私が現れたのも、私に関する話を聞いたり、仏像をみたりしたことがあったからではありませんか。キリシタンのデウスではなく私が現れたのは、そういうことではないでしょうかな』

| | コメント (0)

« 2017年6月 | トップページ | 2017年8月 »