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2015年2月19日 (木)

脳の『閃き』とは何だろう?(4)

アインシュタインもモーツァルトも『天才』と呼ばれていますが、アインシュタインの『閃き』とモーツァルトの『閃き』は、脳の同じ機能に由来しているかどうか、現状では分かりません。多分同じ『カラクリ』ではないのでしょう。

アインシュタインは、脳の中の『仮想論理世界』で、『法則』を見出す過程で『閃いた』ことになりますので、『理』が主役であることは間違いありませんが、いくつかの発想(仮説)は『なんとなくしっくりこない』と『感じて』排除したとすれば、『情』が全く関与していないとは言えません。

一方モーツァルトは、『作曲』の領域で『閃いた』ことになりますので、こちらは『情』が主役であることは間違いありませんが、『作曲』は多くの『しきたり』『常識』が関与しますから、『理』の関与なしには成り立ちません。そもそも、時間的な音の経過を、楽譜(コード)として記述するなどという行為は、まさしく『理』の行為です。

モーツァルトの場合は、楽譜として表現する前に、頭の中に『新しい楽曲の全貌』が構成されていたように見えるのが『天才』と呼ばれる所以(ゆえん)です。作曲の時の直筆の楽譜をみても、ほとんど修正、添削の跡がないことからそのことが分かります。凡人には『神業』にしか見えません。

『外部情報』の刺激が『閃き』のもとになる場合と、『外部情報』がむしろ『閃き』の阻害要因になる場合とが両方あるように思います。四六時中思いつめていると、突然『閃く』こともありますが、逆に、脳をリラックスさせた時や、別のことをしている時に『閃く』こともあります。

『精神世界』で『心の安らぎ』を得る方法として『瞑想』は重要な手段ですが、『瞑想』と『閃き』の関係も判然とはしていません。

こう考えてくると、脳の多様な働きを、総称して『閃き』と呼んでいるような気がしてきます。

『物質世界』の『摂理』と関連付けて『閃き』を究明しようとすれば、先ず『閃き』を厳密に定義しなければなりませんが、これはなかなか大変です。

『大天才』ではないにしろ、私たちは日常それなりの『閃き』を利用して生きています。『閃き』は『精神世界』の重要な要素で、梅爺も『閃き』なしには、『梅爺閑話』は書けません。『閃き』は『生きている証左』でもあります。

それほど、日常『閃き』の恩恵を受けていながら、『閃き』の実態は、分かっていないことに戸惑います。哲学者が『自分とは何か』と問いたくなる気持ちがわかるような気がします。

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