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2015年2月14日 (土)

ウンベルト・エーコのエッセイ『敵を創る』(3)

『ウンベルト・エーコ』は、博識の限りをつくして、歴史的事実、文献を沢山参照し、『人間および、人間社会は、必ず敵を見出そうとし、時には意図的に敵を創る』習性をもっていることを、示そうとしています。

この緻密で論理的な追求作業は、到底梅爺がまねできるものではありませんので、敬意を表しますが、残念なことに、『何故人間および人間社会がその様な習性を持つのか』については、言及がありません。

文学者は『文学』の領域だけで、哲学者が『哲学』の領域だけで、『考える』ことには限界があることを示しているように梅爺は感じます。現在人類が抱える『問題』の大半は、『人文科学』と『自然科学』の両面から『学際』的な追及をしないと、本質は見えてこないのでないでしょうか。

『人間および、人間社会は、必ず敵を見出そうとし、時には意図的に敵を創る』習性は、『生物進化論』『脳科学』を含めて考えてみると、新しい視点が見えてくるように思います。

いつもの論法で恐縮ですが、梅爺は『学際』的な追及を、『物質世界(摂理が支配し、虚構は存在しない世界)』と『精神世界(一部虚構の存在が可能な世界)』の関連を尺度として行うことにしています。

梅爺流に考えを進めると、以下のようになります。

1)生物は、『個』や『種』が生き残るために、『自分にとって都合のよいことを最優先に選択する本能』を、遺伝子情報として継承してきている。人間も例外ではない。これは『安泰を希求する本能』と言いかえることもできる。
(2)生物は、周囲に『自分にとって都合が悪いことや事態(気候、障害、敵)』が、必ず存在するという環境で生き延びてきた。したがって、これを監視し、察知する能力と、それに対応する能力も高めてきた。
(3)人間の場合、『安泰を希求する本能』は、脳の進化とともに、複雑、多様な世界を生みだすことになった。『言語』『芸術』『宗教』『法』『倫理』『科学』など、全ての根源は『安泰を希求する本能』であると考えると得心し易い。
(4)人間の『精神世界(脳)』は、『安泰』を脅かす要因(障害、敵)を感知し、または『推論』で想定すると、ストレスとしてそれを受け止め、危険を知らせるホルモンが脳内に分泌され、肉体的、精神的に対応をしようとする。『推論機能』が高度化したために、『障害や敵がいない状態』が、反って『不安』を生みだすことにもなる。ある程度のストレスがあるのが、常態であるため、ストレスがないことがストレスになるという、ややこしいことになっている。

一見無関係に見える人間の『好奇心』『優越意識』なども、元をただせば『安泰を希求する本能』に行き着くと梅爺は考えています。知らないことを放置しておくことは不安であり、自分の方が他人より優っていると考えて安堵できるからです。

こう考えれば、人間が『敵』の存在を利用して、自分の存在を確認しようとする習性や、『敵』を創りだしてまでも、仲間の結束を強固にしようとする習性の本質が見えてきます。

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