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2015年2月17日 (火)

脳の『閃き』とは何だろう?(2)

『芸術家が思うように創作できなくなり苦悩する』という様子は、多くのドラマ、映画、小説などで描かれてきました。無精ひげを生やし、度の強い丸メガネをかけた小説家が、タバコをくわえ、頭をかきむしり、くしゃくしゃに丸めた書き損じの原稿用紙が沢山周囲に散らばっているというような光景が、ステレオタイプに登場します。 

芸術家にとっては、『創作』が生きることのすべてであり、これに行き詰まりや限界を感じた時の絶望は、想像できます。特に、一度華やかな成功を収め、名声を博した人が、前作に匹敵する、または超える作品を生みだせないと感じた時の絶望感は、なまじ成功の味を知っているだけに深刻なものになりがちです。 

精神を病んだり、酒やドラッグに身をゆだねて、終(つい)には、自らの命を絶つというような悲劇も多く報じられてきました。 

梅爺は、6年以上『梅爺閑話』を書き続けてきて、『ネタ切れ』で絶望に陥っていないのは、内容レベルが極めて低いか、能天気の性格であるか、どちらかなのでしょう。『梅爺閑話』は、文筆業ではない世界で生計を立てて人生を送ってきた一人の爺さん(現在は年金暮らし)の、老後の『問わず語り』のようなものですから、そもそも、成功や名声とは無縁で、深刻な事態にならないのは当然なことかもしれません。

NHK地上波E(教育)チャンネルで、水曜日の夜放映される『スーパー・プレゼンテーション』という番組で、米国の女性作家エリザベス・ギルバートが、創作能力枯渇の恐れにどのように対処するかをユーモアたっぷりにスピーチしていました。タイトルは『Your elusive creative genius(逃げて行ってしまいがちな創作才能)』でした。彼女の『Eat Pray Love(食べて、祈って、恋をして)』という著作が、女性たちにうけて世界的なベストセラーになっているということでした。

彼女は、『創作の閃き不足』を、自分のせいだけにしなければよいという、『発想の転換』を提唱していました。何らかの目に見えない外の力が作用していると考えれば良いという話ですが、本心でそう思っているというより、『気の持ち様でストレスを軽減できる』ということなのだろうと梅爺は想像しました。

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