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2015年2月13日 (金)

ウンベルト・エーコのエッセイ『敵を創る』(2)

『人間社会』が、『敵を必ず見出し、時に必要なものとして敵を創りだす』習性を帯びていることは、『ウンベルト・エーコ』が提示する沢山の事例で分かります。

『平和が望ましく、戦争は良くない』と単純に思い込んでいる人達に、『人間は、そんなに単純ではありませんよ。あなた自身の中にも矛盾があるのですよ』と『ウンベルト・エーコ』は述べていることになります。

原始社会で、コミュニティの単位が『家族』『部族』程度と小さいときは、『敵』は外部に存在しますが、文明が進みコミュニティの単位が『国家』『帝国』『連邦』と大きくなると、社会の内部に、『異質な人達(敵)』を見出すことになります。

『人間は、自分の価値観で周囲を観る』習性がありますから、民族、宗教、言葉、風習などが自分と異なっている人達は『異質な人達』ととらえて、多くの場合、自分たちより劣っていると差別し、時に迫害したりします。

日本人は、初めて西欧の人種に接した時に、その異様な容貌に驚き、『南蛮人』と呼びました。明治維新で、アジアの中ではいち早く独立国家を形成し、資源や領土を求めてアジアに進出した時には、現地の人達を自分たちより『劣る人達』と勝手に思い込みました。現在でも、その名残が日本人の中に垣間見えます。

世界中のどの民族も、初めて『異民族』に接した時には、『臭い、醜い、知性で劣る』と評しています。北アフリカからスペインを侵略した、ムーア人のイスラム教徒は、スペインの白人キリスト教(カトリック)徒を『遅れた人達』とみなしています。確かに、建築技術、医療技術、科学知識など、圧倒的にイスラム教徒が進んでいました。

アメリカの白人は、建国以来、奴隷としてアフリカから連れて来られた人達およびその子孫を、『醜い、知性で劣る』と差別し、アメリカに戦争を仕掛けた日本人は、『ジャップ、黄色い猿』と蔑みました。アメリカ国内の白人社会にも『差別』はあり、多数派の『アングロ・サクソン』は、イタリア人を『イタ公』と蔑み、ユダヤ人は異教徒として嫌われる傾向があります。

国際サッカー協会が、『差別撲滅』をスローガンに掲げるのは、現在でも根強い『差別』が存在するからです。

『差別』は多くの場合『偏見』から生じます。根拠のない『差別』を無くそうとすれば、私たち一人一人が、『理性』で、『自分の考え方や立場は相対的なものであるかもしれない』と自らを疑ってみることが大切になります。

しかし、『精神世界』の奥底にある、『自分を最優先したい』と言う本能を、生物進化の後のプロセスで獲得した『理性』で、抑圧することはそう簡単ではありません。

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