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2015年2月20日 (金)

脳の『閃き』とは何だろう?(5)

『閃き』を誘発する最初の要因(トリガー)は、感覚器官が取得した外部情報であることが多いと推察できます。

映画やテレビを観て、本や新聞を読んで、他人の話を聴いて、それまで自分の頭の中でが曖昧であった事柄の『因果関係』が見えてきて、『なんだ、そういうことか』と得心することが良くあります。一種の『閃き』です。脳の中では、『脳神経細胞ネットワーク』の新しい接続様式が出来上がったことに対応するのでしょう。この『因果関係』は『知識』として記憶され、その後、似たような外部の事象に接した時に、その『知識』が応用できるかどうかを判断するために利用されることがあります。この『知識』の応用は『知恵』ということになります。

一般に、多くの『知識』の保有者は、『知恵』をだす確率が高いといえますが、それよりも常に『脳神経細胞ネットワーク』をダイナミックに使う訓練をしている人が『知恵』を出す確率が高いのではないでしょうか。『知識』をいくら沢山貯め込んでも、利用しなければ『宝の持ち腐れ』です。『知識を貯め込む』ことは『記憶』であり、『知識を応用する(知恵)』ことは『思考』に相当します。

日本の教育の基本は、『思考』よりも『記憶』を優先してきたことに問題があると梅爺は感じています。その結果多くの人が『知る』ことには興味を示しますが、『考える』ことは面倒だと避けようとするようになってしまっています。世の中の複雑な事象に対応するには、自分で『考える』しかありませんから、『考える』ことを放棄してはやっていけません。

『考える』ことの訓練で効果的なのは、文章を『書く』ことです。『読む』は『知る』レベルで止まる可能性が高い行為です。梅爺は、ブログを書き始めて『考える』ことが増え、面倒というより愉しくなりました。

人間の脳の素晴らしい所は、外部からの刺激を遮断し、『思考』のトリガーを外部ではなく、内部で自ら発生できるように見えることです。『瞑想』などがこれにあたります。自らある『疑問』を想定し、その『疑問』を解くための『因果関係』を見出そうとします。『疑問』が『閃く』ことを誘発することになります。つまり、『疑問』を沢山思いつける人は、沢山『思考』できることになります。『信じる』ことでそれ以上の『思考』を放棄する方が、安易に『心の安らぎ』を得やすいとも言えますが、本当の『安らぎ(満足)』は、『疑う』こと(疑問を想定する)から始めて、自分なりの得心を『思考』で見いだすことではないかと梅爺は考えています。

大天才の『閃き』だけが、『閃き』ではなく、私たちは小さな『閃き』を繰り返しながら『生きて』います。『考える』ことも『閃く』ことも、生きていて初めて体験できることですから、これを自ら放棄するのはもったいない話です。

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