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2015年2月18日 (水)

脳の『閃き』とは何だろう?(3)

アメリカの女性作家、エリザベス・ギルバートの、主張内容は以下です。

ルネッサンス以前のヨーロッパの人たちは、ギリシャ、ローマ帝国の時代から、『人間が才能を発揮するのは、才能を司る精霊、妖精のようなものがその人にとりついているため』と考えていた。つまり『閃かない』のは、自分のせいではなく、精霊、妖精が離れてしまったためと考えていた。私(エリザベス・ギルバート)もそう考えて気が楽になった。

確かにこのように考えれば、『才能不足』で自分を責める必要はありませんから、忍耐強く精霊や妖精が再び訪れてくれるのを待てばよいことになります。

古代の人たちが、とても人間業(わざ)とは思えないパフォーマンスをする人を見て、『神がとりついた』と考えたのはもっともなことです。不思議なものは全て『神』と関連付けたに違いないからです。呪術師や巫女(みこ)が、一心不乱に踊ったり、祈祷したりしてトランス(神がかり)状態になり、神や霊のお告げを口にするという現象は、今でも世界中に残っています。

北アフリカのイスラーム信仰のムーア人が、イベリア半島をほぼ征圧し、『神がかりなパフォーマンス』に対して『アッラー(神)』と叫んだ風習が、『オーレ』になまって、現在でもスペインで継承されていると、エリザベス・ギルバートは説明していました。確かに、フラメンコ、闘牛、サッカー等で素晴らしいパフォーマンスがあると、スペインの人たちは『オーレ』と叫びます。

『才能の閃き』を、『神』『精霊』『妖精』のせいにすれば、悩みは軽減しますが、これは『神仏を信仰して心の安らぎを得る』と同じことで、『心の安らぎ』を得ることには、秀逸な方法ですが、科学的な根拠は希薄になります。

エリザベス・ギルバートも、本心『才能の閃き』は、『神』『精霊』『妖精』によるものとは考えていないのでしょう。ただ、恐怖や苦悩に苛まれるよりは、『妖精さんがただいまご不在です』といって、自分を笑い飛ばす方が『健全な対応』でしょうとユーモアで述べているのであろうと梅爺は思いました。『精神世界』では『気の持ちよう』が重要な効果を発揮します。徳川家康の『不自由を常と思えば不足なし』などという遺訓はその典型です。

エリザベス・ギルバートは、『脳の閃き』を、『精神世界』の事象として話しているわけですから、『神』『精霊』『妖精』の登場に目くじらをたてる必要はありませんが、この事象を『物質世界』の『摂理』と関連付けて究明する時には、『神』『精霊』『妖精』は役に立ちません。

私たちは、知らず知らずのうちに『精神世界』の話と『物質世界』の話とを混同してしまいそうになりますが、現代人は、この弊害から逃れる努力を、そろそろ開始すべきではないかと梅爺は考えています。

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