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2015年2月16日 (月)

脳の『閃き』とは何だろう?(1)

脳が『閃(ひらめ)いて』、科学者は『自然の摂理』に関する大発見をし、芸術家は新しい『美』を創造し、スポーツ選手は見事なパフォーマンスを披露し、宗教家が『神』や『仏』のお告げを口にした、というような話を私たちは沢山耳にしてきました。 

『脳の閃き』は、特殊な人だけが持つ能力なのか、誰もがその能力は持っているものの、能力差があったり、『閃き』を認知する能力で劣っていたりして、凡人では発現する機会が少ないだけということなのでしょうか。 

科学者の『閃き』は、『理の閃き』であり、芸術家の『閃き』は『情の閃き』であるように見えますが、両者は基本的に同じ『脳』のはたらきによるものか、それとも全く異なったものなのでしょうか。 

そもそも、『閃き』は、意欲や努力と関係しているものなのでしょうか。

『閃き』は、人間の『精神世界』の事象であり、観方を変えれば『物質世界』に属する肉体的な『脳』で起きている事象とも言えます。

脳科学者や心理学者が、この『謎』を解明しようとしていますが、関連する表面的な事象の説明はともかくとして、本質的な『カラクリ』は説明しきれていません。『脳』は『宇宙』『生命』と並ぶ『謎』の宝庫です。

人間の『脳』の優れた能力の一つが『推論能力』ですが、これは『因果関係』を分からないままに放置しておくことを『不安』と感ずる本能が起点になっているのではないかと梅爺は考えています。当たっているかどうかは別としても、これも梅爺の『推論』です。『不安』は『安泰』を脅かすもので、『怖ろしい』『悲しい』『寂しい』等の情感は、全てストレスとなって『脳』に作用します。

生物としては『生き残り』の確率を高めることが最優先事項ですから、『安泰』を脅かす要因(ストレス)に対しては、無意識に、または意識的に懸命な防御策を講じようとします。その結果『逃げる』『戦う』『対抗策を打つ』などを選択し、対応を試みます。病気や怪我をある程度自ら治癒する能力を私たちの肉体は備えているのと同様に、脳もストレスに対してある程度の防御を自ら行おうとするのではないでしょうか。しかし、対応能力には限界があり、生命活動を維持できないほどのダメージを受けることもあります。

『精神世界』で崇高な意味を持つと私たちは考えている、『愛』『正義』『平和』『信仰』などの概念も、元をただせば、『安泰を希求する本能』に由来するものであろうというのが、梅爺の『推論』です。『楽しい』『美しい』などの概念は、『安泰』を強化するものであり、『苦しい』『悲しい』『醜い』などは『安泰』を脅かすものとなります。

広大、深遠に進化を遂げた『精神世界』は、『安泰を希求する本能』という単純な要因から派生したものではないかということを申し上げたいだけで、『精神世界』の価値を否定するつもりはありません。『物質世界』に属する肉体の生命活動と、『精神世界』は密接に結びついていて、『精神世界』が健全さを失うと、人は『生きる』ことに支障が生じます。『病は気から』『生きる意欲を失う』などの表現が、この重要な『関連』を示唆しています。

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