« 2014年10月 | トップページ | 2014年12月 »

2014年11月30日 (日)

ビッグ・ヒストリー(2)

『ビッグ・バン』があったからこそ、私たちが存在する、という説明は、『風が吹けば桶屋が儲かる』と言う話以上に、途方もない話に聞こえます。

『ビッグ・バン』を起点とする無数の因果の連鎖が、私たちの存在の前提として先行したということで、私たちが感知できるすべての事象は、『ビッグ・バン』が根源にあるということになりますから、たしかに気の遠くなるような話です。

『風が吹かなくても桶屋が儲かる』ことは、ありそうですが、『ビッグ・バン』がなくても私たちは存在するということにはなりません。しかし更に重要なことは、『ビッグ・バン』があれば、私たちは必ず存在するかといえば、そうとも言えないということです。

『ビッグ・バン』以降、『物質世界』は、部分的な『ムラ』を解消しようとする『動的平衡移動』で状態の『変容』を繰り返してきました。もし『物質世界』に『死』があるとすれば、それは全ての『変容』が停止することを意味します。しかし、当面『物質世界』全体に『死』が訪れる兆候はありません。

『ビッグ・バン』以降の『変容』の、条件、タイミングが一つでも違っていたら、私たちは出現しなかったかもしれません。むしろ出現することの方が、稀有の幸運に恵まれた結果といえそうです。

何度もブログに書いてきたように、『物質世界』の『変容』は、『あるべき姿』『はっきりした目的』へ向かって起きているわけではありません。『あるべき姿』『目的』『理想』という概念は、人間の『精神世界』が創りだしたもので、『精神世界』でのみ意味を持ちます。逆に言えば『物質世界』の洞察には、『あるべき姿』『目的』『理想』を持ち込んではいけないということになります。

『人間の精神世界では重要な意味を持つ、あるべき姿、目的、理想という概念は、物質世界の事象の洞察には役に立たない』という梅爺の論法は、多くの方々から『難しい、分からない』とこの時点で敬遠されがちです。

梅爺は、自分の論法が正しいと強弁するつもりはありませんが、『どうか一度騙されたと思って、あるべき姿、目的、理想と言う概念は物質世界では通用しない』と言う前提で、自然界を眺め直してみて下さるようにお薦めするだけです。

梅爺の場合は、このことで『霧が晴れたように』、色々なことが『理』で得心できるようになりました。

自然の大災害は、一瞬にして善良な人々の命を奪ったりします。人間の『精神世界』では受け容れがたい苦痛ですが、梅爺は『神はどうしてこのような試練を私たちに課すのか』などと嘆くことはなくなりました。自然の大災害は、『物質世界』の『動的平衡』が引き起こす『変容』であって、この『変容』は、『神が人間を懲らしめようとデザインしたもの』などではないということになるからです。

人間にとって『都合の悪いこと』は、『精神世界』では『苦痛』ですが、それをもたらしている自然の変容には、『不都合』『苦痛』などを人間に与えようと言うような意図、目的はありません。

自然は、私たちに命を与えると同時に、時に命を奪うこともある、という、ただそれだけの味気ない話ですが、『そう云うものだ』と受け容れる方が、梅爺はすっきりします。自然は人間だけのために存在しているのではないというだけのことです。

自然に『恵み』『慈悲』『懲罰』を感ずるのは、人間の『精神世界』側だけの話です。自然は、『摂理』で、ただ変容しているだけです。

| | コメント (0)

2014年11月29日 (土)

ビッグ・ヒストリー(1)

アメリカの歴史学者『デイビット・クリスチャン』が、歴史を教える手法として、『ビッグ・ヒストリー』と称するスタイルを提唱していて、TED(プレゼンテーション主催団体)で、18分の講義を行った様子が、NHK地上波教育チャンネル『スーパー・プレゼンテーション』で紹介されました。 

18分で、『ビッグ・バン』から現在までの、宇宙の歴史、地球の歴史、生物の歴史、人類の歴史を俯瞰して説明するわけですから、大雑把ではありますが、逆に全てが連携していることが良く分かり、『人間』とは何かを改めて考えることができます。人類が地球に存在するようになってからの期間などは、138億年という宇宙の歴史に比べれば、たった500万年程度で、相対的には『一瞬』のようなものですから、『天地創造』の直後から、自分も存在していたと勘違いしたり、同じ『生物種』でありながら、民族同士、些細なことで殺し合ったりしていることも、馬鹿らしいことに思えてきます。 

『ビル・ゲイツ』が、『学校で、こういう歴史を教えてもらっていたら、人生観が変わっていたにちがいない』というような主旨の賛辞を述べていました。 

梅爺は、ブログを書き始めて、自分の興味の対象である、『宇宙の始まり』『生命の始まり』『生物進化』『現生人類の世界各地へ拡散』『人間の脳の進化』について、多くの感想を述べてきました。 

そして、『人間の脳』が創り出す『精神世界』に辿りつき、これが紡ぎだす『宗教』『芸術』にも、拙い感想を沢山書いてきました。 

その結果、全てを俯瞰して観れば、自然界の摂理と『精神世界』の関係など、学校で決して教えてもらえなかったことが、実は重要で、本質的なことだと、なんとなく感じていましたので、『ビッグ・ヒストリー』の出現にあまり驚きませんでした。むしろ、梅爺と同じ考え方の人が出現したことを歓迎したくなりました。 

『宗教』や『芸術』を、その分野だけで深く掘り下げることも大切ですが、全体を俯瞰する中で、どのような位置づけにあるのかを考えてみることも重要です。その方が何故人間が『宗教』や『芸術』を必要とするのかも、分かりやすいような気がします。

現時点で、人類が獲得している最新の知識を総動員して、物事を俯瞰するという手法は、『学際的』洞察と呼ばれます。

人間が関与することは、少なくとも『脳』が関与していますから、『宗教』『芸術』ばかりではなく、『政治』『経済』も、そして『哲学』さえも『学際的』な視点で見直す必要があるのではないでしょうか。既に『理系/文系』『自然科学/人文科学』などという垣根を取り払うべき時代になっているような気がします。

専門分野の学者や、評論家が、えてして『学際的』な視点を欠いて、狭い世界だけに止まっていることに、梅爺は不満を感ずることが多くなりました。

| | コメント (0)

2014年11月28日 (金)

三澤洋史著『オペラ座のお仕事』(4)

高崎高校という進学名門高校に入学しながら、周囲とは異なった『音楽の道』へ進まれた三澤先生と、梅爺が所属している『東大OB男声合唱団アカデミカ・コール』のメンバーとは、人生で歩んだ道が対称的です。 

『アカデミカ・コール』のメンバは、当時のエリート・コースとみなされた、『有名大学』『大企業』『大金融機関』『大病院』『大学教授』『高級官僚』などのコースを歩んだ人達ばかりです。このような人生を歩んだ人達への評価は、様々であろうと思いますし、様々であって良いと梅爺は考えています。人間社会を構成するには『ジェネラリスト』の素養と、『スペシャリスト』の素養を持つ人達をバランスよく組み合わせる必要がありますので、『好きなことを仕事として生きていく』ことだけが、理想の人生とも言いかねます。 

梅爺も、『エリート・コース』に乗ってしまえば、あとは『無難で恵まれた人生が送れる』などと安易に考えて自分の進路を選択したとは考えていません。『エリート・コース』もそれなりのチャレンジであり、どのような仕事にも難しい『創造』や『折衝』が待ち構えていますから、『エリート』という看板だけで生きていけるほど人生は易しいものではありません。梅爺は『こんなはずではなかった』と嫌々仕事をしたことはありませんし、仕事を引退した今は、恵まれた人生であったと感謝しています。 

一握りの人達だけに許される、芸術やスポーツの分野で、並はずれた才能を持っておられる方の生き方は、梅爺のような凡人には羨ましい話ですが、『隣の芝生が青く見える』ということなのでしょう。誰もが自分の能力の中で、懸命に誇りを持って生きるのが人生なのではないでしょうか。

異なった人生を体験してきた、三澤先生と、梅爺達爺さん合唱団が、お互いを尊敬しながら今『音楽』で接点を持っていることは、何とも絶妙な取り合わせのように感じます。三澤先生も、この異なったもの同士の関係を楽しんでおられるのではないでしょうか。

この本には、三澤先生でなければ体験できなかった、『バイロイト音楽祭』『スカラ座(ミラノ)』『新国立劇場(日本)』の内側の話、合唱の発声や発音に関する本質的な話、著名な指揮者やソリストの人柄や音楽に対する考え方の話、中国のクラシック音楽の現状などが紹介されていて、音楽好きな人にはたまらない面白さなのですが、三澤先生は、この本を書いた目的を以下のように述べておられます。

日本人はみんな「いいこ」になりすぎるのではないか(中略)、あるいは嫌われるのを恐れすぎるのではないか(中略)、自分のやりたいことを迷わずやればいい。人の目など気にすることはない。
同時に、自分がどういう人間なのかを他人に知ってもらうための努力は惜しむべきではない。自分が何にこだわり、何をめざし、何は受けいれられないのか、はっきり示すことから人間関係を始めるべきではないかと思うのだ。
でも、ただワガママだけの人間になってはいけないと思う。その思考と行動の原点には、『善意』がないといけない。善意は「いいこ」と似ているようで全然違う。

梅爺は全く同感です。この本は、音楽の話を抜きにしても、『日本人論』『人生論』として読むことができます。

| | コメント (0)

2014年11月27日 (木)

三澤洋史著『オペラ座のお仕事』(3)

『音楽』に目覚めていくプロセスが、三澤先生と梅爺で極めて類似していることを知り、幼いころからの自分の体験とダブらせながら、この本を読みました。

三澤先生は、高崎市(群馬県)のご出身で、中学生の頃は、群馬県で1、2位を争う知能指数の持ち主でした。もっとも、ご自身でそのことを知ったのは、進学校の県立高崎高校へ入学した後に、生涯の親友となる『角皆優人(つのかいまさひと)』と出会って、『角皆』さんが、三澤先生と知能指数をあらそっていた当の御本人で、中学時代から見知らぬ三澤先生を意識していたと打ち明けられたからです。

面白いことに、お二人とも『知能指数』には関心が薄く、『有名大学』『大企業』などという当時の常識であったエリート・コースを選ばず、三澤先生は、世界が認める『指揮者』に、『角皆』さんは、全日本『フリー・スキー』のチャンピョンになっています。

三澤先生は、中学生の頃、ギターを教則本で独習し、コード(和声)とその進行の妙を体感して虜になります。同じく中学時代に、隣のお医者さんが結成している『素人ジャズバンド』に参加し、トランペットを担当します。トランペットも独習で習得しています。そのバンドの練習スタジオにあるピアノをこれまた我流で弾き、ジャズのアドリブ演奏や、バンドのための編曲までこなしてしまいます。

高校(高崎高校)では、『男声合唱』クラブに入り、同時に『角皆』さんの影響を受けて、クラシック音楽にもはまっていきます。当時はレコードは高額でしたので、FM放送のクラシック番組を聴き漁りました。一念発起して、ピアノを本格的に習い『芸大ピアノ科』への進学を目指そうとしますが、これはさすがに無謀とあきらめて、国立音楽大学の『声楽科』へ進み、更に『指揮科』へ移って、卒業後は『ベルリン芸術大学指揮科』へ留学し、これを首席で卒業されました。

梅爺の小学生のころは、貧しい環境でしたので、木琴を我流で弾き、母が買ってくれた『ハーモニカ』に夢中になりました。中学では、ブラスバンドに加わり『トロンボーン』を独習で学び吹いていました。その頃兄が買った『オルガン』が家にあって、これも我流で演奏していました。高校では、混声合唱、大学では男声合唱のクラブに属しました。勿論レコードやラジオで音楽番組を熱心に聴きました。音楽は好きでしたが、これを生涯の仕事にしようとは思いませんでした。というより、本格的に音楽を学ぶには、お金がかかることが分かっていましたから、とても両親にそのようなお願いはできないと最初からあきらめていました。

三澤先生と梅爺では、基本的に能力の差がありますから、音楽家になるかならないかで、道が別れたのは当然ですが、中学、高校の音楽体験が似ていることに驚きました。

| | コメント (2)

2014年11月26日 (水)

三澤洋史著『オペラ座のお仕事』(2)

『芸術』が私たちを魅了するのは、創作する側にとっても、鑑賞する側にとっても、『限界のない可能性』の一部を垣間見たと感じることにあるのではないでようか。つまり、表現の瞬間に一時的な満足があったにせよ、次の瞬間、『もっと高いレベルの表現』を求める欲求が芽生えますから、果てしない挑戦になります。 

梅爺のような、凡人合唱団メンバーでも、演奏会の後は、個人的には『満足(あるレベルは表現できた)』と『悔い(もっとうまくできたはずだ)』の気持ちが微妙なバランスで残ります。 

自分が到達したレベルに満足する『芸術家』がいたとすれば、それは本当の『芸術家』とはいえないでしょう。スポーツでは『相手に勝つ前に、自分に勝て』とよく言われますが、はてしなく自分を越えていく意欲が求められるのでしょう。 

しかし、『芸術家』といえども、仙人のようには生きられませんから、『生計を立てる』必要があり、『認められたい』という世俗的な欲望が無いわけではありません。 

しかも『音楽ジャンル』のなかで、『オペラ』は、『指揮者』『演出家』『舞台美術デザイナー』『衣装デザイナー』『舞台進行スタッフ』『オーケストラ』『ソリスト(達)』『合唱指導者(指揮者)』『合唱団』など、関連するすべての人間が『精神世界』の個性的な『価値観』を持ちながら、なんとか折り合いをつけて、『一つの作品』へまとめ上げていかなければならないわけですから、準備の段階も、本番も壮絶な葛藤が生じることは眼に見えています。 

普通の人なら価値観のぶつかり合いによる『ストレス』で、滅入ってしまいそうですが、三澤先生は、『こんな楽しい、幸せな仕事はない』というようなことを書いておられます。『価値観がぶつかり合うのは当然のことで、自分も主張する。折り合いをつけることは、誰かの敗北であったりはしない。だって、皆が良い音楽を創りだそうとしているからこそ起こることなのだから』と、ポジティブに受け止めておられる様子が伝わってきます。 

この姿勢は、『芸術』だけではなく、人生のあらゆることに重要といえるものです。『個人』が『人間社会』の中で『生きていく』ことは、他人の『価値観』との違いの中に身をさらすことに他ならないからです。『自分の価値観は大切にするが、必ずしもそれだけに拘泥(こうでい)しない』という姿勢が大切になります。こういう難しいことに、明るく、笑顔で、挑戦する人は、魅力的です。梅爺は、頭では分かっていても、なかなかその様には対応できませんから、三澤先生が輝いて見えます。

日本人と外国人は、社会風習や文化基盤が異なりますから、『価値観』の『対立』が生じやすくなります。三澤先生の『オペラ』に関する仕事は、『オペラ』がそもそも西欧の文化基盤から産まれた芸術ですから、日常的に、外国人との『対立』に遭遇することを意味します。この本の中には、深刻な『対立』を乗り越えて、『信頼関係』を築いた例が沢山紹介されていて、三澤先生は、『外国人との信頼関係は対立の中で培わせるものだ』と述べています。

イタリア在住の作家『塩野七生(ななみ)』さんも、『対立しそうになるや後ずさりしがちな日本人には、ぜひとも読んで欲しい一冊』と、この本に推薦の辞を贈っています。

梅爺が好きなポルトガル人の作家『パウロ・コエーリョ』は、『神と格闘しなければ、真の信仰は得られない』と言っていることを思い出しました。

人間関係ばかりではなく、『神』との関係も『対立』があって始めて『信頼』が得られるということになりますから、『生きる』ことには相当の覚悟が必要になるということでしょう。梅爺は、このことに異論はありませんが、へそ曲がり故に悲観的な一言を加えれば、あらゆる場合必ず『信頼』が得られるとは限らないのも人生ですから、実はその見極めこそが厄介なのです。『成せばなる』は人生の指針として重要ですが、『成してもならない』こともあるのが人生です。

| | コメント (0)

2014年11月25日 (火)

三澤洋史著『オペラ座のお仕事』(1)

梅爺が趣味で所属しているアマチュア男声合唱団『アカデミカ・コール(東京大学男声合唱団コール・アカデミーのOBで結成)』が、指導、指揮をお願いしている『三澤洋史(ひろふみ)先生』が、早川書房からエッセイ『オペラ座のお仕事』を出版されました。

梅爺は早速購入して読み、本の見開きに三澤先生のサインを頂戴して、感激しています。

三澤先生は、私たち合唱団の、合唱指導される合間に、色々な『お話』をしてくださいます。ユーモアたっぷりにお話いただけるのですが、その一言一言が『音楽の深遠さ』『言葉の深遠さ』『人の心の深遠さ』へ触れるもので、梅爺はいつも魅せられています。

三澤先生は、ご自分のホームページに10年にわたって、『名エッセイ』の数々を掲載されて来られましたので、音楽ばかりではなく、秀でた文才もお持ちであることは承知していましたが、この『オペラ座のお仕事』というエッセイは、その集大成ともいえるもので、とにかく『面白い』本です。

梅爺のような、音楽大好き人間には、勿論啓発的なのですが、音楽を抜きにしても、三澤先生の『世の中』『人間』を洞察される鋭さに引き込まれます。ご自分の『考え』『価値観』『感情』を、気取ったりせず述べておられるのですが、根底に流れる『暖かさ』『愛情』が読者の心を豊かにします。『梅爺閑話』もそうありたいと望んで書いていますが、足元にも及びません。

三澤先生は、『クラシック音楽』の『指揮者』ですが、特に『合唱指揮』の分野で、日本はおろか、世界が認める第一人者です。

そのような三澤先生が、何故梅爺達のような、必ずしも音楽才能に恵まれていない『爺さん合唱団』の指導を、嬉しそうに続けて下さるのか、梅爺はかねがね不思議に思っていましたが、この本を読んで、三澤先生のお気持ちが分かったような気がしました。

梅爺たちは、三澤先生が教えて下さるような、発声、発音はできず、何回注意されても、同じミスを犯すような、しかたのない『素人爺さん合唱団』ですが、それでも、皆で懸命に何かを表現しようともがいています。三澤先生は、『プロの合唱団』で、世界が認める『合唱』を目指すことも、『素人爺さん達』が、もがきながら表現しようとすることも『音楽』であり、差別などしておられないのです。人間に対する『愛』が根底にあるからです。

この本を読むと、『世界に通用する真の日本人』の姿を知ることができます。『ドイツ語』『イタリア語』『フランス語』『英語』『ラテン語』に精通する驚異的な語学の能力もさることながら、日本人として『異文化』にどう対応するべきかという、沢山のエピソードが紹介されています。

梅爺は、人生で沢山の『素晴らしい方』と出会ってきましたが、三澤先生はまさしくそのお一人です。

| | コメント (2)

2014年11月24日 (月)

MADness(2)

飢えや貧困に苦しむ国民を抱えながら、『核兵器』『長距離ミサイル』を開発保有することが、国家の最優先防衛策と考えている『北朝鮮』は、弱みを見せると侵略されるという強迫観念に支配されているように見えます。

しかし、過去の友好国中国も、『お荷物になる』ことを案じて、距離を置き始めましたし、同胞国『韓国』も、併合すれば、国家経済が破綻しますから、『ホンネ』では南北統一を恐れているに違い合いません。資源国でもない北朝鮮を侵略して得をする国はありませんから、北朝鮮が『侵略に怯える』のは滑稽に見えます。

世界を敵に回して、長期戦を闘う、兵器も、資源も持たない北朝鮮は、自分から戦争を始めれば、あっという間に征圧されてしまうのではないでしょうか。したがって北朝鮮は、『MAD』をしかけることができる能力を持たない国です。

日本が『核兵器』を、『作らない』『持たない』『持ち込ませない』という三原則で対応してきたことは賢明であったと思います。『持ち込ませない』という条件だけは、国内に米軍基地を沢山持ち、すこし怪しげですが、とにかくこの三原則が、日本は『MAD』を引き起こす国家ではないことを、世界に宣言しているわけですから。

『核兵器』を保有する大国は、小国が保有することに、反対しながら、かげでは、更に『最新兵器』の開発を継続しているに違いありません。実に腹立たしい話です。

現代社会で『核兵器』が怖ろしいのは、『敵国監視システム』『非常時の報復システム』が、高度で複雑な科学システムで構成されていることです。

『MAD』は、人間の意思で開始されるとはいえ、その判断基準となる情報を、科学システムに依存していることになります。科学システムの誤動作、誤認が完全に無いとは言えませんし、誤った情報は、瞬時に創り出されますので、これが『MAD』につながる危険性は無視できません。

論者の『Vinge』氏は、世界中の理性的で、賢い人達が、インターネットなどを活用して結束し、愚かな人達が始めようとする『MAD』を、事前に察知して、牽制する以外に、有効な手段は無さそうだと書いています。

人類を救いうる手段が、インターネットなどを活用した『国際世論』の形成であるという主張には、梅爺も異論がありません。

| | コメント (0)

2014年11月23日 (日)

MADness(1)

『What should we be worried about?(我々が今懸念すべきこと)』という本が挙げる次なるテーマは『MADness』です。論者は、数学者であり小説家でもある『Vernor Vinge』という人です。 

『MAD(Mutually Assured Destruction:相互破滅を覚悟した攻撃)』で、大国同士が『核戦争』に突入するような状況を指す言葉です。 

勿論『MADness』は『Madness(狂気)』という普通名詞のかけ言葉となっていて、一種のブラックジョークです。 

前の戦争で、『核兵器』を持つアメリカが、もたない日本を核攻撃したのは、『MAD』ではありません。アメリカは『核兵器』で報復される恐れがないという前提で、圧倒的優位に武力を行使したことになります。アメリカは、色々な弁明で正当化しようとしますが、人類が行った『蛮行』のひとつであることには変わりがありません。日本国民は、韓国のようにいつまでも『恨(はん)』の文化にすがろうとしないところは、誇らしいことですが、過去のアメリカの行為は『蛮行』であるという主張は通すべきです。勿論、過去と現在、将来を混同しないと言う前提での話です。 

20世紀の後半、アメリカとソ連の東西冷戦が深刻化し、『MAD』が人類にとって最大の脅威でした。『キューバ事件』のように、本当に一発触発の瀬戸際まで進行した事件もありました。 

大国同士の『刺しちがい』をするほど、両国のリーダーは愚かではないとして、むしろ『MAD』こそが、『戦争抑止力』になっているのだという、うがった主張をする人達も出現しました。 

20世紀に『MAD』の脅威を回避できたのは、人類の英知で、今後も『MAD』は脅威にはならないという楽観論に、論者の『Vernor』氏は、疑問を呈しています。『どうせ殺されるなら、敵を道連れにして死ぬ』という、その場の感情に支配された決断をする愚かなリーダーが、出現しないという保証はありません。 

『MAD』が起きる情勢は突然形成されるわけではありませんから、事前に芽を摘み取る努力が必要ですが、核兵器を保有することが、自国を守る究極の手段であると考える『弱国』の出現を現在でも抑制できていませんから、『核拡散防止条約』は有効に機能しているとは言えません。 

『MAD』の脅威が、昔より現在の方が強いと考えられる理由が、『現存する核兵器の数』『製造コストの相対的な低下』『技術の流布』などです。

誰でも『作って持てる』というほど、安易で安価ではないにしろ、『弱小国』や『テロ集団』でも『持てる』可能性が格段に高まっています。

『現存する核兵器の数』は、おそらく数万発におよび、地球全体を人類が住めない環境に変えても、まだおつりがくるといった程度であろうと想像できます。これに比べれば『原子力発電所』の数などは、たかが知れています。

これだけ沢山の『核兵器』を、完全に『管理』することは至難の業ですから、私たちには知らされていない『ぞっとする事態』が、過去に何度も発生しているのではないでしょうか。勿論、盗まれたり、密売されたりして『テロ集団』の手に渡る危険もないとは言えません。

| | コメント (2)

2014年11月22日 (土)

Vengeance belongs only to God.

英語の諺『Vengeance belongs only to God.』の話です。

『復讐は神のみに許される行為である』という意味になります。

梅爺は、幼いころから父親に『毀誉褒貶(きよほうへん)は神仏に預けよ』と繰り返し教えられました。父親が残した書が我が家の部屋の壁に今もかかっています。『毀誉褒貶』は他人を褒(ほ)めたり、貶(けな)したりする行為のことです。

『人には他人を総合評価する能力などない』ともとれますし、『他人の眼を意識して行動するな、たとえどう評価されようと自分の信念を貫け』ともとれる言葉です。

この教えが染みついていることもあり、会社で職場の人の『昇給、昇進』や『ボーナス』の査定を行わなければならない立場になった時は、悩みました。

『法』における『裁判官』と同じで、社会の規律を維持するために、ある『約束事』に従って、『人が人を裁く』『人が人を評価する』ことが必要と言う論理になりますが、本来『人には、他人を裁いたり、評価したりする能力や資格がない』という主張も一理あるように見えますので、『人間の本質』と『社会維持の必要事項』との間に矛盾があるのかもしれません。

世の中で、『真偽の判定』『絶対評価』が可能なのは、『摂理』に支配されている『物質世界』の事象だけで、人間の『精神世界』の抽象概念が関与する事象では、絶対的な評価尺度がありませんから、『絶対評価』はできません。できることは『自分の価値観で評価する』という『相対評価』に過ぎません。梅爺は『ゴヤ』の絵が好きですが、これは梅爺の評価に過ぎません。

自分の価値観が正しいと信じて疑わない人は悩まなくて済みますが、自分の価値観は相対的なものだと理解している理性的な人は、もしや自分の判断は適切ではないかもしれないと悩むことになります。

その意味で『復讐は神の仕事』という表現は、一理がありますが、理不尽な『テロ』や『凶悪犯罪』で肉親の命を失った人にとっては、そのような綺麗ごとでは済まないことになります。『安泰が脅かされたこと』への『怒り』に基づく『反射的な対応』が『復讐』ですから、人間の本能に近い情感が働いていることになります。

『復讐』をテーマにした小説は沢山あり、読者は感情移入して、『復讐』に喝采を送ったりします。つまり誰にも潜在的に『復讐』心があるということなのでしょう。

理性で考えれば、『復讐』は、限りない殺戮の連鎖を引き起こし、非生産的であることは眼に見えています。これを理性で理解して、『忍耐』できるかどうかは、人間の器の大きさに依存します。

『愛の神』が、人に代って『復讐』をしてくれるのかどうかは分かりませんが、『復讐』に駆り立てる『精神世界』の本能は、厄介なものであることが分かります。『神に復讐を委ねる』どころか『神に代って正義の鉄槌をくだす』ために『復讐』が行われると言う論理が一般に横行しますから、一層ややこしい話になります。『9.11』事件で、アメリカの大統領は、テロに加担する勢力を容赦なく『Evil(邪悪)』と決めつけ、国民の大半が『復讐』を支持しました。

人類は『復讐』の対応策に、共通の『知恵』を見出していません。従って人間社会から『復讐』はなくなりそうにありません。

| | コメント (2)

2014年11月21日 (金)

京都、大津のお寺巡り(5)

Dscn5908
石山寺東大門(重要文化財)

Dscn5913
寺の云われである岩山 後ろに多宝塔(国宝)がかすむ

梅爺は、仕事の現役の頃、『石山(JR東海道線)』にあった『東レ』の工場へコンピュータシステムの売り込みのために足しげく通いました。しかし、一度も『石山寺』まで足をのばすことがありませんでしたので、頭の片隅にそれが気がかりとして残っていました。今回ようやく『石山寺』詣でを果たすことができました。

『石山寺』は、8世紀の半ば『聖武天皇』の命で、『東大寺』の僧『良弁』によって造られた寺と伝えられています。外来の宗教である『仏教』を、日本を治める基盤としようとした『聖徳太子』や『聖武天皇』は、炯眼(けいがん)の持ち主であったと同時に、天皇家の基盤である『神道』との関係などの矛盾を背負い込むことにもなり、その後の日本の精神文化の形成に大きな影響をのこしました。結局『神仏習合』などという、極めて日本的な解決法を日本人は『知恵』で創り出しました。

『聖武天皇』の『仏教』による『鎮護国家』は、勿論天皇の信仰が基盤ですが、天災や疫病に苦しむ民を救いたいという、切実で現実的な問題に直面していたためです。昔の人達は、『心の救済』というより『命の救済』を、『御利益(ごりやく)』として神仏に心から願っていたことを、現代人は理解すべきでしょう。病気の正体を人類が知るようになったのは、数百年後の事です。

現在の『石山寺』は、『東寺真言宗(密教)』の寺ですが、開山当時は、『東大寺』と同じく朝鮮半島からの渡来した『華厳宗』のお寺であったのでしょう。『密教』がひろまるのは『空海』『最澄』等の留学僧が日本へ帰国してからのことです。

『石山寺』は、日本でも有数の『観音信仰』の霊場です。また、平安時代、宮廷の女官たちが好んで訪れた寺であったため、『蜻蛉日記』『更級日記』『枕草子』にも登場します。何よりも『紫式部』が『源氏物語』の着想を得た寺として有名です。今回も境内の『豊浄殿』で『紫式部と石山寺』という展示催しが行われていました。また別の場所では、『54歩で分かる源氏物語』という展示があり、『源氏物語』の54帖が、それぞれ『絵と解説文』の組み合わせで簡単に紹介されていて、文字通り、54歩移動するだけで、全容がなんとなく分かるというものでした。梅爺も梅婆も、『源氏物語』を通して読んだことがありませんので、この『絵と解説文』を一冊にまとめた本を購入しました。何と言っても登場人物の相関関係が複雑なために、『相関図』のコピーもお願いして入手しました。『その程度で源氏物語が分かったと思うな』と、『与謝野晶子』『谷崎潤一郎』『円地文子』『田辺聖子』『瀬戸内寂聴』に叱られそうな話です。世界最古の『長編小説』は日本人の手によるものであることは誇らしいことです。

『石山寺』の名称は、大きな『岩山』の上に『多宝塔(国宝)』が造られていることに由来します。仏教の伝来以前から、この大きな一枚岩は霊場として日本人に崇められていたのではないでしょうか。

現在の『本堂(国宝)』は、11世紀の再建、『東大門(重要文化財)』『多宝塔(国宝)』は『源頼朝』の寄進で鎌倉時代に建立されたものです。

幸いなことに、『石山寺』は戦火に遭遇しなかったために、建造物だけでなく、貴重な仏像、経典、文書などが現在にまで残されています。

信仰心の薄い梅爺ですが、日本人として違和感なく、京都、大津の古刹(こさつ)を巡り、大いに満足できました。

| | コメント (0)

2014年11月20日 (木)

京都、大津のお寺巡り(4)

Dscn5905
三井寺(1)

Dscn5906
三井寺(2)

『コール39会』山陰親睦旅行の帰途、梅爺夫婦は、京都、大津を巡りました。大津では『三井寺』と『石山寺』を訪ねました。

『三井寺』は正式には『園城寺(おんじょうじ)』で、『天台寺門宗』の総本山です。
寺の井戸の水が、天智、天武、持統の3天皇の産湯(うぶゆ)として使われたという由来で『御井(みい)』が転じて『三井寺』になったと伝えられています。

7世紀に『大友氏』の氏寺として創建されましたが、9世紀に唐から帰国した留学僧『円珍(智証大師)』によって再興されました。『天台寺門宗』の宗祖が『円珍』です。『円珍』の母親は『空海(弘法大師)』の妹(または姪)とも伝えられており、幼少時から飛びきり利発で有名でした。『比叡山延暦寺』でも修行しており、『顕教』『密教』『修験道』に通じた僧として、『延暦寺』の最高位『天台座主(ざす)』にまで登り詰めています。

平安時代、『三井寺』は京都の皇族、貴族の信仰の対象で、その後は武士(源氏)の戦勝祈願の寺ともなりました。

『円珍』の死後、10世紀に、『延暦寺』内部で、『円珍』の門派と、『慈覚大師(円仁)』の門派の対立が激しくなり、『三井寺』は骨肉の争いで、『延暦寺』の『円仁門派』によって、10回以上の焼き打ちにあいました。

鎌倉時代には、『源氏』の戦勝祈願寺として優遇されましたが、『三井寺』の僧侶として育てられた『公暁』が『源実朝』の暗殺事件を起こし、一転して冷遇されることになりました。

更に『豊臣秀吉』の不興を買って、寺領が没収されて、一時事実上の廃寺になりましたが、秀吉は死の直前に再興を許可し、現在の伽藍は、この時再興されたものが主体になっています。秀吉の不興の原因と、何故死の直前に許したのかは分かっていません。権力維持のために『千利休』や甥の『豊臣秀次』一家を死罪にした『祟り』を、死の間際には恐れ、怯えていたのかもしれません。

このように、『三井寺』は、歴史上、何度も何度も苦難に遭遇しながら、立ちあがってきたことから、『不死鳥の寺』とも呼ばれています。

一般に、『仏教徒同志は争ったりしない』と言われますが、『延暦寺』と『三井寺』の争いなどをみると、そうとも言えないような気になります。イラクにおける『イスラーム』の『スンニ派』と『シーア派』の殺し合いなどをみても、近い関係の者同士が袂を分かった時には、『憎しみ』は一層大きくなるように感じます。

『情』が支配する人間の『精神世界』の特徴と言えばそれまでですが、『理』で『情』が抑制できない事態になると、『人間』や『人間の集団』は、時としておぞましい存在になることを、私たちは普段から肝に銘じておく必要があります。

| | コメント (0)

2014年11月19日 (水)

京都、大津のお寺巡り(3)

Dscn5918
東本願寺 境内

Dscn5922
西本願寺 唐門(国宝)

京都の七条烏丸通に面する『東本願寺』と、七条堀川通に面する『西本願寺』が何故、分立しているのか、分立する必要があるのかを梅爺はお恥ずかしいことに知りませんでした。

両方とも、鎌倉時代の『親鸞』の教えを踏襲しています。『親鸞』は師である『法然』の教えを継承し、阿弥陀仏を対象に念仏を唱えることで、誰もが救われると説きました。究極の『大乗仏教』と言えます。この教えは大衆の間にひろまり、『念仏集団』は、他の仏教宗派からは、異端として迫害されました。厳しい修行を解脱(げだつ)の条件にする他の宗派からみれば、いかにもお手軽な念仏だけの救済は我慢できなかったのでしょう。選ばれた者だけが救われるのか、誰でも救われるのかは、どの宗教にとっても難しい課題です。どちらを採用しても、宗教運営には一長一短があるからです。信徒の数を増やすには、誰もが救われるとした方が良いに決まっていますが、聖職者の権威を保つためには必ずしも良いとは言えません。『親鸞』自身は、新しい仏教の宗派を興す考えはなかったようにみえますが、死後『浄土真宗』が興り、『親鸞』は宗祖ということになっています。

『東本願寺』『西本願寺』の分立の背景は、『教え』の解釈の違いと言うより、時の権力者の思惑(おもわく)が関与しているように見えます。仏教は、日本の歴史の中で、『政治』と深くかかわってきたことを示しています。『織田信長』のように、仏教徒といえども、反対勢力は徹底せん滅するという権力者がいましたが、多くの権力者は、自分に従うものを優遇して取り込もうとしました。

『本願寺』の東西分立には、『豊臣秀吉』『徳川家康』が関与しています。秀吉時代、宗派内に『親秀吉派』と『反秀吉派』があり、秀吉は『反秀吉派』のリーダーを隠居させましたが、家康の時代になると、隠居させられていた『反秀吉派』のリーダーが復権し、家康の後押しと寄進で『西本願寺』が建立されました。『浄土真宗』信徒の勢力を削ぐために、家康はしたたかに分裂政策を採ったことになります。これが東西分立の始まりです。

現在『東本願寺』は、『真宗大谷派』の本山で、『真宗本廟』と呼ばれています。『大谷大学』は『東本願寺』に関連する大学です。一方、『西本願寺』は『龍谷山本願寺』が正式名称です。『龍谷大学』は『西本願寺』に関連する大学です。ややこしいことに、1981年に『東本願寺』内部で、『大谷家』と『改革派』が対立し、『改革派』が別宗教法人(『浄土真宗東本願寺派本山東本願寺(東京都台東区)』として独立しています。草葉の陰で『親鸞』も、『いい加減にしなさい』と嘆いておられるのではないでしょうか。

『東本願寺』の伽藍は、度々の火事で焼失し、現在の建物の多くは、明治以降の建設です。現在『阿弥陀堂』が大改修中でした。一方、『西本願寺』の伽藍の多くは、江戸時代の建物が継承されています。特に『飛雲閣(国宝)』や『唐門(国宝)』は、それぞれ秀吉の『聚楽第』『伏見城』からの移築されたものという説もありますが、必ずしも確証があるわけではありません。

『親鸞』の廟としての『御影堂』を中心として、唯一信仰の対象とする『阿弥陀仏』を本尊とする『阿弥陀堂』で主要伽藍が構成されているのは、両本願寺とも同じです。

| | コメント (0)

2014年11月18日 (火)

京都、大津のお寺巡り(2)

Dscn5888
萬福寺の三門

Dscn5889
萬福寺の法堂

『平等院』があるJR奈良線の『宇治』駅の隣駅が『黄檗(おうばく)』で、ここに禅宗(黄檗宗)の寺『萬福寺』があります。

瞑想修行で解脱を目指す流儀は、古くからインドにあり、伝説的な『達磨』などが有名ですが、座禅を修行主体とする『禅宗』という呼び名は、唐の末期に中国で確立しました。中国には『五家七宗』の『禅宗』がありますが、日本にもたらされ大きく根付いた宗派は、『臨済宗』『曹洞宗』『黄檗宗』です。

『臨済宗』『曹洞宗』は、それぞれ鎌倉時代日本から中国へ渡った僧、『栄西(ようさい)』『道元』が持ち帰った宗派です。『臨済宗』の日本における本山は『建仁寺(京都)』、『曹洞宗』の本山は、『総持寺(神奈川県)』『永平寺(福井県)』です。

『黄檗宗』は、江戸時代初期に、中国の有名な僧『隠元』が、日本の信徒の強い要請で長崎へ来日し、もたらしたもので、後に『隠元』は、上京して将軍徳川家綱に拝謁し、現在の京都『萬福寺』の場所に伽藍を建立することを許されました。日本の『黄檗宗』本山『萬福寺』は、将軍や諸大名の資金援助もあって、中国の『萬福寺』を模して造られました。建築様式はもとより、儀礼作法、食事様式まで中国様式が今でも踏襲されています。1661年の創建ですので、当時の伽藍配置様式が、ほぼすべて残されています。『隠元』は、『インゲン豆』『スイカ(西瓜)』『レンコン(蓮根)』を日本へもたらしたとも伝えられています。鎖国であった当時の日本では、『萬福寺』は新しい情報、知識の貴重な発信基地でもあったことになります。

鎌倉時代、常に『死』を覚悟している武士にとって『禅宗』は、『心の安らぎ』を得る手段としてひろまりましたが、平穏な江戸時代になると、武士より一般大衆の救済を目指す『仏教』が主になり、『禅宗』が廃れる傾向にありました。

これを憂れいた信徒が、長崎へ『隠元』を招いたことになります。『隠元』は30人の弟子とともに来日に、3年半で中国へ帰国する予定でしたが、結局日本へ骨をうずめることになりました。『黄檗宗』は日本に他の宗派より400年ほど遅れてもたらされた『禅宗』です。

『萬福寺』の門は『山門』ではなく『三門』と呼ばれ、これは『空』『無想』『無作』のプロセスを踏んで解脱するための通過門であることを知りました。

『釈迦』の教えの中心は『煩悩の解脱』ですが、『禅宗』は、解脱するための具体的な方法(座禅などの修行様式)を提示しています。同時に『禅問答』と言われるように、深い哲学的な思想が特徴です。

『ナンマイダ』と唱えるだけで『救われる』というような教えもあれば、『禅宗』のように厳しい修行、深い思索を求める教えもあり、『仏教』の宗派は色々です。

人間の『精神世界』は、同じ『釈迦』の教えから、このように幅広い思考展開をすることに梅爺は興味を抱きます。

『キリスト教』も『イスラーム』も、宗派が枝分かれして現状に至っています。何故宗教が枝分かれするかは、単純な理由で、『人間』の『精神世界』は個性的であるからです。言い換えれば『人間』は、同じように『感じ』『考える』ように強要されることを嫌う習性をもっています。生物として、異なった遺伝子を持って生まれるように宿命づけられているからです。しかし、他人の個性を、自分の個性同様に尊重することは、容易なことではありません。でも、この努力なしでは、健全な人間関係は成り立ちません。

| | コメント (0)

2014年11月17日 (月)

京都、大津のお寺巡り(1)

Dscn5883
宇治平等院 鳳凰堂

Dscn5880

鳳凰堂中堂を正面から眺めると、阿弥陀如来の顔だけが見えるように扉がくりぬかれている

『コール39会』の山陰親睦旅行の後、梅爺夫婦は一行と別れて、境港(鳥取県)から電車で米子経由で岡山に向かい一泊し、翌日は大津(滋賀県)に宿をとり、京都、大津のお寺巡りをしました。訪ねたお寺は以下です。
 

京都 宇治平等院(JR奈良線、宇治) 萬福寺(JR奈良線、黄檗)
    東本願寺、西本願寺(京都七条)
大津 三井寺(京阪石山線、三井寺)、 石山寺(京阪石山線、石山寺)

梅爺は、日本の仏教に関する体系的な知識を持ち合わせているわけでもなく、歴史背景についても詳しく理解しているわけではありませんので、それぞれのお寺について、皆さまのお役にたてる解説はできません。

それでも梅爺は日本人ですので、違和感なくその場に溶け込むことはできました。感じたこと、考えたことを『梅爺閑話』では、綴りたいと思います。 

『平等院』は、平安時代、摂政藤原道長の別荘『宇治殿』であった場所に、道長の死後、息子頼通(よりみち)が、父道長の供養のために『寺院』を建造した時(11世紀半ば)の『阿弥陀堂(鳳凰堂)』です。当初の『寺院』は、他の伽藍(がらん)も含む大規模なものでしたが、南北朝の争いなどの戦火でほとんどが消失し、『鳳凰堂』だけが奇跡的に今日まで残りました。

建造物としての『鳳凰堂』、本尊『木造阿弥陀如来座像(仏師定朝作)』、阿弥陀仏の周りに配置された『木造雲中供養菩薩像(52躯)』、『鳳凰堂中堂壁扉(へきひ)画(14面)』が『国宝』です。

梅爺は、以前テレビで、コンピュータグラフィックで再現された、創建当時の『鳳凰堂』内部装飾、壁扉画を観たことがありますが、現在の印象とは異なる、絢爛たる色彩にあふれたものでした。

創建の頃は、平安中期で、疫病などが流行り、『末法思想』が支配的でしたので、権力者が、この世に『西方浄土(極楽)』を再現して、藤原一門の救済と繁栄を祈願したものと考えられます。『阿弥陀如来』は死者を極楽へ誘うと同時に、多数の菩薩を引き連れてこの世に来迎(らいごう)し、生きている者の苦しみも救済すると考えられていたのでしょう。この頃主流であった『密教』の考えを反映しています。現在の『平等院』は、『天台宗』と『浄土宗』の共同管理になっています。

『阿弥陀如来が多くの菩薩を引き連れてこの世に来迎して救済する』というパターンは、キリスト教の『キリストが天使を引き連れて再臨し、救済する』というパターンと類似しています。『精神世界』が考え出す壮大な『虚構』であると梅爺は思いますが、洋の東西を問わず、人は同じようなことを考えるものだと感心してしまいます。天使は羽で空を飛びますが、菩薩は『飛雲』に乗って空中を移動します。『何か空を飛ぶための手段が必要なはずだ』と、ここだけは律義に『理』で考えているように見えるのは微笑ましく感じます。

これまた、以前テレビで観た光景ですが、『鳳凰堂』の中堂正面を、夜池越しに眺めると、『阿弥陀如来像』の顔の部分だけが見えるように、扉に細工がしてあって(丸く穴があいている)、堂内の光に照らされた、半眼の仏像の顔が幻想的に浮かび上がっていました。雲に乗る菩薩たちは、それぞれ楽器を奏でている様子をしていますので、当時の人たちは、極楽浄土を視覚的、聴覚的に想像し、『心の安らぎ』を得たのでしょう。

千年前の日本人の『精神世界』を偲び、その傑出した美意識を具現化する『技術力』に驚く場所としては、『平等院』は最適な場所です。

| | コメント (0)

2014年11月16日 (日)

『コール39会』山陰親睦旅行(6)

Dscn5857
出雲大社拝殿

梅爺のような野次馬根性の旺盛な人間にとって、日本の古代史は格好の興味の対象です。 

特に、『ヤマト王権(ヤマト朝廷)』が成立した前後の日本はどのような状況にあり、一体何が起きていたのかには強い関心があります。 

数少ない文献、当時の東アジアの情勢、遺跡や遺物の考察から、総合的に『推察』が行われることになりますので、専門的な学者でさえも、決定的な『説』の提示はできません。従って、素人の考古学マニアも含めて、諸説が飛び交う領域です。 

どのようなことにも、『真実』があり、誰かがそれを知っているはずなので、その人から答を教えてもらいたい、答が書いてある本を読みたいと考えるのは単純すぎます。

『ビッグバン前後の宇宙』『最初の生命体の出現』『人間の脳のカラクリ詳細』なども、誰も詳細は分かっていまん。世の中は、『分かっている』ことより『分からない』ことが圧倒的に多いと梅爺は認識しています。従って、梅爺は、『何が正しいか』よりは、『自分はどう考えるか』を大切にしています。『梅爺閑話』はそのために書いています。自分自身を得心させることが目的ですから、逆に自分の考え方が『正しい』と主張するつもりはありません。『誰も分からないなら、考えてもしかたがない』と引き下がらずに、『それなら自分で考えてみよう』と無鉄砲に立ち向かうところが、梅爺の厄介な性分です。

今回訪れた山陰は、日本古代史に大きな影響を与えた地方であろうと推察しています。『出雲王権は存在していたのか』『大国主命(おおくにぬしのみこと)とは何者なのか』『出雲大社は誰が何のために造ったのか』などの疑問が次から次へと湧きますが、浅学なため自分を得心させる『説』の構築には至っていません。

ただ、一般的に言われている、以下の説明は説得性に欠けると『感じて』います。

(1)大国主命は、天照大神の子孫(スサノオの子、または末裔)である。
(2)高天原の神に求められて、国(出雲王権?)をヤマト王権へ譲った。
(3)国譲りの条件として、出雲大社の創建を願い出て(自分は冥幽界を本拠としたいと主張)、ヤマト王権が建立した。

これらの説明は、『古事記』『日本書紀』の記述をベースにしていますが、これらの文献は、8世紀に、『ヤマト王権(天武天皇)』や『藤原氏権力(藤原不比等)』の意向で編纂されたものであり、『ヤマト王権』『藤原氏』にとって都合のよい話になっていると考えるのが自然です。

『ヤマト王権』の成立は4~5世紀のことと考えれば、『天武天皇』や『藤原不比等』は、300年程度前に『歴史上何があったのか』はある程度知っていた上で、故意に隠ぺいした(ヤマト王権の行為を正当化した)のではないかと推察します。

『ヤマト王権』が『出雲王権』を侵略、略奪し、『出雲王権』の『王(大国主命)』を無残な死へ追いやった上で、『大国主命』の『祟(たた)り』を恐れて、『出雲大社』に鎮魂目的で祀ったのではないかというのが、梅爺の直感(思いつき)です。昔の人たちは本当に『祟り』を恐れていました。神社の大半は鎮魂目的で建立されたものであると梅爺は考えています。

何故『出雲大社』は『神宮(ヤマト王権の先祖を祀る)』ではなく『大社』と別扱いされるのか、何故『出雲大社』では『菊の御紋』が使われないのか、何故参拝作法が異なるのか、何故今でも皇室の人間といえども『出雲大社』の神殿の奥には入れないのか、などが梅爺の直感を後押ししています。『穏やかな国譲り』は、何とも不自然に感じます。

『コール39会』の旅行で、平成大遷宮が終わった直後の『出雲大社』を訪ね、改めて疑問が確認できましたので、今後もう少し考えを深めて、いつか『梅爺閑話』の題材にしたいと言う思いが強まりました。

| | コメント (0)

2014年11月15日 (土)

『コール39会』山陰親睦旅行(5)

Dscn5868
足立美術館の日本庭園(1)
Dscn5873

足立美術館の日本庭園(2)

島根県安来(やすぎ)市にある『足立美術館』は、まさしく『鄙(ひな)には稀なる美術館』で、国内外からの多くの観光客が押し寄せる名所になっています。

梅爺夫婦が、ここを訪れるのは、今回で2度目です。

当地出身の『足立全康』氏が、裸一貫戦後大阪で繊維問屋を始め、不動産投資(所有していた大阪千里の広大な土地を大阪万博会場として売却)で莫大な利益を上げて、その資金で71歳の時に(1970年)に、この『足立美術館』を開設しました。

『足立美術館』は、遠くの山までも借景とした5万坪におよぶ広大な『日本庭園』と、『横山大観』を主とする近代日本画の名品を沢山保有し、展示していることで有名です。

米国の『日本庭園紹介雑誌』で、10年連続『日本一の庭園』にランクされたことで、一気に注目されるようになりました。

確かに雄大な規模、四季折々風情が変る『日本庭園』は、華麗で、見事の一言に尽きますが、『ワビ』『サビ』などの精神性をも美意識へ組み込む日本人にとっては、これが『日本一』かどうかは、異論があるところかもしれません。

近代日本画のコレクションは、素晴らしいもので、『横山大観』だけでも、130点保有していて、今回はこの季節だけ展示される大作『紅葉の屏風画』も観ることができました。

梅爺は、歳をとってから、『日本画』の歴史に強く惹かれるようになりました。日本人の美意識の変遷がその興味の対象ですが、美意識の裏にある、精神性に共感できるようになったからかもしれません。

奈良、平安、鎌倉、室町、江戸という時代の流れの影響を受けて、『日本画』は変遷してきました。宮廷や大きな寺のお抱え絵師から、戦国時代、江戸時代になると、一匹狼の異能の絵師『長谷川等伯』『伊藤若冲』などが出現し、伝統的な『狩野派』では考えられないような、革新的な『日本画』が出現しました。更に『絵』が庶民のものともなった江戸時代に、浮世絵の『葛飾北斎』『写楽』などが出現します。浮世絵が、『印象派』時代のヨーロッパに『ジャポニズム』として大きな影響を与えたことは、よく知られています。

しかし、明治維新以降、西欧文化が日本に押し寄せ、『日本画』は、古臭い、劣ったものとみなされるようになりました。この時代に、『横山大観』は『岡倉天心』のバックアップで、『世界が認める日本画家』を目指しました。日本画の可能性を追求して、輪郭線を用いない『朦朧(もうろう)体』などという画風を編みだしますが、若いころは全く認められませんでした。

『足立美術館』には、この若い頃の作品から、近代日本画の第一人者として認められるようになった時代の作品まで、幅広く鑑賞できます。

絵も音楽も、全て『芸術』は、人間の『精神世界』が創り出すものです。並はずれた才能の持ち主が、並はずれた表現を可能とするという意味で、『横山大観』は、日本が世界に誇りうる画家であることを再認識しました。

| | コメント (0)

2014年11月14日 (金)

『コール39会』山陰親睦旅行(4)

Dscn5843
三朝温泉 河原の無料露天風呂(川が増水すると浸って使えなくなる)
Dscn5864

玉造温泉

『コール39会』の国内親睦旅行では、『温泉』を組み込むことが、暗黙のしきたりになっています。今までに『湯布院温泉(大分県)』『大沼温泉(北海道)』を訪ねています。
 

今回は、『三朝温泉(鳥取県)』『玉造温泉(島根県)』と、豪華2本立てでした。 

日本人の『温泉好き』は、特筆に値しますが、火山国で、いたるところに『温泉』が湧いていることも、その要因の一つなのでしょう。『泉源』の数は27000あり、施設を伴う『温泉地』も約3000ヶ所にのぼります。裸で『大浴場』『野天風呂』に入る様式は、極めて日本的で、水着着用、療養目的の『温泉プール』主体の西欧とは異なりますから、西欧人には異文化に見えるでしょう。 

『豊かな温泉資源に恵まれた国』などと言う表現は、ある一面に過ぎず、裏を返せば『火山噴火や地震に見舞われる確率の高い危ない国』ということになります。そうならば、『地熱』をエネルギーとして利用して、日本はエネルギー大国になれるのではないかという意見がありますが、そのようなことをしたら『温泉が枯渇する』と温泉業者は反対しています。感情論ではなく、科学的な考察で、判断すべきことでしょう。日本が自給エネルギーを主力としてやっていける可能性があるからです。 

日本が、地理的に危ない場所である理由は、『北米プレート』『ユーラシアプレート』『太平洋プレート』『フィリピン海プレート』の四つの『プレート』がぶつかる場所に存在するからです。 

2億年前に地球は、『バンゲア大陸』という一つの大陸だけでしたが、その後分裂し、それぞれの陸地はプレートに乗って、少しづつ移動して、現在の地形になったと考えられています。その間、再衝突もあり、ヒマラヤは、独立した陸地であった『インド』と『ユーラシア』がぶつかって、そのエネルギーでせり上がった場所ということになります。何とも、壮大な話です。勿論、現在でも大陸は、『プレート』に乗って移動を続けていますので、やがて遠い将来大陸同士の再衝突もありうることになります。 

私たち『現世人類(ホモ・サピエンス)』の歴史は、高々20万年しかありませんから、その間地球の地理が、現在のままで変らないように見えているだけのことです。地球環境も宇宙環境も、壮大な変容を続けていますから、未来永劫今のままであることはありません。私たちは、生命が維持できる『現状環境』に感謝すべきです。 

『三朝温泉』は、『ラドン(ラジュームがアルファ崩壊したもの、微量の放射能を含む)』の含有量が世界一という温泉です。放射能が、毛細血管に作用し、代謝や免疫に効用があるとされています。 

『玉造温泉』は、『出雲国風土記』にも出てくる日本でも屈指の『古湯』で、付近から、『メノウ』が採れたことから、『勾玉(まがたま)』を加工する職人が住み着いてこの地名ができたと言われています。三種の神器の一つ、『八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)』も、ここで造られたと伝えられています。宿の主人は、『美肌効果があり、日本一の温泉に選ばれた』と自慢していました。

梅爺は、『美肌効果』はともかくとして、効能を信じて、有難く湯につかりました。

| | コメント (0)

2014年11月13日 (木)

『コール39会』山陰親睦旅行(3)

Dscn5834
砂の美術館内部鳥瞰
Dscn5831_2
砂の美術館(今年の展示テーマはロシア)

『地方再生』の対処療法的な施策としては『観光』があります。観光客が落とす『金(かね)』で、経済効果が生じるからです。しかし、少数の定住者と多数の一過性観光客で成り立つ『地方』が、理想の『地方』ではないとすれば、やはり、そこで満足して住む人たちの数を増やす別の抜本的な施策を考えねばなりません。更に、『人間社会』は『世代交代』で成り立っていますので、若い世代が『地方』へ移り住むことを考えねばなりません。『カジノ』を作れば『地方再生』になるというような短絡的な発想には、合意しかねます。

『地方』にも最低限の『社会インフラ(エネルギー、通信、上下水道、学校、病院、警察、消防、流通など)』が必要となり、これを支える経済基盤が『地方』だけで賄(まかな)えることが理想ですが、現実には国家規模の財政支援が必要になるでしょうから、都会に住む人の理解や合意を要することになります。『里山復興運動』は結構な話ですが、現代人が移り住みたいと思う『里山』は、昔の『里山』とは条件が異なることを配慮せねばなりません。

『地方』の自助努力が一番の基盤ですので、例えば9割の財政基盤を自助努力で賄うことを立案し、目指す『地方』に、1割の国家財政支援を投ずるというような国民的な合意の話です。都会の人の税金の一部が、『地方』支援に使われることになるからです。

『遠隔教育』『遠隔診療』など、最先端の『IT(情報通信技術)』を駆使して、少ないスタッフで、良質なサービスを提供することも、『地方』では有効でしょうが、『人と人の直接対応サービス』の全てを代替はできませんから、これについても、全面依存は控えねばなりません。

『地方過疎』の問題は、『日本』をどのような国にしていくかの問題ですので、国民全体の課題です。そのような、総合的な分析、説明が政治リーダーから行われないのは梅爺は不満です。『地方再生が問題である』というようなことは、誰にでも言えますが、『どういう国にしたいか』を提示するのが政治リーダーの役割です。

今回の『コール39会』の山陰親睦旅行では、『観光』で少々の貢献をしたことになります。理屈っぽく、梅爺流で観光資源を分類すれば以下のようになります。

(1)自然景観     鳥取砂丘、日御崎(ひのみさき:夕日)
(2)天然資源     三朝温泉 玉造温泉 宍道湖(しんじこ:シジミ)
(3)過去の歴史遺産 出雲大社、松江城および掘川、倉吉(街並)
(4)現代の人工施設 足立美術館、砂の美術館、水木しげるロード(境港)

世界的にも評価の高い『足立美術館(日本庭園)』や、世界の国々のアーティストが協力し、毎年テーマを変えていく『砂の美術館(砂の彫刻)』は、継続的な観光客寄せになりますが、『妖怪漫画のキャラクター(ブロンズ像)』を展示するだけの『水木しげるロード』は、いつまでも観光客を呼べるとは限らないと感じました。現代の観光施設つくりに、ご当地出身の有名人の知名度だけに頼るのは、手軽な発想すぎるのではないでしょうか。観光には、他の追随をゆるさない圧倒的な『独創性』や『質』が含まれていないと、観光客は物足りなく感じ、また訪れようと言う気にはなりません。

| | コメント (0)

2014年11月12日 (水)

『コール39会』山陰親睦旅行(2)

Dscn5850
松江城

今回の『コール39会』山陰親睦旅行は、3日間とも、素晴らしい天候に恵まれました。

実は、昨年の親睦旅行(函館、大沼温泉)の幹事は梅爺でしたが、大型台風26号が日本を直撃し、メンバーの大半が、集合地の函館空港へ、予定通り到着できない事態になってしまいました。それでも、メンバーは台風にもくじけずに、飛行機の便を振り替えて、函館に集まってくださったために、親睦旅行は中止にならずにすみました。

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2013/10/post-be2f.html

今年も、台風が旅行日程と重なって発生しましたが、運よく日本を避けて通過したため、山陰は何の影響も受けませんでした。

『去年と今年の天候の違いは、幹事の日ごろの行いの差だ』と、仲間から冷やかされ、梅爺は畏れ入るばかりでした。

世の中には、『雨男』『晴れ女』などという言い回しがあって、ある人が参加すると必ず雨になったり、悪天候が突然晴れに変ったりするようなことが起こるというようなことを表現する言葉として用いられます。

勿論、多くの人は、『雨男』『晴れ女』などという表現を、本気で信じているわけではありませんが、これで会話が弾むことは確かです。

『梅爺閑話』で、梅爺が日ごろ展開している主張の一つは、『物質世界と精神世界の違いを弁えて世の中の事象を観る必要がある』ということですので、それに照らして考えれば、『雨男』『晴れ女』は、『精神世界』が創り出す『虚構』に過ぎません。

『天候』は『物質世界』の『摂理』が生みだす『変容』の一つですから、個人の『振舞い』や『願い』とは無関係な事象です。人々が心を一つにして、『祈ったり、願ったり』しても、台風の発生を抑制したり進路を変えたりすることはできません。

『安泰を希求する本能』に支配されている人間の『精神世界』にとって、『願う』『祈る』『信ずる』といった行為は、重要な意味を持ちますが、これを『物質世界』と関連付けることはできません。従って現代人の多くは『加持祈祷』に期待しなくなったのは当然のことです。

話がだんだん『梅爺が幹事であったが故に台風に遭遇したわけではない』と弁解がましくなってきましたので、親睦旅行へ話題を戻します。

山陰を旅して、痛切に感ずることは、日本が抱える『都市過密、地方過疎』の問題です。島根県の人口は70万人、鳥取県の人口は68万人で、この二つの県が日本の都道府県の中で、最下位を争っています。

県庁所在地の『松江市』『鳥取市』の人口は、ともに約20万人ですから、島根県、鳥取県の中でも、都市への人口集中が生じていることが分かります。

日本の都道府県で、近年人口が増えているのは、東京、神奈川、埼玉、愛知、滋賀、福岡、沖縄だけで、後は軒並み減少しています。沖縄以外は、大都市およびそのベッドタウンとなっている近郊の県であることが分かります。大都市の中では、唯一大阪が増加傾向に無いのは、興味深いところです。

皮肉なことに、都会に住む人間が、鳥取県や島根県を旅すると、『懐かしい日本の原風景』のようなものに出会い、心が和(なご)みます。

しかし、『日本の原風景』も、人間と自然が調和し、織り成して創り上げていたもので、人がいなくなれば、やがては失われていくに違いありません。

『効率』『利便』を重視する、政治体制、経済体制の中では、『都会への集中』が起こることは必然ですが、人の『心』にとっては、『都会』は必ずしも『安らぎの場』ではありません。

『地方の再生』は、『都会』と同じような環境を地方へ創ることではないような気がします。日本人は、自分の価値観で、『効率』『利便』重視の環境で生活するか、少々『効率』『利便』で劣っても、自然との共生で『心』が安らぐ環境、子供たちが自由、安全に駆けまわれる環境で生活するかを選択するような時代が来るのではないでしょうか。

しかし、『都会』と『地方』の差異を特徴として選択する時代になっても、最低限の『利便』『効率』を『地方』は維持する必要がありますので、そのバランスは易しくありません。『地方再生』は国家政策の中でも難しい課題であることが分かります。特に、年代構成別に偏りが無く、若い世代も生活する環境に『地方』を変えていくことが必要になりますから、そのための知恵は最も重要になります。

| | コメント (0)

2014年11月11日 (火)

『コール39会』山陰親睦旅行(1)

Dscn5836_2
鳥取砂丘

梅爺夫婦は恒例の『コール39会』親睦旅行に参加し、11月5日から7日にかけて山陰を旅しました。その後、夫婦だけで京都、大津(滋賀県)を観光で巡り9日に青梅に帰宅しました。
 

『コール39会』は、梅爺の大学時代に属していた『東京大学コール・アカデミー(男声合唱団)』の同期生(昭和39年学部卒業)の集いで、メンバーの大半が60歳に達したころから、『親睦旅行』を開催することが恒例になっています。夫婦同伴も可能な旅行として発足し、今でもそれが習わしになっています。今回は、11組の夫婦と、3人の単独参加で計25人が各地から参加しました。爺さん達だけの団体旅行とは異なり、和やかで和気藹藹(わきあいあい)の雰囲気が自慢のグループです。勿論、爺さんたちは、宴会で興が乗れば、得意の美声(?)でコーラスを始めたりしますので、旅館の仲居さんが、目を丸くすることもあります。 

今までに、海外旅行5回、国内旅行3回(今回を含む)を行ってきました。今回の幹事Kさんは、以下のような内容豊かなスケジュールを組んでくれました。 

11月5日 鳥取空港現地集合、『鳥取の砂丘』『砂の美術館』『倉吉(古い街並み)』『三朝(みささ)温泉宿泊』
11月6日 『松江(松江城、堀川遊覧船巡り)』『宍道湖』『出雲大社』『玉造温泉宿泊』
11月7日 『足立美術館』『境港(水木しげるロード、魚市場)』、米子空港現地解散
 

梅爺夫婦は、最後の日の、『水木しげるロード』を見学した後に、一行と別れて、電車を利用して米子経由で岡山へ行き、岡山で1泊しました。岡山までは、メンバーのUさんご夫婦と一緒でした。翌日からは、梅爺夫婦とUさんご夫婦は別行動になり、梅爺夫婦は、京都、大津を巡り、Uさんご夫婦は、『岡崎嘉平太記念館(吉備中央)』の訪問を主に、岡山、倉敷を観光されました。 

『コール39会』のメンバーであったWさん(残念ながら平成6年に急逝)の奥さまが『岡崎嘉平太』氏のお嬢さんであることを葬儀の席で、梅爺たちは初めて知りました。生前のWさんは奥さまと一緒に『コール39会』の海外、国内旅行に参加されていましたので、私たちは夫婦ぐるみで親しい間柄でしたが、奥ゆかしいWさんご夫妻は、一切『岡崎嘉平太』氏のことは話されませんでした。 

そう云うこともあって、梅爺はその後『岡崎嘉平太』氏に特別の関心を持ち、日中国交回復の陰の実現者でもある『岡崎嘉平太』氏の偉業や、知り得たお人柄について、何度か『梅爺閑話』で感想を書いてきました。 

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/post_9dea.html

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/post_ed21.html

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2012/07/post-1506.html

また、梅爺夫婦は2年前に、『岡崎嘉平太』氏の出身地である岡山県吉備中央にある『岡崎嘉平太記念館』を訪れ、この時の感想もブログに書きました。 

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/post-5a40.html

Uさんの奥さまや梅婆は、今でもWさんの奥さまとお付き合いが続いていて、そのようなことから、Uさんご夫妻も今回『岡崎嘉平太記念館』を訪問されることになったのでしょう。

人生は、色々な出会いがあり、つながっていくことは、すばらしいことです。

| | コメント (0)

2014年11月10日 (月)

ヒンドゥー教の聖人『ラーマクリシュナ』(6)

『ラーマクリシュナ』は、高度な勉学を積んだ『教養人』ではありませんので、哲学者や神学者のような難解な言葉を用いず、平易な言葉で語ります。 

例えば、『国や民族によって、水を表現する言葉(呼び名)は異なっているが、水は同じ水であるように、宗教によって神の呼び名は異なっていても、神は同じ神である』というような分かりやすい比喩で話します。 

『精神世界』の抽象的な内容を説明する時に、『比喩』が多く使われます。『美しい』『美味しい』『楽しい』などの表現で、大雑把な情感を共有できますが、もっと対象を絞り込んで表現しようとした時に『比喩』が効力を発揮します。 

『能弁』と言われる人には、『比喩』をうまく使い分ける人が多く、難しい内容を、易しい『比喩』で、『あー、そういうことか』と説得してしまいます。 

しかし、『比喩』が情感の共有の手段で止まっている間は問題ありませんが、『真偽』を論ずる手段として、つまり『理』の手段として用いられた時は、警戒を要します。 

上記の『ラーマクリシュナ』の『比喩』では、『水』に関して『真』であるからといって、『神』に関しても『真』であるという根拠はありません。堅苦しい話で恐縮ですが、『全ての神は同じである』という論理命題を証明することは誰にもできません。 

『ラーマクリシュナ』が、厳しい修行や、福音体験を積んで、『神の真髄は同じ』と『悟った』ことは、『ラーマクリシュナ』の『精神世界』の話ですが、他の人々の『精神世界』にも、ある種の影響を与えます。 

特に西欧の教養人には、『ユダヤ教』『キリスト教』『イスラーム』が、それぞれに『唯一の神』を唱える『矛盾』を、どう理解すべきかが気がかりであったはずですから、『ラーマクリシュナ』に『実は同じ』と断言してもらえて、そうであれば『矛盾』が解消できると、共感、安堵をおぼえたのではないでしょうか。 

実は自分たちも、薄々『同じ』ではないかと『考える』ことがあったはずですが、周囲から『異端』呼ばわりされることを恐れて、言いだしかねていた所に、修行と福音体験を積んだ聖人『ラーマクリシュナ』の断言に遭遇し、『やっぱり、そうなのだ』と得心したことになります。 

周囲の自然界と『自分』が、境界なく一体となったと感ずる『悟りの境地』『無我の境地』『煩悩を解脱した境地』は、『精神世界』が得る究極の安堵ですから、人間が希(こいねが)うのは、当然のことです。 

本来これは『脳』が、ある状態になることで得られるものと推定できますから、必ずしも『宗教』を仲介とする必要はないはずです。しかし、その状態は、誰でも手軽に体験できないにしても、『修行』『瞑想』『祈り』などが導く可能性があるらしいことは想像できます。『神仏への信仰』で『心の安らぎ』を得ると言う方法は、人間が考え出した偉大な知恵の一つではないでしょうか。『精神科療法』『鎮静剤』など科学的な対応方法が出現した現在でも、『宗教』の効用を凌駕できているとは言えません。

大変ひねくれ者の梅爺は、『神が心の安らぎをもたらして下さる』のではなく、『心の安らぎを得るために、人間は神と言う概念を必要としてきた』と感じています。

これも梅爺の『精神世界』の『想像』ですから、変な爺さんがそう考えているということに過ぎません。梅爺自身はこの想定に得心していますが、この考え方が『正しい』と主張するつもりは毛頭ありません。

| | コメント (0)

2014年11月 9日 (日)

ヒンドゥー教の聖人『ラーマクリシュナ』(5)

『ラーマクリシュナ』が修行の末到達した『無分別三昧(悟りの境地)』が、いかなるものであるかは、凡人で同じ境地は望みえない梅爺にとっては、『想像』するしかありません。 

『ラーマクリシュナ』が到達して会得した『無分別三昧』と、梅爺が『想像』する内容は、同じものかどうかさえ定かでありません。両方とも『個性』的な『精神世界』に属する話で、同じ尺度では判別できないからです。 

同様に、『ラーマクリシュナ』が、色々な『宗教』の、修行、福音体験をして、到達した境地から、『神の真髄は皆同じ』と主張したことについても、梅爺には同じ体験ができませんから、『信ずる』しか方法はありません。 

梅爺は、疑い深い爺さんで、『ラーマクリシュナ』の『無分別三昧』や『全ての神は同じと言う主張』を、『まやかし』と得意げに指摘しているのではありません。梅爺は梅爺なりの『想像』しかできないというだけのことです。 ただ、どんな偉い聖人であろうと、凡人の梅爺であろうと『精神世界』の事象は、『個性』的であり、厳密な同一体験はできないということを申し上げたいだけです。 

『ある能力を持っている人間は、修行を経て悟りの境地へ到達することができる』『各種の宗教の修行体験から得られる悟りの境地から、神は同一であることが分かる』という『論理命題』を『真』と証明する方法などありません。 

前にも書いたとおり、『精神世界』ではいかなる想定も可能で、原則的にそれを『自分の考え、感じ方』として表明する個人的な権利はあると言えますが、その内容を自然の摂理と同様に、『真偽』の対象として主張することは、慎重であるべきです。『芸術』の表現はまさしくこれに相当します。ルールや形式で見事に構成された『西洋音楽』以外は、レベルの低い『音楽』と断ずることはできません。 

周囲の人も、ある人の『精神世界』が創り出す主張、表現を『信ずる』『共鳴する』ことは、構いませんが同様にそれを絶対的な『真偽』の対象にすることは慎重であるべきです。

『ラーマクリシュナ』の『すべての宗教の神は真髄において同じ』という主張に対して、西欧の知識人『ロマン・ロラン』は『共鳴』しましたが、世界中の大半の人が『共鳴』したわけではありません。その証拠に、現在でも各『宗教』は、それぞれ『自分の神』を信奉し続け、『宗教の大同団結』は実現していません。

『共鳴』した人は非常に『賢い人』で、『共鳴』しない人は『愚かな人』であるというような議論は慎まなければなりません。『賢い/愚か』は『精神世界』で考え出された抽象概念であり、それを判別する『絶対的な尺度』は存在しないからです。

| | コメント (0)

2014年11月 8日 (土)

ヒンドゥー教の聖人『ラーマクリシュナ』(4)

宗教、イデオロギー、民族の対立で、人間社会から『紛争』『戦争』が無くなならないことをみて、または『殺人願望』で本当に殺人を行う人間の出現をみて、多くの人は、『人間は何故このように愚かなのか』『人間ほど愚かな生物はいないのではないか』と嘆きます。

しかし、誰も『人間が何故愚かなのか』の理由を教えてくれません。梅爺が拙い理性で辿りついた結論は、『安泰を希求する本能に支配されている人間の精神世界は、不安、恐怖の解消、悦楽の獲得を求めて、自分に都合のよい虚構の論理を創りだす』『精神世界は、思考、感性が一人一人が異なっており、価値の尺度も異なっている』ことが『愚かさ』を生む原因ではないかというものです。

『愚かさ』は、『人間社会は、価値観の異なった個人が集まって形成されている』という事実を受け容れずに、『自分の価値観が絶対的に正しく、それに同調しない他人は間違っている』と主張する人が創りだします。

これは他人事(ひとごと)ではなく、梅爺も含め多くの人が日常的にこの『愚』を繰り返しおかしています。つまり、人間が『愚か』なのは、人間が中途半端に『賢い』ことに起因していることが分かります。

『愚かさ』を本質的に回避するには、『自然の摂理』『人間の精神世界』を理性で洞察し、人間が宿命的に抱えている長所、短所を弁えて、短所が出現することを理性で抑えるしかありません。

誰もがこの努力をすれば、人間社会から『愚かさ』は少し減るとは思いますが、残念なことに誰もが上記の理性を獲得できるとは思えません。『精神世界』に個性がある以上、『自分の価値観が正しい』と信じて疑わない人を無くすことはできないからです。『愚かさ』を減らすことはできても、無くすことはできないというのが梅爺の認識です。これは、梅爺自身にも、人間社会にも通用する認識です。

人間社会で、絶対的な価値観が存在しないことに薄々気付いた、昔の賢人は、とっておきの『解決法』を思いついたというのが、これまた梅爺の仮説です。

それは『神』『神のご意思』を、虚構で創造することで、それを『絶対判別基準』として人間社会に強いることです。こうすれば、どんなことでも『神が正しく、あなたが間違い』と言えることになり、誰も『自分が正しく、神が間違い』とは言えなくなるからです。

更に聖人は、『神のご意思』を『真理』として知りたいと考え、修行、瞑想などで『ついに分かった』という『悟りの境地』を求めました。

『ラーマクリシュナ』は、正しくこれを実行した聖人であるということになります。

| | コメント (0)

2014年11月 7日 (金)

ヒンドゥー教の聖人『ラーマクリシュナ』(3)

『人間』の『精神世界』を考えると、そこは『どんなことでも想像可能』な世界であることがわかります。『物質世界』では『摂理』に反する事象は起きませんが、『精神世界』ではそのような制約を受けません。 

『小象のダンボが、耳を羽にして空を飛ぶ』『桃から桃太郎が生まれる』『かぐや姫が月へ帰る』と何でもありの世界です。『精神世界』に限定する限り、どのような『Fiction(虚構)』も考え出すことができます。 

人類は『精神世界』を駆使して、沢山の『お伽噺』『神話』などを創りだし、共有継承してきました。勿論『物質世界』の事象に触発されて『想像』したものもあろうと思いますが、内容が『Fiction』であることには変わりがありません。 

『私は想像力に乏しい人間だ』などと卑下する必要はありません。人は誰でも、『好きな人と結婚したい』『あこがれの大学へ入学したい』『ボケずに、できればピンコロと死にたい』などと、『将来の事象』について、多くの場合自分に都合のよい状況を『想像』『期待』します。 

『精神世界』に止まる限り、私たちは何を『想像』しても構いませんし、『法』で譴責されることもありません。しかし、人間のおどろおどろしいところは、やがて『精神世界』の『Fiction』が、現実の世界の事象と区別できなくなる人が出現することです。 

『人間』の『精神世界』は、宿命的に、『個性的』であるようにできています。生物進化の過程で選択してきた『脳の機能を形成するしくみ』が、『指紋』同様に、『精神世界』の違いを生みだします。遺伝子の偶発的な組み合わせを利用する『両性生殖』で子孫を残すしくみを継承してきたからです。従って、厳密に言えば、地球上に現存する全ての人が異なった『精神世界』を保有しています。『親子』『兄妹』でも同じではありません。 

『精神世界』の違いを定量化できるという前提で、統計処理すれば、多分『正規分布』の様相を呈するのではないでしょうか。大多数の人は『正常領域』に属しますが、残念なことに『異常領域』に属する人をゼロにはできません。 

このことを理解すれば、『殺人願望』から本当に『殺人事件』を起こす人の出現を阻止することが如何に難しいかが分かります。どのように道徳教育を徹底させても異常者の出現は完全には阻止できません。 

『ラーマクリシュナ』に関するブログで、何故このような事を書いたのかと言えば、『ラーマクリシュナ』の言動の多くはその『精神世界』が関与するもので、『個性』的であることを配慮すれば、『普遍』的であるとは言い難いと考えたからです。 

梅爺のように『宗教の原点は、精神世界のFictionにある』と考える方は少ないと思いますが、梅爺自身は、思い切ってそう考えを変えてみて、多くのことが得心できるようになりました。

そういう梅爺の視点で『ラーマクリシュナ』を観ると、どう見えるかがこのブログの主旨です。

| | コメント (0)

2014年11月 6日 (木)

ヒンドゥー教の聖人『ラーマクリシュナ』(2)

『ラーマクリシュナ』は、19世紀の人物で、弟子が残した『言行録』や肖像写真も残っていますから、『釈迦』や『キリスト』に比べると、『実在感』が格段に違います。『釈迦』や『キリスト』が本当に実在したかどうかを疑っているわけではありませんが、2000年以上前の人物の『伝承』には、後に創作された内容が付加されていますので、『実像』だけを選り分けることが、必ずしも容易ではありません。

凡人の梅爺が、大聖人『ラーマクリシュナ』が到達した世界に、疑惑の眼を向けるなどということは畏れ多いことですが、少なくとも梅爺は『ラーマクリシュナ』から150年以上後の人間で、『ラーマクリシュナ』や当時の人間が保有していた『物質世界』の『摂理』に関する知識はより、多くのいわゆる『科学知識』を持っています。平たく言ってしまえば、当時の人間が『摩訶不思議』と感じた実態のいくつかは、『理』で説明できる事象と受け止めています。

『宗教』は、そもそも神秘的な世界であり、『科学知識』などを小賢しく振りかざして対応する領域ではない、と主張される方がおられることは承知していますが、梅爺は『宗教』が『真理』を説くのであれば、『科学知識』に照らして揺らいでしまうようなものではないという前提で考えています。『宗教』や『芸術』にとって『神秘性』は一つの重要な側面であると思いますが、その『神秘性』の正体を『理』で追及していけないことはないという考え方です。

あらゆる事象の本質追求は、その時点で人類が保有している知識、知恵を総動員して『学際的』に行うべきです。『宗教』は『宗教』の世界だけで、『芸術』は『芸術』の世界だけで対応しようとしてきた従来の姿勢から、そろそろ抜け出す必要のある時代になっているのではないでしょうか。『政治』『経済』も同じことです。

『科学』は少なくとも、『宇宙』『生命』『脳』について、『学際的』に究明しようとしています。

『ラーマクリシュナ』が、『ヒンドゥー教』の諸宗派および『仏教』『イスラーム』『キリスト教』の修行、福音体験をして、『神の真髄は結局同じだ』という理解に到達したという話を、『ほほう、なるほど』などと鵜呑みにせずに、拙い梅爺の『理性』を総動員して、『いったい、どういうことなのだろう』と考えてみたくなります。

『ラーマクリシュナ』が主張したことが『真理』であるならば、世界の『宗教』は直ちに『大同団結』すればよいことになりますが、150年後の現在も、そうはなっておらず、それどころか、『対立』『紛争』の原因にもなり続けています。

これも当然『いったい、どうなっているのだろう』と考えたくなる対象の一つです。

| | コメント (2)

2014年11月 5日 (水)

ヒンドゥー教の聖人『ラーマクリシュナ』(1)

『ヒンドゥー教(森本達雄著:中公新書)』の最終章(エピローグ)は、『シュリー・ラーマクリシュナの生涯と福音』でした。

『ラーマクリシュナ』は19世紀のインド、ベンガルに存在したヒンドゥー教の聖人で、梅爺はこの本で初めて知りました。

『ラーマクリシュナ』は、50年の生涯で、ヒンドゥー教諸宗派の修行やヨーガの修行を極めて、『無分別三昧(悟りの境地)』を体験したほか、驚くべきことに『仏教』『イスラーム』『キリスト教』の福音体験もして、諸宗教の精髄は一つであると言う普遍宗教のメッセージを世に送った不出世の聖人です。

したがって、厳密には彼を『ヒンドゥー教の聖人』と称するのは適切でないかもしれません。

世の中には、客観的に色々な宗教を比較する『宗教学者』はいますが、諸宗教を分け隔てなく自ら体験し、いずれも最終的な『悟りの境地』にまで到達したとされる人物の話は他に聞いたことがありません。

一般に、『ある宗教の信者』が、『異なった宗教の福音、修行体験を積む』などという行為は、『異端』として厳しく非難されることですから、『ラーマクリシュナ』が異例の人物であるのは間違いありません。

『ラーマクリシュナ』は、特別の教養人ではなく、文字の読み書きさえ不得意でしたが、『女神カーリー』を祀る寺院の僧となって、『カーリー』を自らの内に体感するための過酷な修行を積みますが適わず、『あなた(神)は本当に存在するのですか、人の心の中に存在する作り事に過ぎな無いのですか』と悩み、絶望して剣で自らを死に追いやろうとしたその瞬間に、突然『悟りの境地』を得たと言われています。『悟りの境地』は、『光り輝く霊の大海に身が呑みこまれた』と表現されています。

その後、『ヒンドゥー教』の他の神、『仏教』『イスラーム』『キリスト教』でも同じような体験を繰り返し、儀式や言葉が異なっても、『神の真髄』は同じであるという認識へ到達します。

『ラーマクリシュナ』は、最初から諸宗教の普遍性を見出そうなどと大それた野望を持っていたわけではなく、自らの修行の延長でそれを会得したとされています。

生涯の最後の10年間は、多くの弟子が『ラーマクリシュナ』の周囲に集まり、その弟子の中に最高学府カルカッタ大学で学んだ教養人『ヴィヴェーカーナンダ』がいて、師である『ラーマクリシュナ』の言動を詳しく書き残し、その内容を西欧にも英語で紹介しました。これに触発され、フランスのノーベル文学賞作家『ロマン・ロラン』も『ラーマクリシュナ』や『ヴィヴェーカーナンダ』に関する学術的な研究論文を出版しています。

西欧の教養人にとっては、『宗教間の深刻な対立』は、『精神世界』の大きな障害物で悩みの対象ですから、『普遍的な宗教』の可能性が垣間見えたことに、大きな期待を抱いたのではないでしょうか。

| | コメント (0)

2014年11月 4日 (火)

心は人間だけのものか(4)

5年前にブログで、『動物の心』について書いた内容を読み返してみて、それほどトンチンカンなことを主張していないことが確認でき、ホッとしました。言い方を変えれば、それ以降考えが深まっていないとも言えます。

『自分の都合を優先する本能とそれを抑制する理性』『抽象概念を記号(言葉、絵、音など)で表現し共有する能力』『因果関係や将来を予測する推論能力』『他人の視点で観る(客観視)能力』『客体(道具など)を主体(自分)の一部として認識する能力』などを総合的に駆使して、私たちは『精神世界』を運用しています。これらが『心』をつくりだしています。

『人間』の『心』は、表面的な事象としては、神秘なものにみえますが、生物進化のプロセスで生き残りのために獲得してきた個々の資質の『総合機能』のように梅爺には見えます。ここまで高度な総合レベルへの進化は、他の動物には見受けられないと言う表現は妥当でしょう。『心』といえども、神聖な領域ではなく、『科学』の追求対象になりうると考えています。

番組を見ていると、『人間』の『精神世界』を構成している個々の資質に近い能力を発揮するようにみえる動物が存在することが分かります。

『カケス』は、冬に備えて餌の蓄えをします(将来の推論能力)し、『カラス』は複雑な構造でロックされている箱を、道具やくちばしで開けて、中の餌を取得します。これらは『人間』の場合は『問題解決能力』と呼ばれるものです。『カケス』や『カラス』の『脳』は、他の哺乳動物などに比べると相対的に小さなものですが、特定の能力は高いレベルにあることが分かります。

『人間』の子供の場合は、4歳くらいから、これらの『将来予測能力(メンタル・タイム・トラベル)』や、『問題解決能力』が『脳』に形成され始めると考えられています。

『心』の脳科学における定義は、前にも書きましたが『他人の視点でものをみる能力(客観視能力)』であるとすれば、『人間』の『心』は他の動物の追随を許さないほど高度なレベルであると言えます。

『人間』は肉体的には他の動物より『強い』とは言えません。それゆえ太古には『人間』が他の動物の『捕食対象』であった時代が長く続いたのではないでしょうか。更に地球環境の変化など、『種』を脅かす試練が繰り返しあったからこそ、『精神世界』の進化が進み、『道具』や『知恵』で、試練を克服できたのであろうと梅爺は推察しています。『人間』の進化のレベルが高いということは、他の動物より沢山の試練を乗り越えてきた証(あかし)なのではないでしょうか。

また『心』を獲得したからこそ、『人間社会』『文明』は進化してきたのでしょう。しかし、厄介なことに『人間』の『心』は、個性があり、全員同じレベルではありません。

この問題に対応する決定的な『知恵』はまだありませんので、『人間社会』の内部では『事件』が起き、『文明』間では『衝突』が今でも絶えません。

『人間』にとっては、『動物の心』との違いより、人間同士の『心』の違いの方が大問題であるということでしょう。

| | コメント (0)

2014年11月 3日 (月)

心は人間だけのものか(3)

『人間』をはじめ、あらゆる生物の『能力』は、その生物の『個』や『種』が、生き延びる可能性を高める有効な手段として、生物進化の過程で獲得、継承してきたものです。完全な『能力』とは言えないまでも、実質的に有効であり、何故その『能力』を必要としてきたかは、『理』で推測ができます。『人間』が獲得した『能力』も例外ではありません。 

『能力』が、『周囲をどのように認識するか』『認識した状況にどのように対応するか』と関連しているのは当然のことです。生き残りにとってそれが重要であるからです。 

動物の場合、『肉体的な能力』は『種』によって異なりますが、『脳』が基盤となり生み出される『能力』も、『種』によって違いがあります。 

共通の祖先の『脳』から、その後枝分かれした『種』の『脳』も、それぞれ別に進化したわけですから、『お互いに非常に似た能力』といえる部分と、『種』だけが保有する『特殊な能力』の部分とで構成されていると考えるのが妥当でしょう。 

『心は人間だけのものか』という問いに応えるのは、容易ではありません。『人間』の『脳』も、『他の動物と似た能力』と『人間だけの特殊な能力』で構成されているからです。 

『心』をどのように定義するかによりますが、『人間』の『心』は、『人間だけの特殊な能力』だけで発現されたとは言い難いところがありますので、『他の動物は、人間と全く同じと言える心は保有していない、しかしその動物特有の心を保有していないとは必ずしも言えない』という、きわめてありきたりで曖昧なことしか言えないような気がします。 

『脳科学』の世界では、『人間』の『心』は、『他人の視点でものを観る能力』と定義されています。 

群の中の猿が『ボス』の機嫌を損なわなように振る舞うのは、『ボス』の表情やしぐさを見て、何かの判断をしていることは確かですが、『他人(ボス)の視点で状況を判断している』のか、単に『自分の安泰を優先する判断をしている』のかは判然としません。つまり、これをもって猿にも『心』があるとか、ないとかを断定はできません。多くの動物が保有している『母性愛』も、人間には『心』の発露に見えますが、単に『種の存続優先』の本能に過ぎないのかもしれません。最近『母性愛』の正体は動物に共通したホルモン(オキシトシン)であるということが分かってきました。崇高な『精神世界』の『愛』も、『物質世界』が創り出していることの証左です。 

『自分にとって都合のよいことを優先する』という『能力』は、多くの生物に共通している資質(本能)で、『人間』も例外ではありません。 

ただし『人間』は、『自分にとって都合のよいこと』は、『時に群にとっては不都合なことである場合もあり、ひいては自分に都合の悪い事態となって返ってくることもある』という『矛盾』に気付き、行動を『善悪』という抽象概念で区別するようになりました。 

群の中で『善悪』の概念を共通に保有し、これが『法』『道徳』『倫理』に発展して言ったと梅爺は推測しています。『善悪』は『神仏から授かった判断能力』ではなく、『人間』が自ら見いだした概念であると考えています。『信仰心のない人は善悪の区別がつかない野蛮人である』というような主張は、当を得ていません。勿論抽象概念を共有するために、『言葉』を利用する能力も重要な役割を担いました。

| | コメント (0)

2014年11月 2日 (日)

心は人間だけのものか(2)

本題から話がそれますが、BBC制作の『地球伝説』を観ていて、シーンの転換がせわしく行われることで、梅爺は、なんとなく落ち着かない感じを受けます。英米のテレビドラマや映画を観ていても同じ感覚に襲われることがあります。

言葉の特性が作りだす文化の違いなのかもしれませんが、日本人の梅爺は、『間(ま)』を尊重する表現様式に慣れているためかもしれません。

『言葉』は人間社会のコミュニケーション手段として有効です。欧米の文化は、表現を『言葉』に託すことが多く、『言葉』さえ適切なら何でも伝えることができるという考え方が強いように感じます。『理』が尊重されるのも、そういう背景があるのでしょう。

一方、日本では、『言葉』はコミュニケーションの手段として完全なものではないという考え方が文化の根底にあります。そう考えるからこそ、逆に『言葉』を大切にする習慣もあります。制約された短いセンテンスのなかで、広大な『精神世界』を想起させる『俳句』などが典型的です。

『情感』を伝えるためには、『表現を省く』『表現をしない』方がよいという逆説的な関係を日本文化は伝統として継承してきました。『能』における所作、テンポ、能面などにそれが凝縮されています。欧米の人は逆に異文化と感ずることなのでしょう。

今回の番組のテーマは『動物の能力』で、当然『人間』からみると驚異的な『能力』の数々が紹介されました。

犬や狼の『嗅覚』、イルカの『聴覚』、ツバメの『視覚』、サメの『磁場(電流)感知能力』、ミツバチの『方向感覚』などがその例です。

私たち『人間』が、自分たちの『五感』能力を駆使して、『周囲を認識している』ように、これらの動物は、その『感覚』を駆使して同様に『周囲を認識している』ことになり、当然その『認識』の内容は『人間』とは異なった世界を感じているに違いありません。

『人間』が取得する『外部情報』の8割は『視覚』から得られます。従って『視覚情報』が、行動のための判断には重要な役割を担います。

しかし、『狼』は、行動のための重要な判断には、最終的に『嗅覚情報』を優先させているかもしれないということですから、『人間』には想像が難しい話になります。

生物としての個々の能力を比較すれば、『人間』が全てに優っているということはありません。それなのに、地球上で『人間』が最強の生物として繁栄しているのは何故なのか、ということになりますが、答は簡単で『脳の知的能力が優っている』からです。

それでは何故『人間』だけが高度な『脳の知的能力』を獲得したのかということになりますが、こちらは答は簡単ではありません。

勿論『人間が神に最も祝福された生物であるから』ではありません。気も遠くなるような偶然の積み重ねの生物進化のプロセスが関与していることは確実ですが、『高度な脳の獲得』の説明については『仮説』の領域を出ていません。

| | コメント (0)

2014年11月 1日 (土)

心は人間だけのものか(1)

BS朝日で放映される『地球伝説』という番組は、イギリスの公共放送局であるBBCが作成した『科学ドキュメンタリー番組』で、梅爺はよく録画して観ています。 

公共放送局は、『国民の啓蒙』という目的がありますので、民間放送局のように、『視聴率』一辺倒にはならず、『質の高い番組』を提供できる資質を保有します。言い換えると、その国の『文化レベル』を維持、向上させる重要な役割を果たしています。

イギリスのBBCと日本のNHKが、その双璧であるように梅爺は感じます。

『沢山のチャンネルがあるので、NHKは不要』という乱暴な意見がありますが、梅爺は反対です。梅爺がNHKの番組から得ているものを考えれば、視聴料金は高いとは思いません。

一方NHKは、『国民へあまねく奉仕』という義務も負いますので、民間放送と同様の『娯楽』番組も提供せざるをえない側面がありますが、『一味違う』知恵で低俗化への歯止めをかけてほしいと願っています。現状のNHKの番組編成方針は、そのバランスがまあまあ取れているのではないでしょうか。

『科学ドキュメンタリー番組』の制作には、それ相応の費用がかかりますし、企画、制作スタッフの能力も高いものが求められます。民間放送局の『視聴率』一辺倒方針では、『費用対効果』が実現できませんので、レベルの高い番組は期待できません。『BS朝日』は、既存のBBC番組『地球伝説』を買い付けることで、かろうじてこの弱点を補っていると言えます。失礼ながら、独力で『地球伝説』に相当する番組を制作提供する総合能力は保有しえないのではないでしょうか。

アメリカは、公共放送がありませんので、『ディスカバリー』『ヒストリー』などの専門民間放送局が『ドキュメンタリー番組』を制作し、有料で配信しています。特定の視聴者を対象として、いわば『ニッチ・マーケット』でビジネスを維持しています。そういう番組を望む人だけに観てもらっているわけですから、『一般大衆の啓蒙』にはならない問題を抱えます。

『文化』『芸術』も商業主義と無縁ではありませんが、商業主義だけでは維持、向上はできません。金持ちの『メディチ家』の庇護で『ルネッサンス』が開花したことが、その関係を物語っています。

今回の『地球伝説』は『動物の能力』を扱ったもので、『人間の能力』との対比や、何故その動物が、人間からは驚異的に見える能力を保有しているのかを解説した内容でした。

梅爺は、5年前に『人間の心、動物の心』『動物の心』というブログを書いたことを思い出しました。 

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-b189.html 

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-e706.html

当時の梅爺の『考え』が、浅いものであったかどうかを再検証するために、もう一度『心』の問題を考えてみる気になりました。

| | コメント (0)

« 2014年10月 | トップページ | 2014年12月 »