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2013年10月31日 (木)

函館雑感(2)

Dscn0309函館港岸壁に係留されている昔の青函連絡船『摩周丸』。内部は記念館として公開されている。

函館山の山頂からは、眼下の『函館』の街の夜景ばかりか、津軽海峡をの対岸のマグロで有名な大間港の灯も見渡せます。しかし、青函連絡船だけが主要交通手段であった時代に、本土と北海道を行き来するには、片道約4時間の船旅を必要としました。現在では考えられないほど北海道は、近くて遠い地でした。
 

北海道農協が梅爺の会社のコンピュータ顧客であったことから、梅爺は何度か青函連絡船を利用して北海道(帯広)へ出張した思い出があります。1988年に『青函トンネル』が開通し(27年間の大工事の末に)、それと同時に青函連絡船は廃業になりました。 

現在函館岸壁に、青函連絡船として使われていた『摩周丸』が、記念館として係留されていて今回見学しました。梅爺の印象より船室が狭いと感じ、説明のおじさん(昔連絡船の仕事に従事していたらしく、説明は情熱的)に質問したところ、客室の壁に『アスベスト(現在では有害物質として利用禁止)』が使用されていて、ほとんどの場所が公開できないとのことでした。『4時間の船旅』『アスベストの使用』は、約25年経って、『昔の話』になってしまったことになります。当時の青函連絡船には、40両もの鉄道貨車が収納されていたとのことですので、最大の物流手段であったことが分かります。

1954年(昭和29年)の台風15号で、遭難した『洞爺丸』は1155人もの犠牲者を出し、日本海難事件歴史上、最大の悲劇となりました。『洞爺丸』の印象だけが強く残っていますが、実はこの時津軽海峡では、『洞爺丸』を含め7隻の船が遭難し、5隻が沈没しています。他の船でも多数の乗務員が犠牲になっていますが、一般乗客の被害が大きかった『洞爺丸』遭難が語り継がれてきました。

『日本』は地球上で、地理的にも、気候的にも比較的恵まれていますが、一方火山爆発、地震、津波、台風などの天災を受けやすい国です。島国の割には、山林地帯が多く、人間が住める場所は、意外に制約されています。広大な丘陵地が続くドイツなどを旅するとその違いを感じます。国土面積を単純に比較して、国の大小を論じてみても実態には即しません。『日本』は、国土の特徴、環境の特徴(山岳、海が多い、自然災害も多い)を配慮して、生きていく最善策を模索する必要があります。『日本ならでは』の生き方、知恵が必ずあるはずです。そういう視点の政治議論が少ないのは残念なことです。

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2013年10月30日 (水)

函館雑感(1)

Dscn0333『函館ハリスト正教会(ロシア正教会)』

『函館』は、現在の日本人の多くにとっては『異国情緒漂うレトロな町』『函館山から眺める夜景は世界三大夜景』『石川啄木が住んだ町』『海の幸が美味しい町』など、観光に関連した比較的能天気な認識にとどまりますが、近世日本の歴史の中では『函館』は、重要な役割を果たした場所でした。
 

『アイヌの土地』であった『蝦夷地(えぞち)』へ、『倭人(日本人)』がいつ頃から進出したのかは、梅爺も理解していませんが、15世紀の中ごろ(室町時代)ではないでしょうか。現在のように『物流』で、生活物資を補うことができない時代では、冬季に厳寒の地と化す『蝦夷地』は、農耕には適しておらず、生活し難い土地でした。つまり一般的な日本人には『魅力的な土地』ではなかったことになります。 

しかし、いつの時代でも知恵者はいるもので、『蝦夷地』で獲れる『豊富で特徴ある海産物』に目をつけ、大儲けをする商人が出現しました。18世紀から19世紀の初めに『函館』を拠点として巨万の富を築いた『高田屋嘉平』です。『不毛の地』を『魅力的な土地』に変える、現在でいうなら『発想の転換』です。交易が成り立てば、廻船で、『函館』に不足するものも持ち込まれますから、『生活可能な町』に変身します。 

淡路島の農村の子供であった『高田屋嘉平』が、才覚で人生を切り拓き、江戸幕府の要人にコネをつくってお墨付きを得、『海産物の交易』で大商人にのし上がり、幕府から名字帯刀を許される身分にまで出世しました。司馬遼太郎の『菜の花の沖』は、『高田屋嘉平』を主人公にした歴史小説です。 

江戸幕府も、『蝦夷地』の権益に目を配りながら、『松前藩』に管理を任せていたのではないでしょうか。歴史は、背景にある『経済事情』を見ないと、表の『政治』『外交』だけでは理解が不十分な場合が多いように感じます。 

『函館』が、近世の日本歴史の中で、突如脚光をあびるのは、『黒船ショック』で江戸幕府が、『鎖国政策』を維持できなくなった時からです。 

『日米和親条約(1854年)』『日露和親条約(1855年)』で、江戸幕府は渋々『下田』と『函館』を『開港』しました。特に北の『函館』は『ロシア』と関係が深い港になりました。『コール39会』の旅行では、老舗のフランス料理レストラン『五島軒』でディナー・コースを楽しみましたが、スープはロシア風『ボルシチ』でした。『旧ロシア領事館』などが、歴史遺産として残っているほか、ロシア正教会の『ハリスト教会』も、人気のある観光スポットになっています。

梅爺は、当時の江戸幕府が、『アメリカ』や『ロシア』と行った『外交折衝』が、一体どのような雰囲気で行われたのだろうかと、興味を惹かれます。梅爺も40歳を過ぎたころから、外国の会社との『ビジネス折衝』を行う役目を負わされましたが、その時の戸惑いや苦労が脳裏に浮かぶからです。

お互いに『異文化』に関する知識は、少なかったはずですし、『言葉』の壁も想像以上に高かったのではないでしょうか。『大黒屋光太夫(だいこくやこうだゆう)』が、漂流の末にロシアから日本へ帰国したのは、『黒船』より百年前のことで、江戸幕府はロシアに関する情報や、『ロシア語』ができる通訳もある程度は確保できていたのかもしれません。江戸時代の洋学は『蘭学』でオランダ語が中心でしたから、『英語』には苦労したのではないでしょうか。

とにかく、当時『外交』の前線に立たされた日本人の『苦労』を、自分の『苦労』とダブらせて、畏敬の念を持つと同時に同情も禁じ得ません。

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2013年10月29日 (火)

函館トラピスチヌ修道院(2)

Dscn0280_2『函館トラピスチヌ修道院』にある『ルルドの泉(フランス)』を模した場所。村の少女に何度もマリヤ様が降臨したということで、カトリックの聖地になっている。マリヤ様は何故高名な聖職者や法皇ではなく、村の少女にだけ降臨したのだろうかと、信仰心の薄い梅爺は考えてしまう。

『トラピスト修道会』は、フランスを本拠とするカトリックの修道会で、男性の『トラピスト修道院』、女性の『トラピスチヌ修道院』を、世界規模で展開しています。『修道院』の数は、全世界で男女とも100ケ所近く、日本では『トラピスト修道院』が2ケ所、『トラピスチヌ修道院』が5ケ所あります。明治の初めに日本がアジア布教の拠点として選ばれたのではないでしょうか。勿論、『カトリック』の布教ができている世界の地域に限定されますから、『イスラーム圏』『共産主義国(香港を除く中国)』、『正教圏』には原則的に存在しません。 

『トラピスト修道会』は、『厳律シトー会』『シトー会』とも呼ばれ、戒律が厳しい『ベネディクト会』の流れをくんで、11世紀の末にフランスのブルゴーニュ地方の『シトー』で設立されました。12~13世紀の最盛期には、1800もの修道院がヨーロッパ中心に存在したと言われています。16世紀に、他のカトリック修道院が『戒律を緩める』ようになった時に、『トラピスト修道会』は、それに従わず、厳格な戒律を守り続けてきました。ローマ法王でさえも『トラピスト修道会』の活動には介入せず、『自治』を認可していると言うほどの特殊な団体です。 

塀に覆われた広大な敷地内部では、農耕、酪農などが行われていて、自給自足に近い生活になっています。『クッキー』『キャラメル』『バター』などが、外部に売られていて、収入源にもなっています。 

『修道士』『修道女』は、見習い期間から始まって、レベルを上げていくシステムになっていますが、一日は『祈り』『労働』『読書』で費やされ、原則として特別な事情が無い限り、生涯塀の外には出ることができません。家族との面会も制約されます。日本では『選挙』の時は外出が許されるということでした。 

キリストの時代のユダヤ教の『エッセンス派(荒野で戒律を重んずる共同生活を送った)』、仏教の『禅寺』など、そして『カトリック』『正教』の『修道院』と、宗教が共通して追い求めていく『究極の信仰形式』が、類似のパターンになることは、梅爺の興味を惹きます。 

厳しい修行、戒律遵守(じゅんしゅ)の中に、むしろ『解脱』『心の安らぎ』が得られるという現象は、人間の『精神世界』、いいかえれば『脳のしくみ』の中にその答が潜んでいるように感じます。『心の安らぎ』は安易な方法では得られない、『制約の中の自由』『苦しみの中の歓び』という相矛盾するものが、実は表裏一体であることを示唆しています。 

宗教とは無関係でも、『大自然の中で瞑想する』『静寂の中で瞑想する』『美しい音楽に身をゆだねる』ことは、『精神世界』に変化を呼び起こします。『飲酒』『喫煙』『麻薬』などは、手っ取り早くこの変化を起こさせる手段でもあります。 

そのしくみはどうなっているのか、人間は何故このような現象を求めるのかは、今のところ解明できていません。『脳』はまだまだ科学的にも未知の分野なのです。

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2013年10月28日 (月)

函館トラピスチヌ修道院(1)

Dscn0281『函館トラピスチヌ修道院』。勿論内部は観光に公開されてはいない。

『コール39会』の函館、大沼公園旅行に続き、梅爺夫婦はプライベートに小樽、札幌を観光して青梅に帰りました。この旅行で、見聞きしたものの中から梅爺が個人的な興味を覚えたものをいくつか、ブログに連続掲載したいと思います。
 

最初は『函館トラピスチヌ修道院』です。フランスを本拠にする『カトリック系の女子修道院』ですが、『何故宗教は厳格なまでに究極の規律(戒律)を求めるのか』『俗世間からの逃避にみえる行為は、大衆の心の救済という聖職者の責任を放棄するものではないのか』などという疑問を、信仰心の薄い梅爺はつい抱いてしまいます。

『厳しい修行をおさめ、戒律を守る人だけが救われる』とすると、宗教は特定の人たちだけのものとなってしまい、大衆は置き去りになり、大規模な活動にはなりえません。有体(ありてい)に言うことをお許しいただければ、宗教活動といえども『経済』とは無縁ではありませんから、規模を確保しないと、『献金』『御布施』が不足して、施設や聖職者の生活も維持できなくなります。

『心の救済』という崇高な目的と、経済的な活動維持という現実的な手段を、どのようにバランスさせるかという課題に宗教は常に遭遇します。

多くの宗教は、信者の数を増やす必要に迫られます。『大衆の救済』というごもっともな目的の裏に、『献金』『御布施』を増やす目的が見え隠れします。

大衆は『厳しい修行、戒律』には耐えられませんし、全員が『修道士』『修道女』になれば子供も生まれなくなって、人類は滅亡しますから、『心の救済』どころの話ではなくなります。

そこで、多くの宗教は『信ずれば救われる』という誰でも対応できそうな方法を提示します。中には、中世のカトリックのように、『免罪符を買えば救われる』というような、あからさまな手段まで出現します。

修行や戒律に耐えた特定の人だけが救われるのか、誰でも救われるのかはどの宗教でも問われてきた問題で、『仏教』も『小乗仏教』『大乗仏教』に枝分かれしました。『カトリック』や『正教』の『修道院』は何故存在するのかは、梅爺には理解が難しい問題です。『極限の信仰の形式』と言われれば、そうかもしれないと思いますが、一方『俗世間で罪にまみれてあくせく生きている自分』はどうなるのかと途方に暮れてしまいます。

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2013年10月27日 (日)

台風なんのその『コール39会』函館旅行(4)

Dscn5740_2『函館八幡宮』。メンバーSaさんの奥さまの曽祖父(宮大工棟梁)が建てた由緒ある社。

『コール39会』の旅行幹事を仰せつかった梅爺は、目的地を『函館、大沼公園』と決め、旅程詳細の立案、宿泊、食事場所、有料観光地の予約、観光バスの手配、メンバーからの料金徴収などの業務を、旅行会社へ一括委託する方針で臨みました。梅爺自身が現地の事情に詳しくないこともありますが、プロに任せた方が間違いは少ないと考えたからです。 

インターネットで、色々調べたり問い合わせをして、最終的には『JTB法人営業』部門を選びました。梅爺の住まいに近い、立川の支店の若い営業マンMさんが、親切に対応してくださいました。今回の『不測の事態』では、梅爺とMさんの携帯電話による連携で、事前の人数変更通知などがホテル、食事処、観光施設へ行われましたので、ある程度余分な出費を抑えることができました。 

メンバーには、事前に『団体旅行保険』の負担もお願いしてありましたので、キャンセ分の払い戻しがどの程度可能になるのかは、今後の交渉になります。今回は、『台風』という天災が原因ですので、一般的なキャンセル時の払い戻し条件ではない対応を、JTBにお願いしてあります。特に、最初から『不参加』を表明された方へ、どの程度の払い戻しができるのかが気になっています。 

15日の午後と、16日の午前、午後の大半は、『函館』の観光にあてました。『トラピスチヌ修道院(女子修道院)』、『五稜郭タワーおよび公園』、『函館山(夜景)』、『函館朝市(お土産購入時間)』、『有名な史跡めぐり(山上大神宮、新島襄密航の記念碑、日本人が造船した洋式函館丸、函館ハリスト正教会など)』、『函館八幡宮』、『昆布博物館』などを、主に観光しました。17日の午前は、『大沼公園』の自由散策として、昼食後に、そのまま『大沼公園駅』からJR北海道を利用して札幌方面へ向かう人、観光専用バスで『函館空港』『JR函館駅』へ向かう人に分かれ『解散』にしました。 

この旅行では、宿泊ホテル、食事は手抜きをしないように配慮しました。折角の北海道旅行ですから、快適な宿泊、美味しい食事を堪能してもらおうと考えたからです。『函館』は『ラ・ビスタ函館ベイ』、『大沼公園』は『函館大沼プリンスホテル』を選びました。入浴施設、朝食内容などを配慮しました。特に『函館大沼プリンスホテル』では、『歌が歌える宴会場』を指定し、勿論思い切り歌(合唱)いました。 

食事場所も、『はこだて鮨金総本店(16日昼食:寿司)』、『五島軒(16日夕食:北海道の食材を使ったフランス料理フルコース)』、『はこだて亭(17日昼食:海鮮丼)』、『大沼展望閣(18日昼食:ちゃんちゃん焼き)』を選びました。一通りご当地有名料理を食べつくしたことになります。 

梅爺夫婦は、本来なら幹事として、皆様を空港でお見送りするのが礼儀ですが、失礼をして『大沼公園駅』から列車で札幌、小樽へむかうために、『大沼公園』で皆さまとお別れしました。 

大変なことが次々に起こりましたが、終わってみれば楽しい旅行になりました。次回の『コール39会』旅行は、2年後ではなく来年にすることがきまり、Koさんが幹事となりました。2年後のことは、だれも予測できないという老人ならではの配慮がはたらいたからです。 

この団体旅行に関するブログは、とりあえずこれで終わります。個々の観光地で梅爺が個人的に感じた感想は、別のブログで紹介します。

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2013年10月26日 (土)

台風なんのその『コール39会』函館旅行(3)

Dscn0367大沼公園の『島めぐり散策コース』。紅葉が始まったばかりでしたが、それでも絶景の連続。

最近の天気予報は、人工衛星による観測など、昔に比べて格段の精度が高いものですから、『台風26号』の情報は、事前に推測できていました。10月14日の『アカデミカコール演奏会2013』で梅爺と一緒に歌ったメンバーからも、『大丈夫だろうか』と懸念の声があり、幹事の梅爺は、その時点では対応を迷っていました。予定の飛行機が飛ぶか飛ばないかも懸念材料でしたが、それよりも首都圏の交通機関がマヒして、羽田へ到着することが困難になるであろうと危ぶんでいました。最悪『旅行中止』も覚悟していました。

梅爺夫婦は、以前から前日の15日に『函館』入りをすることを決めていましたので、とりあえずこれは予定通りに実行し、16日の朝の状況を確認して最終決断をメンバーへ伝えようと考えましたが、『当日の朝の決定では遅い』というご意見がメンバーのお一人からあり、ごもっともなので、15日の午後に『集まった人数だけで旅行は決行する』と決め、JTBの了解も取り付けた上で、メンバーに携帯電話で『方針』を伝えました。

『決行』を決めたのは、15日の時点で『函館』入りしていたメンバーが9名いたからです。特にUさんご夫妻は、16日の飛行機をあきらめて、15日に東北新幹線を利用して『函館』入りをしてくださっていることが分かっていましたので、このご配慮を無視するのは忍びないと考えました。

多くのメンバーが搭乗を予定していたANA853便(10:25発)は、前日に『欠航』が決まり、5人の方々が『旅行不参加』の決断をされました。それでも多くのメンバーは、『運を天にまかせて』次のANA863便(13:40発)へ『予約振替』をしてくださっているという連絡が次々に入り、梅爺は感激しました。慎重なKaさんご夫妻は、夕方のANA865便(17:15発)に振り替えたと連絡があり、これは確実に就航するだろうと推測できましたが、台風通過直後のANA863便が就航するかどうかは、梅爺も自信がありませんでした。

しかし、『運を天に任せる』選択は『吉』の目が出て、11名が15:00には『函館』に到着しました。梅爺は、この時間に合わせて観光バス(専用)の運行予定を変更して空港に待機させ、出迎えました。次の『五稜郭タワー観光』から、メンバーが一挙に20名に増えたことになります。最終便のANA865便で到着したKaさんご夫妻も、ディナーの『五島軒』へタクシーで駆けつけ、参加者22名が16日中に集結したことになりました。

当初の予定は27名でしたが、なんとこの悪条件で、22名が『函館』に集結したわけですから、驚くほどの結果です。全員が、困難を克服した分、この旅行は一層思い出深いものになりました。幹事の梅爺は、メンバー各位のご協力に、ただただ感謝するばかりです。

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2013年10月25日 (金)

台風なんのその『コール39会』函館旅行(2)

Dscn0324『函館』は坂の多い町で、いくつかは観光名所になっている。中に『チャチャ登り』という名の坂がある。『チャチャ』はアイヌ語で『爺さん』のことらしいので、『梅爺閑話』は『梅チャチャ閑話』にタイトルを変えろとか、『コール39会』は今後『コール39チャチャ会』に改名しようとかの話題で盛り上がった。

この旅行を計画するにあたり、幹事の梅爺が配慮したのは以下です。  

(1)函館空港での『現地集合』『現地解散』を原則とする。これは首都圏以外に、関西、山口県などから参加するメンバーを配慮したことと、この旅行の前後に個人、夫婦単位で、プライベートな北海道旅行を付け加えることを可能にするため。
(2)宿泊ホテル、食事は、それなりの場所とレベルを確保すること。宴会場では、他のお客に迷惑をかけずに『歌が歌える(合唱がこの会の絆)』こと。のために、市販されているパック・ツアより料金割高になるのはしかたがないという前提。
(3)観光は、沢山詰め込まずにゆったりした時間を確保すること。元気とは言え、老人たちの旅行なので、これが重要。今回は『観光』中心の『函館』と、『温泉、散策』中心の『大沼公園』という風情の異なった場所を宿泊地に選んだ。
 

メンバーの一人のSaさんの奥様の曽祖父が有名な宮大工で、『函館八幡宮』の建築に携わったという情報が事前に得られ、これを観光に加えることにしました。また同じくSaさんの奥様から、『函館』の老舗レストラン『五島軒』のご紹介もあり、ここでのディナーも組み込みました。  

幹事の梅爺は、これらの要望事項を旅行社(JTB法人営業)に提示し、詳細の行程立案、予約、料金集金などの業務を委託しました。現地での対応は、JTBから再委託された『北海道観光バス』が行うことにしました。旅行料金も各自が事前にJTBへ振り込んでいただく方式を採用しました。 

予定通りにものごとが進行すれば、幹事の梅爺は、のんびりしていればよかったはずでしたが、『台風直撃』で、メンバーの個々の予定が狂ってしまったことから、梅爺、東京のJTB担当、北海道観光バスが、電話を駆使して連絡をとりあい、刻々と変わる情勢に緊急対応することになりました。 

この旅行を利用して、前後にプライベートな北海道旅行を事前に計画された方も多く、交通機関(飛行機、列車、レンタカー)や宿泊予約の状況もまちまちですから、単純に『中止』を決定するわけにもいきませんでした。 

特に、航空運賃は高額ですので、55日以前の予約で割安航空券を入手するように、メンバーに推奨してきましたが、この割安航空券(約半額になる)は、通常時の振替やキャンセル(全額払い戻しにはならない)に融通が効かない短所があり、このことも配慮する必要に迫られました。 

梅爺夫婦も含め、15日中に『函館』入りしているメンバーが、9名いましたので、梅爺は『最悪の場合9名で旅行を敢行する』ことを先ず決め、JTBに事前通告して了解を得ました。あとは五月雨(さみだれ)式に振り替え便で後追い到着するメンバーを吸収しながら旅行を行う覚悟を決めました。この方式では、ホテル、食事、有料観光地の予約実数をその都度事前調整して、無駄な費用の発生を防ぐ必要があります。携帯電話をフル活用して、対応することになりました。

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2013年10月24日 (木)

台風なんのその『コール39会』函館旅行(1)

Dscn0294『函館山』からの夜景、確かに絶景で、リオ、香港と並んで『世界三大夜景』と言われているが、『世界三大』は『自称』ではないだろうか。

梅爺が学生時代にはまりこんでいた男声合唱(東京大学音楽部コールアカデミー)の同期の仲間の交流は、卒業後約50年経った今でも続いています。学生時代から結束力の強い同期生でしたが、人は歳をとると一層『人恋しく』なるらしく、奥方連も巻き込んで『コール39会』という会合が、すっかり定着しています。

メンバーの大半が60歳に達した時に、リーダー格のKさんの発案で、夫婦参加の『台湾旅行』を行いました。親睦のためと言うのは『タテマエ』で、『互いの奥さんと顔見知りになっておく必要がある』とうのが『ホンネ』の目的でした。つまり、メンバーの誰かが不幸にも他界した時に、通夜や葬式に出向いて、残された未亡人と初対面では都合が悪かろうと言う切実な話です。

それから10年以上が経過して、その間にメンバーの3人、メンバーの奥さまが1人鬼門に入られ、『本当は役立ってほしくない目的』が実際に『役立つ』ことになりました。しかし、メンバーの誰もが『生を楽しむ』ことを優先していますので、普段の会合は『明るさ、楽しさ』に満ち溢れています。

毎年桜の季節に、東大の駒場、本郷のキャンパス内のレストランを利用して『コール39会』の総会が行われるほか、2年に1度の頻度で、国内旅行(九州)、海外旅行(台湾、アメリカ、中欧、ベトナム・カンボジア、韓国)を開催してきました。

昨年春の年次総会で、2013年の旅行幹事に、梅爺が指名されましたので、秋ごろから構想を練り始め、今回は国内旅行で『函館、大沼公園』を目的地とすることに決めました。

メンバーの多くが、梅爺と同じくOB男声合唱団『アカデミカ・コール』に属していて、その演奏会が、10月14日に東京オペラシティで開催されることが分かっていましたので、演奏会の翌日は休養日にして、10月16日から10月18日の『2泊3日』を旅行日とすることに決めました。

10月16日の正午に、『函館空港現地集合』ということにしましたので、多くのメンバーがその日の午前中に羽田を発つ飛行機を予約しましたが、何とその時間に『大型台風26号』が関東を直撃し、目的の便は欠航となってしまいました。

この『想定外』の事態に、幹事の梅爺は対応しなければならない羽目になりました。仕事の現役時代は『想定外』の出来事を処理することに明け暮れていましたが、最近は『のんびり隠居』に慣れてしまっていましたので、戸惑いましたが、やがて昔の闘争心に火が付き、自分でも驚くほど溌剌とこの事態に対応することになりました。メンバーの協力もあり、結果的には、『思い出深い旅行』が成立しました。台風なんのそのの爺さんたちのパワーを幹事の梅爺はあらためて思い知りました。

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2013年10月23日 (水)

アカデミカコール演奏会2013

Photo

梅爺が所属している東京大学音楽部男声合唱団コールアカデミーのOB合唱団『アカデミカコール』の演奏会が、10月14日、東京オペラシティ・コンサートホール(タケミツ・メモリアル)で開催されました。

梅爺は、翌日から20日まで、北海道旅行をしておりましたので、ブログでの紹介が遅くなって、『気の抜けたビール』のようなタイミングになってしまいました。

演奏会は以下の3ステージ構成で行われました。

第一ステージ 男声合唱組曲『富士山』(草野心平作詞、多田武彦作曲)
          指揮 三澤洋史(アカペラ)
第二ステージ 『エレミアの哀歌』(トマス・タリス作曲)
          指揮 有村祐輔(アカペラ)
第三ステージ 『レクイエム・ニ短調』(ルイジ・ケルビーニ作曲)
          管弦楽 東京ニューシティ管弦楽団
          指揮 三澤洋史

第一ステージと第三ステージは、『アカデミカコール』、第二ステージは、東京大学音楽部コールアカデミーの同じくOB合唱団『ジョーバニ』が担当しました。『ジョーバニ』は、平成年代の卒業生の若い年代で結成されたグループです。

第一ステージ『富士山』は、多田武彦の代表的な男声合唱組曲の一つですが、他の組曲は抒情的な表現が多いのと異なり、情景描写の色彩が強いのが特徴です。対象が荘厳な『富士』であり、草野心平の詩も『力強い表現』であるからなのでしょう。

存在を超えた無限なもの
存在に還える無限なもの
祈りのごとき
はるか
黒富士

このような表現は、日本人が平均して共感できる『富士山』ではないでしょうか。指揮者の三澤先生が、梅爺たちに要求した表現に全ては応えられませんでしたが、それでも精一杯の演奏ができたように感じます。表現できない大半の理由は『音楽的技術の未熟さ』故ですので、再度、発声などの基礎技能を向上させたいと思いを新たにしました。爺さんたちが、なお向上心を持つということは素晴らしいことです。

第三ステージの『レクィエム』は、2月にニューヨークのカーネギーホールで演奏した曲と同じです。今回は、会場、指揮者、オーケストラがニューヨーク公演とは異なっていますが、三澤先生のご指導のお陰で、一段と高いレベルの演奏ができました。

ラテン語で歌われるキリスト教の教義に関する内容を、日本人に直接伝えることは難しいことですが、それでも『音楽』は、聴いて下さる方々の『心』へ豊かな情感を届けることができますので、『涙を抑えることができなかった』などという感想を聞けば、梅爺も感動して嬉しくなります。三澤先生も、『指揮をしていて無我の境地になれた』というような感想を後で述べておられます。梅爺たちも、これ以上嬉しいことはありません。

『心』の表現をしようとすればするほど、基本技術の未熟さの壁にぶちあたります。アマチュア合唱団の宿命でもありますが、それでも、表現を豊かにするために、一層の技術の向上へ挑戦しようという気持ちになります。

老人にとって、『歌を歌う(合唱をする)』ということは、生きることへの感謝をあらためて思い知る最高の手段であるように感じています。

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2013年10月22日 (火)

絶食療法(2)

『絶食療法』を継続する期間は、3~6週間と想像以上に長いことを知りました。この間、水以外は口にしないわけですから、『生きていけるのか』と心配になりますが、通常の成人なら重大な問題ではないのだそうです。

勿論、『絶食療法』は、専門医の指導のもとに、血液検査や種々の数値測定など、必要な情報を採取しながら判断して続行されるものですから、素人の勝手な判断で行うのは危険が伴います。

『絶食療法』を行うと、三日目までは空腹を辛く感じたり、吐き気やめまいが襲ってきて、病気を持っている人は病状が悪化したりするのだそうです。この症状は『アシドーシス』と呼ばれ、この時期を突破すると、『絶食』はそれほどつらいものではなくなると体験者は語っていました。

科学的に考えると、『生命維持』には、エネルギーの補給が必要となります。『人間』は、肉体的には『物質世界』に属しますから、『生命』は、『物質世界』を支配する『摂理』に従わなければならないからです。つまりエネルギーなしに『動く』『活動する』ことはできません。人間が『精神世界』で考え出した『抽象概念』は、実態は無く『物質世界』の『摂理』の拘束を受けませんから、エネルギーと無関係に存在、活動できるという想定が可能になります。『仙人が霞をたべて生きている』などという想定は、『仙人』が『抽象概念』であるから成り立つ話です。『神』『天使』『霊』が活動するためのエネルギー源は何だろうなどと私たちが論じないのは、それらが『物質世界』に属するものではないと暗黙に認めているからではないでしょうか。『神』『天使』『霊』がもし『宇宙空間(物質世界)』のどこかに、実態として存在するというのであれば、エネルギー源のことを真剣に考えなければなりません。『物質世界』には、『摂理』をまぬがれる例外はないからです。

通常私たちは、『食べ物』をエネルギー源として利用していますが、『絶食』ではこれが利用できませんので、『自分の肉体の一部』をエネルギー源として取り込んで利用することになります。文字通り『身を削りながら生きる』ことになります。

先ず、身体に蓄えられている『ブドウ糖』をエネルギー源にしますが、これは数日ももたずに使い果たしてしまいます。次に、体内の『脂肪』を分解してエネルギー源(『ブドウ糖』に変える)にしますが、これも難しくなると、最後は筋肉などの『タンパク質』をエネルギー源として利用し始めます。この状態が永く続けば、『骨と皮』になってしまいますから、生命維持が危険な領域に入ったことになります。

『絶食療法』は、いわば『ショック療法』で、このような方法が本当に有効なのかと疑いたくなりますが、ロシアやドイツの臨床結果は、多くの『成人病』と言われている症状に関して、治癒または改善されることが報告されています。肉体的な疾病ばかりでなく、『うつ病』など精神疾患にも効果があることも分かってきました。

『絶食療法』を受けた後のがん患者は、化学療法の副作用も減るということですから、体質がよりストレスに対応できるように変ったとしか考えようがありません。

理由は完全に解明はされていませんが、『絶食療法』が、『自己調節能力を目覚めさせる』らしいことが分かります。

療法として注目されますが、生物進化を解明することにも、この臨床結果は利用できるような気がします。

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2013年10月21日 (月)

絶食療法(1)

NHKBS第一チャンネルの世界のドキュメンタリー番組を観ていて、ロシア(旧ソ連時代から)、ドイツが『絶食療法』に真剣に取り組んでいることを知りました。

『絶食療法』といっても、痩せるためのダイエット療法ではなく、れっきとした疾病(しっぺい)を直すための手段のことです。

『病人が栄養をとらなかったら、体力が更に落ちて、むしろ危険ではないか』というのが、私たち素人でも思いつく『常識』です。『食欲がない』と拒む病人に『精をつけなさい』などと無理に食べさせようとしたりもします。

肥満解消のために、手っ取り早く『絶食』に挑戦して、反って『命を縮めてしまった』などという例を聞いたことがあります。『肥るのは食べるからだ』と単純な強迫観念にとらわれ、『脳』が食べることを拒否する『拒食症』などで命を落とす例も聞いたことがあります。『病は気から』という庶民感覚は脳生理学の面からみても、根拠があることがわかります。『脳』は時に、実に厄介なものに変貌します。

いずれにしても『病気を治すために絶食する』という話は、『常識』に反するようにみえますから、もし『効果がある』というのであれば、その『科学的な根拠』を知りたくなります。

番組を観て、『絶食療法』は『生物進化の過程』と深く関連していることを知りました。地球上の高等生物は、人間も含め、数億年をかけて『進化』してきたと考えられています。この間『生き残り』や『子孫繁栄』のために有利な資質を自然選択(淘汰)で継承してきました。

多くの生物は、『食べるものが少ない環境に、どのように対応するか』を優先資質として獲得してきました。熊のように『冬眠する』などは、その端的な例です。

皇帝ペンギンのオスは、4ヶ月間、何も食べずに卵を抱き続けることで知られています。このように、生物には『飢餓対応機能』が基本的に備わっていて、『人間』も生物である以上例外ではないと『科学者』は推測しています。

地球上の70億人の人口の内、『食べることに事欠かない』人の比率は、精々30%以下で、その他の人たちは、『最低限の食べ物』か『飢餓に近い食べ物』の量で生きています。

先進文明国では『飽食』が当たり前になり、『肥満』故の病気に悩まされて、国家政策として『肥満』が取り上げられたり、『ダイエット』が一大ビジネスになったりしています。『飢餓』には対応能力を持つ人間が、『飽食』に対応できなくて四苦八苦しているという話ですから、滑稽としか言いようがありません。かくいう梅爺も『高血圧』『高コレステロール』対策として、減量しなさいと医者に言われて、気にしながら生きていますから、他人事(ひとごと)ではありません。

『飢餓対応能力』は、人間に『自己調節機能』も同時に目覚めさせ、それが病気治癒に効果的であるというのが、『絶食療法』を進める科学者の仮説です。

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2013年10月20日 (日)

選択的注意(6)

『五感』で感知し、『選択的注意』の網にかかった『情報(刺激)』は、『脳』で、並列的に、また階層的に処理され、その人なりの『統一的な理解(意識)』がなされます。つまり『刺激』が『意識』に変ります。

『意識を失う』『未だ意識がある』などという表現は、『物質世界』に属する肉体は生命活動を維持しているという前提で、『精神活動』が正常に機能しているかどうかを示す時に使われます。

『物質世界(肉体)』と『精神世界(脳が創り出す仮想世界)』が双方、正常に機能していて初めて『人は生きている』と言えますが、『精神世界』が機能しなくなった時に、『どう考えるか』は難しくなります。『安楽死』を法で認めるかどうかなども、この問題が絡みます。

完全に機能しなくなった『植物人間』と言われる場合や、『認知症』のように部分的に機能しなくなった場合では、明らかに事情が異なります。

梅爺のように、歳のせいで『物忘れをする』『他人の名前がすぐに思いだせない』ようになってしまった人間は、若いころに比べれば明らかに機能劣化が顕著なわけですから、『正常ではなくなりつつある』ことは確かです。

負け惜しみのようですが、梅爺は、他人の顔色をみて、瞬時に相手の気持ちを察するなどの能力は、『衰えている』とは感じていません。『記憶』は確かに怪しげな時がありますが、『刺激を意識に変える』リアルタイムの能力は衰えていないどころか、昔より『敏感』になっていると感じることもあります。『涙もろくなった』などもその一例です。

人生経験を積んできたお陰で、『選択的注意』の基準が豊富になっているのかもしれません。『老人の知恵』と言われるものは、この『選択的注意』の基準が若い人間より多様であることに由来するのではないでしょうか。

『老人の存在意義を肯定しようとする』このような思考も、そう考えて安堵したいと言う梅爺の『精神世界』の本能に根ざすものです。

梅爺は性格上、自分の『精神世界』を、自分の『理』で推察して楽しんでいますが、こういう人間は少数派で、多くの方は、ご自分の『精神世界』は神聖な領域として、『宗教』における『信仰』のように、神秘的にしておきたいと考えておられるのではないでしょうか。

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2013年10月19日 (土)

選択的注意(5)

私たちは、『五感』を利用した、いわば見えないアンテナで、意識的に、または無意識に周囲を常時監視していて、『気になること』を発見すると、それをきっかけに行動したり、考えたりし始めます。この『気になること』が『選択的注意』です。 

『気になること』を特定するためには、『気にならないこと』は無視していることになりますが、あらゆる外部刺激にたいして、あるレベルの初期情報処理を行わないと、『気になること』と『気にならないこと』の判別はできませんから、多量な初期情報処理を行うと言う、非常に無駄な労力を無意識に費やしていることが分かります。『無駄を排して効率よく』などと言われても、『生きる』ためには多くの『無駄』が必要であるという皮肉な事実です。 

何を基準に『気になること』と『気にならないこと』を区別しているのかは、現代科学でも分かっていませんが、生まれつきの資質および生後獲得した経験記憶が双方関与しているであろうと推測できます。つまりこの基準には『個人差』があることになります。この『個人差』が、『精神世界』の『個性』を産みだす一つの要因になっているのでしょう。相対的に『敏感』な人と、『鈍感』な人が存在するのはこれに起因します。 

『敏感』な人は、ちょっとした相手の顔色の変化で、相手の気持ちを推察し、対応を配慮しますが、『鈍感』な人は、無神経に土足で相手の気持ち踏みにじったりします。しかし『敏感』な人も、『敏感』であるが故に過剰に反応して『判断ミス』をすることもありますから、人間関係は実に厄介です。 

『視覚情報』で云えば、『空間』『物の様相』『物の動き』などが、常時監視対象になっていて、どの部位の神経細胞、脳細胞が初期情報処理、その後の階層的な情報処理に関与しているかは、大雑把には分かっています。事故などで、その『脳』の部位が損傷を受けると、『選択的注意』が正常に機能しなくなることも分かっています。『脳』も基本的には『物質世界』の『摂理』に支配されていることの端的な証左です。

『精神世界』は、『物質世界』とは別世界ですが、両者は無関係ではなく、『物質世界』の存在の上に『精神世界』が成り立っていることが分かります。

このことから『物質世界』が機能を停止した時、つまり『生命』が死を迎えた時に、『精神世界』の全ても停止する、無に帰すという推測になります。『情』では受け容れたくない嫌なことですので、『霊は永遠に存在し続ける』などと信じたくなりますが、『理』で考えると残念ながらそうはいかないと言うのが梅爺の結論です。

であるからこそ、生きていることを大切にし、その限定された間だけでも自分の『精神世界』を豊かに保ちたいと梅爺は願っています。

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2013年10月18日 (金)

選択的注意(4)

ボールが顔をめがけて飛んで来れば、私たちは、反射的に目を閉じ、頭を傾けてボールをやり過ごそうとしたり、手で顔を守ろうとしたりします。

『反射神経』と呼ばれるもので、これも『脳』が『安泰(安全)』を最優先に選択して機能している証拠です。『反射神経』は『不随意(無意識)』に働きますが、サッカーのゴールキーパーや野球のバッターは、『予測』と組み合わせて『反射神経』を駆使しますから、『不随意(反射神経)』と『随意(予測)』は共同作業をしていることになります。

『反射神経』は、生物進化の原始的な段階で獲得した、『脳』にとっては土台のような能力ですが、その後に獲得した『精神世界』の機能とも連携していることになりますので、広義には『精神世界』の一部と言ってもよいのかもしれません。

『反射神経』は、『精神世界』の『感ずる(不随意:情)』が引き金になっていますから、こう考えれば『精神世界』の支配下にあるとも言えます。『考える(随意)』も『感ずる(不随意)』が引き金になっていますから、『精神世界』の基盤は『感ずる』かもしれません。『感ずる(不随意)』『考える(随意)』『反射的な行動を指令する(不随意)』が『精神世界』を構成し、これらを複雑に絡み合わせて、私たちは『自分(個性)』を表現していることになります。『随意』の部分は『考える』だけですから、哲学者が『我思う、故に我あり』といいたくなる気持ちがわかります。自分の中に『不可解な自分(不随意)』と『認識できる自分(随意)』が存在していて、確かに『これは自分だ』といえるのは『認識できる自分(考える自分)』だけであるからです。

『不可解な自分』の存在を認めれば、『自分が何かに生かされている』という実感が強まります。しかし、『不可解な自分』に対しても、社会的には自分で責任をとる必要がありますので、『不可解な自分』が暴走したりしないように、なんとか『考えて』対応しなければなりません。

自分で責任をとろうとすれば、最後の頼みの綱は自分の『理性、知性』であることが分かります。完全ではないにせよ、『不可解な自分(情)』を抑制できるのは『認識できる自分(理)』しかないからです。

『選択的注意』という概念に触発されて、大変哲学的な思考を楽しむことができました。

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2013年10月17日 (木)

選択的注意(3)

『脳』が、『今何を一番優先的に処理すべきか』を決める『しくみ』を『選択的注意』と言います。『随意』『不随意』の両面でこれが機能します。

『選択的注意』の典型的な例として、『カクテルパーティ効果』がよく取り上げられます。カクテルパーティでは、あちらこちらで、沢山の会話が同時に飛び交っています。梅爺が出席しているとすれば、周囲の騒音の中で、今話している相手の話だけに集中して聴きとろうとします。ありがたいことに、『脳』は、雑音の中から、意図する情報だけを抜き取って処理する能力を保有しています。これは視覚情報でも同じことで、テレビのコマーシャルなどで、画面に同時に沢山の顔が登場しても、『気になる顔』だけを観ていて、他の人の顔は観ていないことがあります。

しかし、カクテルパーティで、周囲の他人の会話の中に、『梅爺の名前』や『梅爺の興味のある話題のキーワード』が登場するのを偶然耳にはさむと、梅爺の注意は突然そちらへ向けられ、眼の前の相手の話を上の空で聞くことになってしまいます。

このように、『脳』がその時点で一番優先度の高いと判断した情報を処理対象とすることが分かります。上の例では、最初に話し相手に集中した『注意』は『随意』ですが、途中でキーワードを小耳にはさんで、『注意』の対象が切り替わったのは『不随意』の反応です。コンピュータ処理に例えれば、キーワードで『割り込み処理』が発生したことになります。

『脳』が『優先度処理』を行うのは、『脳』の処理能力に限界があるためで、何かを感じて興味の対象が切り替わるのは、突然襲ってくる危険も察知して対応できるように、生物進化の過程で獲得した能力であろうと推測できます。したがって『選択的注意』は人間だけの持つ能力ではなく、多くの動物に共通したものと考えられます。生き残りに有利な能力を継承してきたことになります。

私たちは『脳』を、『随意』『不随意』にフル活用しながら生きていることが分かります。『自分の意図で自分の全てコントロールしている』と多くの人が勘違いしていますが、実は『不可解な自分が自分の中に存在する』と言うのが真相ですから、それを認め『不可解な自分と冷静に付き合う』覚悟が必要になります。『危険』や『不安』を察知するのは、『不随意』の側面が強いので、咄嗟には『理』で『何故か』を説明できません。

しかし、直感で『恐そうな人』と判断した人が、後々『優しい人』と判明することはよくあることですので、『不随意』の直感に従えばよいということにもなりません。『脳』は実に厄介な代物(しろもの)です。

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2013年10月16日 (水)

選択的注意(2)

半導体の製造技術の飛躍的な向上と、情報処理方式の改善で、昨今のPC(パーソナル・コンピュータ)の総合的な能力は、驚異的なものになっています。

PCが市場に登場し始めた30年前のCPU(中央処理装置)チップの仕様は、8ビット、800KHzでしたが、現在は64ビット、2GHzですから、単純に処理速度を比較しても数千倍の違いがあります。

しかし、それでもPCの処理能力には限界があるように、人間の『脳』の処理能力にも当然限界があります。

そこで、PCも『脳』も、複数の処理要求事項の優先度の高いものから順に処理を行います。専門的にはこれを『優先度制御』といい、PCの場合はOS(オペレーティング・システム)という基本ソフトウェアが担当しています。PC自身は、何を優先させるかの判断はできませんので、人間がプログラムで指定した順序で処理が行われます。緊急度の高い処理項目が突如発生した時は、プログラムの指示で優先度を変更して対応します。これは『割り込み処理』と呼ばれています。

人間の『脳』は、PCとは異なり、優先度の大半を自ら判断して処理します。『脳』の持ち主本人の『意図』で、『優先度制御』に影響を与えることも無いわけではありませんが、ほとんどは本人にとっては『不随意』に、処理が行われます。自分の中で、自分があずかり知らぬ自分が活動しているということで、戸惑いますが、『細胞活動』『内蔵活動』も同様ですから、『自分のことは全て自分が理解している』などというのは、過信であることが分かります。

人間の『脳』の『優先度制御』は何が決めているのかということになりますが、それは生物進化の長い歴史の中で、生き残りに有利な方式が試行錯誤の末採用され、継承されているということなのでしょう。比喩的に云えば、『優先度制御プログラムがあらかじめ組み込まれている』ということになります。

人間は、自分にとって『注意を喚起するもの』を優先的に『脳』で処理します。『注意すべき』と感ずるのは、『随意(意志が関与)』のものもありますが、多くの場合は『不随意(意志が不関与)』の要因によります。本人にとって『不随意』なだけで、『脳』は、組み込まれたプログラムの指示で、『注意すべき』ことを決めていることになります。

この『脳』の、『注意に関する優先度制御』を、脳科学の世界では『選択的注意』と呼ぶことを知りました。あまり分かり易い日本語であるとは、梅爺は思いませんが、この言葉を以後使います。

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2013年10月15日 (火)

選択的注意(1)

『脳研究の最前線(上下巻:講談社ブルーバックス)』という本は、理化学研究所の日本人脳科学研究者が、章ごとに分担執筆していて、大変啓発的です。梅爺は、気が向いた時に章単位で、これを少しづつ読み進むことにしています。

上巻第五章の『脳はどのように認知するか(田中啓治著)』は、主として視覚情報を取り上げて、脳の認知メカニズムに迫ろうとする内容で、視覚情報処理に関る各種『細胞』やその集合体のしくみが、専門用語を用いて説明されますので、梅爺の理解には限界がありますが、それでもその『本質』の一部は、強く興味をそそられます。

眼球の眼底にある『網膜』に映し出された事象(外界の情報)を、網膜に配置された『視覚細胞』が、化学変化を経て電位信号変化(物理変化)に変換し、それが、脳の『視覚野』と称する部位に送られて、各種情報処理が、並列的、階層的に実行され、最後に『認知』にいたるというのが、大雑把な『しくみ』の理解になります。

しかし、この『しくみ』の説明は、『人間』固有のものではなく、生物進化でみると、類似性が高い、哺乳類、霊長類などでも同じと推測できます。

また、この『しくみ』の説明は、『デジカメはどのように画像をデジタル情報に変換し記憶装置に記録するか』という説明とほぼ同じような表現であることが分かります。つまり、この説明は『物理世界』の事象に『自然の摂理』がどのように関るかを解説していることになります。

非常に論理的ではありますが、数学や物理の論文を読むのと同様に、なんとなく『味気ない』と感ずるのは、最初の視覚情報処理には、『精神世界』はほとんど関与せず、『情』が入り込む余地が無いことを示唆しています。つまり『人間』は、基本的には『物理世界』の一員であり、『自然の摂理』無しでは生命活動の維持ができないことを示しています。

しかし、『認知』された情報の一部はその後『精神世界』へ受け渡され、『精神世界』独特の事象を展開することになります。そして初めて『情』が介入し『日の出を神々しいと感じ、感動する』というようなことが起こります。

『日の出』を『物質世界』だけでとらえれば、『神々しく』も『感動的』でもありません。単なる物理現象です。

誤解は無いと思いますが、梅爺は『日の出を神々しい、感動的と考える』のは馬鹿げていると言っているわけではありません。ただ、『物質世界』と『精神世界』を分けて理解すべきだと申し上げているだけです。

言うまでもなく、『人間』が生きる上で、『精神世界』は、重要な役割をもつことは梅爺も理解しています。しかし高尚にみえる『精神世界』も、『生き残りのために有効な方法を選択する』という単純な法則から進化したのではないかというのが梅爺の推測です。『安泰を求める本能』はこれを如実に語っているように思います。

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2013年10月14日 (月)

War, hunting and love are full of trouble as pleasure.

英語の諺『War, hunting and love are full of trouble as pleasure.』の話です。 

直訳すると、『戦争、狩り、愛は沢山の歓喜と同時に、沢山の苦悩の基となる』と言うことになります。 

『戦争』『狩り』という具体的な行為と、抽象的な概念の色彩が強い『愛』を、同列に論ずる『突飛さ』が機知を感じさせ、正反対の概念のように見える『歓喜』と『苦悩』も、実は表裏一体であるという表現も、意表を突いていて、聞き手の興味を喚起します。『意表を突く突飛な表現』は、西欧人がジョークを言う時の常套手段の一つです。聴き手も、頭の回転の速さを競って、いち早く『ニンマリ』して見せようとします。 

この諺の主題は『愛』で、突飛な対比をするために『戦争』『狩り』を刺身のつまとして取り上げていると考えればよいのでしょう。 

もっとも、殺す対象が人間か獲物かだけの違いで、『戦争』と『狩り』の本質は同じと言いたいのならば、刺身のつまとばかりは言えない深い洞察や皮肉が込められているのかもしれません。 

人類は『精神世界』を駆使して、沢山の見事な『抽象概念』を考え出し、代々それを継承してきました。梅爺が何回もブログに書いてきたように、『愛』『正義』『平和』などが代表的なものですが、宗教が関与して作りだした『神』『仏』『霊』』『天国(極楽)』『地獄』『善良』『邪悪』『慈悲』なども大きな影響を及ぼしてきました。もっとも、『神』『霊』『天国』『地獄』を、『精神世界』にのみ存在する『抽象概念』であるというのは梅爺の考え方(推定)で、それらが『物質世界』のどこかに実態として存在すると『信じて』おられる方がおられることは承知しています。『物質世界』にそれらが存在することの証明には誰も成功していませんが、逆に誰も『存在しない』と証明することもできていませんので、『存在しないと思うが、分からない(不可知である)』というのが、梅爺の基本的な立場です。難しい言葉で表現するなら梅爺は『不可知論者』です。『抽象概念』としての『神』の存在は認めているわけですから、コチコチの『無神論者』ではありません。ただし、『抽象概念』としての『神』は、人間のいない世界には存在しないことになりますので、『宗教』の教義が教える『神』とは、同じとは言えません。 

これもまた何度も書いてきたことですが、『精神世界』の元々の根源は、生物として生き残るために『自分に都合のよい手段を優先的に選択しようとする本能』ですから、『愛』といえども、『気高い行為』である側面と、『利己的な醜い行為』の側面を有しているのは当然のことです。

従って、『愛』は『歓喜と同時に時に苦悩の基となる』というこの諺は、『精神世界』の本質を言い表しているとも言えます。『愛に生きる』ということは、喜びと苦悩を両方背負いこんで生きることであると覚悟する必要があります。人々への『愛』を貫くために、キリストが『十字架の死』を受け容れたという話が、これを象徴的に表しているのではないでしょうか。

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2013年10月13日 (日)

非生命体にも誕生と死はあるのか?(5)

宇宙空間で、『ダーク・マター』の引き寄せる力や、物質間の引力が作用して、塵やガスが集まって『星』が形成されます。『星』は超高温、超高圧力の環境となり、核融合活動が起きますので、素材は同じとは言え『塵とガス』と『星』は、同じものではないように見えます。『星』の『核融合活動』を、『生命体』の『生命維持活動』に見立てれば、『核融合活動』が始まった時点を『星』の『誕生』と呼び、『核融合活動』が終焉した時点を『星』の『死』と呼ぶこともできるような気がします。

人間の『生命維持活動』には、『精神活動』が伴い、『生命』の『死』とともに、『精神活動』も消滅すると梅爺は考えています。人間が極めて異例な『生物』であると言えるのは、『肉体的に生きる』ことと『精神的に生きる』ことが、両輪のように機能して初めて『生きている』と言えることではないでしょうか。

人間の『精神活動』は高度な内容ですが、他の『生物』にもレベルが低いにしても『精神活動』が無いとは言えません。生物進化を肯定すれば、それは当然のことで、梅爺が数年前まで飼っていた愛犬は、明らかに『喜怒哀楽』の情感を持っているように見えました。『情感』こそが『精神活動』の根幹の要素であるとも言えます。

『精神活動』を同時に派生させる『生命維持活動』の『始まり』と『終わり』だけを、『誕生』『死』と呼ぶものと定義すれば、『星』には『精神活動』に相当するものがあるとは思えませんので、『星の誕生』『星の死』という表現は妥当とは言えなくなります。

『塵とガス』から『星』が形成され、やがて『星』は再び『塵とガス』に戻っていくというプロセスは、『物質世界』の『変容』の一つに過ぎず、派生的に『精神活動』が伴っているとは思えません。つまり『物質世界』の『変容』は、『摂理』通りに進行しているだけで、『精神活動』では重要な意味を持つ、『目的』『理想』『愛』『平和』『正義』『罪』『祟り』などの抽象概念が関与しているとは思えません。『物質世界』の『摂理』は、『理』が根幹にありますが、『精神世界』は『理』の他に『情』が根幹にあり、どちらかと言えば『情』が『理』よりも強く作用していると梅爺は推察しています。

『精神世界』を排除して観れば、人間も、宇宙空間に存在する素材を寄せ集めてできた『モノ』に過ぎず、やがてまたその素材に戻ると考えれば、『星』と同様に、人間の生涯は『物質世界』の『変容』と何ら変わることはありません。

梅爺は、『人間も所詮物質に過ぎない』などと虚無的なことを言いたいのではありません。逆に、人間にしかない高度な『精神世界』を、『誕生』と『死』の間の『生きている期間』だけ保有できることの特権を強調したかっただけです。

『精神世界』は、人間の『素晴らしい言動』を生みだしますが、不幸なことに時として『おぞましい言動』も生みだします。多くの『宗教』は、『神や仏を信じて、素晴らしい言動の持ち主になりなさい』と諭しています。しかし、仮に神や仏が存在しないとしても、人間は『素晴らしい言動』を優先するという考え方を生みだせる能力をもっているのではないかと梅爺は考えています。『素晴らしい言動』のほうが、自分を肉体的にも精神的にも『安泰』に導く可能性が高いと本能が教えてくれるからです。

神や仏は宇宙空間には実態として存在しないのではないか、などと梅爺が懐疑的なことを言うと、『あいつは、無神論者で、情が薄い奴だ』などと後ろ指をさされることになりますが、そうすると一層依怙地(いこじ)になって、『情が厚い薄いは、神や仏を信ずることと直接関係しない』などと、言いだしますから手に負えません。

このブログのテーマで、申し上げたかったことは、言葉は厳密に定義して用いるべきだということではなく、『誕生』と『死』の間、『精神世界』を保有できる『人間』は、明らかに『精神世界』を保有しない『モノ』とは、異なった存在であり、せっかく与えられている『特権』を活かして『生涯を全うすべきだ』ということです。

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2013年10月12日 (土)

非生物に誕生と死はあるのか?(4)

『誕生』と『死』という言葉は、元々『生物』の『生命活動の始まり』と『生命活動の終わり』を意味するものです。 

『生物』の『固』は、『誕生』から『死』までで生涯を終えますが、『個』が属する『生物』の『種』は、絶えることなく存続できる可能性を秘めています。云うまでもなく『個』は親として子を創り出す能力を持っているからです。 

『単細胞生物』は、単純な『細胞分裂』で『子』を創り出し、高等な『多細胞生物』は、『両性生殖』等のしくみで『子』を創り出します。『個』は死んでも『種』は存続するという、見事な自然の摂理ですが、むしろ『種を存続させるために個は死ぬ必要がある』という表現が妥当なのかもしれません。『世代交代』の繰り返しで新し環境に適応できる『種』の出現が可能になります。言い換えれば、『世代交代』が無ければ『種』は進化できません。 

ついでに申し上げれば、『個』が、遺伝子の組み合わせの違いで『個性』をもっていることも『種』が存続する上で重要な意味があります。『個性』があるからこそ、過酷な環境変化の中で、『種』は一網打尽に死滅せずに、強い『個』が生き残る可能性があるからです。人間社会も、『個性』を排除した『金太郎飴』のような構成は、支配の上で効率が良さそうには見えますが、強靭な進化ができないという欠陥が露呈しがちです。一党独裁の『中国』や、将軍様崇拝の『北朝鮮』は、脆弱であるからこそ、権力者は躍起になって、庶民の自由を拘束し、恐怖政治で対応しようとします。『公安』や『秘密警察』が幅を利かす社会は、文明国家とは言えません。 

人間の肉体を、『物質世界』の視点で眺めると、『誕生』と『死』をどのように定義するかは難しい話になります。『誕生』は『個としての生命活動の開始』と定義すれば、『受精で細胞分裂を開始した時』となり、『堕胎』や『流産』も『死』ということになります。一方『分娩』を『誕生』とすると、話が少し違ってきます。カトリックが『避妊』や『堕胎』を、『神に背く行為』としてきたのは、どの時点をもって人間の命が始まるのかという、『考え方』に依存しています。『考え方』は人間の『精神世界』が創り出す価値観で、絶対的な評価基準の設定は困難ですから、合意点を見いだすのは易しくありません。『宗教』は『信ずる』ことで合意点を形成しようとします。 

一方『死』の定義も易しくありません。『息を引き取った時』『脳の活動が健全な精神活動を維持できない状態になった時』『全ての細胞が生命活動を停止した時』など、色々な定義が可能ですが、定義によって『死』の時点は、微妙に異なってきます。毛髪や爪は、息を引き取った後でもしばらく細胞が活動していることが分かっています。『脳死』は『死』か、などという法律論争は、これも『考え方』を論するものですから、絶対尺度での判定は困難で、人間社会の『合意』の一つに過ぎません。 

そもそも、私たちの肉体を構成する60~70兆個に及ぶ『細胞』は、日々『誕生』と『死』を繰り返しているわけですから、部分的な無数の『誕生』と『死』の上に、全体としての『命』は維持されていることになります。細胞は、私たちの『精神世界』の『意志』や『願望』とは一見無関係に、黙々と生命活動を遂行しています。どのような活動をするかは、『遺伝子情報』と『外部環境情報』の組み合わせで決まります。勿論、活動にはエネルギーが必要になりますので、細胞には『ミトコンドリア』を用いて、エネルギー源を創り出すしくみもあります。細胞は『自家発電機能付きコンピュータ』のように見えます。『遺伝子情報』はこのコンピュータの基本プログラムです。

個々の『生命体(細胞)』の寄せ集めで、私たちの全体(肉体、命)が構成されている様子は、システム的な表現をすれば、自律性の高い膨大な数の『サブシステム(細胞)』で『システム(肉体、命、精神世界)』が構成されているということになりますので、梅爺はこれを『自律型超分散処理システム』と呼ぶことにしています。生物分子学者の福岡伸一先生は、これを『生命は動的平衡で成り立っている』と表現しておられます。言い方が異なるだけで、同じ事象を説明しています。

これで『生命体』の『誕生』と『死』は、ある程度理解できますが、『物質世界』の大半を占める『非生命体』の『変容』にも、『誕生』『死』という概念は適用できるのでしょうか。

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2013年10月11日 (金)

非生物に誕生と死はあるのか?(3)

自然現象の中に、ある種の『法則』があることに、『現生人類』は『文明』の初期のころから気付いていました。『日の出』『日没』の『太陽』の位置が、季節によって微妙に異なること、そしてその変化が『1年の周期』で繰り返すこと、同じく『月の満ち欠け』にも『1ケ月』の周期があることなどに気付き、更に『1日(夜昼の繰り返し周期)』を加えて、『暦』の概念を作り上げました。

もっと驚くべきことに、古代エジプトでは、夜空の星々の運行も観察し、数千年、数万年単位の『周期』も存在するらしいことを推察していました。一人の人間の生涯は、精々数十年ですから、この永い周期の推測は見事です。

この『暦』に関する情報は、『適切な種まきの時期』を特定する上で、重要なものですから、『農耕文化』を支えることになりましたが、この情報を提供する『王』や『神官』は、『神』または『神へ仕える特別な人』として、庶民から崇められることになりました。『天体観測』は『科学』であるという認識があったわけではなく、『王の権力』『神官の威光』を知らしめる手段であったことになります。

つまり、古代社会では、『政治』『宗教』『科学』などが、渾然一体なものであり、全ての生活はその上に成り立っていたことになります。『政治』『宗教』『科学』を異なった概念分野として理解する知恵を継承している私たち現代人が、古代を、古代人の視点で観ることが難しいのはこのためです。

いつの時代でも、人類は『周囲の不思議』を感じながら生きてきましたが、その時代のあらゆる知識を投入して、『不思議の原因』を説明しようとし続けてきたことになります。『不思議』を『不思議』のままで放置することは『不安』であり、『不安』は、人間の『安泰を希求する本能』に逆らうものであるからです。

少々くどい話になりましたが、『政治』『宗教』『科学』『芸術』などが、別の概念として区別されるようになったのは、近世になってからで、『科学』の成果を応用した工業製品を日常品として使うようになってからは、100年程度しか経っていません。私たちは人類史の中で、特殊な時代に生きていることになります。

現代人の『視点』を排除して、『釈迦』『キリスト』『ムハンマド』『空海』の思想の背景を理解する必要があり、その中から『今でも普遍的な意味を持つもの』と『今では普遍的な事実とは言えないもの』を区別すれば良いのではないでしょうか。つまり、『何もかもが正しい』と肯定すると、今度は、現代人は、自らが保有する知識に照らして、矛盾に苛まれることになるのではないでしょうか。梅爺は、聖人たちの誤謬をあげつらう気持ちにはならず、むしろ、『限られた知識の中で、よくもここまで本質を洞察し、普遍的なものに到達できたものだ』と感服してしまいます。自分が当時の人間なら、ここまで洞察できなかったであろうと思うからです。

『密教』の『曼荼羅図』は、『空海』が『周囲の不思議』の根源を総合的に説明するために到達した壮大な架空世界であり、当時の『精神世界』の集大成であるとして観る必要があります。勿論、現代『科学』の視点では、『ありえない』ことも描かれていますが、『本質の洞察』という意味では、現代にも通用する普遍的な意味も包含しています。『空海』の時代には、『政治』『宗教』『科学』『芸術』などという判然として区分けは無く、『空海』の思想は、『生きる(生活する)』ことの全てに直結していたことになります。

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2013年10月10日 (木)

非生物に誕生と死はあるのか?(2)

『宇宙の誕生と死』『銀河系の誕生と死』『星の誕生と死』というような表現を、私たちは漠然と受け容れて、あまり不自然に感じません。しかし、厳密に『理』で論じ、検証しようとすれば、『宇宙』『銀河系』『星』という『非生物』に、『誕生と死』という概念は適応できるのかという、疑問が生じます。 

『何もそんな難しい議論をする必要はない』というご批判はあるでしょうし、『上記の表現は、類似性(アナロジー)の文学的表現にすぎないととらえれば、それでよいではないか』というご意見もあるでしょう。 

しかし、『物質世界』の『摂理』に関ることを解明するのは『科学』であり、『科学』の分野では、『厳密な定義』を前提とした『論理思考』が重要になります。 

『科学的な究明行為』も人間の『精神世界』が行うものですが、『宗教』『哲学』『芸術』などと決定的に異なるのは、『科学』は本質的に『情』を排した『理』一辺倒の思考であることです。人間の『精神世界』は、『情』と『理』を絡めて思考することを『常態』としていますので、人間にとっては『科学』は例外的に特殊な世界であるとも言えます。言い方を変えれば、『科学』が究明対象とする『物質世界』の『摂理』には、『情』は持ち込めないということです。 

しかし、このようなことは現代に生きる梅爺であるが故に言えることです。『ビッグ・バン理論』『生物進化理論』『遺伝の基本的なしくみ(DNAなど)』『脳各部の機能』などが判明したのは、ほんの50年~100年前のことで、それ以前の『現生人類』は、これらの『知識』なしに、周囲の『不思議』を何とか合理的に解釈しようとしてきました。 

つまり、『現生人類』は、約20万年の歴史のほとんどの期間、『物質世界と精神世界を区別して考える』ことをしてこなかったことになります。 

古代エジプトの人たちは、『心』は『脳』ではなく『心臓』にあると考えていました。死後『心臓』だけを特別な容器に入れて保存しようとしたのはそのためです。古代ギリシャで、『理的な思考が、自然の摂理究明に役立つ』ことに気付いたことは大発見ですが、現代のような『科学は精神世界の特殊な一分野』というはっきりした認識は無かったのではないでしょうか。

『釈迦』『キリスト』『ムハンマド』などの宗教家も、周囲の『不思議』をひとまとめにして思考の対象にしていますから、そもそも自分の思考が『宗教』という分野の話であるとは考えていなかったものと推察できます。古代ギリシャの哲学者も、『ダ・ヴィンチ』も、同じく周囲の『不思議』に総合的に対応しようとしただけですから、頭の中に『科学』『芸術』『宗教』などという明確な分野区分は無かったのではないでしょうか。

言い換えれば、『科学』『宗教』『哲学』『芸術』を、『区分して把握する』ようになったのは、人類の歴史の中でつい最近になってからのことということになります。

『空海』が中国から持ち帰った『密教思想』『曼荼羅(胎蔵曼荼羅、金剛曼荼羅)』は、『自分も含めた全宇宙をどのように理解するか』を説明するもので、現代で云う『物質世界』『精神世界』の全てを網羅しようとしています。星座が描かれているのはその証です。『全世界は大日如来を中心に構成されていて、その大日如来は誰の中にでも存在する仏心のことだ』と説く、壮大な思想の具体的な表現であることがわかります。

現代は、『科学』『宗教』『哲学』『芸術』を異なった分野として把握するために、分かりやすくなったこともありますが、再度、全ての『不思議』へ総合的に対応しようと言う姿勢が薄らいでいます。梅爺は、全ての分野を網羅した『学際的な思考』へ、もう一度戻ることに大きな意味があるように感じています

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2013年10月 9日 (水)

非生物に誕生と死はあるのか?(1)

現代科学の三大テーマは『宇宙』『生命』『脳』で、ここ50年間に多くの事実が判明しましたが、依然として全貌の解明にはほど遠く、いずれの分野も『謎』に満ちています。

現在私たちが属する『宇宙』は138億年前に出現したというのが定説です。少し前までは137億年前と言われていましたが、国際的な研究機関が、最近厳密な計算をした結果138億年前に修正されました。この1億年の違いが、どれほどの意味を有するのかについて梅爺は理解できていませんし、自分でどちらが正しいかを検証する能力はありませんので、『138億年前』を最新の知識として受け容れることにしています。

46億年前に『宇宙』の『天の川銀河系』の中に『太陽系』が出現し、『太陽系』の惑星の一つとして『地球』がほぼ同時に出現しました。この『地球』に、約40億年前に『生命体(単細胞生物)』が出現し、約10億年前に『生命体』は多様な『進化』を開始して、約500~800万年前に、生物の1種として『人類』の祖先が出現しました。その後『人類』も多様な種に枝分かれしましたが、現在『地球』に棲息しているのは、私たち『現生人類(ホモ・サピエンス)』だけで、他の人類種は全て『滅亡』してしまいました。

『現生人類』は、生物進化の過程で枝分かれしてきたわけですから、生物共通の多くの『資質』を継承しています。『脳』もその一つですが、『現生人類』の『脳』は更に独自の進化をし、他の生物(動物)には見られない高度な『精神世界』を保有するに至りました。

こう観てくると『宇宙』『生命』『脳』は、独立した領域ではなく、共通する『物質世界』に属し、深い関連を有していることが分かります。当然、全て『物質世界』を支配する法則(摂理)に支配されています。

『脳』そのものは『物質世界』に属するモノですが、その『脳』が創り出す人間の『精神世界』は、物質で構成されるわけではない、いわば仮想世界で、この仮想世界でだけ意味を持つ『価値観』を保有しています。『精神世界』の『価値観』は、『脳』の基本機能である『理』と『情』の複雑な組み合わせで創り出されたものです。

梅爺が6年間以上ブログを書いて、気付いた最大の『発見』は、『物質世界』の『摂理』と、『精神世界』の『価値観』を混同してはいけないということでした。具体的には、『物質世界』の『摂理』は、『精神世界』の『情』とは無縁なものであると気付きました。しかし、人間は『精神世界』の『価値観』で、『物質世界』を観察し、理解しようとする習性を踏襲してきていますので、よほど意識しないと『混同』してしまいます。『神が7日間で天地を創造した』という表現は、『精神世界』の『価値観』が作りだしたもので、それを『物質世界』の『摂理』とすることはできません。

人間は、肉体的には『物質世界』の摂理に支配されていますが、脳の『精神世界』が、人間だけが持つ『価値観』にも支配されていますので、この『支配の2重構造』が、人間を理解する上での『決め手』になります。

人間一人一人(個体)は、『物質世界』の『摂理』で、誕生から死まで『生きる』ことになり、他の『生命体』にも、同様な『生と死』の概念を適用できますが、『物質世界』に属する『生命体』以外のものにもこの『生と死』の概念を適用することは、厳密には無理があるように思います。

理屈っぽい話で恐縮ですが、『星の誕生と死』という表現は、『人間(個人)の誕生と死』と言う表現と、同じことを意味していないということです。

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2013年10月 8日 (火)

歴史ミステリー小説『The Clumbus Affair』(8)

この小説では、過激派シオニストの一味が争いに敗れ、穏健派ユダヤ人が『宝物』をジャマイカの洞窟の中で見つけて、穏健派がその後『宝物』をどうしたのかは、読者に想像させるかたちで言及せずに終わっています。

ジャマイカの社会構造は、先住民族(モンゴロイド)、『コロンブス』以降到来した白人(コーカソイド)、奴隷として連れて来られた黒人(ネグロイド)の子孫たちで構成されていて、微妙な力関係で成り立っていることを知りました。特に、奴隷の一部が森の中へ逃げて白人と対抗し、独立を勝ち取った歴史を持つ黒人の子孫のコミュニティが強い力を持っていることも知りました。

ジャマイカの黒人コミュニティは、自分たちと同様に迫害されるユダヤ人の境遇に同情し、代々『ユダヤの宝物』の秘匿に協力してきたという筋書きに、この小説はなっていますが勿論フィクションです。

『コロンブス』がユダヤ人であったということを裏付けるために、作者は、最初の航海のクルーには『キリスト教の伝道師』は含まれておらず、ユダヤ人の『通訳』が乗り込んでいたことを挙げています。このユダヤ人が、スペインには帰国せず現地にとどまって秘匿された『宝物』の最初の『護衛役』になったという設定です。

『コロンブス』は生涯に4回、アメリカ海域への航海をおこなっていて、初回以降の航海には『キリスト教の伝道師』が帯同し、『コロンブス』達が現地で行った現地人虐殺、搾取の様子を日記に書き残していますから、最初の航海だけ、意図的に『キリスト教の伝道師』を排除したのかどうかは、何とも言えないような気がします。

植民地の獲得の目的と同時に、キリスト教の伝道が行われていたことは、ザビエルの日本到来などでも分かります。

しかし、中米、南米で、白人たちが行った非道行為をみれば、『伝道』などと良く言えたものだと思います。『慈愛の心』が大切と言いながら、人間はいざとなると直接的な欲望を優先する怖ろしい習性を持っています。これは、中世の問題ではなく現代でも同じです。『自由の国アメリカ』も、『産軍複合体』というモンスターの実質支配から脱皮できていません。アメリカを維持するには、『戦争』が必要と言う、おかしな論理になり、ケネディなどの比較的良心的な政治家は排除されるという悲劇が繰り返されています。アメリカは『素晴らしい国』であり、『ひどい国』でもあると梅爺は感じています。日本の外交はアメリカの『ひどい国』の側面を直視する必要があります。『同盟国なので日本が困れば助けてくれる』などと、単純な依存は危険な気がします。

『自分が優っていて、相手は劣っている』と誰もが『思いたい』本能を持ち合わせていますが、これを『理性』で抑制することに失敗すると、人間社会から悲劇は無くなりません。

『コロンブス』が中米で行った残虐、略奪行為と、ヨーロッパで勝ち得た名声の間に大きなギャップがあります。『コロンブス』を他人事のように非難するのは容易ですが、この小説を読んで、大なり小なり私たちは『コロンブス』のように『物欲』を優先しながら生きているのかもしれないと感じました。

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2013年10月 7日 (月)

歴史ミステリー小説『The Columbus Affair』(7)

『イザベラ女王』がイベリア半島から、『イスラーム教徒』『ユダヤ教徒』を追放し、多くのユダヤ人は、表向き『カトリック』へ宗旨替えをして生き残ろうとしました。『コロンブス』の最初の航海に、実質的な資金援助をしたのは、これらのユダヤ人たちで、彼らの中に先祖代々受け継がれていた『エルサレム神殿の宝物』の新しい秘匿場所も『コロンブス』に託したというのが、この小説の設定です。

ヘロデ王が建造したエルサレムの『神殿』は、西暦70年の『ユダヤ戦争』の折にローマ帝国によって破壊され、『宝物』はローマへ持ちされれました。その後『宝物』はコンスタンチーブルへ移されましたが、以降行方不明となっています。この小説では、スペイン南端に住んでいたユダヤ人が、密かに取得、保有、管理していたということになっています。

『コロンブス』の子孫の関係者が、後に『ジャマイカ』の統治を行い、本国スペインの意向に反して、『ユダヤ人居住を認めた』とこの小説には書かれていますが、史実かどうかは分かりません。『ジャマイカ』のユダヤ人比率が今でも高いとすれば、そうかもしれません。『コロンブス』がユダヤ人に自由な信仰生活を保証する新天地を提供したということになります。

何が『史実』で、何が『作り話(フクション)』かの区別は、梅爺の興味の対象ですが、元々小説なのですから『作り話』で騙すのは怪しからんとは言えません。明らかに論理矛盾するような『作り話』は、興ざめですが、博覧強記で賢い『スティーブ・ベリー』は、なかなか尻尾をだすようなことはしません。そこがこの作者の魅力です。

この小説は、『歴史』を背景にしていますが、物語は現代を舞台にしている『冒険活劇』です。ユダヤ人の『宝物』を手にして、『神殿』を再建し、イスラエルから全てのパレスチナ人を追放しようと画策する過激シオニストと、それを阻止しようとする穏健なユダヤ人対立が骨子になっています。

『イスラエル』が抱える複雑な政治問題が対象ですから、誰を『善玉』、誰を『悪玉』と区別が難しい話ですが、過激シオニストは、やたらに人を殺したりしますから、読者には『悪玉』に見える仕掛けになっています。

小説の舞台として、フロリダ(アメリカ)、ジャマイカ、ウィーン(オーストリア)、プラハ(チェコ)が登場します。ウィーン、プラハは、両方とも梅爺のお気に入りのヨーロッパの都市ですので、訪れた時のことを懐かしく思い出しながら読みました。

プラハの『ユダヤ人街』『シナゴーグ(ユダヤ教教会)』『ユダヤ人墓地』などが、現在では観光名所になっていることを初めて知りました。残念ながら梅爺はプラハのこの観光地は訪れたことがありません。世界各地へ移り住み、その地で自分たちの戒律を守って生きようとしたユダヤ人は、その排他的な姿勢で、嫌われ、迫害され続けてきました。プラハのユダヤ人は、勿論ヒトラーのナチによって弾圧されました。自分たちの『アイデンテティ』を確認する手段が『ユダヤ教』で、その戒律を守ると排他的になって、周囲の他民族からは嫌われるという、宿命的な連鎖から、今でもユダヤ人は抜け出せていないように見えます。

島国で、ほぼ均一な民族として暮らしてきた日本人にとっては、ユダヤ人の苦悩を理解することはとても難しいことです。

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2013年10月 6日 (日)

歴史ミステリー小説『The Columbus Affair』(6)

地球は球体であることに、いつ人類は気付いたのかについては、諸説があります。少なくとも古代ギリシャでは、気付いていたという説もあります。16世紀に『コペルニクス』の『地動説』が発表されたのは彼の死後で、カトリックの神父でもあった『コペルニクス』は、影響の甚大さを危惧して、生前は公表を拒んだと言われています。聖書の『天地創造』は『天動説』と結びつけて信じられていましたから、神父としての『コペルニクス』と、科学者としての『コペルニクス』の葛藤は、現代の私たちには想像できないほどのものであったのでしょう。『尋問(宗教裁判)』で『異端』とされる恐れがあったからです。 

『コロンブス』が新大陸を発見した(1492年)時から約50年後に『コペルニクス』の『地動説』は発表されていますが、『コロンブス』は、大西洋を西へ航路をとれば、やがてインドへ到達できると『予測』していたわけですから、既に当時『地球は球体である』と多くの人たちが気付いていたのではないでしょうか。『マゼラン』も『地動説』の発表以前に『世界一周』を成し遂げています。『コロンブス』は、発見したバハマ諸島、カリブ海の島々は、インドの一部と生涯信じていたと言われています。 

『コロンブス』が新大陸を発見したのは1492年で、『イザベラ女王』が約800年続いていたムーア人の『イスラーム勢力』との戦いを征し、『イスラーム』の最後の拠点『グラナダ』を奪還して、イベリア半島を全て『カトリック』の支配下においたのは1482年です。この永い戦いは『レコンキスタ(再征服)』と呼ばれ、イベリア半島の歴史を知るには重要な事柄です。

『The Columbus Affair』という小説は、『コロンブス』『イザベラ女王』『レコンキスタ』の関係を巧みに物語の要素として取り込んでいます。

紆余曲折はありましたが『コロンブス』の冒険的な航海を最後に認可し、資金援助をしたのが『イザベラ女王』で、その結果、その後南米や中米から略奪した『黄金』で、スペインはヨーロッパの大国へとのし上がっていきます。『セビリアの大聖堂』の『黄金の祭壇』などが、その繁栄を今でも物語っています。『イザベラ女王』は遺言で、『新大陸の人たちに苦しい生活を強いてはいけない』などと殊勝なことを言い残していますが、実際にスペインの軍隊が現地で行った、大虐殺、大略奪は目を覆わんばかりの酷さで、『コロンブス』もその魁(さきがけ)として酷いことをしています。

『イザベラ女王』は『レコンキスタ』に勝利を収めた後に、征圧地域で、過酷な宗教弾圧政策を実施しました。『イスラーム教徒』『ユダヤ教徒』に『カトリック』への宗旨替えを求め、拒むものは全て国外追放処分にしました。『イスラーム』は『ユダヤ教徒』との共存を認めていましたが、『カトリック』はそれを認めなかったことになります。ゴルドバには、ユダヤ人が住んでいない『ユダヤ人街』が観光名所として今も残されています。

イベリア半島の南端近くに住んでいたユダヤ人たちは、『自由に生きられる新天地』の発見を『コロンブス』に託した、というのがこの小説の重要なプロットになっています。『コロンブス』は表向き『カトリック』を装うイタリア人というふれこみになっていますが、実はユダヤ人で、航海の目的はユダヤ人のために働くことであったということになります。作家『スティーブ・ベリー』の着眼点にはおそれいります。

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2013年10月 5日 (土)

歴史ミステリー小説『The Columbus Affair』)(5)

『ユダヤ教』および『キリスト教』にとって、最も聖なるものは、『モーゼ』がシナイ山で『神』から授かった『十戒』が刻まれた石板でしょう。石板の文字は、人が彫ったものではなく、『神』の力で刻まれたものということになっていますから、もしこの石板が見つかって本物と判定されれば、『神は存在するのかしないのか』などという論争は吹き飛んでしまいます。その文字が『ヘブライ文字』であるなら、たしかに『神』は、ユダヤ民族だけに特別に目をかけてくださっている証拠ということにもなります。しかし、逆に本物ではないことが判明すれば、教義の基盤が崩壊してしまいます。 

『見つかって欲しい』『見つかっては困る』という相反する思惑が交錯しますが、現実にこの石板は見つかっていません。 

『十戒』の古事は、『ユダヤ民族』の信仰の本質が『神がユダヤ民族と交わした契約を遵守すること』であることを示唆しています。苦難の時に、『神』が『救世主』を遣わしてくれるというのも『約束』です。『旧約聖書』『新約聖書』の『約』は、『約束』の意味ですから、『キリスト教』でもこの本質は継承され、やがて西欧文化の基盤の一つとして『契約順守精神』が根付いていくことになったのでしょう。『言わずもがな』とか『阿吽(あうん)の呼吸』などという日本人が好む『関係』様式は、西欧の人たちには『異文化』であることも知っておくべきでしょう。 

『聖なる石板』は、『モーゼ』が指定した通りにつくられた木の箱に納められ、『レビ』と呼ばれる特別の神官一族によって守られ、ソロモン王が建造して最初の『神殿』の『奥の院(至聖所)』に安置されていました。その後『神殿』は『バビロニア』に侵略され、『聖なる石板』を収納した『聖なる箱(The Arc:聖櫃)』の行方が分からなくなったというのが通説ですが、侵略の直前に『レビ』達によって持ちだされ、エチオピアに運ばれたという伝承もあります。エチオピアの『シバの女王』が、ソロモン王を表敬訪問し、二人の間に産まれた息子がエチオピアを治めていたからというもっともらしい話もあります。 

これを裏付けるように、現在エチオピアの『シオンのマリア教会(エチオピア正教)』は、『聖櫃』を保有していると主張していますが、『聖なる秘宝』として、公開はされませんので、真偽は確かめようがありません。 

『The Columbus Affair』という小説では、ヘロデ王が再建したエルサレム『神殿』の中にあった三つの宝物を『コロンブス』が『ジャマイカ』の秘密の場所に隠したという筋書きになっています。ヘロデ王の再建した『神殿』には、『聖櫃(石板)』はありませんでしたから、『聖なる金の燭台(The Golden Menorah)』『聖なるテーブル(The Devine Table)』『銀のトランペット(Silver Trumpets)』を宝物としています。これらが何故『聖なる宝物』なのかは梅爺には分かりませんが、日本で云えば『三種の神器』といったところなのでしょう。

小説の舞台は現代で、『聖なる秘宝』を取り戻して、エルサレムに再度『神殿』を建造し、パレスチナ人を全て駆逐しようとする、過激派シオニストのユダヤ人、『秘宝』のありかに関する情報を代々受け継いできた家系のユダヤ人、ジャマイカの暗黒社会を取り仕切る黒人のボス、イスラエルやアメリカの諜報機関などが、スリリングな暗闘を繰り広げるストーリーになっています。舞台は、フロリダ(アメリカ)、ジャマイカ、ウィーン(オーストリア)、プラハ(チェコ)と国際色豊かです。

『スティーブ・ベリー』の小説に毎度登場するアメリカ人の主役(元アメリカの秘密工作員)が登場しないという点では異色の作品です。

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2013年10月 4日 (金)

歴史ミステリー小説『The Columbus Affair』(4)

古代の『ユダヤ人』は、近隣の大国『エジプト』『バビロニア』『アッシリア』からの迫害を受け、キリストの死の直後には『ローマ帝国』による徹底破壊と略奪を被り(ユダヤ戦争)、世界の各地へ離散移住した後中世には『カトリック』から迫害を受け、近代では、ヒトラーの『ナチ』からは理不尽な差別で数100万の人たちが殺戮されました(ホロコースト)。

これだけの歴史を体験すれば、パレスチナに突然侵攻して『イスラエル』を立国し、『自分たちは自分たちで守るしかない』という強硬な姿勢を堅守したくなる気持ちは分からないでもありませんが、『孤高』で排他的になればなるほど『いじめられる』という歴史を繰り返すだけで、歴史の循環に終止符を打てないような気がします。

しかし『ユダヤ人』の価値観は『ユダヤ教』に立脚している以上、梅爺が言うほど簡単に友好的な外交展開という価値観を採用することは難しいのでしょう。他の価値観を排除するという点では『宗教』は頑なで、特に『一神教』はその傾向が顕著です。

『ユダヤ教』では、『キリスト教』の『教会』に相当する『シナゴーグ』が各地にあります。『神』を具象物で表現することは禁じられています(イスラームもこの考え方を踏襲)から、『シナゴーグ』内部の装飾は、『カトリック』のような華麗なものではありません。

しかし、本来『ユダヤ教』の信仰の中心(総本山)は、エルサレムにあった『神殿』でした。歴史的には『神殿』は2回建設され、1回目はソロモン王(初代王ダビデの子)の時でしたが、その後『バビロニア』の侵略を受けて、『神殿』は破壊され、『神殿』の『奥の院:至聖所(Holy of holies)』の宝物類も略奪されました。

2回目は、ヘロデ王(ローマ帝国の属州であった時代、キリストが生きた時代)によって再建されました。しかし、キリストの死後、蜂起したユダヤ人を『ローマ帝国』は徹底弾圧し、『神殿』を破壊し、『奥の院』の宝物はローマへ運ばれました。現在エルサレムにある『嘆きの壁』は、破壊された『神殿』の一部です。

『The Columbus Affair』と言う小説では、この『宝物』が、『ローマ』『コンスタンチノープル』と転々とし、15世紀末には、スペインに住むユダヤ人の所有になっていたという設定になっています。しかし、現実の『宝物』は、『コンスタンチノープル』以降は行方不明になっていて、現在でも見つかっていません。

この小説では『コロンブス』が、スペインで迫害されているユダヤ人の依頼で『宝物』を、『ジャマイカ』へ密かに運び、秘密の場所に秘匿したという筋書きになっています。その秘密の場所の謎を解く『宝物さがし』の要素で読者の興味をかきたてようという作者の魂胆に、梅爺はまんまと乗せられてしまったことになります。

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2013年10月 3日 (木)

歴史ミステリー小説『The Columbus Affair』(3)

『スティーブ・ベリー』は『コロンブスはユダヤ人であった』という『前提』で、『ユダヤ民族の受難の歴史』をこの小説の一つの柱に取り込んでいます。

『ユダヤ民族の受難の歴史』を理解しなければ、『一神教のユダヤ教の成立』『キリストの出現とキリスト教への派生』は理解できないと梅爺は考えていますので、このテーマに興味を覚えました。

人類学的に観れば、『現生人類』の大半は、亜種間の『混血』が繰り返され今日に至っています。『日本人』には、『縄文人』『弥生人』『アイヌ』などの遺伝子が継承されています。梅爺も『日本人』であることに『誇り』を持っていますが、『誇り』は『精神世界』で意味を持つ価値観で、梅爺が科学的な分類で『日本人』といえるのかどうかとは無関係な話です。

科学的には純粋な『○○人』と言える人間はほとんど存在しないにもかかわらず、私たちは『日本人』『韓国人』『中国人』と自らを主張して、いがみ合ったりしています。これは、育った地域や文化基盤が異なっていることに依存し、文化基盤は『精神世界』の産物ですから、『いがみあい』は煎じつめれば『優越感(劣等感の裏返し)』で『安泰』を得たいとする『精神世界』の本能に由来するものと思われます。『人種間対立』と言われるものは、実は『人種』の対立ではなく、『精神世界』が創り出す価値観の対立であることを、私たちは認識すべきではないでしょうか。『格差』で自分を優位な立場に置こうとするのは、人間が持つ『業(ごう)』で、厄介なものなのです。

『ユダヤ人』も、人類学的に定義することは難しいと思いますが、5000年ぐらい前から『ユダヤ人』であることを自認する人達が存在していたことは確かです。元々『12の部族』で構成されていたと言われていて、『キリストの12使徒』などの『12』という数はそれに由来しているとも言われています。

『ユダヤ人』の歴史は、多民族からの迫害の歴史でもあり、どうしてこんなにいじめられるのかと同情したくなりますが、『ユダヤ人』が自分たちだけの『神』を奉ずる『ユダヤ教』を信じ、頑なに他の価値観を受け容れない態度が、いじめの原因と言われています。しかし、これは『卵と鶏の関係』で、いじめられるから尚更アイデンテティを確認しようと、自分たちだけの『神』で結束するのか、頑なに結束するからいじめられるのかは、判然としません。

梅爺は、迫害された『ユダヤ人』が、『自分たちだけの神(一神教)』という概念を結束の象徴として考え出したものと想像しています。

原始的な人間社会で、最初に人間が創り出す『神』の概念は、『自然の驚異』と結びついた『アニミズム』の様式で、『神々が存在する(多神教)』という考え方が普通であったのではないでしょうか。日本の土着信仰も、これに沿っています。

言いかえれば、『ユダヤ人』が考え出した『唯一の神』という考え方はむしろ特異な考え方で、その後『キリスト教』『イスラーム』に継承され、人類の文明に多大な影響を及ぼしたことになります。

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2013年10月 2日 (水)

歴史ミステリー小説『The Columbus Affair』(2)

『コロンブス』が、バハマ諸島の一つの『サン・サルバトル島』に上陸し、遭遇した原住民の祖先は、1万年以上前に、アジア大陸、シベリア、ベーリング海峡(当時は陸続き)、北米大陸経由で移住してきた『モンゴロイド(現生人類の中のアジア系人種)』であったと考えられます。北米、中米、南米の先住民は、全て『モンゴロイド』です。 

また話が逸れますが、ブラジルの洞窟内で、4~5万年前の『ネグロイド(現生人類の中のアフリカ系人種)』の頭蓋骨が発見されたというニュースが報じられたことがあります。これが本当なら、アフリカから南米へ直接大西洋を航海して渡った人達がいたという推測になります。当時の船や航海術のレベルを想像すると、『ありえない』と断ずることはできないにしても、ちょっと信じがたい話です。 

『コロンブス』以降、『コーカソイド(現生人類の中のヨーロッパ系白人種)』が、侵略者として、北米、中米、南米へ渡り、その後『奴隷』として、『ネグロイド』がアフリカから連れて来られ、これらが原住民の『モンゴロイド』と共存、混血が進みました。白人による黒人虐待、原住民虐殺があったことも理解しておく必要があります。『コロンブス』はヨーロッパでは『英雄』ですが、現地では原住民を虐殺し、略奪しています。 

北米、中米、南米の多くの国では、白人が支配者として君臨してきましたが、歴史の視点でみれば『たった500年』程度の期間で、これらの地域は1万年以上にわたって『モンゴロイド』が支配していたことを理解すべきです。『白人の史観で語られる歴史』のみを歴史とすると、人類史は見えてきません。 

意外なことに『コロンブス』の生い立ちや、人物像はそれほど詳細に分かっていません。教科書に載っている『肖像画』なども、彼の死後40~50年後に描かれたものと考えられています。 

作家の『スティーブ・ベリー』にとっては、『コロンブス』はミステリー小説を仕立てる格好の題材で、『コロンブスは実はユダヤ人で、スペインで迫害されていたユダヤ人が安心して住める新天地を求めて冒険の航海をおこなったのだ』という、突拍子もないアイデアで、この小説は構成されています。 

勿論これは『史実』と誰も断定はできませんが、『虚構』と『史実』を組み合わせて、『そういうことがあったかもしれない』と読者に思わせるところが、この作家の魅力です。

『史実』から大きく逸れることを避けながら、『虚構』で味付けして自分の『史観』を提示する『司馬遼太郎』の歴史小説と、大胆な『虚構』を創り出すために『史実』を利用している『スティーブ・ベリー』の歴史ミステリー小説は基本的な姿勢が異なっています。

数ある『スティーブ・ベリー』の小説の中で、この『The Columbus Affair』は、上出来の部類であると梅爺は思いました。

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2013年10月 1日 (火)

歴史ミステリー小説『The Colunbus Affair』(1)

アメリカの歴史ミステリー小説作家『スティーブ・ベリー(Steve Berry)』にすっかりはまりこんでいる梅爺は、今度は『The Columbus Affair(コロンブス事件)』を英語版ペーパーバックで読みました。 

15世紀に新大陸を発見したと言われる『クリストファー・コロンブス』にまつわる話を題材にた大衆ミステリー小説です。 

歴史の『史実』と、作者の『作り話』を巧みに組み合わせた『歴史ミステリー小説』は沢山ありますが『ステーブ・ベリー』の能力は飛びぬけています。『歴史を学び直す機会を得る』『プロットそのものを娯楽として楽しむ』の二つが同時に得られるわけですから、まさしく『一粒で二度美味しい』グリコのようなものです。野次馬精神旺盛な梅爺がはまりこむのは当然ですが、更に梅爺の場合は英語の原書で読むことで、『脳の老化防止』にもなっていると勝手に思いこんでいます。 

『1492年にコロンブスがアメリカ大陸を発見した』と学校では習い、丸暗記させられましたが、これでは『コロンブスの人物像』『時代背景』『実際に行われた行為』が見えてきませんので、単なる『知識』に過ぎません。 

屁理屈を言えば、『コロンブス』が最初に上陸した島(バハマ諸島のサン・サルバトス島)には、既に原住民が住んでいましたから、『コロンブス』が人類で最初にこの地域へ到達した人間ではないことになります。因みに『コロンブス』は『アメリカ大陸海域』に到達しただけで、生涯『大陸』の存在は知らなかったと考えられています。 

このように『西欧白人の史観で語られる歴史』を私たちは『歴史』として受け容れていることが多いのではないでしょうか。 

現在地球には、人類として『現生人類(ホモ・サピエンス)』しか生存していません。『現生人類』の祖先は、17万年前に中央アフリカに出現したことが、考古学で分かっています。『ヒト』と『サル』が生物進化で枝分かれしたのは、500~800万年前と考えられています。それ以降沢山の『ヒト』の『種』、つまり『人類種』は出現しましたが、全て『絶滅』し、唯一『現生人類』のみが生き残っていることになります。『ネアンデルタール(2万年前に絶滅)』『ホモ・フロレシェンシス(1万2千年前に絶滅)』などは、『現生人類』と共存していた時代があったことがわかります。 

『現生人類』は、現在地球を支配する『生物』として君臨し、『天地創造』以来存在していると聖書で教えられ、そう思い込みたくもなりますが、実際は、『たった17万年の歴史』しかないことを理解する必要があります。更に『現生人類』が『文明』と呼ばれるものを築き上げてから、これも『たった5000年』しか経っていないことも重要なことです。『文明』の成立には人間の『精神世界』の活動が関与していますから、『宗教』『哲学』『科学』『芸術』などが体系として成立してから5000年位しか経っていないことになります。 

言い換えると『地球の歴史』の中で『現生人類』が関与した時間は、『一瞬』ともいえる短い期間で、大半は『現生人類』抜きの時代であったということになります。この永い期間『神』は『愛する人間』なしに、どのようにお過ごしになっておられたのかと、梅爺は不遜な疑問を抱いてしまいます。

『コロンブス』の話が脇へそれてしまいましたが、『アメリカ大陸』には、『コロンブス』より1万年以上前に『現生人類』は到達していたということを申し上げたかっただけです。

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