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2013年9月30日 (月)

宇宙に誕生した最初の星(4)

私たちが、『太陽』『月』『夜空の星々』を視覚情報でとらえ、自らの『精神世界』の能力を総動員して想像する『宇宙』と、『理』だけで科学が獲得した『物質世界』に属する『宇宙』の知識との間には、大きな差異があります。

『理だけで物質世界を観る』と言う行為こそが『科学』ですが、人間の習性を考えると『科学』はある意味で不自然な行為であるとも言えます。人間は、自分の『精神世界』の『理』と『情』で、情報を取得し、判断しようとする習性を保有していますから、『情を排除して理だけで観たり判断したりすること』を不得手としているからです。大袈裟にいえば、『情を排して科学する』ことは『煩悩を排除して悟りの境地に達する』のと同じように難しいことになります。

『宗教』や『芸術』は、逆に『理』だけでは論ずることができない世界で、『情』が重要な意味を持ちますから、人間の習性を考えれば、むしろ快適な世界といえます。

『心に太陽を持て』『星に願いを』などという表現は、『精神世界』の表現としてはロマンティックで違和感のないものですが、『科学』では意味をなしません。

『そんな科学はやめてしまえ』と言いたくなりますが、そうはいきません。なぜならば、人間は一方において肉体的には『物質世界』の一員であり、『物質世界』を支配する摂理で『生きている(生かされている)』からです。『科学』は真相を知って安堵したいと言う人間の本能にこたえてくれますが、それよりも、『物質世界に属する自分を知って対応する』ことに大きな意味があります。梅爺がこの歳まで生きて来られたのは『医学』や『薬』のお陰です。

『ビッグ・バン』『ファースト・スター』があったからこそ、人類は存在しているという『科学』の説明は、『あなたは物質世界の一員でもあるのですよ』と言っていることになります。私たちの肉体は、ありきたりな素材(元素)で構成されていて、その素材が無ければ私たちは存在しないのは当然です。

私たちは、『物質世界の一員として自分を観る』『精神世界の保有者としての自分を観る』という、全く異なった二つの視点で自分を考える必要があります。そうすることで、あらためて人間は不思議でもあり、魅力的でもあることに気付きます。ただ、やっかいなのは、二つの視点を支える価値観は、同じではないことです。多くの場合、私たちは『精神世界』の価値観で『物質世界』を論じたり、その逆をしたりして、トンチンカンな対応をしがちです。『神仏に祈る』行為は『精神世界で心の安らぎを得る』ためには大変意味がありますが、『物質世界』にまで敷衍(ふえん)させて、『雨乞い祈祷をすれば雨が降る』というわけにはいきません。

偉そうに言う梅爺も、『梅爺閑話』では、トンチンカンな議論を避けようと努力していますが、至難のことで、うまくいっているとは到底言えません。

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2013年9月29日 (日)

宇宙に誕生した最初の星(3)

『物質世界』では、環境に『ムラ』があって、動的に新しい平衡状態を求めた変容が繰り返されます。従って一般には、何が『始まり』で、何が『終わり』かを特定することさえも難しくなります。『ビッグ・バン』以後の宇宙の膨張もこれで説明されます。 

地球の気候、地球の地殻変動(大陸の移動)なども『動的平衡』がもたらす絶え間ない変容です。これらの変容は、人間にとっては不都合な事象も含みますから、時に大災害として襲いかかってきます。自然は『恵み』をもたらすと同時に『災厄』ももたらしますから、古代の人間は自然に感謝し、かつ恐れました。自然の背後に『神』の存在を推察した『宗教』の原型(アミニズム)が生まれたのは当然のことと思えます。 

『神の愛』『仏の慈悲』などという概念は、洗練された後の『宗教』が考え出した概念で、原始社会の人間にとっては、『神』は『生きる』ことの全てを支配する、ただただ『怖ろしいもの』としてひれ伏していたにちがいありません。『生贄(いけにえ)』や歌や踊りを捧げて、『神』の怒りを鎮めようとし、『豊作』『大漁』を願い、日照りの時には『雨乞い』をしました。現代の日本の社会にも、これらの風習の名残は色濃く残っています。神社では『良いことがありますように』と身勝手なお願いをします。『精神世界』で伝承される人間社会の風習の根強さは想像以上です。 

人間社会の『政治』『経済』などの活動も、均質ではない『ムラ』が原因で、動的に変容しているように見えます。『格差(ムラ)』が勝者と敗者を産みだすと同時に、社会不安の強い要因になります。大きな『格差』をつくらない『知恵』は、教育レベルと関連しますから、まともな為政者なら『国民の教育』をもっとも重要視するのは当然のことです。現在の日本のレベルは、明治維新で『義務教育』が徹底されたお陰で到達できたとも言えます。先人の洞察と先見性に感謝しなければなりません。 

宇宙環境の『ムラ』で、最初に誕生した『星(ファースト・スター)』は質量では太陽の50倍ほどの巨大なもので、明るさは太陽の100万倍の輝きであったと推定されています。コンピュータによるシュミレーションでこれらのことが判明しています。寿命は比較的短く、2~3百万年で、大爆発を起こし、塵となって飛散したと考えられています。 

この大爆発のときに、多量のガンマー線が放出され(ガンマー線バースト)、その痕跡を現在でも検出できるはずであると科学者は考え、努力が続けられています。『ファースト・スター』の大爆発を観測でとらえることで、『ファースト・スター』の実在を証明しようという試みです。 

爆発当初はガンマー線であったものが、そのごの宇宙の膨張で、波長が長くなり、現在では赤外線として検出されます。現代の科学は、130億年以上昔から届いた赤外線を検出できるレベルに達しています。 

1990年代では、80億年位の昔の光をとらえることがやっとでしたから、20年で飛躍的な技術向上があったことになります。人類は『ビッグ・バン』の数億年後の宇宙にまで、『観測』で迫っています。高々500万年の歴史しか持たない人類が、130億年前を『観ている』という驚くべき話です。

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2013年9月28日 (土)

宇宙に誕生した最初の星(2)

元素としては『ヘリューム』と『水素』しかなかった宇宙で、どうして最初の星『ファースト・スター』が誕生したのかは、ガスの分布が一様ではなく『ムラ』があったからと考えられています。『物質世界』の特徴の一つは動的に平衡を求めて、絶え間ない変容が継続することです。この『動的平衡』の原因は環境に『ムラ』が存在するためです。

話が飛びますが、生物分子学の福岡伸一先生は、生命活動も『動的平衡』で維持されていると述べておられます。私たち『人間』も、脳が創り出す神秘的な『精神世界』を排除して考えれば、肉体は『物質世界』に属しますから、『物質世界』を支配する代表的な摂理である『動的平衡』に支配されていると考えるのは妥当なことです。『動的平衡』を維持できなくなった時に、肉体は『死』を迎え、肉体を構成していた素材(炭素、窒素など)だけが残ります。

こういう表現を『味気ない』と『感ずる』のは、『精神世界』の『情』によるものです。梅爺は、『死』とともに『精神世界』も消滅すると推測して、観念していますが、多くの人は『そうあって欲しくない』と『精神世界』の『情』で願い、『死後の世界(天国、地獄)』『不滅の霊』という抽象概念を考え出し、共有してきたのではないでしょうか。『安泰(安堵)を希求する』という『精神世界』の基本的な本能が背景にありますから、『死後の世界』『不滅の霊』は、無意味な概念と一概には言えませんが、『理』で考えると確信は持てなくなります。いわんや、『死後の世界』『不滅の霊』が『物質世界』の一部として存在するとはとても考えられません。

梅爺は、『精神世界』の『情』は人間にとって重要なものと受け容れていますから、『唯物論者』ではありませんが、逆に『精神世界』だけで全てを説明しようとする考え方には異論を唱えたくなります。『人間』は肉体的には『物質世界』の支配から逃れられないと同時に、生きている間は『物質世界』とは異なった『精神世界』を保有していると考えているだけです。こう考えれば『生きている(生かされている)』ことに感謝の念が湧いてきます。

『ビッグ・バン』後の宇宙に、『ガスの分布のムラ(密度のムラ)』があり、それによって、ガス(ヘリュームと水素)が引き寄せられて『星(ファースト・スター)』が誕生したと考えられます。中央部は高温となり、核融合がおきて、『炭素』『酸素』『窒素』等の元素が生成されました。『鉄』もこの時点で出現したと考えられています。『鉄』以上に重い元素の出現は、後の『超新星爆発』まで待たなければなりません。

『ファースト・スター』は宇宙の『暗黒時代』を終わらせ、青白く輝いていたと考えられています。しかし、『ファースト・スター』は比較的短命で、やがて爆発を起こし、周囲の宇宙に元素をまきちらしました。この元素を材料として次世代の『星(セカンド・スター)』が出来上がり、この『セカンド・スター』が寄り集まって『銀河系』も誕生しました。『セカンド・スター』はやがて『超新星爆発』を起こし、その時の高温、高圧で、現在宇宙に存在する全ての元素が誕生しました。これで、ようやく後に『生命』や『人間』が登場できる土台が出来上がったことになります。

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2013年9月27日 (金)

宇宙に誕生した最初の星(1)

宇宙の始まり『ビッグ・バン(Big Bang)』は、今まで『137億年前』と言われていましたが、最近『欧州宇宙機関(ESA)』の観測衛星『ブランク』が『宇宙マイクロ波背景放射』を測定して計算し直した結果、『138億年前』が正しいことが分かったと発表がありました。

梅爺は詳しく理解する能力を欠いていますので、理解は怪しいのですが、『宇宙マイクロ波背景放射』というのは、現在天球上の全方向から飛来することが観測できるマイクロ波のことで、『ビッグ・バン』から約40万年後に、宇宙の温度が3000度K(絶対温度指標)に冷えた時点の宇宙(過去の宇宙)の様子を知る手掛かりになる測定数値です。この時点で、宇宙には『ヘリューム元素』に加えて『水素元素』が誕生し、熱輻射により生成されたマイクロ波が障害を受けずに宇宙内を進むことができるようになったと考えられています。天文学ではこの時点を『宇宙の晴れあがり』と呼んでいます。

私たちにとっては、宇宙の始まりが『137億年前』か『138億年前』かは、どうでもよい話ですが、科学技術(人工衛星によるマイクロ波測定技術)の測定精度が向上したことによる成果ですから、科学者にとっては『大進歩』です。『物質世界』の測定には、必ず『誤差』が生じますが、この『誤差』範囲を小さくすることは、大変重要であるからです。

『ビッグ・バン』直後の宇宙の温度は、1兆度と超高温で、当然宇宙は光り輝いていました。その後、宇宙の温度は6000度になり、先ず『ヘリューム元素』が誕生し、更に3000度にまで冷えて『水素元素』が誕生しました。この時点で宇宙に存在する元素は『ヘリューム』と『水素』だけであったことになります。したがって宇宙がこのままであれば、私たちは現在存在しないことになります。私たちの身体を構成し、生命を維持するには、『炭素』『酸素』『窒素』を始め多くの他の元素を必要とするからです。

宇宙の温度が下がるにつれて、宇宙は徐々に光を失い、『ビッグ・バン』から50万年後には、光のない『暗黒時代』に突入したと考えられています。

しかし、その後再び宇宙には、『光る星』が出現します。この最初の星は『ファースト・スター(First Star)』と呼ばれるものです。これがいつであったかは特定できていませんが、『ビッグ・バン』から4億年くらい後のことと推定されています。

現在の宇宙には、2000億個の『銀河系』があり、それぞれの『銀河系』には、2000億個~3000億個の『恒星』が含まれていると言われています。気の遠くなるような数です。

夜空を見上げれば、これら無数の星が輝いていて、宇宙は光に満ちていますが、この宇宙(銀河や星)は、『暗黒時代』の後に出現した最初の『ファースト・スター』から始まったことになります。

そして科学は、『ファースト・スター』の誕生、その後現在に至るまでの宇宙の変容プロセスを、解明しつつあります。勿論詳細は不明なことが多々ありますが、概要は矛盾のない説明が可能になっています。

『物質世界』を支配する『物理法則(形式的数学の世界)』だけで説明されますから、『神による天地創造』『神の意図』などという説明はここでは必要になりません。

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2013年9月26日 (木)

地中海が文明に果たした役割(8)

『西ローマ帝国』が崩壊した後も、『地中海』は、沿岸の覇権、略奪、宗教対立の『場』として、歴史の主要舞台であり続けました。『地中海』の中心にある『マルタ島』などは、支配には要(かなめ)の場所となりますので、常に抗争の対象になりました。『フェニキア』『アラブ(イスラム教徒)』『スペイン(キリスト教徒)』と次々に支配者が変わり、中世には『ヨハネ騎士団』が要塞にたてこもって、『オスマントルコ』の猛攻をしのいだことでも有名です。梅爺は『マルタ』は訪れたことがありませんが、多分現在の住民には、複雑な『混血』が繰り返された名残が見受けられるのではないでしょうか。

『東ローマ帝国』『オスマントルコ』『ナポレオン時代のフランス』などの時代を経て、近世になると『地中海』沿岸は、『南ヨーロッパ』『北アフリカ』『パレスチナ』などの『異なった文明圏』に分割され、むしろ、『地中海』は、交流の場というより、お互いの文明の独立性を守るための障壁の役割を果たすようになりました。

『地中海』沿岸が、一つの『世界』であった時代が終わったために、私たちは、現在『地中海』沿岸に、異なった文明圏がそれぞれ存在することを『当たり前のこと』として受け容れています。つまり『ヨーロッパ』と『アフリカ』は別世界であると考えてしまいます。しかし、歴史の展開がもし違っていたら、『ヨーロッパ連合(EU)』ではなく、『地中海連合』という経済統合圏ができていたかもしれません。地理的に見れば、スペインやイタリアと北アフリカは、目と鼻の先ですし、『イスラエル』と『エジプト』は地続きで隣り合わせです。幼いころの『キリスト』は、ヘロデ王の暴政(男の新生児は皆殺しにする)から逃れるために、7歳の頃まで、エジプトのアレキサンドリアで暮らしたと言われています。史実なのかどうかはさしおいても、当時はそのような交流が可能な『生活共有圏』であったことがわかります。

フランスの経済が好調であった時には、『北アフリカ』から多くの労働者がフランスへ渡り、フランスへ住み着いてしまいました。不況になってフランスはあわてて移民を規制しはじめ、『人種問題』が、フランスの政治不安の大きな火種になりつつあります。『地理的には近い』『政治や宗教的には遠い』という関係が、今では世界中にみられます。

『日本』と『朝鮮半島』の関係もその例にもれません。政治的垣根が無かったか、低かった時代には、『日本』と『朝鮮半島』は、共通の文化圏、生活圏であったはずです。歴史は、現代の視点というバイアスがかかってしまうと、正しく見えてきませんから注意を要します。

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2013年9月25日 (水)

地中海が文明に果たした役割(7)

『フェニキア』に代って、その後『地中海』全域を制したのは『西ローマ帝国』です。『西ローマ帝国』は、制圧した各地を『属州』とし、『総督』と軍隊を送り込んで、政治的に支配しました。『西ローマ帝国』が世界史で特筆されるのは、『属州』を支配するために採用した『ローマを中心とする政治システム』にあります。

各地に、建築技師を送り込んで、『ローマのような都市』を建設し、上下水道施設や闘技場、劇場も造りました。『パン(食べ物)とサーカス(娯楽)』を与えておけば、人はローマに恭順な姿勢を示すという政治方針が貫かれています。辺境の地に突然最先端で見たこともないような建造物が出現すれば、属州の人たちは『ローマ』の圧倒的な力を感じてひれ伏すことも計算されていたにちがいありません。現在『地中海沿岸』は勿論のこと、ヨーロッパの内陸部やイギリスにまで『ローマの遺跡』は残っています。

『ローマ』と『属州』を結ぶ陸路として、交易や軍隊移動のための立派な『街道』が敷設され、『全ての道はローマに通ず』と言われました。『地中海』の海路も制定してあったに違いありません。『ローマ』市民の『パン』は、北アフリカの肥沃な穀倉地帯から輸送された小麦で賄(まかな)われました。

『キリスト教』を理解しようとすれば、『キリスト』が生まれ、育ち、亡くなった時代は、『ユダヤ』はローマの『属州』であったことを考える必要があります。『ヘロデ王』は『ユダヤ属州の王』としての身分は、『ローマ帝国』から保証されていましたが、実質最高権力者はローマから派遣されていた『総督ポンテオ・ピラト』であったということです。『ローマ帝国』は、恭順を示す人たちは寛容に受け容れ、反撥する人間は徹底弾圧の対象にしました。

『キリスト』が、『ローマ総督ポンテオ・ピラトの裁きで死刑になった』ことが、背景の事情を物語っているように思います。『キリスト』は勿論『ローマ帝国』への直接的な反逆を企てたりはしていませんが、その『教え』は、虐げられているユダヤの人々の心の支えになり、反逆の火種にもなりかねないと、『ローマ帝国』が感じたが故に、『反逆者』としての重罪を言い渡したのではないでしょうか。『十字架の刑』は、『ローマ帝国』の刑法に従ったものです。『ローマ帝国』のいいなりになっていた当時の『ユダヤ教』の神官たちを『キリスト』が批判したことも、『死刑』の理由になっています。つまり『キリスト』は、『ローマ帝国』や腐敗した『ユダヤ教』神官にとっては、都合の悪い存在であったと言うことでしょう。

ユダヤ人の心の支えであった『ユダヤの神(ヤーヴェ)』より、ローマの『皇帝』を敬うように強いる『ローマ帝国』の支配や、それに反撥しない堕落した『ユダヤ教』の神官の姿勢は、ユダヤの人々には苦痛であり、『神』との契約に立ち戻って『神』に従うように説く『キリスト』は、ユダヤ人の『救世主』であったことになります。何故『キリスト』は、1世紀のユダヤに出現したのかは、この背景を考えないと理解できません。

『キリスト』の教えは、『ユダヤ人の悩み』だけではなく『人間一般の悩み』にも適用できることを見抜いて、『キリスト』を『ユダヤの救世主』から『世界の救世主』に格上げしたのは、『使徒パウロ』の功績であろうというのが、梅爺の見解です。勿論『キリストの死の意味』も、単なる反逆罪としての見せしめ処刑ではなく、『人々の罪を身代わりになって、死で償(つぐな)ってくださった』と変っていくことになります。『使徒パウロ』はユダヤ人からみると『ユダヤ教』を捻じ曲げた異端者ということになり、ユダヤ人の多くは今でも『キリスト教』を受け容れていません。『キリスト』のお膝元の『イスラエル』で、『キリスト教』が主流ではないという皮肉な状況になっています。

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2013年9月24日 (火)

地中海が文明に果たした役割(6)

前にパウロ・コエーリョの小説『The Fifth Mountain(五番目の山)』を読んで、感想をブログに書きました。人間には不条理に見えること(大災害など)と『神の意図』との関係をテーマにした内容でした。『神と死闘を繰り返した者だけが、神の祝福(心の安らぎ)を得ることができる』という論旨に感銘を受けました。『ただ神を信ずれば救われる』という一般に言われている信仰の姿とは異なりますが、この方が『神』と『心の安らぎ』の関係を鋭く指摘しているように感じたからです。

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2011/01/the-fifth-mount.html

この小説の主人公は、紀元前9世紀のユダヤの大予言者『エリア』で、舞台はユダヤに隣接していた『フェニキア』の交易都市アクバルです。このアクバルが『アッシリア』の大軍に攻められて壊滅状態になる様子も描かれています。

この小説を読んだ時、梅爺の『フェニキア』『アッシリア』に関する知識は希薄で、見知らぬ土地に迷い込んだような心細さを感じました。

『フェニキア人』は、紀元前15世紀ころ、『エジプト』と『バビロニア』の両大国に挟まれた地方(パレスチナ、現在のレバノン、シリアのあたり)に住んでいた人たちで、両大国の文明に触発され、『都市国家』を形成し始めたことを後に知りました。『フェニキアの都市国家』は、軍事国家の道を歩まず、交易で富を蓄え、経済力と巧みな外交とで、大国の圧力をうまくかわして繁栄を続けました。交易の主力は『レバノン杉』で、これが当時『大きな船』をつくるには必須の材料でした。『エジプト』で発掘される古代の船も『レバノン杉』を用いていたことが分かっています。『フェニキア』は自らも優れた『造船技術』を保有して、『地中海』全域を行動範囲として、各地に『フェニキアの植民地都市国家』をつくっていきます。現在のスペインや北アフリカにも、『フェニキアの植民地都市』の遺跡が残されています。北アフリカの『カルタゴ』(現在のチュニジア)も、『フェニキア』が造った都市でした。『フェニキア』は『広汎に点在する都市国家の連合体』ですので、『現在のレバノンに、昔あった国である』などと理解していると、全く世界史は見えてこないことになります。

『地中海』の一部である『エーゲ海』近辺で、文明の花を咲かせた『ギリシャ』の都市国家は、比較的狭い地域での活動で、『フェニキア』はそれよりもずっと古い時代に、既に『地中海』全域をわがもの顔に支配していたことになります。

『経済力』『技術力』『外交力』で、巧みに大国と渡り合って生き延びた『フェニキア』は、現代人にも魅力的で、教訓に富んでいますが、ついにマケドニアの『アレキサンダー大王』の攻撃に屈し、衰退していきます。しかし、『植民地都市カルタゴ』は生き残り、その後『ローマ帝国』と『地中海』の覇権を争うことになります。

『フェニキア(現在のレバノン)』『アッシリア(現在のイラン)』『バビロニア(現在のイラク)』などの中近東の人たちは、現生人類の『人種』という視点で観れば、近い関係にある人たちで、私たちが『アラブ人』とひとくくりにして呼んでいる人たちの祖先ではないかと推察できます。古代から『地中海』を媒介にして、人や文明の交流があったことを考えれば、『地中海』沿岸には、アラブ系の人たちの遺伝子が、混血で継承されているのは当然のことです。

スペインの一部、北アフリカの一部に色濃くその影響は残っています。現在『ユダヤ人』は、宗教上の対立で『アラブ人』を敵対視していますが、『ユダヤ人』の中にさえ、アラブの血は一部継承されているのではないでしょうか。

そもそもユダヤ教の聖典『トーラー(キリスト教の旧約聖書)』によれば、『アブラハムの正妻の子がユダヤ人に、側室の子がアラブ人になった』ということになっていますので、異母兄弟ということになります。『キリスト』は『ユダヤ人』として生まれたとすれば、聖画にあるような、ヨーロッパ系白人の容貌ではなかったのではないでしょうか。

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2013年9月23日 (月)

地中海が文明に果たした役割(5)

話は更に脱線しますが、現時点でも世界には、数千(一説には6500種)程度の『言語』が存在していると言われています。聖書の『太初(はじめ)に言葉あり』を引用するまでもなく、人類は、文明と言われるものを獲得する以前から『言語』を保有していたことは明白です。そして初期の『言語』は、限定された部族の間のコミュニケーションの手段であったことも間違いないでしょう。

それが、沢山の『言語』が今でも継承されている理由であることは、人類史を考える上で重要、かつ興味深いことです。しかし、それぞれが全く独立して新規に発生したわけではなく、何か基盤になる『言語』を利用して、変容し、多様化していったと考えるのも自然な考えかたでしょう。その考え方を推し進めれば、生物進化を枝から幹へたどるように、遡(さかのぼ)って最初の『言語』を特定できるのではないかと推定され、世界の言語学者も、この手法を使って体系化にチャレンジしていますが、必ずしも全貌が明らかになってはいません。『人類の移動』『言語の伝播』『文化・技術の伝播』には相関があるという一般論は間違いなさそうですが、それですべてがきれいに説明できない難しさがあります。

文明によって、コミュニティの規模が、『部族』から『都市』『国家』『帝国』と拡大するようになると、この『言語』の多様性が、反って障害になり、『統一標準言語』が採用されたり、『通訳』『翻訳』の労力が多大になりました。『言語』が先に存在していたために、『文明』が四苦八苦するというパターンで、これは、『ローマ帝国』や『ハプスブルグ帝国』の話だけではなく、現代でも続いています。日本は国際社会の一員になるべきだ、という正論の割には、日本人の多くは『外国語』の習得を苦手にしています。

紀元前12世紀ごろから『地中海』全域を行動範囲として、海洋貿易で繁栄した『フェニキア』は、各地で色々に異なっている『言語』の表記法を、一種類の『表音表記』で表現する画期的な方法を発明しました。これが『アルファベット』の原型となって今日まで利用されています。必要に迫られた発明ですが、『フェニキア』が人類史に残した最大の功績と言えます。

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2013年9月22日 (日)

地中海が文明に果たした役割(4)

私たち日本人は、『○○』という外国の国名を聞くと、昔からそこに『○○』という『国』が存在し、そこには『○○人』という人種が住んでいるものと勘違いしてしまいます。日本を基準に世界や世界史を考えてしまうからです。

ヨーロッパや中東の歴史を知ろうとすると、梅爺もこの『勘違い』に悩まされます。『ユダヤ人』『アラブ人』などと簡単に区分けしたくなりますが、元々『ユダヤ人』『アラブ人』とは、現生人類の中でどのように位置づけされる人種なのかは、必ずしも判然としていません。人類学的にみれば、今や『○○人』と言える純粋な人種はほとんど存在せず、誰もが『混血人種』の末裔であると言うことになります。『アメリカ』には人類学的に『アメリカ人』という人種はいません。『アメリカ人』は、人間が創り出した法というルールで便宜的に区分けされた人たちの総称です。あえて純粋に近い人種を探せばオーストラリアの『アボリジニ』くらいしか思いつきません。勿論、人類学的には純粋な『日本人』などは存在しません。私たちの遺伝子には、『東南アジア』『北方アジア』『朝鮮半島』から移り住んできた人たちの遺伝子が混ざり合って継承されています。

歴史を考える上で、もう一つややこしい話は、『言語』の問題です。梅爺が『ユダヤ語』が分からないので、正しく『ユダヤ教』『キリスト教』の理解ができないということもありますが、それよりも、『人種』と『言語』は必ずしも一致しないということが理解を混乱させます。『言語』は人種の『指紋』のようなもので、『言語』から人種の歴史をたどることもできる場合もありますが、人為的にある『言語』を採用する場合もありますので、絶対の決め手にはなりません。『アメリカ人』は『英語』を採用していますが、『英語』を辿っても、現代のアメリカ人の祖先は必ずしも特定できません。

『地中海』を舞台に、文明の花を咲かせていった『フェニキア』『ギリシャ』『ローマ』などの歴史は、『○○』と言う国家、『○○人』という人種、『○○語』という言語ではきれいに区分けできでないところが悩ましい話です。たとえば『フェニキア』は、連携した都市国家の集合体で、『ギリシャ』はそれぞれに独立した都市国家の集合体のように見えますし、『ローマ市民』は必ずしも『ローマ人』とは限らないというようなややこしい話になるからです。

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2013年9月21日 (土)

地中海が文明に果たした役割(3)

現生人類がアフリカ中部から脱出を開始したのは、8~10万年前と考えられています。勿論『冒険心』とか『未知の土地への憧れ』とかロマンチックな理由で脱出を開始したわけではなく、アフリカでの狩猟生活では『生きていけない』事情に遭遇したからに違いありません。氷河期の到来という『気候変動』で、アフリカの砂漠化が進行したというのが、その理由と考えられています。

地球の歴史で氷河期は、4万年から10万年の周期で繰り返してきました。最も近い氷河期は、約1万年まえに終わったと考えられていますので、現生人類は、少なくとも1度の氷河期を生き抜いたことになります。

私たちは現在、快適さを求めて自然を破壊し、炭酸ガスを出し過ぎて『地球温暖化』を自ら招こうとしているとして、大騒ぎをしていますが、一方では次の氷河期がいつ始まってもおかしくない状況にもあります。氷河期になれば、ヨーロッパの北半分は氷に覆われますので、地球はとても70億人の人口を養える環境ではなくなります。厳密には、氷河期の間にも、『氷期』と『間氷期』の繰り返しがあり、環境は微妙に変化します。

現生人類の先祖がアフリカに出現した時には、地球の地理形状は、現在とほぼ同じであったと考えられています。言うまでもないことですが、地球の地理形状は、初めから今のようなものであったわけではありません。数億年単位で眺めれば、大陸は、バラバラになったり、一つにまとまったりと、ダイナミックな変貌を繰り返してきました。3億年前は、『バンゲア大陸』という一つの大陸であったと考えられています。現在地球上に点在している各大陸は、ジグゾーパズルのピースのような形をしていますので、昔は一つの大陸であったという説明は説得力があります。現在を考えると驚くべきことですが、ヨーロッパにあたる部分は、時には赤道付近の熱帯であったり、時には海から遠い砂漠であったりしました。各大陸は今でも毎年1~1.5センチメートルの速度で移動しています。数億年後には、『地中海』はなくなり、アフリカ大陸とユーラシア大陸は、再び結合すると予測されています。

結合するといっても、穏やかな話ではなく、衝突部分はせり上がって大山脈になるようなエネルギーを秘めています。ヒマラヤ山脈、スペインのシェラネバダ山脈など、全て過去の大陸同士の衝突で出来上がったものです。

『それは大変だ、どうしよう』とあわてる必要はありません。『たった17万年』の歴史しかない現生人類が、数億年先のことを思い煩う必要はないからです。『太陽』は将来確実に燃え尽きますが、それは40~50億年先の話ですから、これも今あわてる必要がないのと同じことです。

氷河期には、海面の水位が下がり、現在『島』であるところは、大陸と陸続きであったり、海峡もせまくなったりしますので、現生人類がアフリカを脱出し、世界の各地へ拡散していく時には、有利な条件であったと考えられます。丸太舟や、筏(いかだ)程度は考案できていたとしても、『遠洋航海』は無理であったであろう私たちの先祖は、原則『陸伝い』で、移動していったに違いないからです。

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2013年9月20日 (金)

地中海が文明に果たした役割(2)

現在の地球を支配する『現生人類(ホモ・サピエンス)』の先祖は、17万年前のアフリカ中部サバンナ地帯に出現したと言うのが、考古学、人類学の『定説』です。梅爺は、どうしても『たった17万年前』と言いたくなります。宇宙の歴史(138億年)、地球の歴史(46億年)、地球上の生物の歴史(40億年?)と比較して、17万年は、相対的に『一瞬』と言ってもいいほどの短い時間です。しかも、現生人類が『文明』らしきものを獲得してからは5千年しか経っておらず、科学がもたらした『近代文明』にいたっては、2百年しか経っていません。現生人類の『精神文化』に深く関与する宗教(仏教、キリスト教、イスラム教)の歴史も、高々3千年の歴史に過ぎません。16万年以上の永きにわたって、現生人類は『釈迦』も『キリスト』も『ムハンマド』も知らずに生きていたことになります。『天地創造』の直後から、人間は『神』を崇めて生きてきたという話は、かなり無理があります。

話が逸れて恐縮ですが、『文明』のあるレベルに達して『宗教』が生まれるという相関関係があるように梅爺は思います。7世紀の『イスラム教』以降、人類全般に大きな影響を与える『新しい宗教』は登場しなくなりました。勿論、仏教やキリスト教が、教義の解釈の違いを理由に枝分かれして新しい宗派は誕生していますが、『別の宗教』とまでは呼べません。いかがわしい教祖が、いかがわしい新興宗教を興こそうとする試みはありますが、21世紀の『理性』や『倫理観』をもった人たちに大きな影響を与えるものには成りえません。現代の『文明』下では、もはや新しい『宗教』は生まれないのではないでしょうか。

17万年まえにアフリカ中部に出現した現生人類が、その後どのような経路をたどって、いつごろ地球上の各地へ移動していったのかは、必ずしも全て詳細には分かっていませんが、『地中海』に関して言えば、アフリカから紅海を渡ってアラビア半島へ進出した人類が、最初に到達したのは、パレスチナ沿岸であったのではないでしょうか。その後、現在のトルコ、ギリシャなどを経て、西のヨーロッパへ、現在のエジプトなどを経て、北アフリカへと移動していったものと思われます。サハラ砂漠があったために、アフリカ中部から、直接陸路で北アフリカの『地中海』沿岸へは、出ることができなかったことになります。現在でも、中部アフリカと、北アフリカでは、人の容貌や文化が異なっているのは、この最初の人類の移動経路が関係しているものと思います。

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2013年9月19日 (木)

地中海が文明に果たした役割(1)

私たちは、地図を観ながら歴史を学ぼうとする時に、つい『陸地』『大陸』を中心に考えてしまいますが、時には『海』を中心に考えた方が、全貌を把握しやすくなる場合もあるように思います。

『地中海』がその典型的な例です。『ユーラシア大陸とアフリカ大陸に挟まれて地中海がある』ととらえるか、『地中海の沿岸をユーラシア大陸とアフリカ大陸の一部が構成している』ととらえるかのちがいですが、人類が船に依る海洋航海術を身に付けた後は、『地中海』は自然が与えてくれた格好の『交通路』となり、『移住』『戦争』『交易』がこの『交通路』を介して行われましたので、『地中海』を中心に考えた方が、総合理解は格段に容易になります。

私たちは『ヨーロッパ』『アフリカ』と聞くと、それぞれ、文明、気候が異なった地域を想像しがちですが、『地中海』を中心に考えれば、それを構成する『ヨーロッパの沿岸』『アフリカの沿岸』は、親戚同士のようなもので、共通するものが沢山見えてきます。現に、紀元前2000年から紀元1000年位の3000年間に、『地中海』が人類の文明の発展に果たした役割は多大でした。この時代は、『地中海とその沿岸地帯』が文明の中心地のひとつであり、その時代の人たちにとっては『ヨーロッパ』であるか『アフリカ』であるかはあまり大きな意味を持たなかったはずです。『ヨーロッパ』とか『アフリカ』という区分けは、後の人間がつくり出したものです。

『地中海』を制した『西ローマ帝国』は、沿岸に『ローマ風都市』をどんどん建設していきましたので、北アフリカの『地中海沿岸部』には、沢山のローマ時代の遺跡が残っています。初期の『西ローマ帝国』を脅かした『カルタゴ』は、元はと言えば、現在の中東レバノンを中心に栄えた、海洋交易国家『フェニキア』の植民地都市として、北アフリカ沿岸(現在のチュニジア)に建設されたものです。

『ギリシャ人』『フェニキア人』『ローマ人』などが、次々に『地中海』沿岸に進出し、自分たちの居住区や都市を建設していったわけですから、その土地は北アフリカといえども、『ヨーロッパ系人種』『アラブ系人種』が入り混じっていました。勿論土着の『アフリカ系人種』も入り混じった『混血人種』が形成されていくことになります。

2世紀後半から3世紀の初めにローマ皇帝であった『セプテミィウス・セウェルス』は、アフリカ属州(ローマ帝国の支配区分)の出身者です。母親がローマ人であったと言われていますので、今に残る『彫像』からは『白人系』に見えますが、『黒人種』の血も混ざっていたものと推察されます。

『地中海』はその名が示すように、極めて特徴的な地理形状をしめしています。西の端(はじ)の『ジブラルタル海峡』で、『大西洋』と接していますが、東は中東のパレスチナ沿岸にまで達しています。同じく北東部では『ダーダネルス海峡』を介して『マルマラ海』に通じ、更に『マルマラ海』は『ボスポラス海峡』を通じて『黒海』へ通じています。南東部は、人工的に造られた『スエズ運河』を介して『紅海』ともつながっています。

『紅海』は別としても、『地中海』『マルマラ海』『黒海』を一つと観れば、横に細長い大きな袋の形状で、袋の口は、西端の『ジブラルタル海峡』ということになります。梅爺もスペイン旅行をした時に、スペインの南端から海峡越しに『アフリカ大陸』を望むことができました。スペインからアフリカは、ほんの目と鼻の先で、海峡幅は狭い所では14Kmしかありません。スペインが、北西アフリカのイスラム系『ムーア人』の侵略の対象になったのは、当然のことと納得できます。この侵略がなければ『アルハンブラ宮殿』は存在しなかったことになります。

『地中海』は場所によって『エーゲ海』『アドリア海』などと別の名前で呼ばれますので、地理に疎い梅爺は混乱してしまいますが、このブログでは、一括して『地中海』として話を進めます。

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2013年9月18日 (水)

Young men see visions; old men dream dreams.

英語の諺『Young men see visions; old men dream dreams.』の話です。

少し意訳をすれば、『若者は明るい未来を思い描き、老人は過去の栄光を回顧する』と言っているのではないでしょうか。

若者は、自分の人生の長さは有限であるとは知っていても、まだまだ自分には多くの未来が残されていると考え、将来は『こうありたい』と沢山のことを思い描きます。これこそが若者の特権です。

一方、老人は『自分の人生の終焉』が間近に感じますので、将来にはむしろ不安を抱き、その分『良かった過去』を思い出して、『安堵』のバランスをとろうとします。

一人の人間で、このように『若者時代』と『老人時代』では、『精神世界』が変容することを理解すべきではないでしょうか。梅爺は65歳ごろから『梅爺閑話』をかき始めましたが、もし20歳ごろにブログを書いていたとすれば、全くことなった論調、感性の内容になっていたに違いありません。人生の体験、習得した知識、価値観の優先度の変容などの集大成が『梅爺閑話』に反映しているはずです。今読みたい本、今聴きたい音楽は、20歳のころの梅爺のそれとは大きく異なっています。梅爺の中で、頑固に変らない部分もありますが、多くは別人のように変っていると自分でも感じます。

『Vision』は『将来についてこうありたいと願うこと』で、『あるべき姿』などと訳されます。将来の姿は、まだ実際に存在していませんから『抽象概念』で、これを『願い(情)』と『推論(理)』で創出できる高い能力を人間は保有しています。そしてその『Vision』を実現するために、具体的な努力をする意欲を持ちます。これも人間の素晴らしい資質です。

老人は、『Vision』と『努力』の多くが挫折したことを体験していますが、それでも『頑張っていた』ときの『生きる充実感』は知っています。つまり、『向上しようとするプロセスや意欲』に意味があると感じるようになります。

若者は、プロセスより結果を重視しますから、結果に一喜一憂する習性が強いことになります。老人は若者に、訳知り顔で『人生は思い通りにはいかないものだ』などと説教するのは避けるべきです。『思い通りにいかない』ことを若者が自分で体験し、そのことを自分の中でどう処理するかを悩み、『精神世界』を成熟させていくことこそがその若者の『人生』であるからです。

『Vision』やその実現意欲を持たない若者は、既に老人であり、挫折を覚悟の上で向上しようとする老人は、まだ若者であるとも言えます。『生きる』ことと『意欲』は無縁でないことが分かります。このことは年齢とは関係がありません。

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2013年9月17日 (火)

宇宙の終わり(6)

梅爺は今まで『ダーク・マター』について何度かブログに書いてきました。

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/dark-matter-1f7.html

今回の番組の村山先生の解説のお陰で、『ダーク・マター』と『ダーク・エネルギー』が、『引き寄せる力』と『引き離そうとする力』として『宇宙』変容の鍵を握る対立概念であることを初めて理解しました。『眼から鱗が落ちる』とはこのことです。

『ダーク・マター』『ダーク・エネルギー』の正体は解明できていませんし、何故『ダーク・マター』に対する『ダーク・エネルギー』の構成比率が『増えつつある』のかの理由も分かっていません。しかし、『ダーク・エネルギー』が相対的に増えているために『宇宙が膨張を続けている』らしいことは理解できます。

今後『ダーク・エネルギー』の増え方が減速し、『宇宙』の膨張も減速しやがて、変容が停まれば、『宇宙』全体が、絶対零度になって、全てが凍りつく『Big Freeze』という『宇宙の終わり』が到来するということになります。

逆に『ダーク・エネルギー』が加速度的に増えれば、その巨大な『引き離す力』によって、『宇宙』の全てのものが、引き裂かれ、分解し、素粒子状態へ戻って『Big Rip』という『宇宙の終わり』が到来することになります。

『動的平衡』で変容を続けている『宇宙』が、やがて『完全平衡』状態になり、全ての変容が停止するという論理を梅爺は、理解できたとは言えません(『完全平衡』状態は無いのではないかと疑っている)が、『そういうものか』と今のところ『信ずる』しかありません。

いずれにしても、『ダーク・マター』『ダーク・エネルギー』の正体、増減のカラクリ等が判明しないと、『宇宙の終わり』は正確に予測はできませんから、世界中の科学者がこの『謎』に挑んでいます。

日本もハワイにある国立天文台『スバル』に、最新の宇宙観測機器、『超広視野カメラ(2012年運用開始)』『超広視野分光器(2018年運用開始予定)』を設置して、『銀河系までの距離』『銀河系の移動速度』を正確に測定し、『宇宙の変容』を特定しようとしています。これにより、アメリカの『ハッブル望遠鏡』では2年かかるデータ採取が、たった1日でできることになるのだそうです。この壮大なプロジェクトは『SuMiRe(Subaru Measurement of Images and Red shifts)』と呼ばれています。『Red Shifts』は、『銀河系の移動速度』を、赤色光線の度合いで観測することを指しています。

この他に、岐阜県神岡の地下にある東大の研究室では、『ダーク・マター』を直接観測する(キセノンとダーク・マター粒子の衝突を観測)努力が続けられています。

『物質世界』の、未知の『摂理』を解き明かすことに、日本が大きく貢献できれば誇らしいことです。

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2013年9月16日 (月)

宇宙の終わり(5)

『精神世界』の根底にある原動力は、『安泰(安堵)を求める本能』ではないかと梅爺は推測しています。生物として生き残るために最も重要な資質として、継承されてきたと考えると得心がいきます。

『知らない』ことは『不安』の要素になりますから、『知りたい』という『好奇心』が、『安泰を求める本能』から派生します。ところが、あることを『知る』と、それに関連して更に多くのことに疑問を抱くようになり、『知れば知るほど、知らないことが増える』という、パラドックスに陥ります。『考えてもよくわからない』時には、『信ずる』という行為で『知る』ことを代行させ、とにかく『安堵』しようとします。そして、梅爺も時に『信じた』ことを『知った』ことと勘違いして、おかしな発言をしてしまったりします。

『科学』の領域では『信ずる』ことは意味を持ちません。『信ずる』は『理』で説明したことにならないからです。『宇宙』に関しては、ここ100年位の間に、多くのことが分かってきましたが、その分『謎』も増えていることになります。

『謎』は解明されていませんが、『謎』の本質を説明することは可能です。この番組で、村山先生は、その本質を見事に解説してくださいました。

『宇宙は、「収縮しようとする力(引き合う力)」と「膨張しようとする力(反撥する力)」のせめぎ合いで、変容を続けている』という説明になります。

私たちが『物理学』で既に会得(えとく)している、『引き合う力(重力など)』と『反撥する力』の知識だけでは、『宇宙』のしくみは説明することができず、『宇宙』には、正体の分からない巨大な『引き合う力(ダーク・マター)』と『反撥する力(ダーク・エネルギー)』が存在すると科学者は推定するようになりました。

更に驚くべきことに、私たちが認識している現時点の『宇宙』を構成する物質の総量は5%程度に過ぎず、『ダーク・マター』が27%、『ダーク・エネルギー』が68%を占めていると考えないと『理』にかなった説明ができないらしいのです。言い換えれば正体不明のもので『宇宙』は変容しているわけですから、『宇宙のことは、ほとんど分かっていない』とも言えます。

更に不思議なことに、『宇宙』が誕生した直後では、『ダーク・マター』の構成比率は64%で、『ダーク・エネルギー』はほとんど存在していなかったことが科学的に分かってきました。

『ダーク・マター』があって、銀河系の星々ができたと推測され、その後増えた『ダーク・エネルギー』で『宇宙』全体は『膨張している』と推測されますが、何故『ダーク・マター』の構成比率が減り、『ダーク・エネルギー』の構成比率が増えたのかは、正体やしくみが分からない以上説明ができません。

しかし、科学者達は、現在の私たちが知らない、全く新しい『摂理』や『しくみ』をやがて見いだすのではないでしょうか。

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2013年9月15日 (日)

宇宙の終わり(4)

『物質世界』の全貌を、一言で表現すれば『宇宙』ということになります。私たち個人は、『生命』という、これも『物質世界』を支配する『摂理』を利用したカラクリを付与された『生物』として、『宇宙』の中に誕生し、『生命』のカラクリが機能しなくなった時に、『生物』としての死を迎えます。

『死で全てが無に帰す』という表現は、生きている時に存在していた『精神世界』が消滅するという意味ではそのとおりですが、『物質世界』の視点で観れば、『宇宙』に存在する素材物質を利用して肉体が構成され、死とともに『生命』のない単なる素材物質に戻るということですから、『土から生まれ、土に帰る』という表現の方が当を得ています。

『なんと、あなたは味気ない考えの持ち主なのだ』と不興を買いそうですが、梅爺の拙い理性ではそのような結論に達します。『味気ない』という考えは『精神世界』が創り出すもので、『そうであってほしくない(自分にとって都合が悪い)』という『本能』が根底にあるからではないでしょうか。

この『本能』は、誰にでもあるものですから、人間は『あなたは、観方によってはモノです』などと言われると、『何となく嫌だ(味気ない、不都合だ)』と感じ、その情感を打ち消すために『精神世界』を駆使して、『不滅の霊』『死後の世界』『天国』などという抽象概念を考え出し、それを『信ずる』ことで『安堵(心の安らぎ)』を得ようとしてきたのではないかと梅爺は考えています。

『物質世界』が私たちに突きつける『味気ない事実』を私たちが、直視して受け容れることは、私たちの存在の意味を矮小化(わいしょうか)することではありません。むしろ、『宇宙』の中で、『生命』を保持している期間が、如何に貴重なものであるかを思い知ります。私たちは、自分の意志で『生命』を得たり、終わらせたりしてはいない(自殺は別として)わけですから、『生命』を付与してくれた『摂理』に感謝し、命ある限り精いっぱい『生きる』ことが重要なのだと思い知ります。

そう考えれば、『いかに生きるべきか』を考えさせてくれる『宗教』『哲学』『道徳』の意味が見えてきます。これらは、『生命』とともに付与される『精神世界』で意味を持ちます。『物質世界』は人間が創り出したものではありませんが、『精神世界』は人間の創造世界であるという違いを、そろそろ人類は受け容れるべき時期に来ているのではないでしょうか。

『宇宙の終わり』の話が、脱線してしまいましたが、『宇宙の終わり』は、『物質世界』の事象ですから、私たちの死と同様に『そうあって欲しくない』といくら『願って』も必ず到来します。しかし、『宇宙の終わり』は、少なくとも数百億年以上先の話ですから、幸いにして私たちが今うろたえることはありません。

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2013年9月14日 (土)

宇宙の終わり(3)

梅爺が何となく『宇宙の終わり』は、『ビッグ・クランチ』ではないかと想像していた一つの理由は、銀河系の中心に『ブラック・ホール』という全てを飲み込む天体が存在するという知識をもっていたからです。

やがては銀河系全体が『ブラック・ホール』へ吸い込まれることになるのではないかと勝手に想像していたことになります。しかし、宇宙の観測結果は、銀河系全体としては『膨張を続けている』という、不思議な事実を私たちへ突きつけてきます。『ブラック・ホール』は部分的な現象で、これは全体へは及ばないということであるように見えます。

つまり、銀河系の中心部分では『収縮させる力』が部分的に勝っているけれども、銀河系全体としては『膨張させる力』が勝っていると考えざるをえないことになります。

質量を持つ物体間に『重力』が働くことは、私たちは知っていますが、それだけでは『ビッグ・バン』の後に、『宇宙』に銀河系が作られたプロセスは説明できません。『ビッグ・バン』の後に、『宇宙』には、かなり多量な『収縮させる力』の元が存在していたと推測せざるを得ません。科学者はこの『収縮させる力』の正体を解明できていませんが、『ダーク・マター(暗黒物質)』と名付けています。

『ダーク・マター』で、『宇宙』に散らばっていたガスや塵が引き寄せられ、銀河系や星々が形成されたことになりますが、それは『宇宙』で部分的に起きたことで、『宇宙』全体や、銀河系さえも、その後膨張を続けていますから、『ダーク・マター』とは逆の『膨張させる力』の元がなくてはならないという推測になります。科学者はこの『膨張させる力』の元の正体も解明できていませんが、『ダーク・エネルギー(暗黒エネルギー)』と名付けています。

『ダーク・マター』『ダーク・エネルギー』の存在に人間が気付かなかったのは、文字通り『ダーク(暗黒)』で、目に見えないものであったからです。観測結果や物理法則を総動員して推論すると、そういうものが存在しないと『理』に適わないという結論に達したことになります。捜査結果から、犯人像を特定するような話です。

『宇宙』の人間の眼に見える範囲については、素粒子から全てのものが形成させていることなど、かなりのことが分かってきて、『もう少しで全てが解明できる』と多くの人たちが期待していましたが、実は正体不明の『ダーク・マター』『ダーク・エネルギー』という、『宇宙』にとって肝心要(かんじんかなめ)なカラクリの謎にぶち当たってしまったことになります。

しかし、この『謎』も、村山先生のような頭の良い科学者たちは、やがて解明するのではないでしょうか。その内容は、従来の常識を覆す『あっというもの』かもしれませんが、『理』にかなったもので『摂理』がまた一つ明らかになるであろうと梅爺は想像しています。

『ダーク・マター』『ダーク・エネルギー』を解明することに、各国の科学者が挑戦していますが、日本でも、最高の頭脳と、最新の科学技術がこれに投入されています。日本からまたノーベル賞科学者が誕生するかもしれません。

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2013年9月13日 (金)

宇宙の終わり(2)

この番組が問題とする『宇宙の終わり』は、『宗教』が教える『アルマゲドン』『最後の審判』『末世』『弥勒菩薩の再来(56億7千万年後)』のことではなく、文字通り『物質世界』の全ての活動が、『変容』しない、つまり停止状態になることを意味しています。

少々くどくなって恐縮ですが、『宗教』の『アルマゲドン』『最後の審判』『末世』『弥勒菩薩の再来』などは、人間の『精神世界』が作りだした概念で、『そういうものであるから信じなさい』と言われてしまうと、それ以上の『理』による追求は困難になります。一方信じない人には、意味のない概念ですから、地球上から人類が姿を消せば、『精神世界』もろとも、これらの概念も全て消え失せるのではないかと、梅爺は推測しています。『精神世界』は『人間』と不離不即(ふりふそく)の関係であるからです。

この番組が問題にしている『宇宙の終わり』は、人類が存在しようがしまいが、起こる事象です。『物質世界』の話と『精神世界』の話との本質的な違いが御理解いただけたでしょうか。

これまた念のために申し上げれば、梅爺は『精神世界』を誹謗するつもりはありません。特に『情』が、人間が『生きる』上で極めて重要な意味を持つと考えています。ただ今回に限っては、純粋な『理』だけが通用する『物質世界』の話で、『情』がらみの理解は意味がないと申し上げたいだけです。『宇宙の終わりなど信じない』『そのようなことは起きて欲しくない』というような対応は、よくある『情』がらみの発想ですが、今回は無意味です。

村山先生は、先ず『宇宙の終わり』に関する代表的な三つの『仮説』を提示されました。

『ビッグ・クランチ(Big Crunch:つぶれる)』
『ビッグ・フリーズ(Big Freeze:凍りつく)』
『ビッグ・リップ(Big Rip:破裂する)』

現在の『宇宙』は膨張を続けていることが分かっていますが、やがて膨張の速度が弱まり、ある時点で今度は一転して、『宇宙』は収縮を開始するのではないかという推測が『ビッグ・クランチ』です。最後は、極小の一点にまでなり、『ビッグ・バン』が起こる前へ逆戻りするという想定になります。更に推測すれば、『宇宙』は、今までに『ビッグ・バン』と『ビッグ・クランチ』を何度も繰り返してきたのではないかということにもなり、『始めも終わりもない繰り返しの世界』というもっともらしい説明にもなります。

梅爺は、今まで根拠もなく、『ビッグ・クランチ』説が正しいのではないかと考えていましたが、村山先生の説明で、三つの『仮説』の中で、『ビッグ・クランチ』が最も起こり難い事象で、むしろ候補から外してもよいものであることを知りました。

あの偉大なアインシュタインも、最初は『宇宙が膨張したり収縮することはない』という前提で『宇宙方程式』の表現を修正しました。最初の方程式の表現では『収縮する』可能性があったためです。その後アメリカの天文学者『ハッブル』が、観測で『宇宙が膨張し続けている』ことを確認しました。アインシュタインは『方程式の表現を修正したのが、人生最大の誤りであった』と述べています。『物質世界』では、『真偽の判定』が客観的に可能で、過ちを認めることに大きな意味があります。

最新の観測で、『宇宙』は、単に膨張しているというよりは、加速度を持って膨張していることが分かってきました。これが今後も続くと仮定すれば、『宇宙の終わり』は、『ビッグ・フリーズ』か『ビッグ・リップ』のいずれかであるという論理帰結になります。

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2013年9月12日 (木)

宇宙の終わり(1)

NHKBSプレミアムチャンネルで放映されている科学番組『コズミック・フロント』は、ありがたいことに梅爺のような人間でも、『宇宙科学』の最先端知識の一端に触れることができますから、欠かさず録画して観ています。

『宇宙』は云うまでもなく『物質世界』そのものですから、『宇宙』を解明することは、『物質世界』の『摂理』と、『摂理』が引き起こす変容を論理的に理解することで、基本的にこれらの行為の背景には『情』は関与しません。

勿論、『科学』といえども、人間の『好奇心』という『情』が出発点になっていますが、解明行為は『理』一辺倒で、この番組では『愛』や『罪』は語られませんし、当然のこととして『神』も登場しません。これほど『情』と無関係な世界は、日常生活の中にはあまりありませんから、この番組を観ている間は、何となく『別世界をさまよっている感じ』を受けます。『小説を読んでいる』『音楽を聴いている』時とは、『脳の働き』は明らかに異なっています。しかも『情』が絡まないということは、その他の『科学』と同様に、『真偽を明確にする』ことが可能という前提ですから、何でも白黒をつけたいという人にとっては、心地よい番組かもしれません。

今回は、東京大学数物連携宇宙研究機構長の『村山斉(むらやまひとし)』先生が、番組の進行を担当し、『宇宙の終わり』について、実に分かり易く説明してくださいました。村山先生は、元々は『素粒子理論』が御専門ですが、現在は『宇宙の謎』に挑む、日本が世界に誇る新進気鋭の学者の一人です。かつてアメリカの名門校、カリフォルニア大学バークレー校の教授でもありましたので、海外プレスによって『「日本」を発信できる日本人』の一人に選ばれています。

村山先生が普段挑戦している世界は、『形式的(論理的)な数学』を駆使するものですから、その詳細は梅爺の知識のレベルでは即座に理解できるものではありません。しかし、この番組では、『視聴者の理解レベル』を配慮して、村山先生は、数式などを乱用せず、『本質』を解説してくださいました。非常に頭が良い方に、『本質』を分かり易く説明していただくと、梅爺のような凡人でも『少しわかった』ような気になり、対象に限りない『興味』を抱くことになります。これが『良い先生』『良い教育』のお手本ではないでしょうか。

逆に『悪い先生』『悪い教育』に運悪く遭遇すると、私たちは、『自分には理解できない』とあきらめ、『興味』を失うばかりか、『勉強嫌い』にもなってしまいます。

仮に『ビッグ・バン』が『宇宙の始まり』なら、『宇宙の終わり』はどのように考えられるのかといった、単純な問題提起(論理思考)は、梅爺でもできますが、世界の最先端の宇宙学者が、この問題に真剣に取り組んでいて、いくつかの『仮説』を巡って議論がなされていることを知りました。

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2013年9月11日 (水)

陶芸家『河井寛次郎』(4)

『河井寛次郎』の陶芸作品は、個性に富んでいますが、文章の表現も個性的です。何事も、既成概念や常識にとらわれずに表現することが『生きる喜び』であったのでしょう。

『私は型でしゃべる』『この世は自分を見に来たところ』などという表現は、『精神世界』の真髄を示唆する洞察に富んでいます。『しゃべる』は比喩で、『コミュニケートする』ことですから、『造形は、他人と純粋に情感を共有するために自分に与えられた手段』と認めながら、『名声』は『純粋な情感の共有』ではないとして斥(しりぞ)けています。『この世』は、『生が与えられている貴重な期間』という意味で、『見に来た』は『探しに来た』ということですから、『生きる』ことは、自分の中に秘められている可能性を発掘し続けることだということになります。『自分の中の仏心を追い求めよ』という仏教の教えとも通じます。

『河井寛次郎』は、若いころは『釉(うわぐすり)』の研究に没頭し、中国の『唐三彩』の再現にも成功しています。しかし、『柳宗悦』から『所詮模倣』と冷たい評価を受けます。やがて、多くの芸術家がそうであるように『模倣』には満足せずに、『自分だけの表現の世界』を求めて、作風が変わっていきます。

『あらゆる人間は仏心を持っている』と同様に、『あらゆるものに美が秘められている』と考え、その『美』を探り当てようとします。『あらゆるもの』には、『物質世界』に自然に存在するもの以外に、人工的な工業製品も含まれますから、自動車のフロントのデザインに『人の顔』を見出して喜んだりしています。既成概念でものを見ない、『子供のような心』を持ち続けていたのでしょう。

そして、人間が創り出す最も尊い『美』は、実用品にさりげなく込められている『美』であるという考え方に向かいます。『河井寛次郎』はこれを『実用の用』と呼びます。実用性のない芸術品に込められた『美』よりも実用品の『美』を高く評価しています。主役の『美』ではなく、脇役の『美』を尊重したのでしょう。生涯手元に置いて愛でていたものは、『火鉢』などの民芸的な実用品です。

職人が無意識に追い求める『美』は、芸術家が意図的に追いかける『美』よりも『純粋』であるという考え方に、梅爺はなんとなく共感を覚えます。

人は、自分が創り出すものに、無意識に『美』を付加しようとします。結果として『名声』を得ることもありますが、そもそもの動機は、『安泰』につながる要因として『美』を希求する本能が作用しているのではないかと、梅爺は推察しています。

陶芸家『河井寛次郎』の作品や言動は、人間の『精神世界とは何か』について、多くの示唆を提供していると感じました。

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2013年9月10日 (火)

陶芸家『河井寛次郎』(3)

『美意識』は、本来『精神世界』の『情』が関与して『不随意』に喚起されるものです。『日の出』『日の入り』を観て、理屈抜きに『美しい』と感ずるだけです。つまり、『理(理屈)』はあまり関与していません。

しかし、私たちは、ある種の『価値観』を知識で取得すると、その『価値観』で事象を判断しようとします。『フェルメール』のことを知れば、『フェルメールの絵は美しい』と感じ、『何年物のボルドーは上出来』と知れば、それを飲んで『美味しい』と感じます。この場合は『理』が『情』を誘導していることになります。

『情』だけで感じ取った『美』が、純粋な『美』であり、『理』に誘導された『美』は本当の『美』とは言えないのかもしれません。皮肉なことに、知識人ほど、『理』に誘導された、まやかしの『美』を純粋な『美』と勘違いしているのかもしれません。『フェルメールの絵』や『ワグナーのオペラ』は、もてはやしますが、無名の芸術家の無名の作品は、一顧(いっこ)だにしないということになりかねません。

『河井寛次郎』は、『知識』や『常識』を排除して、自分の『情』だけを頼りに『美』を追求しようとしたように見えます。ギリギリ自分の『美』を追求すれば、ギリギリの他人の『美(意識)』も喚起することができると、考えていたようですが、結果としての『名声』を得ることには無関心で、むしろ『名声』を得ようとする心が『美』の創作を阻害するとも考えていたのかもしれません。

『芸術』は、創作者と鑑賞者が、情感(心の安らぎ、感動など)を共有することで『絆』を感ずる行為ですから、鑑賞者の賞賛を勝ち取ることは、必ずしも邪道とは思えませんが、『河井寛次郎』は、自分の『美』を創出することを優先したのでしょう。

『河井寛次郎』が『名声』を排除しようとしたのは、『美』は自分だけでは必ずしも生みだせないと考えていたためではないでしょうか。彼独特の表現を用いれば、『美を追いかける世界と、美が追いかける世界がある』ということになります。『河井寛次郎』は、若いころから『釉(うわぐすり)』の研究に没頭し、『釉の河井』と言われるほどの科学的知識を保有していました。特に『辰砂(しんしゃ)』を用いた深い赤の発色では他の追随をゆるさない技量をもっていました。しかし、どれだけ科学知識を駆使しても、作品の出来は、『窯』の状況に左右されます。このことから自分の努力(追いかける世界)と、自然の力(追いかけてくる世界)が相俟(あいま)って、初めて『美』は生まれると考えていたのでしょう。日本画における、にじみで濃淡を表現する手法なども、画家の能力と自然の力の結合ですから同じことが言えます。

梅爺が興味を持つのは、この『美が追いかける世界』は、『物質世界』の『摂理』が関与していることです。つまり『美』は『精神世界』の価値ですが、その創造には『物質世界』の『摂理』の影響を無視できないということになります。比較的『摂理』の影響を受けないのは『文学』で、その他の『絵画』『彫刻』『陶芸』『音楽』などは、『摂理』を利用しないと成り立たないことがわかります。絵具の発色、楽器が音を出すしくみなどは、全て『摂理』の応用です。

『美』は自分の能力だけで創出できるものではないという、『河井寛次郎』の謙虚な姿勢が、『人間国宝』『文化勲章』の指名や授与を固辞させたのでしょう。死に物狂いで『名声』を追いかけようとする人が多い世の中で、清々しい話です。

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2013年9月 9日 (月)

陶芸家『河井寛次郎』(2)

『河井寛次郎』の作品、言動を観ていると、『美意識とは何か』『人は何故美を創作で表現しようとするのか』そしてついには『人間にとって芸術とは何か』という疑問が生じます。 

明らかに、これらの疑問は人間の『精神世界』の活動と関与していて、その『精神世界』は、『物質世界』の『摂理』に従って機能している『脳』が生みだしていますから、これらを総合的に俯瞰しないと、本当の説明はできないのではないでしょうか。『精神世界』の事象を『精神世界』の中だけで論ずることには限界があり、下手をすると堂々巡りになるか、『そういうことになっている』『ならぬことはなりません』というような紋切り型の押しつけになります。 

何回もブログに書いてきたことですが、梅爺の基本的な『仮説』は、以下に集約できます。 

(1)『精神世界』は、『脳』の進化で形成された。
(2)『精神世界』の基本行動原理は『安泰を希求する本能』である。この本能は『生物』が生き残りを優先するために獲得してきた習性で、人間以外の多くの生物が共有している。
(3)『精神世界』の活動は、『情』と『理』の要素の組み合わせで行われる。生物進化の過程では『情』が先行し、後に『理』が加わった。また『精神世界』の活動には『随意』なものと『不随意』なものがある。睡眠中の『夢』は、『不随意』な活動の一つである。
(4)『精神世界』は、『精神世界』の中だけで通用する多くの『抽象概念』を生みだし、この『抽象概念』やそれに伴う『価値観』が、人間社会では重要な意味を果たしてきた。しかし、この『抽象概念』や『価値観』の中には、『物質世界』の『摂理』とは無縁なものもある。
(5)『精神世界』は個性的なもので、『抽象概念』や『価値観』には『物質世界』の『摂理』のような普遍性は期待できない。

この『仮説』で、『哲学』『宗教』『芸術』『科学』を考えると、人間が何を求めてどう行動するのかが、共通の視点でしかも、矛盾がないように見えてきますので、梅爺は今のところ気にいっています。しかし、この『仮説』を詳細に論証したり、本当に『矛盾』を包含していないかどうかなどを検証したりはできていませんので、この『仮説』を『正しい』と主張するつもりはありません。 

梅爺の『仮説』に従えば、『美(美しい、きれい)』は、『精神世界』が共有している『抽象概念』で、対(つい)の概念は『醜(みにくい、汚い)』です。このように多くの『抽象概念』には対語が存在します。『神』と『悪魔』、『天国』と『地獄』、『善』と『悪』などが典型例ですが、これらは人間の『脳』の『推論機能(理の活動の一つ)』が思いつくものです。『神』を『抽象概念』とすると、宗教とは異なった解釈になり、異論があることは承知しています。人間がいない世界には『神』はいないことになってしまうからです。梅爺にとっては、そう考えた方が矛盾が無いという話ですので、お許しください。

人間は『生きる』ために、『目的』『夢』『希望』などが重要な役割を果たしますが、これらも『そうあって欲しい』という『願望』から生みだされるもので、『そうなることがより安泰』であると本能が感ずるからではないでしょうか。一方『物質世界』は『目的』『夢』『希望』などとは無縁にただ変容を続けているだけです。

『美』は、『心地よい』もので、『心地よさ』は『安泰』に繋がります。言うまでもなく『醜』は『不快』であり、それは『安泰』を脅かす『不安』や時に『恐怖』に繋がりますから、人間は本能で忌避しようとします。私たちが『娯楽』や『笑い』を求めるのも、『楽しい』ことが『安泰』に繋がると本能的に感ずるからです。

『善』と『悪』も深遠に見えますが、『安泰』『不安』の区分で『精神世界』が自ら創り出した概念ではないかと思います。『絆』は言うまでもなく『安泰』には欠かせない要因で、『愛』はこれに関連して考え出された概念です。『孤独』や『憎悪』は逆に『不安』を助長し、ついには精神を病む要因にもなります。

『河井寛次郎』の『美意識』は、非常に斬新で、一般常識とは異なっていますが、それは『個性』が生みだすものです。しかし、『河井寛次郎』は、ギリギリ個性で追い求めた『美』は、他人も同様に『美』と認めることにつながると考えていたように見えます。芸術家の相克は、『個性的である』ことと『他人からも評価されること』という、時に矛盾するものを同時に追求することにあることが分かります。

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2013年9月 8日 (日)

陶芸家『河井寛次郎』(1)

2002年(11年前)に、千葉県佐倉市立美術館で、陶芸家『河井寛次郎』の作品展示会があり、ここに梅爺の母方の祖父『岡村司』の遺品の中から見つかった『河井寛次郎』作の絵皿が展示されていると、梅爺の長兄から連絡があり、梅爺、梅婆はドライブがてらに佐倉まで見学に出かけました。

お目当ての絵皿は、白地に青一色で京都の景色を描いたもので、特別の出来栄えとは思えませんでしたが、他の『河井寛次郎』の作品は、形、絵柄が斬新で面白いと感じた記憶があります。梅爺はこの時初めて陶芸家『河井寛次郎』の存在と名前を知りました。しかし、同日訪れた同じく佐倉市にある『DIC川村記念美術館』の印象の方が強く、『河井寛次郎』のことは、最近まで忘れかけていました。

ところが、最近NHK地上波教育チャンネルの『日曜美術館』と言う番組で『河井寛次郎』が紹介されたのを観て、『河井寛次郎』への興味が再び強まりました。

『河井寛次郎(1890-1966年)』は、京都を拠点として創作活動を行った陶芸家であり、京都大学法学部の教授(民法)であった梅爺の母方の祖父『岡村司(1867-1922年)』とは、京都で何らかの接点があったのではないかと推測できますが、何故祖父の遺品の中に『河井寛次郎』の作品があったのかは、分かりません。

祖父『岡村司』は、明治20年代に、ドイツ、フランスへ留学し、特にフランスの『民法』を日本へ紹介しました。『ジャン・ジャック・ルソー』の民権思想と孟子の思想に傾倒し、両者の考え方を比較、統合しようとしたと伝えられていますので、柔軟な思想の持ち主であったのでしょう。当時としては斬新な思想なため、その言動が文部省の意に沿わず、譴責(けんせき)処分となったために、自分から京都大学を辞職してしまいました。京都大学にはこの『岡村司事件』や後の『滝川(幸辰)事件』のような、思想弾圧との戦いの歴史があり、これが現在も『学問の自由』を尊重する校風として受け継がれているような気がします。梅爺の少々度を越して、理屈っぽい『反骨精神』は、祖父から受け継がれたDNAかもしれません。現在『岡村司』に関する多くの資料は、祖父が設立に関与した『立命館大学』に残されています。

祖父より30歳も若く、しかも陶芸家の『河井寛次郎』が、どうして法学者(後に弁護士)の祖父と知り合ったのかは憶測するほかありませんが、『自由思想』の人たちの集まりや、サロンでの出会いがあったのかもしれません。

『河井寛次郎』の作品は、自由奔放の印象ですが、その言動も自由奔放で、大変魅力的です。人間国宝になることや、文化勲章の授与を固辞したことでも有名ですが、決して、へそ曲がりで偏屈な人ではなく、ただ哲学的とも言える独自で純真な美意識、価値感覚の持ち主であったのではないかと梅爺は番組を観て思いました。

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2013年9月 7日 (土)

日本人の『妖怪』好き(10)

いくら江戸時代の庶民でも、誰もが『妖怪』の存在を本当に信じていたとは思えません。多くの人たちは、『眉つば』と思いながら、『話に乗って』興じていたのではないでしょうか。『嘘と知りつつ、騙されてみせる』というのが、『江戸の粋(いき)』の一つであったのかもしれません。『顔は人間で、身体が牛』の『妖怪』を『件(くだん:ニンベンにウシ)』と呼ぶなどというのは、漢字を利用した洒落、言葉遊びとしか考えられません。

庶民が、生活とは直接関係が無いようなことにも『好奇心旺盛』であるということは、その社会が成熟している証拠のひとつです。

鎖国状態であったとはいえ、江戸時代の日本は、世界のどの都市にも負けないほどの文化レベルを実現していました。『妖怪ブーム』はそういう江戸であったからこそ起きた現象です。

日本人が古来から継承してきた万物に『霊』が宿るという『自然観』、『死者の霊』が宿るという『死生観』が、沢山の『妖怪』を受け容れる土壌になっていたことも確かでしょう。西欧の『魔女』『魔もの』と日本の『妖怪』『幽霊』は、何となくニュアンスが異なります。日本の『妖怪』『幽霊』は、『怖ろしいと同時に、なんとなく愛嬌がある』ように梅爺は感じます。

『落語の怪談話』『歌舞伎の怪談話』も、人気を集めました。『四谷怪談』などがその代表です。

赤穂浪士の一人でありながら『討ち入り』に加わらなかった不忠義の武士『民谷伊右衛門』が、貞女の妻『お岩』を毒殺に追いやり、『お岩』が化けて出るという話ですが、面白いことに江戸時代の歌舞伎では、『忠臣蔵』と『四谷怪談』は、対(つい)で上演されました。忠義な赤穂浪士と、不忠義な『民谷伊右衛門』を対比させ、庶民は、『武士にだって悪い奴はいる』と、こっそり『武士』を嘲笑の対象にしていたものと考えられます。

NHKの『BS歴史舘』で『妖怪ブーム』を紹介した折に、コメンテータの一人が、庶民は『儒教』や『仏教』もこっそり嘲笑の対象にしていると解説していました。確かに『民谷伊右衛門』は、忠義を説く『儒教』がうまくいかない例ですし、『お岩』は、死んでも成仏できないわけですから、『仏教』には効力がないとやんわり批判していえないことはありません。

表向きは『妖怪ブーム(出版、見世物小屋など)』『怪談ブーム(落語、歌舞伎)』ですが、庶民がこれで、こっそり『権威(幕府、武士)』を批判して、溜飲を下げていたのであれば、庶民は、健全でしたたかです。

梅爺は、こういう庶民が好きですし、こういう江戸文化を日本人として誇りに感じます。

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2013年9月 6日 (金)

日本人の『妖怪』好き(9)

『梅爺閑話』をお読みいただいている方は、梅爺が、今回の『冥幽世界』『妖怪』をはじめ『神』『仏』を、人間の『精神世界』が考え出した『抽象概念』で、『物質世界』に実態が存在しないものではないかと疑っていていることをご存知のはずです。このことから、梅爺は冷酷な『唯物論者』と誤解を受けやすいのですが、実はそうではありません。『精神世界』の『抽象概念』の重要性は認識しています。つまり実態が無いものは、意味が無いと斥けたりはしません。 

亡くなった肉親や友人は、梅爺の夢に現れます。『物質世界』には実態が存在しないものが、梅爺の『精神世界』では、脳の記憶が随意、不随意に働いて意味のある『リアル』な存在として登場します。しかし、梅爺が親しかった人達を全く知らない他人の『精神世界』には登場しませんし、『リアル』な存在にはなりえません。冷淡な言い方で恐縮ですが、他人から観れば『関係のない存在』です。 

『精神世界』が『個性』の上に成り立っていることが原因で、このことは『精神世界』を考える時に極めて重要です。つまり、梅爺にとって『リアル』に感じられる『抽象概念』は、梅爺にとっては重要なものですが、他人にとっても重要であるとは必ずしも言えません。 

『神』や『仏』も、たとえ『抽象概念』であれ、『精神世界』で『リアル』なものであれば、その人に『心の安らぎ』をもたらしたりしますから重要な意味を持ちます。 

『音』『造形』『文字』で表現される『芸術』も、表現されているものは『物質世界』には元々存在しなかった内容です。芸術家が、自分の『精神世界』を道具や記号を使って表現したものです。しかし、鑑賞者にとってそれが自分の『精神世界』で『リアル』に感じられるのであれば、鑑賞者には大きな意味があります。 

『おとぎ話』や『怪談』は、『作り話』と承知の上で娯楽として受け容れるのと同様に、『文芸作品』も『作り話』と承知しながら『精神世界』を豊かにしてくれるものとして受け容れることができます。『神』や『仏』も、『作りごと』であったとしても、それが『精神世界』に高度な『安らぎ』や『満足』をもたらすのであれば、そのことの方に大きな意味があるのではないでしょうか。『作り話』『作りごと』と承知の上で、それを受け容れることにも意味があるのです。 

『聖書』に書かれている内容の内、『出来事』に関する多くは、理性で考えれば事実であるとは考えにくいものです。しかし、仮にそうであったとしても『精神世界』を高揚する『教え』に関する記述は、2000年以上経ても色褪せません。『信仰』は、事実を信ずることではなく、自分にとって『リアル』な『抽象概念』を信ずることではないでしょうか。つまり『信仰』は自分だけのものではないかと思います。 

『聖書』に書かれていることを全て『信ずる』という姿勢も、『信仰』のひとつのかたちですが、『出来事』の部分を疑うからといって『信仰』が薄いとは言えないように思います。『キリストやその教え』が自分の『精神世界』にとって『リアル』な存在であるかどうかが、もっとも重要なことであろうと梅爺は思います。 

梅爺は、『物質世界』には『神』は実態的に存在しないと疑っていますが、『レクイエム』を歌えば感動します。感動は梅爺の『精神世界』固有のもので、他人の感動とは無関係です。 

梅爺の『精神世界』で、梅爺が『リアル』と感ずるものは、梅爺にとって重要な意味がある、ということだけで十分ではないでしょうか。他人にも重要な意味があるはずだと、『普遍性』を求めることには無理があります。『宗教』は『神』や『仏』と人間の関係を『普遍的なもの』として説明しようとすることに無理があるように感じます。『神』や『仏』と人間の関係は『個人的なもの』と割り切れば、多くの矛盾はなくなります。『神の正義を実現するために異教徒を殺す』などという発想は無意味であることも自明になります。 

『物質世界』の『普遍性』と、『精神世界』の『個性』の違いを理解すれば、周囲の事象はかなり判然と見えてくるように梅爺は感じています。梅爺の発言は誤解を招きやすいのですが、『精神世界は実態のない仮想世界なので、意味が無い』等とは考えていません。

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2013年9月 5日 (木)

日本人の『妖怪』好き(8)

『平田篤胤』は、人一倍好奇心旺盛な人であったと同時に、『思い込み』も人一倍強いように見えます。『冥幽世界』の存在を疑わずに、関連がありそうなものは、何でも調査対象にしています。『平田篤胤』がそうであったとは言いませんが、一般に『博覧強記』の人にありがちなことは、外の事象を知ることが中心になって、意外なことに『自分の考え』はおろそかになったりすることです。『ありのままを観る』ことに追われて、『自分の視点で観る』ことが希薄になります。人間は『個性』を付与されて生まれてくるわけですから、『自分はこう感じる』『自分はこう考える』という主張が『生きている』ことの証となります。観たり聴いたりしたことを、そのまま受け容れるのではなく、『自分の考え』で判断する材料にするということが、重要なのではないでしょうか。 勿論、他人の考え方の方が自分の考え方より妥当性があると冷静に自分を否定することも時に求められます。

日本の『教育』は『博覧強記』を重視し、北欧の『教育』は、『自分の考え』を重視しています。多様な価値観を許容する社会の方が、意外にも強靭であることを考えると、日本も北欧型の『教育』にバランスをシフトする必要があると、梅爺は思います。『正しい答は一つ』と決めつける日本の『教育』は、『精神世界』の事情に即していません。北朝鮮の『将軍様が全て正しい』という思想や、中国の『一党(共産党)独裁』は、表向きの統率は作りだしますが、決して『柔軟、強靭な社会』とは言えません。『精神世界』の自由を求めるエネルギーが、いつかマグマのように地表に現れる日がくるのではないでしょうか。北朝鮮や中国の為政者は、それを恐れて一層、『恐怖政治』的な取り締まりを強化します。他国のこととはいえ、なんともおぞましい話です。 

『天狗にさらわれ、天狗と生活をともにして、色々教わった』と主張する『寅吉』という少年を『平田篤胤』は、養子に迎え、9年間も面倒をみています。『天狗がすむ神仙界』のことを『聴きだす』ためです。『平田篤胤』は一度も『寅吉』を疑ったりしなかったのかと、梅爺は不思議に思います。もし『寅吉』が偽物であるとすれば、9年間もしっぽを出さずに演じ続けたことになり、これも驚きです。『平田篤胤』がもし現代の人であったら、『神仙界』の研究に没頭したのだろうか、もし梅爺が江戸時代に生きていたら『神仙界』を信じたのであろうかと、これまた考えてしまいます。 

『平田篤胤』の『儒教を認めない姿勢』『天皇尊重(尊王)の考え方』は、徳川幕府にとっては都合の悪い『危険思想』であるために、『平田篤胤』は、晩年一切の活動を禁止するように命じられます。しかし、全国に数千人いたと言われる弟子たちが、『平田篤胤』の思想を各地に根付かせ、特に『出雲大社』系の『神道』には大きな影響を及ぼしました。 

全国の弟子の大半は『農民』であったと言われています。外国伝来の『仏教』や『儒教』より、『平田篤胤』の説く『大和思想』は、土着の文化と融合しやすかったのかもしれません。『死者の霊』『妖怪』と、縄文の昔から日本人は、日本人なりにつきあってきた歴史があるからです。

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2013年9月 4日 (水)

日本人の『妖怪』好き(7)

『平田篤胤(1776-1843年)』は、江戸時代の、国学者、神道家、思想家、医者として知られています。

『本居宣長』『荷田春満』『賀茂真淵』とともに『国学四大人(うし)』とされ、『仏教』『儒教』と習合していく『神道』を批判し、日本古来の『神道』への『復古』を唱えた人物です。

『本居宣長』の門人になりますが、『本居宣長』が『実証主義』であったのに対し、『平田篤胤』は『神秘主義』の傾向が強く、結局破門されています。思想が枝分かれしていくのは、人間の『脳』が創り出す『精神世界』は個性があるためです。考え方、感じ方、価値観が微妙に異なるわけですから、枝分かれは必然と言って良いほど必ず起こります。『宗教』の『宗派』、『茶道』『華道』の『家元』など例を挙げるまでもありません。『親子』『兄弟』『夫婦』なども厳密にいえば、『精神世界』は同じではありません。この『個性』は、生物進化の過程で、『両性生殖』『遺伝子の継承』というしくみを選択してきたことに由来し、更に『脳神経細胞ネットワーク』の形成詳細が、個人によって異なることにも由来しています。

人間の『個性』は、このように『物質世界』を支配する『自然の摂理』で出来上がった肉体、脳によって必然的に付与されます。一人一人が肉体的に、精神的に異なっていることが、『人間』を限りなく魅力的にしていると同時に、一方、人間関係、人間社会のまがまがしい問題の要因にもなっています。

『個性』を自由に認めると、人間関係、人間社会は成り立たず、そうかと言って『個性』を完全に抑圧すると、それは『人間』の本質を否定することになります。人類はこのバランスの問題に取り組み続けてきていますが、なかなか『解』は見つかっていません。『解』はともかくとして、『個性』を『人間の本質』として直視する人が増えないと、混乱は減ることがありません。残念なことに多くの人は『自分が正当である』『他人も自分と同じに違いない(自分と同じに考えたり、感じたりしないのは怪しからん)』と思い込んでいるように梅爺は感じます。

『本居宣長』が『実証的』であるのは、『理』が強い人で、『平田篤胤』が『神秘的』であるのは『情』が強い人であったと想像はできます。『平田篤胤』が、最愛の奥さんを亡くし、その『霊』との交流を願ったなどという話が本当なら、『情に厚い人』を裏付けることになります。

当時入手できるあらゆる情報を駆使して、『平田篤胤』は『考え』続け、多くの著作を残しました。『蘭学』はもちろん『ラテン語』にも通じ、西洋医学、東洋医学、易学、歴学、天文学、兵法、など幅広い分野に知識を求めています。『仏教』『儒教』『道教』『キリスト教』のことも勉強していたことが分かっています。

このような博覧強記の知識人であった『平田篤胤』が、『冥幽世界』を信じ、のめり込んでいったことに梅爺は興味を抱きます。『シャーロック・ホームズ』の生みの親である作者『コナン・ドイル』が、死者の霊との交信という『交霊術』を信じていたという話と類似しています。『コナン・ドイル』は自分の死後、残された家族との霊の交流を願っていたと言われています。

梅爺のような中途半端な知識しか持たない人間でさえ、『理』で考えて『冥幽世界』には疑いの目を向けるのに、当代きっての『知識人、博学者』が、『冥幽世界』を『信ずる』のは何故だろうかと不思議に感じます。

しかし、これも『精神世界』の『個性』がもたらす結果ですから、『平田篤胤』や『コナン・ドイル』が梅爺と異なった考え方をすることは当然のことといえます。

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2013年9月 3日 (火)

日本人の『妖怪』好き(6)

『物質世界』と『精神世界』の他に、『冥幽世界』というものがあるのではないかと多くの方々が信じておられます。しかし『冥幽世界』の定義はどうもあやふやで、はっきりしません。

『あの世』『極楽(天国)、地獄』のこととすれば、『死者の霊』が関与すると考えられますが、『ものの化』『妖怪』『幽霊』が棲むところということになると、また異なったニュアンスの場所になるように思えます。

『幽霊』は『この世』に未練や恨みがある死者の霊が、『あの世』へ行けずに(成仏できずに)いるものであるとすると、『冥幽世界』は、『あの世』とは違う世界ということになります。

『冥幽世界』との具体的な関係を『この世』の人たちに提示できると称する『霊能者(霊媒者)』が登場して、『霊能力』がない多くの人たちは戸惑います。

『霊能者』は『死者の霊』と交信したり、誰も知らない失踪者の居場所を突き止めたり、未来に起こる事象を予言したり、『スプーン曲げ』を行ったりしてみせます。『霊能者』自身、何故自分にその様な能力があるのかは『分からない』ということが多いので、一層謎めきます。

『霊能者』の『能力』の正体をつきとめて、『軍事目的』に利用しようと、各国が密かに『科学研究』の対象にしてきましたが、顕著な成果があったと、公にされた話は聞いたことがありません。人間の『脳』には、未だ私たちが知らない能力(予知能力、透視能力など)が秘められているというのであれば、大いにありうることです。

現在の日本人の何割の人たちが『霊の存在を信じ』、何割の人たちが『霊の存在を疑っている』のか、梅爺はわかりませんが、梅爺自身は『疑っている』部類に入ります。梅爺は『神』と同様に『霊』の存在を証明することができませんので、『分からないが疑っている』という表現が正しいことになります。『霊を信じないとは、なんと味気なく冷たい人か』と言われますが、『霊を信じない』ことが何故『冷たい人間』になるのか、これも正直理解できません。

もう少し丁寧に述べれば、『冥幽世界は、精神世界が創りだした仮想世界の一つであろう』と推測しています。端的に言ってしまえば『おとぎ話の世界』と同類であろうということになります。誤解は無いと思いますが、これは梅爺の『仮説』であって、この考え方が『正しい』と主張するつもりはありません。ただ梅爺にとっては、こう考えることで多くの謎は謎ではなくなり、矛盾らしいものもなくなります。

梅爺の考え方に従えば、『河童』は『精神世界』が作りだした架空の生き物ですから、『遠野の河童の淵』をいくら観察し続けても、『河童』に遭遇できないのは当然ということになります。『桃太郎』を特定できないように『河童』も、『物質世界の実態』としては特定できないことになるからです。

梅爺は、ある程度の『科学知識』を保有しているために、このような『仮説』をたてることができますが、江戸時代の日本人の多くは、『よくわからないが、そうかもしれない』と『冥幽世界』を信じていたのでしょう。梅爺も江戸時代に生まれていたら信じていたかもしれません。

『平田篤胤』という江戸時代の国学者も『冥幽世界』の研究に没頭しています。『平田篤胤』は、当時としては最先端の古今東西の『知識』を持ち合わせていた人物ですが、それでも『冥幽世界』を信じていたことに梅爺は興味を惹かれます。一説には亡くなった奥さんを恋しく思い、その『霊』と交流したかったのだといわれていますが、そうなら尚更興味が増します。

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2013年9月 2日 (月)

日本人の『妖怪』好き(5)

梅爺はブログで何度も、この世の事象は『物質世界』と『精神世界』に分けて考えるとすっきりすると書いてきました。

『物質世界』の変容(事象)は、『自然の摂理』だけによって起こるもので、例外や奇跡はありません。『奇跡』という表現は、人間の『精神世界』が関与してのことです。人間にはそう見えるという話です。『死者の復活』という概念は、『物質世界』の事象としては起こりませんが、『精神世界』の創りだす抽象概念としては、存在可能です。『キリストの復活』を、『物質世界』での事象として説明しようとすると、『理』が邪魔をして万人を説得できなくなりますので、『神が起こされた奇跡』として、それ以上の追求を封じようとします。更に『奇跡を信じないのは、信仰が薄い証拠』と追い打ちをかけられると、人一倍信仰が薄いという自覚がある梅爺は、沈黙せざるを得なくなります。『仏教』の『輪廻転生(りんねてんしょう:生まれ変わり)』という概念も、『物質世界』の事象としては説明困難です。無理に説明するならば、『全ての生物は同じ素材からできている』『親の遺伝子の一部はは子に継承される』という事象が相当するといえるのかもしれません。しかし『輪廻転生』は『精神世界』の抽象概念としては立派に存在可能です。

おとぎ話や童話の中では、動物や非生物(たとえば自動車や汽車など)が、人間の言葉を話し、人間のように振舞います。これも『物質世界』では存在しない事象ですが、『精神世界』の仮想創作世界では可能になります。『精神世界』では、どのような想定も可能です。

おとぎ話や童話は、誰もが『作り話』であると認めますが、『キリストの復活』や『輪廻転生』の話になると、『作り話』とすることは『不信心』とされて、批判の対象になるのは何故なのでしょうか。

『キリストの教えた愛』『釈迦が教えた縁起(全ての命は関連している)』が重要であって、『復活』や『輪廻』にこだわる必要はないと梅爺は思いますが、宗教にとっては、教義の細部にまでこだわらざるをえないのでしょう。

『自由な発想』などというのは、現実には難しいことが分かります。私たちの『精神世界』は、一度こうだと思い込んだことを、覆すことは非常に難しい、『慣性』を持っています。梅爺も『物質世界』『精神世界』という分類が気にいって、この考え方に強くとらわれています。

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2013年9月 1日 (日)

日本人の『妖怪』好き(4)

前に梅爺は『数学は人間が発見したものか、発明したものか』というブログを書きました。これと同じ論法で考えれば『妖怪は人間が発見したものか、発明したものか』ということになります。 

結論を先に言ってしまえば、梅爺の支持する『仮説』は、『妖怪は人間が発明したものである』ということになります。しかも『精神世界』の中の『抽象概念』として考え出し、後々、誰かが『絵』として具象的に表現したものと考えています。こう考える方が、『妖怪は人間が発見したものである』という『仮説』より、多くの事象について矛盾なく説明できると感じられるからです。 

『いやいや、そうとばかりは言えませんよ』という反論もあるでしょう。たとえば『誰かが実際に河童を見た(見つけた)から、河童という概念が出来上がった』のではないかという反論です。『ある人が何か珍しいもの(その人にとって珍しく思えるもの)を見つけた』ということがあったであろうことは十分推測できます。問題は、『誰もがそれを観て確認できた』のではないことと、『見つけたものが本当に河童であったのか』という疑問が残ることです。『ある人にだけ見えて、他の人には見えない』とすれば、『ある人の精神世界が関与している』と推論した方が妥当ではないかと思えます。また『ある時は誰もが確認できたことが今は確認できない』とすれば、『河童』はその後絶滅したのであろうという推測になります。

ヨーロッパには、『聖母マリア降臨伝説』がいくつかあり、そこは聖地となって巡礼者が訪れていますが、いずれも『光り輝くマリアが天から降りてくるのを観た』と証言している多くは、村の幼い女の子で、村人が全員観たわけではありません。梅爺は、どうして信仰の厚い神父様や法皇様に『聖母マリア降臨』が起こらずに、村の女の子だけに起こるのか、と畏れ多い皮肉を言いたくなります。これも『女の子の精神世界の事象』と考えれば辻褄があいます。子供の想像は奔放で、絵本やおとぎ話はそれに呼応するものです。

梅爺の『仮説』に従うとすれば、『人間は何故、実際に存在しないものを抽象概念として考え出すのか』という『脳』のカラクリを解明する必要が生じます。

人間は、因果関係を確認して納得しようとします。『何故なのか分からない』という状態は『不安』という『情(ストレス)』を喚起し、無理にでも『因果関係』を考え出して『安堵』しようとします。サラリーマンが上司から叱責されるのは『不快(ストレス)』ですが、『上司は、自分を鍛えたいと思っている。自分に期待している』と都合よく考えることでストレスを緩和しようとします。天災は『苦痛』ですが、『おごり高ぶった人間に神が罰を下した』などと説明する人も現れます。これらは典型的な『精神世界』の反応パターンです。生物として『安泰を優先する本能』を遺伝子の中に継承しているからと考えられます。

周囲の『物質世界』の事象の多くは、人間の能力では『不可解』にみえるもので満ちています。科学知識が増えた今日では、昔より相対的に『不可解』は減っていますが、『不可解』はまだまだ沢山存在します。人間の『脳』そのものが、何といっても『不可解』の宝庫です。科学者は、合理的に『不可解』の謎を、普遍的に説明できる因果関係として解明しようとします。

『もっと沢山のことを知りたい』『本当のことを知りたい』という『好奇心』も、元はと言えば『安泰を優先する本能』に由来するものと梅爺は考えています。野次馬の梅爺は、この本能が強いに違いありません。

江戸時代の日本に『妖怪ブーム』が巻き起こったのは、比較的に社会が安定し、庶民の多くが『好奇心を満たす』ことにエネルギーを費やせる時代であったからではないでしょうか。『妖怪図鑑』が出版されベストセラーになり、お化け屋敷や見世物小屋が繁盛(はんじょう)し、落語や芝居にも『幽霊』が取り上げられて、人々は押し寄せました。

全国の珍しい物産が江戸に集まり、『象』や『駱駝』といった外国の動物も見世物の対象になりました。江戸の庶民は私たちが想像する以上に『物識り』であったのではないでしょうか。

しかし、幕府の為政者は、庶民の自由な『精神世界』の発露は、批判エネルギーの増大になって、武士社会の土台を揺るがしかねないと恐れ、『妖怪ブーム』を厳しく取り締まろうとします。関連書籍は発禁になり、見世物小屋や芝居なども禁じられるようになります。庶民は庶民でしたたかで、取り締まりをかいくぐって、新しい表現を考え出し、こっそりそれで武士や幕府を批判して溜飲を下げようとします。こういう江戸庶民の反骨精神は梅爺の好みです。

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