« 2013年4月 | トップページ | 2013年6月 »

2013年5月31日 (金)

不確実性(5)

科学者は、やがて、一見無関係に見える二つの事象の間に、実は『意味のある関係』が存在するのかもしれないことに気付きました。そして、これを『相関』という概念で、『確率』と同様に、数値で表現することを始めました。完全に関係があると断定できる状態を『1』で、全く関係がないと考えられる状態を『0(セロ)』とし、その中間値で、可能性の存在の度合いを表現するというものです。 

『風が吹けば桶屋が儲かる』という表現が、妥当かどうかを数値で表現しようとしたわけです。 

『相関』は、『物質世界』における二つの事象間の関係の有無を判別するばかりではなく、人間社会で、人間が繰り広げる行為の有意性を判別することにも応用されるようになりました。 

特に経済行為では、他人より先に『相関』を確認できれば、それを利用して大儲けできることになりますから、血眼(ちまなこ)になって『相関』を突き止める努力が現在展開されています。 

膨大なデータの中に眠る『相関』を見つけ出すことは。人力では大変な作業ですが、コンピュータなら、疲れを見せずに働いてくれますから、発見の可能性が高まります。『膨大なデータ(メガ・データ)を、区分して格納するためのアルゴリズム』『二つの異なった事象間の相関を見つけ出すアルゴリズム』などが開発され、金融業、小売業、運輸業などあらゆる業種が、これを利用して有利に金儲けをしようと激しい競争が行われています。人間が思いつかないような異なった事象間の『相関』を、コンピュータが指摘してくれることもありますから、思いもよらないビジネスモデルが出現したりします。 

『政治環境の変化と株価の関係』『コンビニの棚陳列の状態と売上の関係』『荷物の積み下ろし場所や輸送ルートの設定と儲けの関係』などは、今や全てコンピュータが介入して自動的に決定されるか、そこまではいかなくても、人間が決定するための重要情報として提示されるシステムが経済行為を支えています。 

巨大な企業が、バックグラウンドで展開するこのような手法に、零細な自営業者が立ち向かうのは容易ではない時代になりつつあります。情報の分析能力が、国家や企業の強弱を決めてしまう時代になっています。 

コンピュータに格納された『個人情報』の扱いに、時代が敏感になっている背景は、これが悪用されるという直接的な被害ばかりではなく、個人の行動特性までがコンピュータで解明されてしまって、『他人に知られたくない部分』を誰もが隠しておけなくなる可能性が高まったからです。 

いたるところに『監視カメラ』が設置され、コンピュータの中で自分の行動も監視されているという、大変な時代に私たちは生きていることになります。『犯罪の防止』と『プライバシーの侵害』は紙一重ですから、システムが誤動作をしたり、システム管理者が恣意的に何かをたくらんだ場合は、いつ何時自分に火の粉が降ってくるかわからないという危なっかしい側面がないとは言えません。 

『インターネット』は、私たちに極めて便利な環境でもありますが、企業や国家が庶民や国民を観察、監視、判別するための便利な手段でもあります。ジョージ・オーウェルの小説『1984』に登場する独裁者『ビッグ・ブラザー』が治めるような国家には、日本はならないとしても、お隣の『中国』や『北朝鮮』で、国民を監視するために国家が何を行っているかは、ある程度想像がつきます。アメリカも2001年の『9・11』事件以来、国家安全のためという名目で、国民監視のシステムは強化されました。

| | コメント (0)

2013年5月30日 (木)

不確実性(4)

『物質世界』のしくみや法則を解き明かそうとするのが『科学』で、この分野の最大の特徴は、『真偽』の判定が、客観的な尺度で行われることです。『何回試みても同じ結果が得られる』というような事象を観察して、しくみの妥当性が証明されます。つまり『確実』が一つのよりどころになります。 

一方『精神世界』では、客観的な尺度で『真偽』は判定し難いものが大半です。個人的に、『正しい』と思ったり、信じたりすることはありますが、客観的にそれが『正しい』とは云えないことが多いということになります。意外に、このことは理解されていないために、人間社会には、諍(いさか)いや誤解が絶えません。『私は正しいと思う。だから本当に正しい。あなたも正しいと思うべきだ』という論理が横行しています。 

『殺すなかれ』『盗むなかれ』は、多くの人が妥当な掟(おきて)であると認めますが、戦争では殺人が、経済行為では略奪と紙一重のことが正当化されます。人間の『精神世界』では、都合よく価値観の尺度が変わります。 

『物質世界』に『不確実』な事象が存在することは、『科学』にとっては大変厄介な話です。『どっちに転ぶか分からない』では『真偽』の判定ができないからです。それでも『科学』はこれを処理する『方法』をいくつか考え出しました。

『科学』が最初に準備するのは、事象に関る数値データを多量に採取して、それらを色々な基準を考えて、分類し、並べてみることです。『統計』データを採取すると云う行為で、次にこの『統計』データの中に、何らかの規則や、動向が潜んでいないかを探り当てようとします。

このようにして、『個々の事象に関して、次に何が起きるかは云いあてられないけれども、あることが起きる可能性を数値で表現することができる』ことを見出しました。いわゆる『確率』の概念です。

72歳の梅爺が、あと何年生きるかは、個別に云いあてられませんが、梅爺が80歳まで生きている可能性は、『日本人の年齢統計データ』から、『確率』として提示することができるというような例がそれにあたります。

『確率』は、『物質世界』の事象に関しては単なる数値ですが、人間の行動に関する『確率』ということになると、話が違ってきます。人は、『確率』を知って、喜んだり、落ち込んだり、無視しようとしたりします。『精神世界』で、『確率』を眺めると、単なる数値ではなくなるようなことが、往々にして起こります。

| | コメント (0)

2013年5月29日 (水)

不確実性(3)

『量子力学』の世界では、『物理量と量子状態を指定するパラメータ(時間、エネルギー、位相)の間の不確定性』が存在するということが『定理』となっています。 

このことをもって、『物質世界』の事象の根源に、『不確実性』が存在するというようなことを書いてしまいましたが、これは少し論理の飛躍があると反省しています。 

実際には、『物質世界』で『次に起きること』に影響を与える要素(パラメータ)は膨大な数存在し、それらが複雑に絡み合って全体が『変容』していくために、そのプロセスを人間の能力で、短時間に計算、判断し、『次の状態』を見通すことは、現実的に不可能に近いという表現が妥当なのではないでしょうか。理論的には、パラメータが非常に多い関数の計算ですが、現実には人間業(わざ)を越える能力を必要としているということなのでしょう。『競馬の勝ち馬予想』『スポーツの勝敗予想』などを正確に行うことは、人間の能力を越えています。

それにしても、『物質世界』や『人間の脳神経細胞ネットワーク』が、膨大なパラメータの関数できまる『変容』を、ダイナミックな分散処理で、やすやすとやってのける事実(動的に平衡を求める変容)は驚くほかありません。 

『物質世界』の変容の中に、人間の能力では見通せない事象があるというだけのことで、人間の観察や認識という要因を排除すれば『物質世界』の事象は、それ自体は全て必然的に起きていると言えるのかもしれません。『ほら見ろ、その必然性を認識できる能力の保有者が神ではないのか』と云われれば、そのとおりかもしれません。しかし、そうであるとしても『神』は、その予想結果を事前に私たちには教えてくれませんから、現実的に私たちの役には立ちません。  

能力に限界がある人間の『精神世界』で、『物質世界』の事象を観察、認識しようとすると、その一部は『不確実』『偶然』『不規則(ランダム)』に見えることがある、という表現が現実的かもしれません。 

能力限界を打ち破る方法が見つからない以上、私たちは、『不確実』『偶然』『不規則』に対応していかなければなりません。  

そうは云うものの、『次に起きることが予測できない』事態は、私たちの『精神世界』ではストレスになりますので、何としても予想しようとします。山にかかる雲の形から、明日の天気を予想したり、動物の異常な行動を観て、地震を予測しようとします。 

それでも、まだ何となく落ち着きませんから、『占い』に頼ったりし、ついには神仏に祈って、良い結果を願います。全てが、安泰を脅かす不安要素を放置できないという『精神世界』を支配する本能のなせる業ですから、よほど理性が強くない限り、期待や希望が邪魔をして、『不確実』をありのまま受け容れたり、認めたりはできません。 

『人事を尽くして天命を待つ』という表現は、見事に『物質世界』の変容に対応する人間のありかたを示しています。『人事を尽くす』ことが一方で重要で、どのような『天命にも従う』という覚悟がもう一方で必要になります。『天命』のほとんどは、人間の力で変えることはできないからです。

| | コメント (0)

2013年5月28日 (火)

不確実性(2)

『物質世界』のミクロな事象は『不確実性』のために、次の状態を正確な予測はできない部分がありますが、ミクロな事象が組み合わさったマクロな事象としては、『必ず起きる』といえる環境で私たちは生きています。

あまり縁起の良い例ではありませんが、『梅爺の死』は、マクロな事象としては『必ず起きる』といえます。しかし、現在生きている梅爺の70兆個にも及ぶ細胞をいくらミクロに観察しても、死の時期や状況は正確には予測できないという話です。

この『確実なことが不確実なことに支配されている』という感覚は、人間の『精神世界』には昔から存在していたにちがいありません。『不確実なことに支配されている』ことは『不安』要因となり、『安泰を希求する本能』にとってはストレスになります。ストレスに過敏な人は、心配で心配でたまらなくなり、『食べ物ものどを通らない』『夜も眠れない』ことになったり、最悪な場合は精神的な病にもかかったりすることになります。

多くの人は、それでも健気(けなげ)に、この事態をなんとか受け容れ、『運命』『宿命』という抽象概念で、自分を納得させようとしてきました。それでも尚『運命』だけでは、釈然としないと考える人たちは、『全ては神様がお定めになった路線である』と考えたりしました。愚かな『人間』には、見通せないことも、全知全能の『神』にはお見通しなのだという『推論』になります。

『物質世界』の根源に『不確実性』が作用しているということは、厳然たる事実に過ぎませんが、『精神世界』が『不確実性』を感じ取った時は、『不安』というストレス要因になって、私たちの精神はもとより肉体にまでも影響を及ぼすことになります。特に『運命』が悪い方向へ転んだ場合は、『何故自分だけがこのような過酷な人生を歩まなければならないのか』と、私たちは悲嘆に暮れることになります。

『不確実性』を『物質世界』のこととして議論する時と、『精神世界』のこととして議論するのでは、これだけの違いが生じます。ややこしいことに、『精神世界』は『物質世界』の上になりたっていますから、『不確実性』の影響は避けようがありません。『精神世界』がいかに厄介なものであるかが分かります。

| | コメント (2)

2013年5月27日 (月)

不確実性(1) 

著名な経営学者が『不確実性の時代』などという本を執筆すると、私たちは、『そうか、現代は不確実な事象が起きやすい時代なのか』と早とちりしがちですが、どの時代でも不確実な事象は起きていたはずです。 

現代は、社会の連結性(ネットワーク)が緊密になり、不確実な事象が全体に与える影響度が強まったという意味なのでしょう。 

『偶然とは何か?』『不確実性とは何か?』は、哲学者、神学者、科学者にとって疑問の対象であり続けました。『神』が全知全能であるとすれば、『神』にとって『偶然、不確実』なことは存在しないことになり、『人間』は全知全能ではないが故に、『そう見える』だけのことという説明になります。『人間』は自分が理解できない事象を、『偶然、不確実』として、自分の愚かさに眼をつぶっているのではないかということにもなります。今でも、責任逃れのために『不測の事態』であったという弁明が使われます。 

『ニュートン』等の功績で、数学の『微積分学』『微分方程式』の分野が成熟し、『事象の変化は数学的に表現できる』という考え方が広まり、事象を微細に観察出来れば、将来の『予測』が可能であるという主張も出現しました。『ニュートン力学』の世界では、因果関係は、数学的に表現できるからです。 

しかし、近代の『量子力学』の分野で、『物質世界』の根源に『不確実』の事象が存在することが明らかになりました。つまり、いくら事象を微細に観察しても、次に『何が起こるか』を確実に予測することはできないということになります。『ニュートン力学』だけでは、『量子力学』は成立しないことが判明しました。

それでは『一寸先は闇』で、お手上げかというと、必ずしもそうではなく、『次に何が起こるか』を、『確率』で数値的に表現する方法を科学者は考え出しました。

『3年以内に大地震が起きる確率』『明日雨が降る確率』などと、私たちは『確率』をよりどころに生きています。いつか必ず『地震は起きる』『雨は降る』『人は死ぬ』のは『確実』ですが、時期や詳細の状況を特定しようとすると『不確実』な要因があり、予測は『確率』で表現しなければならないことになります。

『物質世界』の事象には、因果関係が明白で、『こうすれば、こうなる』と次に起きることを正確に予測できることもありますが、すべてがそうとは言えない、つまり『不確実性』という特性を基本的に抱えているということを理解することは重要な意味をもつのではないでしょうか。

『物質世界』は『神』が創造したとしても、その後の『変容』の詳細には『神』は関与していないように見えます。つまり、ある『デザイン』があって、それにそって『変容』しているのではないように見えます。

『不確実性』こそが、『神』のデザインであるという主張もあるのかもしれませんが、少々詭弁のように思えます。

| | コメント (0)

2013年5月26日 (日)

青木紀久子室内楽の夕べ

Img

5月22日の夕刻、初台のオペラシティ・リサイタルホールで、『青木紀久子室内楽の夕べ』があり、梅婆と出かけました。
 

『青木紀久子』さんは、特に室内楽のアンサンブル奏者として名声の高いピアニストで、梅爺の大学からの合唱仲間の畏友『青木修三』氏の奥さまです。 

2004年から定期的に、世界の著名な演奏者を迎えて『室内楽演奏会』を主催しておられ、梅爺は毎回楽しみに拝聴しています。 

今回のプログラム内容は以下でした。 

● R.シューマン:クラリネットとヴィオラとピアンのための4つの作品 作品132
● J.ブラームス:ピアノとヴィオラのためのソナタ 作品120-2
● W.A.モーツァルト:クラリネット三重奏曲「ケーゲルシュタット」 K.498
● M.ブルッフ:トリオ 8つの小品 作品83より 2番、6番、7番
 

ヴィオラは、ウィーン交響楽団でヴィオラの首席演奏者であるヘルベルト・ミュラー』氏、クラリネットは東京藝大教授で、日本クラリネット協会の会長を務める『山本正治』氏という、豪華なメンバーでの演奏でした。演目は20世紀になって西欧音楽に『前衛表現』が加わる以前の作品ですので、心地よく楽しめました。 

アンコールは、ベートベンのクラリネット三重奏曲『街の歌』からの選曲でしたので、18世紀から20世紀へかけてのクラシック音楽の『古典派』から『ロマン派』への流れを1度に体感できました。 

今回は、前から2列目の席で拝聴しましたので、演奏者の指使いや息づかいまで感じ取ることができ、リアルタイムで進行する、生身の人間の演奏と言う音楽の芸術表現特性を十分堪能できました。

『華麗さ』が特徴のヴァイオリンと異なり、中間音域を担当するヴィオラは、『重厚さ』も特徴になりますが、弱音を継続的に演奏することが難しい楽器ではないかと梅爺は想像します。演奏家の感性ばかりではなく、技量も問われることになります。

ピアノとクラリネット、ヴィオラが、時にかけ合いで、時に一緒に紡ぎだす『アンサンブル(調和)』の妙を十分楽しむことができました。

西欧文化の中で進化してきたクラシック音楽は、『音楽理論』という『理』の制約を重視しながら発展を遂げてきました。『コード表記(楽譜表現)』『12音階』『和声理論』『対位法理論』などの制約を受けながら、一方においてその制約から解放される表現様式も模索し続けてきました。

世界には色々な音楽様式が存在し、西欧音楽が最も『優れている』とは言えませんが、少なくとも『理』が介入した音楽表現の体系としては、人類が到達した高いレベルと言えます。『科学技術』も関与していますので、モーツァルトの時代と現代では、『楽器』の音色、音量(強弱表現も含め)が異なっています。

室内楽は西欧音楽の原点とも言えます。純粋に音で直接的に感性に訴えるレベルから、『ロマン派』が追求した『心象描写(抒情、詩情)』『情景描写』のレベルまで、楽しむことができます。

今回の作曲家の中では、ブルッフが最も後期の人物ですが、『このまま映画音楽として採用できる』と感じながら梅爺は聴きました。『情景描写』を感じ取ったからなのでしょう。

日本人が『西欧音楽』に接してから100年程度しか経っていませんが、世界の最高レベルの人材や、耳の肥えた聴衆を有していることは、何と素晴らしいことでしょう。

| | コメント (2)

2013年5月25日 (土)

鎌倉散策

5月18日に、『サンフラワー会(現役時代から続く同業4社の仲間8人の会、引退した今でも夫婦同伴の会として続いている)』の夕食会が、鎌倉のフレンチ・レストラン『丸山亭』で開催され、梅爺と梅婆は、この機会を利用し約半日をかけて鎌倉を散策しました。

訪ねた所は『淨妙寺』『報国寺(竹の寺)』『杉本寺』それに『鎌倉文学館』です。今回は余計な駄文は抜きにして、フォトアルバムでご紹介します。

Dscn9561『淨妙寺』境内に洒落たカフェ・ベーカリーの店がある

Dscn9562_2『報国寺』竹林の庭園があり、竹の寺と呼ばれている

Dscn9571_2『杉本寺』鎌倉で最も古い寺の一つ。杉本観音が有名。

Dscn9574_2『鎌倉文学』(旧前田侯爵別邸)鎌倉ゆかりの文人の資料を多く展示

Dscn9578_3『鎌倉文学館』庭園内にあるバラ園のバラ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年5月24日 (金)

大学同級会(修善寺温泉)(6)

Dscn9551韮山の反射炉。周囲の鉄枠は、文化財保護(地震などに備えた)のために、取りつけたもの。

伊豆韮山の『反射炉』を見学しました。幕末に、砲筒鋳造のために、いくつかの先進的な藩が『反射炉』をつくり、韮山の『反射炉』は、先行していた佐賀藩の支援を受けて徳川幕府が築いた(1853年)ものです。当時の『反射炉』として完全な姿をとどめているのは韮山の『反射炉』だけです。

韮山の代官『江川太郎左衛門』が、『反射炉』をつくった、と学校で教えられ、『何故田舎(いなか)の代官が突然反射炉をつくったのだろうか』と不思議に思っていましたが、今回ようやく謎が解けました。

『江川太郎左衛門』は、幕府の旗本『江川英敏』の通称で、父『英龍』が進めていた『反射炉』の研究、実験を継承し、代官としての任地韮山で実践したのだと分かりました。旗本は役に立たない『退屈男』ばかりではなく、優秀な人材を生みだす『江川家』のような立派な家系があったのだと分かります。梅爺が勤務していた会社の当時の副社長が『江川英晴』氏(半導体の技術者)も、『江川家』の末裔です。梅爺も江川副社長から教えを受けたことがありますが、文字通り頭脳明晰の方でした。惜しいことに60歳の前半で亡くなられました。

同級会のメンバーの一人であるOYさんは、現役時代は『新日鐵』の幹部技術者でしたから、『反射炉とは何か』について、詳しく説明をきくことができました。色々な専門家がいることがこの同級会の魅力です。『反射炉』は、炉の天井をドーム型に耐火煉瓦で蔽い、下で石炭を燃やした熱を天井で反射させ、その輻射熱で銑鉄を溶かし、銑鉄に混在している不純物を排除して、純鉄(軟鉄)をつくる炉のことであると知りました。

銑鉄は硬くて脆く、大砲の砲筒には不適(衝撃で割れてしまう)なため、軟鉄で鋳造する必要があるということです。韮山には4基の炉が並立していますが、これは砲筒鋳造には、一度に多量の軟鉄が必要になるからです。

鉄の先進国英国で17世紀末に開発された『反射炉』の技術が、約200年後に日本で利用されたことになります。日本人は、文献だけをみて、試行錯誤を繰り返して実用化したのでしょう。

毎年、同級会は旧交を暖めるだけではなく、観光で新しい知識を取得できますから、大変有意義です。

来年は、卒業50周年の節目となりますので、東大の本郷キャンパス、駒場キャンパス訪問を含むようにして、同級会は東京で開催される予定です。今から楽しみです。

| | コメント (0)

2013年5月23日 (木)

大学同級会(修善寺温泉)(5)

Dscn9544鎌倉幕府2代将軍源頼家の墓、暗殺された修善寺の寺『指月殿』にある

『富士通沼津工場』『北条早雲関連の史跡(興国寺城跡、堀越御所跡、韮山城跡)』のほか、今回の観光で『源頼朝、北条政子関連の史跡(蛭が小島、政子産湯井戸、三島大社)』『韮山反射炉』なども観てまわりました。

源頼朝の父源義朝は、平清盛との争いに破れ、斬首刑に処せられましたが、源頼朝(当時14歳)は、伊豆の『蛭が小島』に流罪になりました。この時頼朝が流罪ではなく、父と同様に斬首刑になっていたら、日本の歴史は変っていたのかもしれません。

20年の流人生活を経て、頼朝は平家討伐に立ちあがり、やがて鎌倉幕府を樹立します。20年も流人が続けば、梅爺ならばすっかり心が滅入って、再起の意欲なども失せてしまいそうな気がしますので、頼朝の性格、気性がなんとなく想像できます。もっとも、この間に、後の鎌倉幕府初代執権となる、北条時政、その娘政子(頼朝の正室となる)との出会いがあり、これもその後の歴史に大きな影響を及ぼしています。

頼朝の死後、幕府内の権力抗争は眼を覆わんばかりの酷いことになり、2代将軍源頼家(頼朝の子、兄)は、北条時政により修善寺で暗殺され、3代将軍源実朝(頼朝の子、弟)は、今度は源頼家の子(公暁)によって、暗殺されることになります。北条時政も権謀術数を弄して、反対勢力を次々に倒しますが、やがて幕府の中で孤立し、実子北条義時や娘の政子にも疎(うと)まれて、伊豆に隠居させられ生涯を閉じます。北条時政は、現代風に言えば、『肉食系の最たる男』のように見えます。酷(ひど)い男は傍(はた)迷惑ですが、酷い男が歴史を動かすことは、ままあることです。

源氏将軍の系列が絶えた鎌倉幕府は、その後藤原摂関家から、名目的な将軍を迎えて、実質は北条氏の執権で維持されることになります。

日本で最初の武家政権が関東で樹立されたことが、後の日本の歴史に大きな影響を及ぼします。鎌倉に、京都とは異なった文化が芽生え、特に仏教は『日本の仏教』へと進化を遂げます。死と日常的に向き合う武士にとっては、『死生観』を形成する上で、『禅』は必要であったのでしょう。

日本人が『奈良』『京都』と並んで『鎌倉』を愛するのは、そこに『心のふるさと』の一部を見出すからではないでしょうか。多様で深遠な文化を継承してきたことは、日本人の誇りです。

| | コメント (2)

2013年5月22日 (水)

大学同級会(修善寺温泉)(4)

Dscn9540空海(弘法大師)が開祖と言われる修善寺温泉の『修禅寺』、現在は禅寺になっている。

『北条早雲』は、著名な歴史上の人物ですが、その生涯が詳細に分かっているわけではありません。『豊臣秀吉』と同じく、身分の低い素浪人から才覚でのし上がっていった『下剋上』のはしりの人物と考えられていましたが、最近の研究では、『北条早雲』の本名は『伊勢新九郎盛時』で、備中(岡山県)の格式の高い家柄の出身であると言う説が有力です。『伊勢氏』は『室町幕府』の高官を務めています。『早雲』は出家して名乗った号で、生涯自らを『北条早雲』と名乗ったことはないと考えられています。『北条姓』は『早雲』の嫡男氏綱から名乗り始めたものです。

『早雲』自身も若いころは『室町幕府』将軍に仕える官僚で、京都で禅の修行も積んでいます。『早雲』の姉(妹?)が、駿河守護大名今川義忠と結婚し、今川義忠の死後家督争いが生じた時に、駿河へ乗り込んで、権謀術数で事を平穏に収めた功績で、『興国寺城主』に任じられたと考えられています。

将軍足利義政の時代に、『鎌倉公方』の足利成氏が幕府に対して謀反を起こし、将軍は、足利成氏に代る『公方』として『足利政知』を鎌倉に送り込もうとしましたが、反対勢力の力が強く、鎌倉へ入れずに、やむなく政知は伊豆の『堀越(ほりごえ)』に居を構え『堀越公方』と呼ばれました。

『足利政知(堀越公方)』の嫡男『茶々丸』は、自分ではなく異母弟が『堀越公方』に任じられることを知り、異母弟とその母(茶々丸にとっては継母)を殺害してしまいます。これを幕府に対する『反逆』とみなすという大義名分で、『北条早雲』は、伊豆へ攻め込み、『茶々丸』を討伐し、更に追討の名目で、伊豆全土、相模、関東まで兵を進め、広大な地域を支配下に置きます。

『北条早雲』の子孫が支配した小田原もこの時攻略しています。後に『豊臣秀吉』が、『小田原後北条家』を『天下統一』のために攻めたのが、『小田原征伐』で、『一夜城』などの逸話はこの時のものです。

『北条早雲』は、生涯伊豆の『韮山城』を居城としました。『四公六民』と、農民の負担を軽くする税率を定め、武士が農地を荒らすような振舞いは、固く禁じたりしましたから、庶民からは『名君』と尊敬されていたのではないでしょうか。戦乱で命を落とすことなく、韮山城で64歳の生涯の幕を閉じました。

前にテレビで、『戦国武将の人気投票』というバラエティ番組を観たことがあります。『織田信長』『豊臣秀吉』『徳川家康』『伊達正宗』『上杉謙信』『武田信玄』などと並んで『北条早雲』も投票対象であったように記憶しています。

日本人が好きな『戦国武将』の第一位ではありませんが、歴史好きの玄人にはうける名将の一人であることはまちがいありません

| | コメント (0)

2013年5月21日 (火)

大学同級会(修善寺温泉)(3)

Dscn9535『北条早雲』が最初の城主となったと伝えられている沼津の『興国寺城』跡

『富士通沼津工場』の見学と並んで、今回の同級会のもう一つの目玉は、『北条早雲』に関する史跡めぐりでした。事前に、司馬遼太郎の『箱根の坂』を読んでおくとよいですよと幹事からお薦めがありましたが、梅爺はつい無精をして、読まずに出かけました。
 

『北条早雲』は、室町時代の後半から戦国時代の始めに歴史に登場する人物で、伊豆を拠点に、関東一円を征圧した武将です。戦国時代の『下剋上』のさきがけで、特に『四公六民』という、農民に配慮した税率を課したことでも有名です。当時税率は『五公五民』が通例でした。 

『北条早雲』を理解するためには、『鎌倉幕府』『室町幕府』『戦国時代』の歴史の流れを系統的に理解することが必要ですが、梅爺はあまり得意な分野ではありません。特に、各時代の『朝廷と権力者の力関係』『中央統治と地方統治の関係や、しくみ』がよく分かっていません。 

そこで、歴史上の主要人物や、『時代』を年譜で俯瞰することから始めました。歴史に詳しい方にとっては、何とも幼稚な話です。 

源頼朝(1147-1199年)
北条時政(1137-1215年)
足利尊氏(1305-1358年)
北条早雲(1432-1519年)
豊臣秀吉(1537-1598年)
 

鎌倉時代(1185-1333年) 約150年
室町時代(1333-1573年) 約240年
  南北朝時代(1336-1392年)
  
戦国時代(1493-1590年)
安土桃山時代(1573-1603年) 約30年
江戸時代(1603-1867年) 約260年

先ず『北条早雲』は、『源頼朝』より300年後の人物で、『豊臣秀吉』よりは100年前の人物であること、鎌倉幕府の執権体制をつくった『北条時政(源頼朝の妻北条政子の父)』とは同じ『北条姓』でも無関係であること、などが理解できました。

『秀吉の小田原攻め』で有名な、小田原北条氏(後北条氏)の祖が『北条早雲』ということになりますが、『豊臣秀吉』と『北条早雲』は生きた時代が異なりますから、接点はありません。

梅爺の歴史知識が希薄な時代が『室町時代』で、『北条早雲』はこの時代の後期に出現した人物ですから、理解に手を焼きます。この時代、『地方』は室町幕府から統治権を付与された『守護大名』や、一帯を治める『官領』がいたり、室町幕府の出先機関の長官にあたる『公方(くぼう)』がいたりで、時に『守護大名』や『公方』が中央『幕府』に従わなかったりすると争いになり、『守護大名』間の争いももちろん生じますから、幕府の統率力がそれほど強固であったようには見えません。

『京都』から遠い、東国、関東は、幕府の支配力が弱く、争いが生じやすい地方で、『北条早雲』は、そのような環境で、うまく立ち回り、伊豆、相模、関東を征圧していったのであろうと梅爺は推測しました。

| | コメント (2)

2013年5月20日 (月)

大学同級会(修善寺温泉)(2)

Dscn9531『池田記念室』に展示されている日本初の商用コンピュータ『FACOM128』。驚くことに現在も稼働可能。

『富士通沼津工場』内には、会社の歴史やそれに関する重要書類を展示する『富士通アーカイブ』、技術開発の歴史や資料、それに当時の製品を展示する『DNA館』、日本の商用コンピュータの『父』と呼ばれる天才的技術者『池田敏雄』の功績を讃える『池田記念室』などの、ミュージアム形式の展示場があります。

これらは、主として、『富士通および関連会社の社員』に、『会社の伝統(志)』を理解してもらうための『教育素材』として利用されています。

かなり大規模な展示ですから、スペースの確保はもとより運用、維持にも労力、コストがかかります。『志』を尊ぶ経営者の強い意志がないと、実現しません。

多くの企業が、社外の人たちに会社をPRするための『企業ミュージアム』は設置していますが、『社内教育』のためにこれだけの投資をしている企業は、少ないのではないでしょうか。

圧巻は、『池田記念室』に設置されている、日本で初(1956年)の『商用コンピュータFACOM128』で、今でも稼働できる状態が維持されています。当時、アメリカの『IBM』などが、『真空管方式のコンピュータ』を開発していることが分かっていたために、日本の大学や、企業の研究所は、『真空管方式のコンピュータ』の試作に取り組んでいました。しかし、富士通の『池田敏雄』は、『真空管』ではなく、電話の交換機などで実績があった、機械式『リレー装置』を選択し、独自方式の『FACOM128』を開発しました。

『リレー装置』は『真空管』に比べて、『スウィッチング速度』は劣りますが、システム全体の『安定稼働』には有利と『池田敏雄』は総合判断したことになります。『リレー装置』は既に電話交換機に使われていて、その信頼性実績を重要視したのでしょう。『真空管』方式で試作に挑んだ、日本の大学や他社は『真空管』の寿命が短いために、『安定稼働』で苦汁を飲むことになりました。『リレー装置』を採用したからこそ、57年後の今日でも稼働が可能であると言えます。コンピュータはその後『半導体』を採用することで、本格的な発展を遂げました。

アメリカの真似をすることに飛びつかない反骨精神、『商用化(安定稼働優先)』の本質を理解していた洞察力で『池田敏男』は見事な技術者です。しかし、『コンピュータシステム』を総合的に稼働させるためには、ソフトウェアや周辺装置の開発など、連動して行わなければなりませんから、開発は『大プロジェクト』になります。いわんや『独自方式』の採用は、全てを最初から創造、設計すること意味しますから、その旗振りをおこなった『池田敏雄』の突出した能力がうかがい知れます。

この後『池田敏雄』は、『富士通』のコンピュータ事業を技術的に牽引し続けましたが、惜しいことに51歳の若さで亡くなってしまいました。『池田敏雄』がもっと長生きしていたら、日本のコンピュータ事情も変わっていたかもしれません。

『富士通』の歴代社長には、政府からの発注に依存しない経営を目指した『高羅芳光』や、古武士の風格の『山本卓真』など、『反骨』精神が垣間見えます。ビジネスにとって『反骨』は有利な要素かどうかは、議論があるのでしょうが、梅爺には魅力的なリーダーに見えます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年5月19日 (日)

大学同級会(修善寺温泉)(1)

Dscn9538伊豆修善寺温泉、桂川にある『独鈷の湯(とっこのゆ)』。弘法大師が、『独鈷杵』で岩を砕き温泉を噴出させたという由来がある。

毎年5月のこの時期に、大学同級会(東京大学工学部精密機械工学科昭和39年卒)が、1泊2日で開催されます。今年は5月14日~15日に、静岡県の修善寺温泉での宴会・宿泊(ホテル桂川)を中心にして、富士通沼津工場見学、北条早雲に関る史跡めぐり、韮山『反射炉』見学、三島大社参拝などを楽しみました。
 

卒業時は24人でしたが、二人が既に他界し、現在のメンバー総数は22名です。今回は2人が都合で欠席し、20名が参加しました。平均年齢72~73歳であることを考えると、大変結束力が固い同級会と言えます。大半は現役を引退していますが、NPO活動や、大学の講師、それに多才な趣味(本格的登山、漢詩、和歌、楽器演奏、囲碁、合唱、絵画、古典読書、畑づくりなど)で、充実した余生を楽しんでいるように見えます。一向に衰えぬ好奇心と元気さを、仲間の一人が『化け物のような爺さんたち』と評しましたが、言い得て妙です。 

昨年は、梅爺とKさんが幹事役を務め、東山温泉で1泊して、会津、大内宿の観光を行いました。タイミング良く、今年からNHKの大河ドラマ『八重の桜』が始まり、主人公『山本八重』の出身地会津に関する観光で得た知識が役立っています。この時の同級会の感想は、昨年『会津を知れば日本が見える』という、大袈裟なタイトルでブログに紹介しました。 

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/post-bade.html 

今年の同級会の幹事は、MOさんとMIさんで、MOさんが現役時代3年間工場長を務められた『富士通沼津工場』の見学と、伊豆の『北条早雲に関る史跡めぐり』が観光の中心でした。

『富士通』は、日本を代表する『情報・通信事業』の大手企業の一つで、現役時代にコンピュータ事業に関っていた梅爺には、同業他社であり、ライバル会社でした。『富士通沼津工場』は、愛鷹山連山の麓の高台に、『富士通』が『大型コンピュータ』のハードウェア、ソフトウェアの総合製造拠点として、威信をかけて1976年に建設した、自然環境との見事な調和をはかった素晴らしい工場です。53万平方メートルの広大な敷地は、大半が緑に覆われていて、その中に、事業棟、運動施設、寮、駐車場が配置されています。これだけ大規模な工場が、自然環境と調和している例は、日本では珍しいものです。当時と『富士通』の業態が変わって、ソフトウェア開発やシステム検証が主体になっていますが、今でも主力工場の一つです。

沼津の市街地から、高台を望むと、はるかに大規模な白い建物が見えますが、知らない人は『製造業の工場』ではなく、学校、病院などの施設と思うのではないでしょうか。

現役時代の梅爺は、ライバル会社の社員として、到底内部の見学はできなかったと思いますが、今回は、『元工場長』のMOさんの、計らいで、かなり立ち入った場所まで見学することができました。

企業は人間と同様に、『個性』があり、『社風』として脈々とそれがDNAのように継承されていきます。『富士通沼津工場』を見学して、あらためて『富士通の社風』の一端を窺い知ることができました。

それは、梅爺が現役時代に、ライバル会社『富士通』に感じていた『社風』と大きく異なるものではなく、『志を大切にする会社』というイメージです。多くの企業は『利益追求』がどうしても最優先になり、眼の先のせせこましいことに振りまわされがちですが、企業が人間の組織である以上、人間が生きることに『精神的な深い満足』を求めるのと同様に、企業も『利益』だけではない『志』を必要とします。『独創的な高い技術課題への挑戦と克服』『社会貢献』『グローバルな活動と高い評価の獲得』などが『志』から生まれます。

歴代の経営者によって、『富士通』は、『志』を貫いてきた企業であると感じました。勿論、企業である以上、局面では『挫折』や『問題』を抱えて、苦戦することがあったに違いありませんが、『志』は保ち続けてきたことに、梅爺は感銘を受けました。

| | コメント (0)

2013年5月18日 (土)

Zeal, when it is a virtue, is a dangerous one.

英語の諺『Zeal, when it is a virtue, is a dagerous one.』の話です。

直訳をすれば、『熱意は、それが美徳とされる場合でも、危なっかしいものである』ということになります。

『Zeal』は、元々『競い争う』という意味の言葉から派生したもので、理想を掲げて突き進むというような、熱心な姿勢、態度を表現する言葉です。手っ取り早くこの諺を理解するには、『イスラーム原理主義者の自爆テロ』を考えてみれば良いでしょう。『自爆テロ』は、『イスラーム原理主義者』にとっては、『熱意、美徳の行動』なのです。

梅爺がブログに何度も書いてきたように、人間が『精神世界』で創り出した抽象概念には、『真偽』を客観的に判定する絶対尺度が存在しない場合が大半です。この諺に出現する、『熱意』『美徳』『危険』はそれにあたります。

しかし、私たちは、ものごとを『正しい(善い)』『間違い(悪い)』と区別しないと、脳は落ち着かずに不安を感じ、ストレスを生じますから、暗黙のうちに、『正邪』『善悪』と関連付けて抽象概念の言葉を使います。個人の価値観、コミュニティの価値観によって、『正邪』『善悪』の判別基準は異なりますから、人間関係、外交関係、でイザコザが生ずることになります。

『そんなことを言われたら、何も主張できなくなってしまうではないか』と反論されそうですが、そうではなく、客観的な判定尺度がないからこそ、主観的な尺度で主張することに意味があるのです。何やら禅問答のようで恐縮ですが、梅爺の云いたいことが分かっていただけるでしょうか。

梅爺が、アメリカ人とビジネスを行っていた時に、『最初にPosition Paperを取り交わそう』と言われて、ようやく上記の意味が理解できました。つまり、アメリカのビジネス文化では、『あなたと私は、異なった価値観の立場にある』ということを、当たり前の前提としていることに気付きました。したがって『主張』は『立場』を明確にする重要な手段になります。この文化を理解していないと『ビジネス』や『外交』はうまくいきません。

生物としての人間には、『個人差』が厳然と存在するわけですから、『彼我(ひが)の差』を前提としたアメリカ文化は妥当と言えますが、日本のように『彼我の差』をできるだけ表に出さないことを美徳とする文化は、必ずしも劣っているとは言えません。ただ異文化と接する時は、日本人もそれをわきまえて行動する必要があります。これからの日本人は、日本の文化を大切にしながら、異文化のことも知る努力が一層求められます。

『梅爺閑話』は、梅爺の『Position Paper(立場の表明)』そのものです。『主観』を表明して、『世の中には、このように考え、感じる爺さんがいる』といっているだけですから、共鳴いただければ望外の喜びですが、『私はそうは思わない』という方がおられることは百も承知しています。

『彼我の差』をわきまえ、受け容れることは、生きる上で辛いことではありますが、それができない人は、『大人』ではありません。本人も周囲も、不幸になることが多いように思います。

| | コメント (2)

2013年5月17日 (金)

見えないゴリラ(8)

人間の『脳』は、間違いを犯しやすく、事実でないことを『事実』と信じてしまいがちな習性を持っているというこの本の指摘は、大変『ごもっとも』な話で梅爺は異論がありません。

しかし、そのことばかりを強調すると、人間の『脳』は、実に危なっかしい頼りにならぬものにすぎないという悲観的な話になってしまいますが、そうとばかりは言えません。

この世の中には、素晴らしいものが沢山存在しますが、人間の『脳』は、素晴らしさの最たるものの一つです。文明は人間の『脳』が考え出し、発展させてきたものです。自然科学、人文科学、芸術など全て、人間の『脳』の産物です。宗教も、人間の『脳』の産物であろうと梅爺は考えています。

確かに、人間の『脳』は完璧でなく、時に間違った判断を下したりしますが、『間違いを間違いと認める』能力も保有しています。これは大きな救いです。『間違い』か『間違いでないか』を考えるのは、人間の『脳』の『理』の領域の話で、『理』は『脳』の一部の領域にすぎません。人間の『脳』の大きな特徴は、『理』とは別に『情』の領域を保有していることです。そして『情』が判断対象としているものは、『間違い』『間違いでない』という単純な区分けができないものです。芸術はその代表的な世界です。

人間の『脳』の精神世界は、『理』と『情』の複雑な絡み合いで生みだされると観ないと、人間の総合的な魅力は理解できないと梅爺は考えています。この本が指摘するように、人間が『錯覚』する多くの理由は、『安泰願望』という『情』の世界の本能が、『理』の世界の判断を誤らせるほどに、強く作用しているからなのでしょう。このことだけを考えれば『情』は『厄介者』になってしまいますが、『情』がなければ、人間の魅力の大半は消滅してしまいます。生きる喜びや死の悲しみがあって、始めて人間は人間らしい存在になりえます。

泣いたり、笑ったり、喜んだり、悲しんだりして、私たちは『生きている』ことを実感できます。これは皆『情』のお陰です。

『情』を擁護するばかりに、『情』が持たらす『問題』から目を逸らすのもまた、不適切なことです。人間の『脳』、特にその精神世界は、総合的には他に類を観ないほどに『素晴らしい』ものです。しかし、『脳』といえども完璧ではありませんので、多くの『問題』を抱えています。

この本は、その『問題』の一つを指摘していますが、このことで人間の『脳』の『素晴らしさ』の価値が減ずることにはならない、というのが梅爺の読後の感想です。

| | コメント (0)

2013年5月16日 (木)

見えないゴリラ(7)

この本は、『人間の脳は、私たちがそうあって欲しいと期待するほど信頼がおけるものではない』ということを、立証しようとしています。多くの人は『自分はそれほど頭が悪くはない』と思い、生活レベルを問われれば『中流の上(じょう)』と答えます。『そうありたいと言う願望』を、『事実』と考えてしまうからです。『過信』して、人生で取り返しがつかない失敗をしてしまわないようにというのが、この本の警告でもありますが、『知らず知らずに過信してしまう』という習性を保有しているということですので、残念ながら『絶対間違わない』などということにはなりません。『間違い』は、『立派な人』にも『頭がよい人』にも起こります。精々時折、『自分は間違っていないだろうか』と考え直してみる癖をつける程度の対応しか思いつきません。

人間の『脳』の容量や能力には限界があるという指摘に、梅爺は異論がありません。歳をとって、簡単なことさえ思いだせないようになっていますので、反論のしようがありません。限界がある理由は、二つあるように思います。

一つは、『脳神経細胞のネットワーク』の数に限界があると言う、物理的な理由です。『脳』は、複数業務の同時並行処理(マルチ・タスキング)を行っていますので、一つの業務に集中したりすれば、他の業務は処理が遅れたり、できなくなるのは当然予想できます。コンピュータも同じく限界がありますので、『マルチ・タスク』を強いると、全体が遅くなったり、不具合を生じたりします。聖徳太子のように、複数の人の話を同時に聞き分けたり、チェスの名人が、複数の人と同時対局できたりするのは、例外的な『脳』の持ち主で、常人にはかなわぬことです。『脳神経細胞ネットワーク』は、一度構築されたら、変わらないというものではなく、動的に構築と消滅を繰り返しているらしいので、『限界』はその時の条件に依っても異なってくるものと推定されます。

もう一つの理由は、人間が生物として、生き残りの可能性を高めるために『安泰を希求する本能』を保有していることに起因すると考えています。『安泰』は『快適な状況』に身を置くことで得られますが、本能は必ずこのために『こうあって欲しい』という『願望(欲望)』を作り出します。先ず『地位』や『財産』が欲しいと思い、それが達成されると今度は『他人との絆』が薄らいだことに気付いて『絆』が何より大切だと思い直し、最後は『老い、病、死』は避けられない不安に駆られて『心の安らぎ』を求め、死後は『極楽』へいきたいと願ったりします。人間の『脳』の判断には『限界』があり、『願望』を『事実』と錯覚しがちなのは、この二つ目の心理的、本能的な理由が強く作用しているのではないでしょうか。

人間は、どのような状態に置かれても、その時の『安泰』を脅かす要因を思いつき、ストレスとして感じるのではないでしょうか。お釈迦様のように『煩悩を解脱』することができない限り、一生ストレスと向き合わなければならないのではないかと思います。ひょっとすると『極楽』へ行っても、やがて退屈になり、それをストレスと感じて悩むのではないでしょうか。

| | コメント (2)

2013年5月15日 (水)

見えないゴリラ(6)

『自信たっぷりな人』を、私たちが心理的に信用してしまうのと同様に、活字になった情報も信用してしまう習性があります。『新聞』『雑誌』『週刊誌』に、『こう書いてあった』と、それを事実として受け容れてしまうところがあり、特に、『専門家』『大学教授』と呼ばれる人の発言内容であったりすると、無条件に信用しがちです。

世の中の『事象』は、『理』で判定するものと、『情』で判定するものの2種類があり、各々その性質が異なることをわきまえておく必要があります。『理』の世界の『事象』は、『真偽』が判定の対象になります。『真偽』が判定できないものに対しては『どちらとも言えない』という判断もあり得ます。『理』の世界の判定は、複数の検証を突き合わせて確認することが必要です。検証されないレベルでは、その主張は『仮説』に過ぎません。一方『情』で判定するものは、判定者の『主観』で決まりますから、判定結果は様々で、絶対的な『真偽』を決めることは実質的に不可能です。同じものを食べても、ある人は『美味しい』と言い、ある人は『不味(まず)い』ということがあり、どちらが『正しい』かを言い争っても意味がありません。

『政治』や『経済』の問題の多くは、非常に複雑な要因や条件の組み合わせで結果は変動しますので、『理』で判定しようとしても、全てを『読み切れない』ことが大半です。しかもこの問題に多くの人が『情』の判定(好き、嫌いといった)も加えようとしますので、一層議論は混とんとしてしまいます。梅爺は、『政治』や『経済』の問題に対して『私はこう思う』と主張される方のご意見は拝聴しますが、主観的な意見であるにもかかわらず『私は正しい』として割り切ろうとする人や、割り切れると『錯覚』しているらしい人の意見は、失礼ながら聞き流すようにしています。

この本には、世の中の人の多くが『事実』として信用しているもので、実際には『事実』とする根拠がないものの例をいくつか挙げられています。

テレビの動画の中に、1コマ(約1/30秒)だけ無関係な情報を挿入すると、人間は『深層心理』でそれを感知し、影響を受けるという『広告』にまつわる話は多くの人が信じています。『コカ・コーラ』の画像を1コマ挿入すると、『コカ・コーラ』の売れ行きが上がるというような話です。しかし、これは検証実験を繰り返してみても、それが『正しい』という結果は得られないと書いてあります。この『深層心理』を利用したトリックは、犯罪小説などにも採用されていますが、もし根拠が無いとすれば、それこそ読者を欺いていることになります。

人間は、一生の内、『脳』の3~10%しか利用しないで死んでいくという通説も、多くの人が信じていますが、根拠はないと書いてあります。これは、生物進化の過程を考えれば、『正しくなさそうだ』と梅爺でも考えつきます。使わない(不必要な)ものを、数千万年も生物は退化させずに、保有しているとは思えないからです。

そうは言っても、何から何まで疑っていては、生きていけないではないかと言われそうですが、『疑う』ことと、『自分はこう思う』と主張することは、双方許されることで矛盾しません。人は生きていくために、絶対的『真偽』は分からなくても、自分の『判断』に責任を持って行動するしかないという状況が、世の中では一般的です。このためには、他人は別の『判断』をする可能性も認めなければなりません。『自分だけが正しい』という主張と『私はこう思う』という主張は、同じではありません。

| | コメント (0)

2013年5月14日 (火)

見えないゴリラ(5)

『自信たっぷりな人』は、他人から『信用できる人』と受け止められる傾向が強いことをこの本は指摘しています。患者は『自信に満ちた医者』の方が『オドオドしているように見える医者』より『頼りになる』と直感で判断します。

残念なことにこの『直感』は、いつも正しいとは限りません。つまりある場合には『錯覚』に過ぎないということになります。言い方を変えれば、『自信たっぷりな人』が『信用できる人』であると心理的に感じてしまう習性を人間は持ち合わせているということになります。梅爺流に表現すれば、『安泰を希求する本能がそうさせている』ということになります。そういう人に従っておけば間違いはないと本能的に『感じる』からなのでしょう。

『詐欺師』『権謀術数に長(た)けた政治家』『カリスマと呼ばれる人』などは、この人間の習性を利用して、私たちを騙(だま)したり、支配したりしようとします。

『自信たっぷりな人』の正体が、『本当に私たちが及ばない高い能力の持ち主』なのか、『自信の無さを隠そうとしてただ虚勢をはっている人』なのか、はたまた『私たちを騙(だま)そうと悪意で演技している人』なのか、判断が私たちに委(ゆだ)ねられているということですから、厄介な話です。

少なくとも、『自信たっぷりな人』に遭遇したら、『何かおかしいぞ』と疑ってみる必要がありそうです。へそ曲がりな梅爺は、この疑う性癖が強い方だと思いますが、それでも人生を振り返ると、何回も何回も『騙(だま)され』てきましたので、疑えば、騙されないと断言はできません。

一方、自分は『自信たっぷり』に振舞っているつもりは無いにも関らず、梅婆からは、『あなたの断言癖に引きずりまわされるのはゴメン』と苦情を言われています。『この爺さん、また強がりを言っている』と軽く受け流してくれればいいものをと思いますが、そうもいかないのでしょう。『好々爺(こうこうや)』への道のりは険しいものです。

この梅爺の例でも分かるように、本人は他人を騙そうなどとは考えていなくとも『自信たっぷり』に見える言動をしてしまうこともあります。『梅爺閑話』もそのように受け止められていることが多いのかもしれません。まことに人徳がいたらぬ話で面目もありません。

| | コメント (0)

2013年5月13日 (月)

見えないゴリラ(4)

『人間は、一人ひとりが無限の可能性を秘めている』『夢を追い求めれば、必ず実現する(成せば成る)』などと言われると、『よーし、がんばろう』と言う気にまりますが、一方、『身の丈(たけ)に合わせて生きなさい』『一升瓶(ビン)には二升は入らない(梅爺の亡くなった父親の口癖でした)』と言われれば、今度は『ここはひとつ、無謀はやめて、堅実に対応しよう』と自重したりします。

どちらの助言が『正しい』ということではなく、人間は、その都度自分にとって『都合のよい』助言に飛びつくということなのでしょう。『安泰』を求める本能が、そうさせるからにちがいありません。『都合のよい』助言をしてくれる人は『優しい人』として受け容れ、『都合の悪い』助言をする人は『冷たい人』として避けようとします。

理性で考えれば、『人間の脳や身体の能力には限界がある』ことは認めざるをえません。100メートルを5秒で走る人が出現するとは思えません。この本が指摘していることは、『脳』は、能力に限界があるだけではなく、もっと悪いことに『期待通りには機能しない』『誤謬(ごびゅう)を犯す』ことがあるということです。

しかも、始末が悪いことに、『脳の保有者(本人)』は、『脳』は『いつも期待通りに働いてくれる』『間違いは犯さない』と思い込んでいるということが問題となります。この『錯覚』の事例や、その『錯覚』が引き起こす悲喜劇の事例が沢山紹介されていますが、何故『錯覚』を犯すかという原因がこの本には明記されていません。梅爺は、『人間は生物として生き残るための本能を保有しており、その一つは安泰を希求することである』と考えていて、『錯覚』はこれに基づくものと推定しています。つまり『自分の脳が保有する能力は怪しげなものだ』とすることは『不安』の種になり、『安泰』が脅かされますから、『怪しげなものであって欲しくない』という『願望』を持ち、やがてそれは『怪しげなものではない』という『確信』に変ると言うことではないかと思います。これが『錯覚』を生みだすプロセスです。

失礼な言い方をお許しいただければ、宗教は、巧みにこの『錯覚』を利用しているのではないでしょうか。『心の安らぎ』を得るために、『神や仏の慈悲にあずかりたい』と願い、やがて『神や仏の慈悲は存在する』という『確信』に到達することになります。『心の安らぎ』は人間には大切なことですので、宗教が『錯覚』を悪用しているとは必ずしも言えません。宗教以上に『心の安らぎ』を実現してくれる他の手段は今のところ見つからないからです。

『こうあって欲しい』と強く願っていることが現実に裏切られると、人間は『宗教』に不信感を抱き始めます。歴史を観ると、『大災害』『大飢饉』『疫病の蔓延(まんえん)』で宗教や神官の権威が衰退していった沢山の事例に遭遇します。紀元前のギリシャのサントリーニ島の噴火で、ミノア文明を支えていた神官の権威が失墜し、文明が衰退したこと、ナイル川の氾濫が数年連続的に起こらなかったために、農地がやせて大飢饉となり、ファラオ(神の化身)の権威が失墜してエジプト古代王朝が滅亡に向かったこと、近世ではポルトガル、リスボンの大地震で、カトリック教会の権威が揺らいだことなどがそれにあたります。

繰り返しになりますが、『願望』と『事実』を冷静に区分けできない習性を人間は保有していて、それが悲喜劇を引き起こします。『ドンキホーテ』を笑いながら、私たちは誰もが『ドンキホーテ』なのです。

| | コメント (0)

2013年5月12日 (日)

見えないゴリラ(3)

この本は、人間の『注意力』『記憶』『自信』『知識』『推定』『潜在能力』には限界があり、時には『欠落』していたり『誤謬(ごびゅう)』に基づいたものであるのも関らず、私たちはそれを過信する危険をはらんでいることに警鐘をならしています。

人間が考え出した『抽象概念』の中には、論理的に『無限』なものが存在するとしても矛盾が無いものがあります。たとえば『整数』は論理的に人間が見出した『抽象概念』ですが、数列は『無限』であるとしても矛盾はありません。しかし、この世に存在する『具象物』は、いずれも『限界』を秘めています。『宇宙』のように、人間の感覚からは『無限』と思えるものにも、『限界』があることが分かっています。

『神は無限の能力を保有しておられる』という表現を『論理命題』として検証する場合、『神』が『抽象概念』であるならば、この『命題』は『偽』とは言い難いことになります。『抽象概念』の中には『無限』なものもあるからです。しかし、『神』は『具象物』であるとした途端、『命題』は逆に『真』とは言えなくなります。全ての『具象物』には『限界』があるらしいことが分かっているからです。梅爺は、『神は人間が考え出した抽象概念であり具象的な存在ではない。しかし、この抽象概念は人間の心の安泰と関係しているために、無意味なものとは言えない』と考えていますが、無神論者は、『実際に存在しないものを、存在しているかのごとく主張すること自体が怪しからん』と言い続けます。

一方、『神』を信じておられる方々は、『神は人間が考え出した抽象概念である』ということを認めてしまうと、人間が存在しなければ『神』は存在しないことを認めることになり、宗教の教義がなりたちませんから『神は人間が出現する以前から存在していた』と言い張ります。そうすると無神論者から『抽象概念ではないというならその証拠を見せろ』と詰め寄られることになり、『神学論争』は堂々巡りになります。

話が少し脱線してしまいましたが、人間の『脳』は、明らかに『具象物』ですから、『限界』があることには反論の余地がありません。『人間は限りない可能性を秘めてる』という表現は、文学的な表現としては許されますが、科学的には正しい表現ではないことになります。

『神が存在してほしい』『人間は限りない可能性を秘めていて欲しい』という『願望』を持つことには、『生きる』上でそれなりの意義がありますので、人間は、『神は存在しない』『人間の能力には限界がある』という『事実』を受け容れることを拒もうとします。

この本は、『願望』と『事実』の間に乖離(かいり)があることを、認めなさいと諭(さと)しています。『願望』は時に誤った判断に人間を導くという警告はその通りに違いありませんが、『願望』は人間の本能に立脚していますので、ややこしい話になります。

『願望』は時に『事実』とは異なるということを、冷静に判断できる人は、器の大きい人です。人間の大半は、『願望』と『事実』を混同する悲喜劇の中で生きています。

| | コメント (0)

2013年5月11日 (土)

見えないゴリラ(2)

本の表題である『見えないゴリラ』は、著者たちが行った心理学の実験に由来しています。白いユニフォームと黒いユニフォームを着たバスケットボール・チーム同士が対戦する様子をビデオで被験者たちに観せ、観ている間に、白いユニフォーム・チームがチーム内で何回ボールの『パス(受け渡し)』を行うかを『数える』ように指示します。

このビデオには、『しかけ』が施されています。それは、ビデオ放映の丁度真ん中くらいの時間に、ゴリラのぬいぐるみを着た人間が、画面を横切る様子が9秒間挿入されていることです。ゴリラは、ご丁寧にも画面中央では一度立ち止まって、正面を向き、胸を拳(こぶし)で叩いて見せます。

ビデオを観終わった後に、被験者は『パス』の回数を答えるように求められますが、この実験ではそれはどうでもよいことで、同時に『ビデオを観ていて、何か不自然なことはありませんでしたか』と問われます。

驚いたことに、被験者の半数は、『何も不自然なことはなかった』と答えます。これは、画面に登場したゴリラに『気付いていない』ことを意味します。被験者は、ハーバード大学の学生たちですから、平均以上の頭脳の持ち主です。この実験は、その後、色々な人たちを対象に行われましたが、ゴリラに気付かない人の比率は同様でした。

人間は、視覚器官で感知した情報を、全て『認識』『記憶』の対象にしているとは限らないことを、この実験結果は示しています。言い換えれば、同時に『認識』できることには能力の限界があり、優先度の低い『情報』は、外にこぼれて実質的には『無かった』ことに等しいということを意味します。実験で、半数近い人が『ゴリラを見なかった』のは、バスケットボールの『パス』の数を数えることに神経が集中していて、それ以外のことは『認識』の対象ではなかったということになります。

人間は、その人の興味に基づいて、『見たいものを見、聞きたいものを聞いている』ということになります。更に意図的に『見たくないものや、聞きたくないものは避ける』習性を持っています。梅爺も、梅婆の愚痴を上の空で聞いていて、よくたしなめられています。

この心理学の実験結果を、『そう言われれば、そうかもしれない』と納得するだけでは済まされません。人間の『認識』や『記憶』の能力は、これほどあてにならないものであるにも関らず、刑事裁判などでは、『目撃者の証言』は決定的な要因として判決に影響を与えることになるからです。

この本でも、事件の被害者が、『犯人はこの人に間違いない』と主張したにも関わらず、実際には『犯人ではなかった』ことが後に判明する事例が、いくつか提示されています。

能力の限界から、『認識』できないことや、自分に都合の悪いことを『認識』しないように避けたり、逆に都合がよいように『誤認』する習性を人間が保有していることに、この本は警鐘を鳴らしています。本人は、自分に至らない点があるとは思わずに、『自分は正しい』と主張するのが一般的ですから、これによって悲喜劇が生じます。

加えて、自分は至らない人間だと主張する人より、自信たっぷりに自分は正しいと主張する人の方を、『信用』する習性が人間にはあり、『間違い』に『間違い』が上塗りされることがよくあります。

| | コメント (0)

2013年5月10日 (金)

見えないゴリラ(1)

『The Invisible Gorilla(見えないゴリラ)』という本(英語版ペーパーバック)を読みました。サブタイトルは『And Other Ways Our Intuition Deceives Us(直感が私たちを騙す手口の数々)』で、心理学をベースに人間の脳を論じた内容です。著者は、Christopher ChabrisとDaniel Simonsという、米国ハーバード大学で心理学を教える二人の先生です。

『宇宙』『生命』『人間の脳』は、科学者たちの探究心を刺激する領域で、梅爺のような素人にも興味が尽きることが無い分野です。『宇宙』も『人間の脳』も、まだまだ広大な未知の世界が残されていますが、特に『人間の脳』は、自分が保有し、毎日お世話になっていながら『分かっていない』わけですから、まるでブラック・ユーモアのような話です。

『脳細胞』や『脳神経ネットワーク』を生理学的に研究することが難しいのは、生きている人間の頭蓋骨の中を、人道的にも問題の無い方法で、直接調べることが困難であるからです。死んだ人の『脳』を取り出して調べてみても、脳の本当の機能は分かりません。

そこで、間接的に脳の機能を推測する手法がとられます。スキャナーを用いて、脳内部の断面図を連続的に取得する方法や、脳から漏れ出てくる微弱な脳波を感知して、活性化されている部位を特定しようとしたりします。

心理学も、間接的な推測手段です。脳がつくりだす『人間の行動、反応』を現象的に外から観察して、逆に脳のしくみを推察しようという研究分野です。実験対象を『自分』に置き換えてみることができますから、『なるほど、そう言われればそうだなぁ』と、身近に感ずることができ、堅苦しい『科学』ではないような親しみを覚えます。

あの手この手で、科学者が『脳』を解明しようと努力していますが、未解明な部分が多く、謎だらけです。特に『精神世界』と『脳』の関係は、分からないことだらけで、『宇宙』の方がまだ解明が進んでいると言えそうな気がします。梅爺は、『脳科学者』と称する先生が、さも『自分は脳のことは何でも分かっています』と言わんばかりに、テレビや本で解説されるのを観たり、読んだりしても、失礼ながら直ぐには鵜のみにしないようにしています。

140億個と言われる脳細胞の複雑なネットワークが、外部刺激に呼応して、動的に変容しながら、刻々と紡ぎだす複雑な世界を、人類は最終的に解明できるのかどうかさえも不透明です。もし解明できないとすると、『人間の脳は、自らを解明する能力を持たない』という、なんとも皮肉な話になります。

分からないことだらけであることをいいことにして、梅爺のような素人でも、『ああだろう、こうだろう』と勝手な『仮説』が提示できる分野でもあります。『梅爺閑話』をお読み下さる方は、この種の『仮説』のオンパレードであることはご承知のとおりです。『仮説』を『正しい』として押しつけるつもりは毛頭ありませんので、『屁理屈爺さんの独り言』として、笑い飛ばしていただいて、一向にかまいません。

| | コメント (0)

2013年5月 9日 (木)

日本の中の『ブラジル』(2)

47995_4104169101376_978426877_n主としてブラジル人を対象にした食料品、雑貨などを売る店

大泉町に車で近付くと、突然ポルトガル語の看板が目立つようになり、町行く人達も、外国人が増え始めます。

梅爺が住んでいる青梅に近い、米軍横田基地近辺も、英語の看板、兵士やその家族を多く見受けますから、『日本の中の外国風情』は同じです。

大泉町にある、大きな日本のスーパー・マーケットの店員、買い物客もかなり高い比率で外国人であることに気付きます。

のどかな群馬県の田舎町が、このように変身したのは、地元にある富士重工やパナソニック(旧三洋電機)といった大企業の工場が、人手不足を解消するために町と協力して外国人労働者の受け容れを推進した結果です。

日系ブラジル人が多いのは、先祖の母国日本への関心や先進国への憧れがあったのかもしれませんが、明治に新天地を求めて多くの日本人がブラジルへ移民したことを考えると、『逆流』現象です。

外国の中に、ある国の人たちだけが集まって『コミュニティ』を形成するのは、世界共通で、シンガポールには『アラブ人街』『インド人街』があり、アメリカの主要都市には『チャイナ・タウン』があります。意外なことに『日本人街』は、ロスアンゼルスの『リトル・トウキョウ』くらいしかありませんが、これは日本人の庶民が集団移住する機会が減って、ビジネス・エリートなどが個別に外国住まいすることが多くなったためではないかと思います。日本がいち早く先進国の仲間入りを果たした、間接的な証(あかし)かもしれません。

日本の中の『ブラジル』大泉町を歩いてすぐ気付くことは、ブラジル人を対象とした、キリスト教各宗派の『教会』があることです。『コミュニティ』の形成と、宗教の進出は不可分なのでしょう。現在は、簡易建築の粗末な建物ですが、そのうちに大泉町に、華麗な教会堂が出現するかもしれません。

異文化との共存を、大泉町(自治体)が決断したことには敬意を表したくなりますが、他の日本の自治体とは別の新しい問題も抱えるようになったのではないかと推察できます。『言葉』『習慣』『常識』の違いを、外国人ばかりではなく日本人も努力して克服しなければならないでしょうし、『治安』『教育(日本の学校への受け容れ)』『福祉(病院での対応)』などの面でも特別な対応が必要になるにちがいありません。

梅婆がインターネットで調べて、『東大とハーバード大学が共同で、大泉町を異文化共存の事例研究対象にしている』ことが分かったと言っていました。格好の事例であることはまちがいありません。

将来、日本中が大泉町のようになることは無いにしても、異文化との共存地帯がひろまっていく可能性は十分にあります。大泉町で獲得した知恵は、その時大いに役立つことになりそうです。

昨今の日本は、ビジネス分野での異文化共存は、ある程度経験してきましたが、日本の中で『庶民の生活レベル』での異文化の共存が大規模で行われるのは、新しい体験ですから、成果は注目に値します。

| | コメント (0)

2013年5月 8日 (水)

日本の中の『ブラジル』(1)

023公園の仮設舞台で踊られる『カーニバル・サンバ』

梅爺と梅婆は、ゴールデンウィークの『子供の日』に、息子一家に誘われて、群馬県大泉町で開催されたイベント『ブラジリアン・デイ(ブラジルの日)』を見学に出かけました。
 

息子一家が住む埼玉県川口市から、車1台に5人(息子夫婦、小学校4年生の男児の孫、梅爺夫婦)が乗り、日帰りしました。高速道路(東北道)を利用しましたが、幸い案ずるほどの渋滞はありませんでした。 

群馬県大泉町は、館林市に近い人口4万人の大きな町ですが、人口の10%がブラジル人(日系ブラジル人の比率が高い)で、更に他の外国人を含めると、外国人比率が15%にもなる、日本の中では特異な町です。まさしく、『日本の中のブラジル』を体験できる町です。 

イベント『ブラジリアン・デイ』は、町の公園に舞台やテントの屋台が設置された『お祭り行事』で、舞台では、華やかな『カーニバル・ダンス』を含むサンバやボサノバが絶えず演奏され、屋台では、ブラジルの『B級グルメ』とも言えそうな食べ物や飲み物が売られていました。 

梅爺たちも、屋台で色々な物をすこしづつ買って食べましたが、油が多い揚げ物(ひき肉を衣で包んだもの)であったり、固い肉(牛肉)の串焼きであったで、お世辞にも『美味い』とは言えないものでした。もっとも日本人の爺さんの個人的な感想ですから、評価は偏っているのかもしれません。 

町には、ブラジル人を主たる顧客にした、食料品、雑貨を売る店が何軒かあり、これも好奇心に駆られて訪ね、買い物もしました。瓶詰めの『ヤシの芽』というのがあり、ブラジルでは高級食材であるというので、買って食べてみました。これも、日本で云えば『筍(たけのこ)』のような食感で、特段『絶品』と唸るようなものでもありませんでした。 

町には、本格的な『ブラジル料理レストラン』もありましたが、今回は屋台で済ませたために、訪ねませんでした。本格的な『シェラスコ(牛肉をブロックで回転焼きし、表面から削いで食べる、トルコのケバブに似ている料理)』を食べれば、もう少し『美味しい』という評価になったのかもしれません。 

大泉町が、このような日本の中では特異な町になったのは、町と地元の大企業工場が、人手不足を解消するために、積極的に『外国人受け容れ策』を進めてきたからです。その結果、地方の町としては珍しく人口が増加し、年齢分布も、日本が『高齢化社会』になっているのと異なって、『若者の年齢層が多い』という健全な分布になっています。 

将来の日本を考える上で、大泉町は、一種の実験の場であるのかもしれません。梅爺は、長所、短所を想像して、好奇心に駆られました。

| | コメント (0)

2013年5月 7日 (火)

映画『お日柄もよくご愁傷様』(3)

この映画は、橋爪功、吉行和子が演ずる平凡なサラリーマン夫婦の家庭を舞台にしたホームドラマ形式の喜劇です。夫の父親、夫婦喧嘩をして実家に戻ってきている臨月のおなかを抱えた長女、独身の二女の五人暮らしです。夫婦は、生涯初めての仲人役を引き受け、夫は挨拶口上の涙ぐましい練習をして当日に備えます。結婚式の当日の朝、家を出ようとしている時に、夫の父親が、布団の中で突然亡くなっていることを二女が発見します。夫は責任ある仲人役を降りるわけにはいかないと主張し、葬式の手配などは、夫の妹を呼んで手配してもらうように娘たちに指示して結婚式場へ向かいます。

慶事と弔事の両方が同時に押し寄せるという設定が、人間喜劇を引き起こします。タイトルの『お日柄もよくご愁傷様』は、この状況をユーモアたっぷりに表現したものです。伊丹十三監督の映画『お葬式』もそうですが、当事者が世の中のしきたりに従って厳粛に振舞えば振舞うほど、客観的に観ている観客の笑いを誘うことになります。真面目な方は『不謹慎』と立腹されるのかもしれませんが、『厳粛』と『滑稽』が同居すると感ずる人間の『精神世界』は、むしろ健全ではないかと梅爺は思います。

映画が進行するにつれ、登場人物の人物像が、会話やちょっとしたしぐさや挿入される逸話で段々鮮明になっていきます。俳優の演技も見事ですが、計算されつくした『脚本(布施博一)』も秀逸です。それぞれの逸話は、特殊な内容ではなく、世の中に良くあるパターンの寄せ集めなのですが、観客は『そうそう、そう云うことはある』と親近感をもちますから、感情移入して観ることになります。

あることが暗示され、観客は『きっと、こういうことになるぞ』と予測しているとその通りになり、『ほれみろ、当たった』と満足することもあれば、『どうしてだろう』と最後まで『謎』が継続することもあり、脚本家や監督が仕掛けた罠にかかってしまいます。当然、最後は全ての『謎』がとけて、観客は暖かい気持ちになるようにできています。映画を知りつくした職人が作った喜劇です。

夫婦、親子の間でも、実は心の底は分かっていない、口で言っていることと本当の気持ちは同じとは限らない、など『精神世界』の奥深さを、この映画は表面的には『よくあるエピソード』や『登場人物のキャラクタの違い』で描いています。そして『幸せ』『家族の絆』とは何だろうと観客に考えさせます。勿論『死』と『誕生』のエピソードも含まれますから『生きる』こととは何だろうということも考えさせてくれます。

この映画が、公開時にどれほどヒットしたのかを梅爺は知りませんが、『実によくできた面白い映画』ということでは、梅爺好みです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年5月 6日 (月)

映画『お日柄もよくご愁傷様』(2)

『映画』は、『大衆娯楽』の側面と、『芸術作品』の側面とを持ち合わせています。勿論、大半の『映画作り』は、興行収益を求めた『ビジネス行為』でもあります。 

従って、確実な興行収益を目指せば、大衆の『精神世界』の浅いレベルに訴える作品を作ればよいということになります。テレビで確実に視聴率が稼げるからということで、他愛のない『バラエティ番組』が多く作られるのと同じです。映画では、『上品とは言えない笑い』『人間離れしたヒーロー・アクション』『暴力』『セックス』などを、最初から狙った作品が作られることになります。『ハリウッド・ビジネス』の本質はそれに近いことが分かります。 

しかし、『映画作り』の関係者の一部や、観客の一部は、このような『精神世界』の浅い刺激だけに訴える映画には飽き足らず、『精神世界』のもっと深いレベルへ触れる映画を作ることを志向します。『難解すぎて理解できない』と酷評されることがあったり、『芸術性が乏しい』と言われたり、こちらも成功するとは限りませんが、うまくいけば多くの観客が『感動』して受け容れる映画が実現します。 

良心的な映画関係者は、表面的な娯楽要素、『精神世界』の深いレベルへ触れる要素、そして『興行収益』のバランスをどこでとるかに頭を悩ませるに違いありません。ある意味で、『作家』や『芸術家』の悩みと似ています。収益だけに徹すれば、自分を裏切ることになりますし、そうかと言って、自分の独り善がりでは、生きる糧が手に入らないかもしれないからです。名声が確立した芸術家は、何をしても受け容れてもらえますが、そのような芸術家は稀な存在です。 

山田洋二監督は、映画のバランスをギリギリ追求した良心派の監督のお一人ですが、そのご自分の悩みから観て、『お日柄もよくご愁傷様』の和泉聖治の職人技を高く評価して、99本目の映画として推薦したのであろうと梅爺は推察しました。 

何しろ和泉聖治監督は、山田監督のような松竹生え抜きのエリート監督ではなく、多分生活の糧を得るために、『ピンク映画』『やくざ映画』など、求められる映画を始め、テレビドラマなどの演出も数多く手がけてきた監督なのです。 

看板描き職人が、普段は求められるものを何でも描くことに徹していながら、私でも『日展』に入選するような絵も描けますよと、ある時描いてみせたのが、『お日柄もよくご愁傷様』という映画であるような気がします。 

その職人気質、映画を知りつくした技法を山田監督は高く評価したのでしょう。和泉監督の前歴などを無関係に、『お日柄もよろしくご愁傷様』という映画だけを観れば、良質なユーモアで笑いを誘い、しかも人間の『精神世界』の深い部分にふれて感動を誘う見事な映画になっていると言えます。 

和泉監督が『何でもござれ』の才人であることがわかります。人間の素晴らしさ、おぞましさの全てを知りつくしていないとこうはいきませんから、梅爺は、エリートの『偉いさん』よりむしろこのような方を尊敬してしまいます。

| | コメント (0)

2013年5月 5日 (日)

映画『お日柄もよくご愁傷様』(1)

NHKBSプレミアムチャンネルで、2年間にわたって放映された『山田洋二監督が選ぶ日本映画100本』シリーズを、梅爺は余すことなく録画し、観ました。最初の1年間は『家族編』で、2年目は『喜劇編』でした。東日本大震災で打ちのめされた日本人が、『思いやり(絆)』『笑い』を取り戻すきっかけになって欲しいという山田監督の願いが込められています。 

『日本映画』の定義は、簡単なようで難しい気がします。『日本の映画会社が、日本人観客を想定して、日本人の監督、スタッフ、俳優をつかって制作した映画』ということかもしれませんが、それなら黒澤明監督がソ連で撮影した『デルス・ウザーラ』は日本映画ではないのかなどということにもなります。国際的に興行収益が見込めるものには、外国資本も参入してきますので、今後『日本映画』の定義は更に複雑になるにちがいありません。 

日本で『映画』が上映されたのは、1896年(明治28年、神戸)とされています。勿論、外国の機材、フィルムを持ちこんでのことですので、『日本映画』ではありません。2年後の1898年には、日本人が撮影した短編映画が公開されたということですので、日本人の新しいものへの対応能力には驚きます。この優れた対応能力は、現在の日本人の特質でもあります。終戦後間も無い頃、焼け野原同然の東京で、映画作りが再開されていることにも驚きました。 

こう考えると『日本映画』は、110年ほどの歴史を持っていることになります。今回番組で放映された作品には、『無声映画』時代の作品(放送では字幕をナレーションで補佐)もありましたが、『有声映画』で最も古いものは、昭和10年ごろの作品でしたので、ほぼ72歳の梅爺の人生と、『日本映画』の歴史は年代的に重なることになります。 

従って、この番組を観ることは、自分の生きた時代を間接的に俯瞰することになりますので、『映画好きの若い方々』とは違った感傷で観たことになります。

人間社会の基盤となる、生活風習、言葉などが、環境から受ける影響で、まるで『生き物』のように変容していく様子を映画の変遷の中に観ると、『物質世界』が『動的平衡』で変容していく様子とそっくりであることに気付きます。『生物進化』と『社会変化』も類似しています。何らかの要因で突然出現した資質が、その『生物』『社会』の主流の資質になり、継承されていきます。老人がいくら『昔は良かった』などと嘆いてみても、変容を逆戻りさせることはできません。

50年から60年前に、日本人の庶民や子供たちが交わしていた日常会話の、語彙、話すテンポ、敬語などは、現代の日本人とは全く異なっています。この間『戦争と敗戦』『急速な経済復興』『ビジネスの海外進出』『急速な科学技術の進展』など、特別に大きな環境変化があったからと言えるかもしれませんが、平穏な時代でも人間社会は変容していくのではないでしょうか。江戸時代の初期と後期では、260年の時間が経過していますから、生活風習、言葉で差異があったにちがいありません。過去の日本を知ろうと思えば、その時代の風習、言葉、価値観なども配慮しなければなりませんから、易しいことではありません。

山田洋二監督が、『喜劇編』の最後に選んだ作品は、ご自分の『男はつらいよ』でしたが、最終回の一つ前に選んだ作品が『お日柄もよくご愁傷様(1996年:和泉聖治監督)』でした。

映画を知りつくした職人が、観客の反応を綿密に予測計算して作り上げた作品で、梅爺は笑い転げると同時に感心してしまいました。

| | コメント (0)

2013年5月 4日 (土)

デカルトとニュートン(2)

17世紀から18世紀にかけて活躍した『ニュートン』も、天才と言える人物で、後の物理学の進展に大きな影響を及ぼしました。『物質世界』の事象を、『形式的な数学の世界』で表現しようとし、いくつかの法則を見つけ出していますので、『抽象化して推論する能力』に長けていた人物であると推測できます。

しかし、『ニュートン』は『デカルト』同様に、敬虔なキリスト教信者でした。

『ニュートン』は、『神が存在しないならば、我々が神を発明しなければならないだろう』と逆説的な発言したと言われていますので、『物質世界とそれを支配している数学的な規則性』の存在そのものが、『神』の存在証拠でると考えていたことが分かります。

『ニュートン』と同じ主張をされる方は、現在も多く、概(おうむ)ね以下のような論理で説明しようとします。

『物質世界が何らかの方法で誕生したのは事実であるから、遡(さかのぼ)れば、第一原因、すなわち創造主である神が存在しなければならない』(宇宙論的証明) 

『物質世界の見事なしくみをみれば、そこにデザイン(設計)の跡が認められる。したがって、設計者としての創造主(神)が存在する』(目的論的証明)

宇宙論的証明にしても、目的論的証明にしても、『万物とそれを支配する真理』は『神』が創造したとだけいっているだけで、この『神』が、人間にとって『愛や慈悲にみちた存在』であるという説明にはなっていないところに、宗教の視点の説明としては問題ががあるように思います。

現代科学は、『物質世界』は『形式的な数学の世界』に支配されながら、絶え間なく『変容』していると推測しています。この『変容』の要因は、『超分散処理』『動的平衡』などという言葉で表現されます。人間の生と死も、物質世界の視点で観れば、『動的平衡』による『変容』の一つに過ぎません。

『精神世界』では、『目的を設定して実現を図る』『物事には始めと終わりがある』という考え方が重要な意味を持ちますが、『物質世界』には、『目的』や『始まりと終わり』という概念が無いことになります。

『物質世界』が絶えまなく『変容』するのは、『完全平衡』ではなく常に小さな『ムラ』が存在するために『動的平衡』が続くと考えられています。

『ビッグ・バン』は『始まり』ではないのかという疑問が生じますが、多くの学者は『始まり』ではなく、『変容』のある時点での事象と考えているようです。梅爺の理解を越えますが、『ビッグ・バン』だけを特別扱いしない考え方はなんとなくわかるような気がします。

『ニュートン』は、『物質世界の変容の本質』『精神世界が神を必要とする本質』について、現代のような考えに達していなかったと言えそうです。

梅爺は、『物質世界』と『精神世界』を区分し、『神』は『精神世界に存在する抽象概念』であると考えるようになって、多くの疑問が解消しました。勿論、梅爺が、得心しているだけで、この考え方が『正しい』と主張するつもりはありません

| | コメント (3)

2013年5月 3日 (金)

デカルトとニュートン(1)

『神は数学者か?(マリオ・リヴィオ著)』という本を読んで、近世の教養人、科学者が、『神』をどのように理解しようとしていたかに、梅爺は興味を惹かれました。

17世紀のフランス人『デカルト』は、『我思う、故に我あり』という言葉で有名な哲学者で、近世哲学の始祖と呼ばれていますが、自然科学、数学の分野にも功績を残した万能の天才といえる人物です。特に数学の分野では、『幾何学』と『代数学』を融合させ、その後の数学の進展に大きな影響を与えました。

『ガリレオ』は、『宇宙は数学の言語で書かれている』と洞察しましたが、『デカルト』は更に『あらゆる人間の知識が数学の論理に従っている』とまで言い切っています。

『物質世界』が『形式的な数学の世界』に支配されているらしいことは、近代科学によって信憑性を増しつつありますから、『ガリレオ』の洞察は、さすがと言えますが、『デカルト』のように『あらゆる人間の知識』までに範囲を広げてしまうと、『精神世界』の産物も包含することになり、いくらなんでも無理があると梅爺は感じます。

『物質世界』は、真偽の判定が可能ですが、『精神世界』には、真偽を判定する客観的な尺度がありません。『美』『善』『愛』『正義』などという抽象概念を考えてみれば、いずれも相対的な概念であることがわかります。『私はこれが美しいと思う』と主張しても、他人が同意してくれるとは限りません。

将来『物質世界』と『精神世界』を、共通に説明できる方法が見つかれば、『デカルト』の主張も間違いではないことが判明しないとはかぎりませんが、現状では難しいような気がします。

非常に興味深いことに、『デカルト』は敬虔なカトリック信者でした。しかし、皮肉なことに、『デカルト』は『無神論』を広めたとして、カトリックは彼の著書を禁書リストに載せました。『デカルト』は懸命に、彼の厳密な論理思考を駆使して『神』の存在を証明しようとしましたが、その手法や、『神』の定義がカトリックのお気に召さなかったのでしょう。

梅爺も、『物質世界』を支配する『自然の摂理(形式的な数学の世界?)』を『神』と呼ぶなら、異存は無いと何回もブログに書きましたが、この定義は、明らかに聖書の教義が示す『神』とは異なります。梅爺の定義する『神』は、『理』だけのもので、『愛』とか『慈悲』とかの『情』とは無関係なものになってしまうからです。

『デカルト』は、『神があらゆる永久不変の真理を創造した』と考えました。梅爺流に表現すれば、『物質世界と、それを支配する真理の世界は、不即不離な関係で、両方を神が創造した』ということになります。ここまでは、梅爺もついていけますが、その『神』が、どうして人間を愛したり、罪を許したり、天国へ行くための審判を行ったりするのかの説明に窮してしまいます。宗教の教義が提示する『神』は、『人間を特別視してくださる存在』であり、云いかえれば創造物の中で人間だけは特別であるという前提が見え隠れします。人間を『罪を犯しやすい存在』として創造しておいて、後になって『赦す』『罰する』などと云いだす『神』の真意はどういうことなのでしょう。

『デカルト』は、『我思う、故に我あり』と名言を残していますから、『精神世界』の存在を意識していたことになりますが、『精神世界』には『情』という曲者が影響力を持っていて、『理』だけでは説明がつかないこと、『情』は主観がベースで、客観的な比較、評価が難しいことを、はっきりと理解していなかったのではないでしょうか。梅爺は、天才的な大哲学者、自然科学者を批判できるような才能を持ち合わせていませんが、『デカルト』が、全ては『理』で説明ができると考えていたなら、その部分には同意できません。

| | コメント (0)

2013年5月 2日 (木)

梅原猛100年インタビュー(6)

梅原氏の話には『草木国土悉皆成仏』だけではなく、『往相回向(おうそうえこう):この世で積んだ功徳を全ての人に施して、ともに往生する行為』『還相回向(げんそうえこう):極楽往生した人が再びこの世に生まれ変わって人々を救う行為』、『布施』『精進(しょうじん)』『忍辱(にんにく)』などという仏教用語が多く使われました。 

残りの人生で『人類哲学序説/本説』を書き上げたいと、おっしゃっておられましたが、多分その内容は『仏教思想』に裏付けされたものになるのではないかと梅爺は想像しました。 

『自然との共生(自然の循環の中に身をゆだねる)』ということが、煎じつめると梅原氏の主張の要点と理解しました。全く異論がありませんが、これを『精神世界』の論議だけで行うと、従来の哲学と同じく、『教訓』のレベルから出られないのではないかとお節介な心配をしています。 

『物質世界(自然)の摂理』の支配下で、『人間は肉体的な命を得ている』ことが、『非情な現実』を私たちへ突きつけます。『精神世界』の説教で『殺生は良くない』と諭されても、『生物を食材として摂取しないと生きていけない』ことになりますし、『時間を惜しんで勉学や仕事に打ち込みたい』と願っても、『睡眠をとらないと生きていけない』ことになります。

『殺生は最小限度にとどめる』『惰眠(だみん)は貪らない』などと言ってみても、程度の問題で弁解がましくなります。

『清く、正しく、美しく生きる』は、『清い』『正しい』『美しい』という人間が『精神世界』で生みだした抽象概念を用いた願望で、『煩悩(ぼんのう)の解脱(げだつ)』同様に、凡人には到達できない理想郷であることがわかります。

梅爺は、『精神世界』の理想を掲げて生きる姿勢を茶化しているわけではありません。精神的な安泰(心の安らぎ)を得る手段として有効であることも承知しています。ただ、『物質世界』の一員として生きていくことが突きつける『現実』を、見て見ぬふりはできないと申し上げたいだけです。

『心の安らぎ』に、『精神世界』の宗教や芸術が深く関与していることは、いうまでもありませんが、『心の安らぎ』を『物質世界』で解明すれば、脳の中のある種のホルモンが増加する『化学反応』であることが分かるはずです。この摂理を利用する『鎮静剤』が現に存在します。

ここでも梅爺は、宗教や芸術は不要で、『鎮静剤』さえあれば良いと言いたいわけではありません。『精神世界』だけで人間の本質は語れないと申し上げたいだけです。

梅原氏は、番組の最後に、100年後の日本人へ向けて『生きとし生けるものとの和の精神を大切にしてほしい。日本人は日本(文化)への自信を持ってほしい』とメッセージを残されました。

これに関しては、梅爺は異論がありません。しかし、繰り返しで恐縮ですが、『哲学』が依然として『精神世界』の中だけで議論されているような印象を受けました。

『宇宙』『生命』を『物質世界』の摂理とからめて解明する『科学』の分野は、目覚ましい成果を挙げつつあります。煎じつめれば人間の『精神世界』も、『物質世界』のなかから誕生したものですから、『物質世界』と『精神世界』を包含する新しい学際的な『哲学』の出現を期待したくなります。

| | コメント (2)

2013年5月 1日 (水)

梅原猛100年インタビュー(5)

哲学者が、古今東西の思想体系に関する万巻の書を読み漁り、その中に埋もれている『価値表現』を見出して、再度光を当てることは、無意味ではありませんが、本来は、『自分の新しい価値・論理』を構築するための手段であるべきです。 

『かの偉人はこう言っている』『この書にはこう書いてある』などと、さも『鬼の首を取った』ように言うだけの学者は、あまり尊敬に値しません。 

梅原氏は、『草木国土悉皆成仏(そうもくこくどしっかいじょうぶつ)』という日本の仏教の言葉を引用して、日本人に受け継がれてきた『死生観』『自然観』を、ご自分の見解として説明されましたので、梅爺は啓発されました。 

『草木国土悉皆成仏』は、『生きとし生けるもの全てに仏心が宿る』という意味ですから、キリスト教に代表される西欧思想の『万物は神が創造された』とは似て非なるものです。つまり西欧思想では、『神』と『万物』は、『創造者』と『被創造物』の関係ですから、万物の『外』に神は存在し、『中』には宿らないという論理になります。

勿論『草木国土悉皆成仏』は、『精神世界』の『思想』ですから、これが『物質世界』の『摂理』であるとは言えません。あえてこじつければ、『あらゆる生物は、遺伝子継承という共通のしくみを保有している』という『摂理』の内容を、異なった形で表現しているといえるのかもしれません。DNAを構成する基本要素(化学組成)や子孫に継承されるしくみは、全ての生物(動物、植物)に共通しているからです。

梅原氏は、『草木国土悉皆成仏』は、東北地方に色濃く残る『縄文人』の文化が、仏教と結びついたものと推定しておられます。柳田国男の『遠野物語』に代表されるように、日本人の『死生観』『自然観』の原点が東北地方にあるという考え方は『そうかもしれない』と思わせます。梅原氏ご自身も東北の出身です。東日本大震災への日本人の対応ぶりは、世界を驚嘆させましたが、これも東北地方と無関係ではないと、梅原氏は解説されました。

『草木国土悉皆成仏』を如実に表している文学者が『宮沢賢治』であると、梅原氏は指摘されました。人間以外の主人公が登場する『宮沢賢治』の童話は、同じく動物が主人公のイソップの童話とは決定的に視点が異なっているということです。イソップの童話は『教訓』であるのに対し、『宮沢賢治』の童話は『死生観』『自然観』そのものであるという説明でした。『宮沢賢治』は『私』を中心とした小説は書けずに、表現は『童話』にならざるをえなかったという推測です。なかなか鋭い洞察です。

江戸時代の日本画家で、今世界が注目する『伊藤若冲(じゃくちゅう)』の、細密な自然観察も『草木国土悉皆成仏』の反映であると解説がありました。

『草木国土悉皆成仏』は言ってみれば、『アミニズム』という古代の宗教形式の踏襲ですから、日本にあるだけではなく、アメリカの原住民、オーストラリアの原住民にもある思想です。

自然の恵みを最低限享受し、自然とともに生きることを、人間が代々生きていくための『知恵』とし、恵みと災いの両方をもたらす自然を『神(神々)』として畏怖してきました。

現代人の多くは、自然と『神々』を結びつけはしなくなりましたが、それでも『自然と共存する』ことが、生き残りの『知恵』であることに気付き始めたことは重要なことであると梅爺は思います。『物質世界』のバランスを人間が変えると、人間そのものが『摂理』によって、生きていけなくなるということであるからです。人間がこの世からいなくなれば、広大で深遠な『精神世界』も消滅してしまうと梅爺は推測しています。

| | コメント (0)

« 2013年4月 | トップページ | 2013年6月 »