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2013年2月13日 (水)

繋がるほどに孤独(3)

『道具』が私たちをワクワクさせるのは、『道具』によって、自分の能力範囲が拡大したような気持ちになり、『道具』を使いこなしている自分に、一種の『優越感』を覚えるからではないでしょうか。『自動車』を運転すれば、歩くよりも速く移動できますし、歩くことでは到達できなかった遠い場所へも行けます。『道具』は、表向きは『便利』をもたらしますが、このように使い手の『精神世界』にも影響を与えていることにも注目すべきでしょう。

『デジタル情報機器』も同様で、表向きの『便利』だけではなく、使い手の『精神世界』へ影響するものがあり、その影響は、『人間にとって好ましくないもの』かもしれないと、『シェリー・タークル』はプレゼンテーションで警告しています。

しかし、『道具』は使い方によって『好ましくない事態を生ずる』のは、『デジタル情報機器』に限ったことではありません。『自動車』も『料理包丁』も、『兇器』になります。このことだけを強調して、『自動車』『料理包丁』を否定するわけにはいきません。

『道具』と接する時には、『道具』がもつ『本質的な特性』を理解した上で、『好ましくない使い方』を避ける『理性』が求められます。多くの『道具』の『便利さ』は、否定できないほどに魅力的ですから、使い手の『理性』をどのように、育むかが課題になります。

梅爺が『梅爺閑話』を書き始めて二日目(2007年1月)に『ITの本質』という駄文を掲載しました。リタイアする前に40年間携わった『IT業界』の体験から得た『本質』を以下のような箇条書きで紹介しました。

● 手段(道具)であって、目的ではない。
● 道具として使う人に、知恵と能力を求める。
● 『現実環境』と『仮想環境』の融合をもたらす。
● 複雑なネットワーク構造を可能にする。
● 全ての情報処理を、デジタル形式で表現し、統合する。
● システムの全体責任が、曖昧になる。
● 情報処理にかかわるコストを低減する。

現代に産まれた日本の子供たちは、『デジタル情報機器(テレビ、携帯電話、PC,ゲーム機など)』が、当たり前に存在する環境で育っています。そういうものが無かった梅爺の子供時代に比べれば、『夢のような便利な環境』ですが、一方梅爺の子供の時代にはなかった『精神世界』への影響も受けていることになります。中には『好ましくない影響』もあるに違いありません。

しかし、『デジタル情報機器』の存在を否定したり、『昔は良かった』と云ってみても、問題の解決にはなりません。文明の進化を、押しとどめることはできないという前提で、新しい環境を受け容れ、政治家や良識ある大人が、『本質』を理解して、あまり深く考えずに新しい環境にさらされてしまう子供たちや、『考える能力を持たない大人たち』への対応方法を考える必要があります。

『デジタル情報機器』の普及率が高い国家が文明国ではなく、『科学』や『文明』の『本質』を洞察できる大人が多い国が文明国なのです。

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