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2013年2月28日 (木)

イサベル女王(4)

『イサベル(女王)』と『フェルナンド(王)』は共に、熱心なカトリック信者で、イベリア半島におけるイスラムの最後の砦グラナダ(アルハンブラ宮殿)を奪還したことの功績で、二人はローマ法王庁から『カトリック両王』の称号が与えられています。

『イサベル女王』が最終的に成し遂げた『レコンキスタ(国土再征服)』は、8世紀に、イベリア半島の大半を北アフリカから侵攻したイスラーム勢力によって奪われてから、800年かけてカトリック教徒が、再征服したことを指す『抗争の歴史』の総称です。

『イサベル女王』が即位した時には、既にイベリア半島の南端のグラナダ一帯だけが、イスラームの支配圏で、近辺のセビリアやコルドバなどの主要都市は、『カスティーリャ王国』の支配下にありました。イスラーム時代のモスクや宮殿は、カトリックの教会(大聖堂)や王宮に改造され、その何とも不思議な雰囲気の建造物は現在この地方の観光名所になっています。1482年にグラナダ内部で内乱がおきたことに乗じて、『イサベル女王』は一気にグラナダを攻め、徐々に支配領域を広げて、1492年にスルタンを降伏させ、最後の砦『アルハンブラ宮殿』を手に入れました。

『イサベル女王』は、異教徒を厳しく弾圧したことでも有名です。スルタンを降伏させる時の条件として『宗教の自由』を約束しておきながら、これを守らず、17万人のユダヤ人は国外追放し、20万人のイスラーム教徒には、カトリックへの改宗を迫りました。本当に改宗したかどうかを試すための『異端尋問裁判』も頻繁に行われました。

その様な熱心なカトリック信者であった『イサベル女王』が、何故イスラーム文化の象徴ともいえる『アルハンブラ宮殿』を破壊することなく、大半をそのまま後世に残そうとしたのかは、謎めいています。

『美に魅せられたから』『全てを越えて得られる安息をそこに求めたから』などという理由を歴史学者は述べていますが、彼女の心の奥底は誰にも分かりません。『アルハンブラ宮殿』の内部には、いたるところに『神のみぞ勝利者なり』という言葉(アラビア語)がモザイク模様で記されています。『イサベル女王』もこの言葉を後に使っていますが、その真意は分かりません。ただ、『破壊しなかった』ために、現在私たちは、この素晴らしい歴史遺産を堪能することができるわけですから、彼女の英断に感謝しなければなりません。

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