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2013年2月 1日 (金)

映画『12人の優しい日本人』(2)

『12人の怒れる男』と同様に、この映画には、『事件』や『裁判』のシーンは一切登場しませんから、映画を観る人は、陪審員たちの議論や会話からそれを想像するしかありません。 

ぐうたら亭主に愛想を尽かし、5歳の子供をつれて別居している若い女性に、酔ったぐうたら亭主から復縁を迫る呼び出しがあり、二人は会って、人気が少ない夜の路上で云い争っている内に、近づいてきたトラックにぐうたら亭主が轢かれて死んでしまうという『事件』が『裁判』の対象であることが判明します。被告である若い女性(妻)に、夫殺害の意図があったかどうかが、裁判で争われ、被告は『無罪』を主張します。『事件』の目撃証言者は、偶然路の反対側で、男女の言い争いを見聞きした中年の女性と、トラックの運転手の二人だけです。 

中年の女性の証言では、『男女の言い争いを耳にした。女の方が優勢で「死んじゃえ!」と叫んでいた。自分はその場を離れようとしたら、トラックの警笛が聞こえ、振り返ってみたら男が轢かれていた』というような内容で、トラックの運転手は、『男女の存在に気付き、警笛(クラクション)を鳴らしたが、男がトラックの前によろめいて出てきて急ブレーキを踏んだが間に合わなかった』という内容です。 

これらの『状況証拠』から、被告(妻)が、殺意を抱いて夫を突き飛ばしたのではないかと嫌疑がかかりますが、当然被告は否定します。

議論が進む中で、『中年の女性』と『トラック運転手』の証言内容には矛盾があることが明らかになり、『間違っている』『嘘をついている』のではないかと疑惑が浮上し、一層話がややこしくなります。 

陪審員は、『殺意のある計画的な殺人(有罪)』か、『偶然の事故または正当防衛(無罪)』かを審議し『全員一致』で、『有罪』か『無罪』かを決めなければなりません。 

最初は、簡単に『無罪』に決まりそうになりますが、陪審員の一人(若い男性)が、『有罪』の可能性もあると主張し、議論することを求めます。議論している内に、今度は『有罪』が優勢になり、もう少しで『有罪』で決まりそうになりますが、二人の陪審員(中年のオバサンと同じく中年のオジサン)が、『何となく釈然としない』と云い張り、またまた議論が蒸し返されて、最後は全員一致で『無罪』という結末になります。 

『12人の怒れる男』では、ほとんどが『有罪』を主張する中で、一人の男が、もっと検証してみようと云いだし、議論の末に全員一致で『無罪』の票決にいたるという筋書きですが、『12人の優しい日本人』の方は、一転、二転して『無罪』になるという込み入った筋書きになっています。 

『12人の優しい日本人』は、『理』による議論が苦手な日本人が、議論をするとどんなことになるかを、『喜劇』として表現しています。映画を観ながら、『たしかにこのようなタイプの人は世の中にいる』と思ったり、『自分もこのような面を持っている』と感じたりして、笑ったり、同情したりすることになります。

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