« イサベル女王(1) | トップページ | イサベル女王(3) »

2013年2月26日 (火)

イサベル女王(2)

『ヨーロッパの歴史』を梅爺がスッキリ理解できない一つの理由は、『領土』『民族』『宗教』が時代によって変わり、これを頭の中で時系列で整理できていないことです。『異民族による支配』や『領土のめまぐるしい変貌(分割、統合の繰り返し)』を歴史的に経験していない『日本』では、『日本の歴史』は比較的単純に記述できますが、『スペインの歴史』『イタリアの歴史』となると、そうはいきません。現在の『スペイン』『イタリア』は、『日本』のように『変わらぬ領土』の国として存在し続けてきたわけではないからです。

『イサベル女王』の時代、『スペイン』という国家はありませんから、厳密に云えば『スペインのイサベル女王』という表現は正しくありません。イベリア半島の中央、北部に位置する『カスティーリャ王国』の女王として即位しました。

しかし、その即位は平坦なものではなく、じっと忍耐した後に、素早く行動して勝ち取ったものですので、『イサベル女王』は、『思慮深く、果断な人』と後世評されるようになりました。記録に残る言動は、いずれもこの評価を裏切るものではないように見えます。

『イサベル』は、『カスティーリャ王国』の『ファン2世』の2番目の妻の娘として生まれました。『ファン2世』は、日本流に云えば能力の無い『バカ殿』であったと伝えられていますが、『イサベル』が3歳の時に亡くなり、異母兄の『エンリケ4世』が王位に就いて、『イサベル』は母親、弟(アルフォンソ)と一緒に追放され、つらい少女時代を送ります。その生活は、母親が精神を患うほどの境遇でしたから、この体験が後の『イサベル女王』を考える上で、重要な要因ではないでしょうか。『蝶よ花よ』とチャラチャラ育てられたお姫様ではなかったということです。20年の流人(るにん)生活を送った源頼朝や、青年期に人質体験をした徳川家康なども、似た境遇で後のリーダー資質を培った言えるでしょう。

『エンリケ4世』は、浪費癖の激しいこれまた『バカ殿』で、その上同性愛者で世継ぎが生まれませんでしたが、突然王妃が女の子『ファナ』を産み、この子の父親は王様ではないだろうと周囲は疑惑を抱きます。『エンリケ4世』を見限って『イサベル』の弟『アルフォンソ』を担ぐ人たちが現れ、『カスティーリャ王国』は内紛状態になりますが、その『アルフォンソ』も若くして亡くなってしまいます。『アルフォンソ』を担いでいた人たちは、今度は姉の『イサベル』を擁立しようとしますが、『イサベル』は『兄(エンリケ4世)が生きている間は他の王は立てるべきではない』と主張し拒みます。誰の子か分からない『ファナ』よりは、自分の方が王位継承者として適任であると自負を抱きながら、周囲の期待が高まる好機をじっと待つという、したたかな対応であることが読み取れます。

更に『イサベル』は東側の隣国『アラゴン王国』の王子『フェルナンド』と結婚し、『エンリケ4世』が亡くなると、即座に夫『フェルナンド』と共同統治を掲げて『カスティーリャ王国』の女王に即位します。即位式は『セゴビア城』で行われました。この城はディズニーの『白雪姫』のお城のモデルになった、小高い丘の上の綺麗な建物です。

|

« イサベル女王(1) | トップページ | イサベル女王(3) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« イサベル女王(1) | トップページ | イサベル女王(3) »