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2013年2月22日 (金)

考える愉しさ(2)

『毎日ブログを書いています』と話すと、『一日も欠かさずの日記は大変ですね』と応じて下さる方が時折おられて、梅爺は返答に窮します。梅爺には『日記を書いている』という意識は全くないからです。

『ブログ』が『日記』と同じと受け止められるのは、世の中には『日記風のブログ』が多いからなのでしょう。『今日仕事で横浜に出かけたので、久しぶりに中華街を訪れ昼食をとった。○○楼の麻婆豆腐は絶品だった』などとその日の出来事や感想を綴るのは比較的容易ですが、梅爺がこのような内容の『ブログ』を書いても、読者の方々からは『見ず知らずの爺さんが、どこで何を食べて、どう思おうと私の知ったことではない』とそっぽを向かれるのは必定(ひつじょう)のような気がします。

ところが、毎日のアクセス数が非常に多い『有名人のブログ』の内容は、『今日どこへ行って、誰と会い、何をした』というような『日記風記述』が主体です。多くの方にとって『有名人のプライバシー』を覗き見ることは、興味の対象なのでしょう。『梅爺のプライバシー』は、ほとんど誰の興味も引かないわけですから、大違いです。

そこで、梅爺は『ブログ』を書き始めるにあたって、『個人的な興味を対象として、自ら考えたこと、感じたことを書こう』と決意しました。その時点で新聞やテレビで報道されている『時事(政治、経済、事件)』については、興味が無いわけではありませんが、梅爺が『ブログ』で取り上げるまでもなく、多くの方が『ブログ』で意見を述べておられること、表面的な情報だけで論ずる自信が無いこと、下手をすると記述が『日記風』になってしまうかもしれないことを考え、『対象』としては優先度をさげることにしました。

云って観れば梅爺は、自分の『心象』を『ブログ』に書こうと決意したことになります。『心象』は梅爺が『知っていること』を書くのとは異なり、対象さえ見つければ、ネタ切れにならない長所がありますが、今度は『他人の心象を興味の対象にしてくださる読者は本当におられるのだろうか』という懸念が持ちあがります。梅爺はプロの著述家ではなく、『ブログ』で生計をたてるわけではありませんので、読者の数はどうでもよいではないかということになりますが、『面白い』と感じてくださる方がほとんどおられないというのでは、文字通り『独りよがりなつぶやき』になってしまって、書き続ける意欲が減退してしまいます。

『梅爺閑話』を始めた当初は、案じた通りに『難解で、面白くない』という感想が多く、『自分の興味の対象や考え方は、世間の標準からかなりズレているらしい』と思い知らされましたが、辛抱して書き続けている内に、徐々に読んで下さる方の数も増え始め、最近では『意欲』の源泉になっています。爺さんの『意欲』は、『生きていることの実感』に結びつきますので、感謝に堪えません。『梅爺閑話』に関係する『フレーズ・ランキング』が左側に表示され、これをみると梅爺自身が意外に思う『キーワード』検索で『梅爺閑話』を見つけてくださる方が多いことがわかり、『なるほど、世の中の興味は多種多彩なんだな』とあらためて痛感します。

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