« 2012年12月 | トップページ | 2013年2月 »

2013年1月31日 (木)

映画『12人の優しい日本人』(1)

NHKBSプレミアムチャンネルで、『山田洋二監督が選ぶ日本の映画100本(家族変50本、喜劇編50本)』が2年がかりで放映されていて、喜劇の1本として『12人の優しい日本人(1991年、監督中原俊、脚本三谷幸喜)』が紹介されました。

脚本家『三谷幸喜』が、主催する劇団『東京サンシャインボーイズ』の舞台劇として書きおろした台本をもとに、映画化されたものです。

映画好きなら誰もすぐに気付きますが、これは往時のアメリカの名画『12人の怒れる男』のパロディです。以前梅爺は『梅爺が選ぶ映画ベスト5』をブログで紹介し『12人の怒れる男』は、第2位に挙げました。

http://umejii.cocolog-nifty.com/blog/2007/04/12_da52.html

『12人の怒れる男』も、元は舞台劇を映画化したもので、12人の陪審員が隔離された部屋の中で、有罪か無罪を決める議論、票決を行うプロセスだけを追うという、異例の映画でした。表情、しぐさ、発言内容だけで、登場人物のそれぞれの個性が描き出され、議論が進む中で、裁判の対象になった『事件』の真相が徐々に明らかになっていくというストーリーが、最後まで観る人の興味を惹きつけるものでした。『精神世界が写し出される人間の個性』『推理による事件解明』が大好きな梅爺には、たまらなく面白い映画でした。

『12人の優しい日本人』は、1991年の映画ですから、日本に『裁判員制度』が無かった時代で、『もし、日本に陪審員制度があったら日本人はこう反応するだろう』と『三谷幸喜』が遊び心を駆使して脚本を書き上げたものです。

原作『12人の怒れる男』は、陪審員全員が男性ですが、『12人の優しい日本人』では、3人が女性という想定になっています。『12人の怒れる男』は、勿論喜劇ではなく、アメリカの『疑わしきは罰せず』という法の精神を扱った内容でした。

才能あふれる『三谷幸喜』は、『人が人を裁く』という『陪審員制度』の危うさを、間接的にチクリと批判すると同時に、多くの日本人の精神構造が『陪審員制度』には必ずしも向いていないことを、『喜劇』として表現しています。日本人は『情』で物事に接する傾向が強く、『理』で議論することに不慣れで、苦手としています。この映画をつくった時点では、日本に『裁判員制度』が導入されることは予測されていなかったはずですが、『三谷幸喜』は見事に将来の問題点を指摘しています。

パロディ映画を作るということには、高い能力が要求されるはずですが、監督の『中原俊』も、見事な手法でこの映画を作り上げています。限られた一室の中だけで、話が進行するわけですから、画面の構成、転換、カメラアングル、アップ撮影など、綿密な計算で行われていることがわかります。

日本人の梅爺が観れば、この映画は原作『12人の怒れる男』に劣らない面白い映画ですが、日本語固有の『語呂遊び』もふんだんに登場しますから、日本人の特性や日本語を理解していない外国人が観ても面白いかどうかは分かりません。

この映画は喜劇仕立ての『人間ドラマ』ですが、『三谷幸喜』が、愛情をこめて『日本人』を描いた映画であると感じました。『優しい日本人』というタイトルには、少々の皮肉もあるかもしれませんが、基本的には『日本人への愛(いと)しい思い』が込められているのでしょう。

| | コメント (0)

2013年1月30日 (水)

民族、宗教、国家(4)

『宗教』という概念を人類が何故必要としたかについては、ブログに何度も書いてきました。周囲に存在する『摩訶不思議なこと(その時点の知識では摩訶不思議にみえること)』は、『不安』というストレスで脳は感知します。理解できないことに『何故だろう』という疑問を抱くのも、このストレスのせいで、『安堵を希求する』という本能が働いているからではないでしょうか。この本能が、『宗教』『哲学』『科学』を推進する原動力になっています。

『摩訶不思議なこと』を一挙に説明してしまう巧妙な方法として、『神』『霊』『仏』といった概念が考え出されました。『分からない』ことは全て『神の御業(みわざ)』『神の思(おぼ)し召し』とすれば、かたがつくわけですから、こんな便利な方法はありません。『死』も不安、恐怖の対象ですから、『死後の世界への移行』という説明で安堵を得ようとしたことになります。日常的な悩み、苦しみも救済の対象になりました。

どのような時代でも、人間が『理解できないこと』は沢山存在しますから、『安堵』を求めるために『宗教』を必要としてきました。しかし、科学知識が増えた現在では、『理解できないこと』は相対的に減り、多くのことは『神の御業』でも『神の思し召し』でもないことが判明してしまいましたので、『宗教』は新しい対応を迫られつつあります。古代エジプトで信じられていた『宗教』の世界を、今や信ずる人がいないのと同様に、将来の人類は、現在の『宗教』を放棄するかもしれません。

このような不信心極まりないことを云っている梅爺も、人間である以上不安や恐怖をストレスと感じ、なんとか『安堵』を得ようとする本能は宿命的に有しています。『ほらみなさい。だからいったでしょ』と言われても、『神や仏が安堵をもたらす』という命題を『真』として受け容れることを理性が疑っているわけですから、文字通り救いようがありません。『罰があたって、地獄に堕ちますよ』と言われても、そうかといって『信ずれば天国が待っているというのも安請け合いすぎませんか』と反論したくなりますので、まったく手に負えない爺さんです。

『宗教』に比べれば『国家』という概念の必要性は明白です。家族や同族を越えた『見知らぬ人』を含めたコミュニティを形成するには、そのコミュニティを維持するための新しい枠組みが必要になり『国家』が誕生したのでしょう。

『国家』は、内部を統制するために『リーダー』や『法』『警察』『裁判』を必要とし、外部の他の『国家』と戦うための『軍隊』を必要としました。

『国家』は相対的な概念で、必ずしも不変ではありません。現在の『国家』の中には、500年前には存在していなかったものも多数あることからもそれが分かります。『日本』は、幸運にも島国であったために、私たちは地理と『国家』は一体なものとして、不変であると勘違いしがちです。

『日本』が現在の『国家』のままで、不変に存在し続けるなどという保証は何もありません。

| | コメント (0)

2013年1月29日 (火)

民族、宗教、国家(3)

昨日は、人類はいつから、『民族』『宗教』『国家』という概念を意識するようになったのだろうかと考えてみました。『彼我(ひが)の差』を感じなければ、この意識は生まれませんから、外部に自分たちとは違う世界があり、その世界との関係は無視できない(ひょっとすると自分たちの世界の存続が脅かされるなど)と認識した時に、違いをもたらす要因として『民族』『宗教』『国家』という概念を意識したのでしょう。

SF小説によく登場するように、もし地球が宇宙人から攻撃されたとすると、『地球人』が一つになって、これと戦うことになりますから、その時には、地球における『民族』『宗教』『国家』などという概念は、突然意味を失ってしまいます。つまりこれらの概念がもつ価値は、極めて相対的なものであることがわかります。しかし、宇宙人というような外敵が存在しない世界では、『民族』『宗教』『国家』という概念は、絶対的な価値があるものと勘違いされ、それを守るために人はは命も捧げようとします。

いつからそれを意識するようになったかと同様に、何故人類は『民族』『宗教』『国家』という概念を『必要としたのか』も興味深いことです。

『現生人類』の先祖は、17万年前のアフリカのサバンナ地帯に出現したと考えられています。やがて、その子孫は、地球の隅々にまで行き渡り、現在にいたっています。その間に生じた『ネグロイド(黒色人種)』『モンゴロイド(黄色人種)』『コーカソイド(白色人種)』などの見た目の違いで、現在は分類されますが、生物学的には、私たちは『一つの種(ホモ・サピエンス)』です。

進出した地域の環境に合わせて、体質に変化が生じますから、『酸素が薄い高地に適応した体質』『厳寒の地でも耐えられる体質』などと『ホモ・サピエンス』には、違いが生じ『亜種』が誕生したことはたしかですが、やがてその『亜種』同士も混血の対象になって、複雑に混じり合ってしまったために、現在地球上に存在する『ホモ・サピエンス』は、全て『雑種』であるといって差し支えありません。現在の私たち『日本人』は、『縄文人』『弥生人』『アイヌ人』の遺伝子を引き継ぐ『雑種』で、『縄文人』『弥生人』『アイヌ人』も、アジアのいずれかの地域の先祖の遺伝子を引き継いでいますから、『日本人』などという純粋な民族を定義することは生物学的には不可能に近いことです。

上記のような、生物学的な説明を受けても、私たちは『民族』にこだわります。『オリンピック』や『サッカーのワールドカップ』で、日本が勝った負けたと大騒ぎします。人間には『群』をつくって過酷な環境を生き延びてきた過去の進化過程で獲得した『何らかの絆を確認して安堵する』という『本能』が継承されているためであろうと梅爺は推測しています。人間の本能は、全て『安堵を希求する』ことにつながっているように見えます。

『絆』を確認するためには、何らかの仲間の枠組みが必要になり、『同じ学校で学んだ』『同じ会社に勤めている』『同じ国家に住んで同じ言葉や習慣を共有している』などが重要な要因になります。

生物学的に『民族』は特定できないなどといくら理屈を言っても、『絆を求める本能』が、『国家』という概念を必要としていることが分かります。『愛国精神』が足りないなどと大騒ぎする必要はないように思います。何故ならば、人は誰でも、愛国精神の元となる『絆を求める本能』を否応なしに保有しているのですから。

| | コメント (0)

2013年1月28日 (月)

民族、宗教、国家(2)

人類が、『民族』『宗教』『国家』という概念を自覚し始めたのはいつかを考えてみると、意外に曖昧であることに気付きます。

原始社会から『家族』『部族』などという集団の概念は、生き延びるために必要なものとして存在していたであろうとは思いますが、『民族』という概念は念頭には無かったでしょう。日本人も、庶民が『日本人』と云う共通概念を意識したのは、幕末以降のことで、『勝海舟』や『坂本竜馬』が、『外国の脅威』に対して、『日本人同士が争っている時代ではない』と、警告してからのことではないでしょうか。勿論、言葉や文字といった文化基盤を共有する『日の本の国』という概念は昔からか存在し、為政者は『天下人』となって『日の本の国』を掌握することを夢見ましたが、庶民は『日の本の国の住民』という意識よりも、『江戸の住民』『薩摩の住民』などという意識が強かったのではないかと思います。

『宗教儀式』も原始社会から存在したはずですが、それは当たり前の生活の一部であって、『宗教』が独立した概念になったのは、かなり後世になってからのことです。『悩み苦しみからの救済(心の安らぎを得る)』『贖罪(罪を贖ってもらう)』などという『精神世界』に関する話が、現在では『宗教』の重要な要素ですが、原始社会では『宗教』は生活の全てであり、もっと生々しく『生』や『死』に直結していたものであったはずです。

歴史上『都市』の延長で『国家』が出現したり、強力な為政者が支配する領土を地盤として『国家』のような形態を作ったりしたことは分かっていますが、近世のような『国家』の概念がどの時点で確立したのかは、意外に特定が難しいのではないでしょうか。

私たちにとっては『民族』『宗教』『国家』は、当たり前の概念で、『当然それが存在する』『関係は明確である』という前提で物事を論じようとしますが、それほど単純な話ではなさそうです。つまり、『民族』『宗教』『国家』の関係は一律ではありません。

『ローマ帝国』は、4世紀以前は『多民族、多宗教の国家』でしたが、4世紀以降は『多民族、一宗教(キリスト教)の国家』に変貌しました。人間社会は、為政者や征服者によって、『宗教文化』が変わることがあることがわかります

現在の『アメリカ』『中国』は『多民族、多宗教の国家』ですが、『中国』は共産主義に監視された形式的な宗教が存在するだけですので、むしろ『多民族、一イデオロギーの国家』が正しい表現かもしれません。このことから、他の要因によって『宗教文化』が抑圧されることがあることも分かります。

中東の『クルド人(民族)』は、『オスマントルコ』時代には国民として差別されていませんでしたが、現在では、『イラク』『イラン』『トルコ』に散在する『少数民族』となって、差別に苦しんでいます。総勢2000万人の人口ですから、集結して自分の『国家』を持ちたいと願ってはいますが、現状では実現の目途はありません。『クルド人』は『イスラーム(スンナ派)』で、民族、宗教は判然としていますが、国家は存在しません。『民族』さえ存在すれば『国家』が形成されるものでもないことが分かります。

『旧ユーゴスラビア』は、『宗教』の違いで各『国家』に分裂したように見えます。『クロアチア(カトリック)』『セルビア(セルビア正教)』『ボスニア・ヘルツェゴビナ(イスラーム)』が代表的ですが、『民族』という点では、それほどの違いがあるようには見えません。つまりここでは『宗教』が『国家』『民族』が規定する要因になっていることが分かります。

『日本』は『アイヌ人』などの少数民族を包含していますが、大雑把に云ってしまえば『一民族、多宗教の国家』で、この組み合わせが『悩みの種』になってはいませんでしたので、恵まれた国と言えます。その分、日本人は、『国家』の中に『異民族間の紛争』や『宗教紛争』を絶え間なく抱えている国のことを、推察できない能天気なところがあるように感じます。世界中どこへ行っても『日本と同じ』と勘違いして、無防備に海外旅行へでかけたりします。

世界の紛争地へ出向いた日本のジャーナリストが殺されたりすると、その時だけは大騒ぎしますが、『世界は日本とは違う』ということに、なかなか思いが至りません。

| | コメント (0)

2013年1月27日 (日)

民族、宗教、国家(1)

『イスラームとは何か(小杉泰著:講談社現代新書)』を読み終えて、梅爺は『考える』ための沢山のヒントを得ました。この本は、梅爺のような『イスラーム』を知らない人間のための優れた入門書であると同時に、著者の『文明の歴史』に対する鋭い洞察が提示されていて、読者は大いに啓発されます。

『知る(新しい知識を獲得する)』『理性が刺激される(考えさせられる)』『情感が刺激される(文体等の様式美を愉しむ)』の3拍子がそろった著作は、名著といえますが、この本はそれに類すると梅爺は感じました。

特に『理性が刺激される』のは、本質に対する著者の洞察がすぐれているからです。多くの解説書や教科書が『面白くない』のは、ただ表面的な事象を羅列しているだけで、『理性を刺激する』本質的な『考え方』が提示されていないからです。面白い本で提示される『考え方』は、著者の『自論(仮説)』として『私はこのように考えました』といっているだけで、『あなた(読者)もそう考えなさい』とは強要しているわけではありません。しかし、これによって、読者は、『自分は、この考え方に賛同できるか、この考え方は他の分野にも応用が効くのではないか、別の考え方はないのだろうか』と思考を膨らませていきます。梅爺流に云えば『知的冒険』を開始することになります。

『知る』目的だけではなく、『考える(考えさせられる)』ことを目的として読書をすれば、楽しさや面白さは何倍にも膨らみます。

この本を読み終えて、最後に、『民族、宗教、国家の相互関係』はどうなっているのであろうか、という単純な『問い』に行き着きます。

これに関する『答』を人類は共有できていません。その証拠に、現在でも、紛争、戦争、動乱が後を絶ちません。

『国家』はコミュニティの主権を主張するための重要な概念ですが、『国家』の『アイデンテティ(独自性)』を何によって主張するかで、趣が異なってきます。現代では多くの『国家』が、『民族』を『アイデンテティ』としていますが、アメリカのように建国以来の経緯で『民族』を掲げることができない『国家』は、『自由・民主主義』などという『イデオロギー』を『アイデンテティ』にしています。

『宗教』を『アイデンテティ』として第一に掲げる『国家』は少なくなりつつありますが、皆無ではありません。第一の『アイデンテティ』としてはいなくとも、『宗教』が隠然たる影響力を持つ『国家』は、まだ沢山あります。

日本は、大雑把に云ってしまえば『日本人』という『民族』を『アイデンテティ』にした『国家』です。しかし、『日本人』とは何かを考えてみると、色々な疑問が湧いてきます。『日本領土内に住み、日本国籍を持つ人は日本人』ということになれば、論理的に『日本』は将来、『多民族国家』へ変貌することを許容していることになります。『碧い目』『黒い肌』の人も『日本人』である資格があるからです。しかし、そのような環境で『従来の日本人』が『新しい日本人』を差別しないとは言い切れないような気もします。『理屈』ではなく、『面白くない』という情感が『差別』を生むからです。

それでは、『従来の日本人』は、はっきりした存在なのかというと、これまた先祖をたどって考えれば、極めて曖昧な定義になってしまいます。

つまり、『民族』があるから『国家』ができるのか、『国家』があって、『民族』が識別できるのかは、そう簡単な話ではなさそうだと気付きます。これに『宗教』が絡むと、話は一層こんがらかってきます。

| | コメント (0)

2013年1月26日 (土)

自分を見つめるもう一人の自分(4)

『客体』と『主体』を区別して認識できるようになった人類は、やがて『主体』を『客体』として見つめると言う、複雑な行為ができるようになったはずです。『自分を見つめるもう一人の自分』が存在するということで、『自分の罪深さを悔いる』『努力をして、もう一段上の自分を目指す』などという行為がそれにあたります。

人間以外の動物が、『自分を悔いる』『努力して一段上を目指す』などの行為を行わないとすれば、人間の脳神経ネットワークのレベルに達していないからであると推測できます。

この素晴らしい能力を人間が獲得したのは、『二足歩行で、手が自由になり、道具をつかうようになったから』という説明は、突飛なように見えますが、説得力があると梅爺は思います。複雑な事象の真因は、実に単純なものであることが多いとも感じています。難しいことを、難しく説明している人の多くは、本質を理解していないからではないかと、失礼にも疑っています。

ノーベル賞の対象になった山中博士の『iPS細胞』も、生命の根源にかかわる複雑な世界ですが、遺伝子の世界は、たった4種の『ヌクレオチド』という化学物質で表現されています。つまり単純な原則で複雑な世界ができていることになります。しかも、このしくみは、人間だけではなく、全ての生物に共通ですから、逆に『iPS細胞』は、自然界に存在しない生物を作り出せる可能性を秘めていることを示唆しています。『科学』による真理追究と、その成果をどう利用するかは別の問題です。

生物進化のプロセスを考え合わせると、人間は『理性』を獲得するために『二足歩行』を開始したのではないことに思いたります。樹上生活をしていた、人類の先祖が、地上に降りて『二足歩行』をせざるをえないようになったのは、環境の変化や、食糧の不足で、『生き残り』のためであったと推測できるからです。『過酷な環境の変化』が、生物の『進化』を促す要因であって、人間も例外ではありません。

生物進化という『自然の摂理』のなかで、『偶然』に人類は『理性』を獲得したことになります。人間の『理性』は、『神』から授かったものではなく、生きるための気の遠くなるような試行錯誤のなかで、自ら手に入れてきたものであるとも言えます。私たち現生人類(ホモ・サピエンス)のみが、幸運にも地球上で生き残りましたが、『ネアンデルタール』などの、人種は、環境を克服できずに(克服する理性に不足があって?)絶滅しました。

このように考えれば、梅爺が『生きている』のは、自分の能力や意思によるものは少なく、『自然の摂理』によって『幸運にも生かされている』ことになります。『生かされている』ことには、感謝するしかありません。

入来氏は、ご自分の推測の根拠を固めるために、『ヒトとサルの行動の違い』を研究対象にしていると、本には書いてありました。新しい発見を期待したいと思います。

| | コメント (0)

2013年1月25日 (金)

自分を見つめるもう一人の自分(3)

『道具』を『客体』として認識するようになった人類は、やがて、『道具』があたかも『自分』と一体になっているという感覚に気付くことになります。つまり、『客体』を『主体』として観るという、高度で複雑な『関係』をも認識するようになったということです。 

一度、『客体』を『主体』と一体化して認識できるようになれば、人間の『精神世界』は一気にひろがるはずです。『他人』は、自分と同様に『主体』でもあることに気付いたり、『他人』の中に『自分』を投影させて、『同情』したりするようになります。山や川に『神』が宿るなどという推測は、『客体(山や川)』に『主体(人間と同等な神)』を投影している例ではないでしょうか。やがて、『神』や『仏』という高度で純粋な抽象概念も、『客体』として認識できるようになり、『主体(人間)』と同じような姿で同じように振舞う存在と考えるようになったのではないでしょうか。『道具』を使い始めた人間が、ついに『神』を認識するようになったということになります。 

人間の『精神世界』が摩訶不思議に見えるのは、脳の中に、『理性(主体と客体の分離によって始まった)』が形成される前の原始的な世界と、『理性』を獲得した後の世界が『同居』していることに依存するのではないでしょうか。 

梅爺が、何度もブログに書いてきた、脳の『情』は、『理性』以前の脳の機能に支配されている領域と云いかえることができます。好き嫌いといった『情』は動物的、本能的な機能ですから、『理(意思、意図など)』とは無関係に発露します。 

人間は誰でも、『情』と『理』の組み合わせを駆使して生きていますから、『理屈っぽい奴は情が薄い』などという話にはなりません。『私は理屈っぽくない』という主張そのものが『理屈』でもあります。 

私たちが、森林などの穏やかな自然の中に身を置いた時に、『自然と一体化した自分を感じて恍惚となる』ことや、素晴らしい音楽を聞いて『陶酔する』のは、『理性』を獲得する以前の脳の機能をいまだに保持していることの証ではないでしょうか。 

脳には、二つの世界があるとしたら、『理性』以前の脳の存在をもっと意識して、人生に取り入れることに意味があるように思います。『芸術』や『宗教』で得られる『心の安らぎ』は、これに関与します。『理性』は人間らしさの象徴ではありますが、『理性』だけではない世界も人間は保有していることが、更に素晴らしさを際立たせる要因になっているのではないでしょうか。

| | コメント (0)

2013年1月24日 (木)

自分を見つめるもう一人の自分(2)

『人間が二足歩行するようになり、手が自由になって、道具を使い始めたことが心を進化させることになった』と云う話を聞いただけでは、まるで『風が吹けば、桶屋が儲かる』という話と同じように聞こえます。

著者の入来氏の素晴らしい所は、上記の『推論』に、『人文科学』の知識を応用していることです。具体的には、『主体』『客体』という抽象概念が用いられています。もっと簡単に云ってしまえば『自分(主体)が道具(客体)を使う』という『関係』を脳が認識できるようになったことが、『心』を進化させる出発点になったという説明です。『関係』を認識すると言う行為は、それまでには無かった新しい脳神経細胞のネットワークが形成されるようになったということです。

『主体』と『客体』を分離して認識する能力は、その後『言語』の論理構造にも反映することになったと考えれば、入来氏の洞察の鋭さが見えてきます。

英語の『自動詞』は、『主体』の行為を記述する時に用いられ、『他動詞』は『主体(主語) 』と『客体(目的語)』の関係でなりたつ行為を記述する時に用いられます。自然成立的に出来上がった『人間の言語構造』の中に、『主体』『客体』を識別する能力が埋め込まれていることの意味がぼんやりわかってきます。

『主体』と『客体』を区分して認識できるようになった『人類』は、やがて『状況』『行為』といった抽象概念も、『主体』から切り離して認識するようになったというのが、入来氏の推論です。

云い方を変えれば、『人類』以外の動物の脳では、『状況』『行為』『主体』の区分ができずに、それらは『一体の条件』として扱われ、その『一体の条件』に対して、自動的にある反応を選択するに留まっている、という推測になります。『人類』の脳の中にも、この原始的な習性は残っていますから、『咄嗟の時に、自分では意図しない行動をしてしまう』ことがありますので、この推測の正当性を感じます。云いかえれば、理性が強く働くときに、人間は『主体』と『客体』を区別できるということになります。

『状況』『行為』『主体』『客体』を区別して思考対象にするのは、正(まさ)しく『理性的』な行為になります。『自分で自分を制する』などという行為は、『自分(主体)がもう一人の自分(客体)を区別している』という、高度な関係で成り立つ話です。『理性』こそが、人類を際立たせていることになります。

『人文科学』と『自然科学』を、このように同じ領域で論ずるという姿勢は、梅爺の好みに合います。人間の持てる全ての知識を総動員して『謎』に迫ろうとするからです。『真理』の前では、『人文科学』『自然科学』などは、意味のない区分ではないでしょうか。人類の理性が、創り出した区分に過ぎないからです。

| | コメント (0)

2013年1月23日 (水)

自分を見つめるもう一人の自分(1)

理化学研究所『脳科学総合研究センター』の複数の研究員の共著である『脳研究の最前線(上/下巻):講談社ブルーバックス』は、実に啓発的です。

特に『抽象概念発達研究チーム・チームリーダー』の『入来篤史』氏の執筆担当された『知性の起源(上巻第三章)』は、梅爺には興味深い内容でした。

脳に関する基礎知識を持たない梅爺でも、『精神世界』の深遠な摩訶不思議さは自ら体感しながら生きています。『哲学』『芸術』『宗教』など、『精神世界』が関与する世界は、『所詮自然科学などでは解明できない別の世界である』と、主張される方が多いことは承知していますが、梅爺は『精神世界』も『自然科学』の解明対象であると推察し、小賢しい『仮説』をブログに書いたりしてきました。時には、『土足で神聖な場所へ踏み込むようなことはするな』とお叱りも受けましたが、それでも基本的な考えは変わっていません。

勿論、梅爺は『精神世界』の素晴らしい側面を否定したり、蔑(さげす)んだりするつもりなどはありません。聖人や哲学者の『言葉』には、畏敬の念を持ちますし、『芸術』には感動します。しかし、『精神世界』は脳が紡ぎだす世界である以上、生物進化の過程で、『何かの理由があって獲得し、進展させてきた機能(またはその集合体)』であろうと推察しています。現状では、複雑高度に進化した『精神世界』も、じつは、単純な理由で、またはきっかけで開始されたものではないかとも考えています。

入来氏の執筆された『知性の起源』は、『自然科学』の視点で『心(精神世界)』を解明しようとする内容ですので、梅爺は、味方を得たような心強さを感じました。

『精神世界』が一気に、見とおせるようになったわけではありませんが、少なくとも、『摩訶不思議』の一端を、おぼろげに理解できる手掛かりがえられたように感じました。

入来氏は、『人類が二足歩行を開始して、手が自由に仕えるようになり、道具を使うようになったことが、心を高度に進化させるきっかけになったのではないか』と推測しておられます。

『二足歩行』や『道具』が『脳を進化させた』という説明は今までもありましたが、入来氏の具体的な説明は、今まで教えられたことが無い内容で、梅爺には斬新に写りました。

| | コメント (0)

2013年1月22日 (火)

A bad workman always blames his tools.

英語の諺『A bad workman always blames his tools.』の話です。そのまま訳せば、『腕の悪い職人は、出来栄えの悪さを、いつも道具のせいにする』という意味ですから、『弘法筆を選ばず』を逆に表現していることが分かります。同じことを云っていても、『弘法筆を選ばず』の方が、比喩の表現としても、洗練された諧謔の度合いとしても優れているように感じます。

『A bad workman always blames his tools.』の方は、自らは高い所に身をおいて、『腕の悪い職人』をなんとなく見下ろして説教している感がありますが、『弘法筆を選ばず』と云えば、多くの人は『自分は弘法ではない』と観念していますから、『分かっていても筆のせいにする』自分を、笑いの対象にしているようで、親近感が湧きます。

素人ゴルファーが、クラブを変えれば、飛距離が伸びたり、まっすぐ飛ぶようになると期待して、やたらと新しい道具に買い変えたりするすることを思い浮かべれば、なんとなくこの諺の云わんとするところが分かります。

『道具のせいにする』のは、結果であって、本当の理由は、『腕の悪い職人』が、自分は『腕の悪い職人』ではないと誤認していることにあります。

『自分を客観視できない人』に限って、自分の思うように事が運ばないのは全て周囲のせいであると決めつけたがります。偉そうにそのようなことをいう梅爺も、咄嗟の時には、自分の非を周囲のせいにする『弁解』を考えて、自分を正当化しようとします。

後々、『理性』で考えて、恥ずかしいと反省しますが、何故咄嗟にその様に振舞うかは、生物進化で獲得してきた脳の機能が関与しているからであろうと考えられます。『不都合な事態を咄嗟に避ける』という行動は、生物の本能で、この行動パターンが、咄嗟に『自己弁解』をするという脳の機能を形成しているのでしょう。本能である以上誰も同じように振舞う可能性を秘めていますが、咄嗟の『自己弁解』を回避できる人は、『理性』による抑制が即座にできるわけですから、大きな器量の持ち主ということになります。

子供は、『自分を客観視する』ことは困難ですが、大人になれば、ある程度『理性』で自己抑制が可能になります。しかし、大人になっても精神構造が幼くて、『自分を客観視する』ことができない人が、現代の日本では増えていて、『言葉の暴力で夫に当たり散らす妻』や『就職しても長続きしない若者』が社会的に問題になっています。『新うつ症』などという病気と診断されたりしていますが、『幼い精神構造がもたらす幼稚な行動』であって、病気と言えるものなのかどうかは梅爺には分かりません。

何故現代の日本で、『幼い精神構造のまま大人になる人が多いのか』を究明しないかぎり、対処療法だけでは、この社会問題は解決へ向かいません。

日本が直面している最大の問題の一つが、この『幼い精神構造の日本人の大人が増えつつある』ということではないでしょうか。『領土問題』『放射能汚染の問題』『経済の回復課題』より、実は深刻であるように感じています。

| | コメント (0)

2013年1月21日 (月)

スティーブ・ベリー『ベネチアの裏切り』(8)

紀元前4世紀に、ギリシャの小国『マケドニア』から、世界征服を試みる『アレキサンダー大王』が何故出現したのでしょう。 

『アレキサンダー大王』より約400年前に、ギリシャには『ポリス(都市国家)』が成立し始めます。その後ギリシャおよび、進出先の各地にギリシャ人は『ポリス』を作り、その数は1500にも及びました。 

エジプトやペルシャが、『王による支配』の大国であったのに対し、『ポリス』は王政を排除し、『市民の自治』を主体とする小規模コミュニティであることが特徴でした。その中で『マケドニア』はギリシャ地域では珍しい『王国』であったことになります。 

私たちは『古代ギリシャ』と聞くと、『哲学』『科学』『芸術』が開花し、『民主主義』の概念も成立した時代と、『平和な理想郷』のように想像しがちですが、『ポリス』の政治体制に関しては、ありとあらゆる方法が試行され、中には『僭主』という武力で権力を握り市民の支持を得ようとする人物も登場しますから、ギリシャ人の行動エネルギーの本質は『闘争心、暴力』ではないかとさえ考えてしまいます。『ひ弱な男児は殺してしまう』というような『スパルタ』の例などが典型的です。『文明』と『暴力』が同居するのが、人間社会の本質で、現在も程度の差はあれそれは継続されています。 

『ポリス』は内部を統制することに四苦八苦していたこともあり、『外交下手』で、自分たちの文明を外へ広めようと言う意思は見受けられません。征服先を全て『ローマ化(文明の拡大策)』しようとした、後の『ローマ帝国』とは決定的な違いがあります。それでもギリシャ地域は、紀元前5世紀には大国『ペルシャ』の侵略の脅威にさらされ、『ポリス』は『ペルシャ』と同盟を結ぶか、戦うかの選択を迫られ、『アテナイ』を中心とした『ポリス』同盟が、『ペルシャ』と戦ってこれをなんとか撃退しました。 

しかし、その後も『ペルシャ』はギリシャ地域の脅威であり続けました。『アレキサンダー大王』の父親である『マケドニア』の『ピリポス2世』は、発想を転換し防衛ではなく、ギリシャが一体になって『ペルシャ』を攻撃(征圧)することを考えます。『ペルシャ』の脅威の前では、協力せざるをえないという『ポリス』の弱点を知っていたからなのでしょう。不幸にも『ピリポス2世』は計画途上で暗殺され、この父親の遺志を『アレキサンダー大王』が継いで、『ペルシャ征圧』を開始したことになります。 

『ペルシャ王ダレイソス』は『アレキサンダー大王』に追い詰められ、ついに自分の側近によって暗殺されますから、『アレキサンダー大王』はそれで目的を達したはずですが、その後も中央アジアやインドにまで進軍していますから、『征服を続けなければならない』という強迫観念に取りつかれたのではないかと想像してしまいます。エジプトのファラオになった時に神官から『神の子』であると告げられたことも影響しているのかもしれません。

征服も大変でしたが、彼の死後征服地を現実的に支配することを引き継いだ将軍たちの苦労はもっと大変であったに違いありません。しかし、『アレキサンダー大王』のお陰で、ギリシャ文明と各地の文明が融合した『ヘレニズム文明』が確立し、人類史に大きな影響を及ぼすことになりました。

小説のお陰で梅爺は、色々『歴史』を考えることになりました。

| | コメント (0)

2013年1月20日 (日)

スティーブ・ベリー『ベネチアの裏切り』(7)

この小説の主な舞台は、中央アジアで、ソ連の崩壊後、カザフスタンを中心に『中央アジア連邦』という国家が誕生したという想定です。勿論フィクションです。この『中央アジア連邦』には、『生物兵器』で世界征服を夢見る、女性首相が独裁者として君臨していています。この独裁者は『アレキサンダー大王』に憧れ、その墓を見つけて、現代の英雄の称号を確たるものにしたいと意欲を燃やしています。歴史上の人物では『ナポレオン』も『アレキサンダー大王』の賛美者として知られています。『生物兵器』の技術は、サダム・フセイン時代にイラクで開発されたものが、こっそり移転されたという話になっています。

この『生物兵器』の開発、製造に、加担している人物が、女独裁者と並ぶ、この小説の『悪玉』です。彼は、元はアメリカ人ですが、今はイタリア人の名前に改名していて、ヨーロッパを拠点に製薬会社を中心としたコングロマリットを経営しています。この男は、ユーロッパの富豪10人で結成している『ベネチアン・リーグ』という組織の代表でもあります。

女独裁者が、『生物兵器』で、世界征服の戦争を開始すれば、世界中で『解毒薬』の需要が急騰すると見込んで、この『悪玉男』は、『解毒薬』の開発、製造もこっそり手掛けています。

この『悪玉連合』に、『スティーブ・ベリー』の小説のいつもの常連『善玉達』が、立ち向かい、ハラハラドキドキの大活劇の末に、『アレキサンダー大王の墓の謎』も解明され、『悪玉連合』の悪だくみは未然に防がれることになります。アメリカ大統領、バチカンの秘密外交を担う神父、それに最後までどちらの味方なのか分からない『二重スパイ』などが登場し、読者はすっかりストーリーに巻き込まれてしまう羽目になります。

『スティーブ・ベリー』は当然のことながら、アメリカ人の読者を先ず念頭に置いていますので、元アメリカの秘密任務機関の工作員であった中年男性が『善玉』主人公の一人として今回も登場します。小説ですから荒唐無稽は許されるとしても、『よくもまあ、このような話を思いつくものだ』と作者の才気には感心してしまいます。凡人の梅爺も、空想や妄想は時にしますが、みみっちい範囲にとどまるのが関の山ですので、到底壮大なストーリーを売り物にする大衆小説作家にはなれません。

梅爺は、物語も面白く読みましたが、『アレキサンダー大王』『エジプトのプトレマイオス朝』『ベネチア共和国』『聖マルコ』などの史実について、あらためて考える機会にもなりましたので、こちらの方により大きな満足を感じました。

| | コメント (0)

2013年1月19日 (土)

スティーブ・ベリー『ベネチアの裏切り』(6)

ベネチアの守護聖人が『聖マルコ』になったのは、9世紀にベネチアの商人が、エジプトの『アレキサンドリア』で、『聖マルコの遺骨』を手に入れ(略奪した、盗んだという説もある)、持ち帰ったからです。当時の『アレキサンドリア』は『イスラーム』の『アッバース王朝』支配でしたから、『キリスト教』関連の『聖遺物』は、それほど貴重とはされていなかったのかもしれません。

『聖マルコの遺骨』は、『サン・マルコ寺院』に祀られますが、どういうわけか『遺骨』は突如所在不明になってしまいます。その後『寺院』は、何回か建て直しされ、現在の『サン・マルコ寺院』が11世紀に完成した時に、これまたどういうわけか『遺骨』は忽然と再び出現し、それ以降『寺院』に祀られているということになっています。

『聖マルコ』は新約聖書の『マルコ伝』の著者とされる人です。『マルコ伝』は『キリスト』処刑の40年後頃に書かれたと、聖書学者は推定しています。『聖マルコ』が誰なのかは特定できていませんが、少なくとも生前の『キリスト』と一緒に行動したことはない人物と考えられています。新約聖書では『マタイ伝』『マルコ伝』『ルカ伝』『ヨハネ伝』の順序ですが、実は『マルコ伝』が一番古い著作ではないかと推定されています。『マタイ伝』『ルカ伝』は、『マルコ伝』と今は消失してしまっている謎の資料『Q』を組み合わせて書かれたと、多くの聖書学者は考えています。

『マルコ伝』は、他の福音書と異なっているところがいくつかあります。『キリスト』の幼少期の記述や、『洗礼者ヨハネ』の誕生に関する記述は無く、『キリスト』の公(おおやけ)の伝道活動から記述が開始されています。『キリスト』が自らを『メシア(救世主)』であると認めているのも特徴の一つです。

『聖マルコ』は『使徒ペテロ』の布教時の『通訳』であったという説もあります。ガリラヤ湖の漁師であった『使徒ペテロ』は、異国での布教(最後はローマで殉死したことになっている)に『通訳』を必要としたという話は一理ありますが、『マルコ伝』の中のガリラヤの地理に関する記述に誤認があると言われていて、『マルコ伝』が『使徒ペテロ』からの伝承を記述したということに疑念を呈する学者もいます。

要するに『聖マルコ』の正体は分かっていないわけですから、『聖マルコの遺骨』が本物である確証はないことになります。何かの伝承があったにせよ、『アレキサンドリア』に遺骨があったという確証もありません。

中世のヨーロッパは、『聖遺物』と称するものが珍重され、素性が分からない沢山のものが、エルサレムなどから持ち帰られました。『キリスト』の遺体をくるんだ布『聖骸布』などが有名ですが、中には『十字架の木片』『キリストの血』などというものさえ、祀る教会が現在でもあります。ヨーロッパに点在する『十字架の木片』を全部集めると一軒の家が建つなどというジョークがあるくらいです。権威付けのために『カトリック』による『聖遺物認定』も行われました。

この小説では、『聖マルコの遺骨』は『アレキサンダー大王の遺骨』ではないかと推測する人物が現れ、『サン・マルコ寺院』の棺のなかを調べた結果、推測は間違いと判明する筋書きになっています。

| | コメント (0)

2013年1月18日 (金)

スティーブ・ベリー『ベネチアの裏切り』(5)

タイトルにもなっているイタリアの『ベネチア』は、小説の舞台の一つとして登場します。『ベネチア』は、アドリア海に面し、湿地帯(潟)を人工的に埋め立てた都市で、大小さまざまな『運河』が、通常の都市の『幹線道路』の役割を果たしています。『ベネチア』の中を移動するには、徒歩か船を利用するしかありません。バスやタクシーに相当するものもすべて船ということになります。『ベネチア』の旧市街では、自動車はおろか自転車の利用も禁止されています。

湿地帯に木材を杭として打ち込み、地盤を強化しながら都市が作られていきましたので、膨大な数の木材が使われました。『ベネチアを逆さにすれば森になる』と言われる所以(ゆえん)です。5世紀ごろから建設が開始されたと言われていますが、本格的な大工事が行われたのは中世の『ベネチア共和国』になってからではないかと思います。『ベネチア共和国』にとっては、木材確保を管理することが重要な課題の一つでした。現代の視点で観れば、不便な都市ですので、どうして多大なエネルギーを使ってまで建設したのだろうと、考えたくなりますが、、当時は敵の攻撃から守る最良の手段であったのでしょう。

地盤が弱いことは否めませんので、外見は壮麗にみえる建物も、内部は木材を主に利用して重くならない配慮などが施されています。それでも、満潮時には、街の広場が海水に浸かってしまうなどの不便に見舞われますが、それも『観光』の一つになっています。『ベネチア』は人類が作り上げたユニークな都市の筆頭ではないでしょうか。梅爺の好きな都市の一つです。

『ベネチア』は、元々『東ローマ帝国』支配下の『ラヴェンナ』の属領でした。しかし、実質的には自治権を獲得し、7世紀後半に、『総督(ドウジェ)』が政治を司る『ベネチア共和国』になりました。王様の支配ではなく(王国ではなく)、市民から選ばれた『総督』が支配するところが特徴で、歴代の『総督』は、したたかな外交を展開し、『ベネチア共和国』は主として貿易で莫大な富を稼ぎ、繁栄しました。『東ローマ帝国』の衰退に乗じて、『コンスタンチノープル』の財宝を略奪し、『ベネチア』に持ち帰ったことでも有名です。現在私たちが『ベネチア』で見ることができる美術品の多くは、この略奪品です。有名な『ベネチアガラス』の技術なども、『東ローマ帝国』から移入したものです。

『ベネチア』の守護聖人は『聖マルコ』です。聖書の『マルコ伝』の著者とされる人物です。『聖マルコ』を祀る『サン・マルコ寺院』や、寺院の前の『サン・マルコ広場』は『ベネチア』の有名な観光スポットになっています。広場を散策している時に寺院の鐘楼から鐘の音(ね)が聞こえてくれば、旅人は『ああ、ベネチアにいるのだ』と感激することになります。

『ベネチア』のキリスト教は、当初『東ローマ帝国』の『正教』の影響が強かったはずですが、現在では『サン・マルコ寺院』は『カトリック』の支配下にあります。19世紀からは、『大司教』が置かれていますので、『カトリック』の流儀に従えば『サン・マルコ大聖堂』と呼んでも差し支えありませんが、それ以前の大司教不在の時期が永かったためか、一般には『サン・マルコ寺院』で通っています。

この小説では、『サン・マルコ寺院』に祀られている『聖マルコ』の遺骨は、実は『アレキサンダー大王』の遺骨ではないかと推測する人物が登場して、棺の中を調べたりします。作者の奔放な空想力に読者は翻弄されますが、これがまた『ステーブ・ベリー』の魅力なのです。

| | コメント (0)

2013年1月17日 (木)

スティーブ・ベリー『ベネチアの裏切り』(4)

アメリカ人の『エンターテインメント(娯楽)』のためなら、中途半端ではなくトコトンやるぞという精神は、どこから来たものかと梅爺は興味を抱いています。大の大人が、真面目に『エンターテインメント』に取り組み、巨大なビジネスにしてしまうところをみると、『アメリカン・ドリーム』の実現の手段として『エンターテインメント』を扱ったのだろうと推察はできます。徹底した『非日常』の世界に浸り、『日常』をひと時でも忘れたいというのが『娯楽』の本質ですから、アメリカは最も『非日常』を必要とする社会なのかもしれません。逆に云えば、『日常』はストレスや緊張感で満ちているということなのでしょう。

『ハリウッド(映画)』『ディズニーランド』『ラスベガス』などがその例です。どこの国でも『遊園地』は作りますが、日本ならば『浅草の花屋敷』程度が精いっぱいの発想で、『ディズニーランド』のような、大資本を投下し、広大な施設を建設して、見事な運営システムを作り上げていくエネルギーは、想像を絶します。ギャンブル公認の歓楽都市『ラスベガス』にいたっては、『よくも、まあここまで』とただただ唖然としてしまいます。『他愛のないこと』も、徹底すれば『お見事』のレベルに達します。

世界のどの国も、このアメリカのエネルギーには脱帽せざるをえませんので、やっかみ半分で、ヨーロッパの人達は、『アメリカ文化は底が浅く幼稚である』などとけなすことになります。

『スティーブ・ベリー』というアメリカの娯楽小説作家は、正しく『アメリカの権化』で、『娯楽のためならトコトンやるぞ』という精神の持ち主です。『よくも、まあここまで』と感心するほど壮大で荒唐無稽なプロットを提示します。正義の味方の主人公は、中年ながら不死身の鉄人であり、悪の親玉は、そこらそんじょの『チョイ悪』ではなく、世界征服を目指すような大悪人が登場します。当然、部分的には、『それは、いくらなんでもないよ』と云いたくなることもありますが、全体としては作者のエネルギーに圧倒されて、読んでしまうことになります。『荒唐無稽に付き合うのは時間の無駄』とおっしゃる方には、お薦めできない作家ですが、梅爺のような『野次馬精神旺盛』な人間は、わかっていても中毒になる作家です。

『スティーブ・ベリー』の特徴は、荒唐無稽なプロットの中に、『歴史の謎』をうまく取り込むことです。歴史好きな人なら誰もが興味を持つ『謎』を入念に下調べし、巧妙に利用しますので、これによって『単なる低俗な大衆小説』ではない雰囲気が漂うことになります。教養人が、思い切り遊び心で書いている小説という風情に変貌します。この奇妙な組み合わせが『スティーブ・ベリー』の最大の魅力です。

『ベネチアの裏切り』という小説では、『アレキサンダー大王の墓の所在』に関する『謎』がプロットに組み込まれています。2300年前の人物に、興味や親近感を覚えますから、小説を読みながら『どんな人間であったのだろう』『何が彼の征服欲の源なのだろう』『大帝国をどのように統治したいとおもっていたのだろう』と次々に疑問が生じてきます。

『謎』を巡って暗闘を繰り返すのは、現代の話になっていて、こちらは、ハラハラドキドキの活劇の果てに、『正義が悪に勝つ』という荒唐無稽なプロットになっています。このブログでは、現代のプロット部分の紹介は最小限に止め、『歴史の謎』の部分に焦点をあてて紹介したいと思います。

| | コメント (0)

2013年1月16日 (水)

スティーブ・ベリー『ベネチアの裏切り』(3)

『アレキサンダー大王』は、エジプトを征圧した時に『ファラオ』の称号を与えられています。エジプトでの活動拠点であった場所は、現在も『アレキサンドリア』という彼の名前を付した大都市として残されています。

『アレキサンダー大王』の将軍の一人であった『プトレマイオス』が、この地に『プトレマイオス朝』を開きましたので、『クレオパトラ』の活動拠点も『アレキサンドリア』でした。当時の『アレキサンドリア』は、大図書館の膨大な蔵書量で有名で、世界の学問の中心地でもありました。『キリスト』は生誕直後に、ヘロデ王の弾圧から逃れて、家族ともども『アレキサンドリア』に移り住み、7~8歳のころ、ユダヤへ戻ったと伝えられています。

『アレキサンドリア』の『ファロス島の大灯台』は、古代の『世界の7不思議』の一つで、高さが134メートルあったと言われています。紀元前3世紀の建設ですので、当時としては途方もない巨大な建造物ですが、14世紀の2度の大地震で、完全崩壊したことが分かっています。『アレキサンダー大王』は、死後愛していた『アレキサンドリア』に最終的には埋葬され、その墓も大地震で海底へ沈んだのではないかという推測が有力ですが、現在まで『墓』の所在は特定されていません。

『アレキサンダー大王』が病死したのは、『バビロン(現在のバグダッド)』ですから、急遽、エジプトから『ミイラ職人』が呼び寄せられ、遺体に処置が施され、そこから埋葬地へ運ばれたと推測されています。ただ、『アレキサンダー大王』の遺体を保有することは、『後継者』の印ともなるために、将軍間の暗闘があったことも想像できます。最後は『プトレマイオス』が管理を握り、エジプトへ遺体は運ばれ、『アレキサンドリア』で埋葬された、というのが通説ですが、この小説では、『プトレマイオス』が、密かに『アレキサンダー大王』が望んでいた場所に埋葬し、それは、現在の中央アジアのカザフスタンであるというプロットになています。

埋葬地の所在は、『プトレマイオス』が残した『謎の文書』と、その謎を解くカギが、『アレキサンダー大王』の戦場での姿を刻印した当時の銀貨であるという、想定で、この小説は進行します。この銀貨は、現在までに世界で8枚だけ発見されています(これは史実)。

『アレキサンダー大王』は、文字通り当時の『スパー・ヒーロー』ですから、いずれにしてもその墓は質素なものではなく、遺体とともに豪華な副葬品も一緒に見つかるであろうと考えられています。この小説では、石棺の中の黄金のマスクをつけたミイラとして発見されます。

『アレキサンダー大王』の墓が、中央アジアのカザフスタンで発見されるという、この小説のプロットは突飛ですが、これをもっともらしい話にして見せるところが作者『スティーブ・ベリー』の真骨頂です。

| | コメント (0)

2013年1月15日 (火)

スティーブ・ベリー『ベネチアの裏切り』(2)

『キリスト』は『卑弥呼』より200年も前の人であり、『アレキサンダー大王』は『キリスト』より更に350年前の人であるにもかかわらず、『アレキサンダー大王』に関する確実と言える史実が一番多く残っているのは、当時の『ヘレニズム世界』の文明が高度なレベルに達していたからです。 

最も古い時代の人物の『実在可能性』が最も高いと言えるのは、文字で残された業績伝承と、史跡とされる事物が一致するからです。『キリスト』は文字で残されている『伝承』はありますが、決定的な事実と推定できる関連物は残されていませんし、『卑弥呼』に至っては、中国に残る文献の一部だけが頼りで、決定的な証拠(事物)は見つかっていません。日本に文字文化を含めた文明のレベルが確立するのは、『卑弥呼』から更に400年以上後のことです。 

現生人類が『ナイル川』『チグリス・ユーフラティス川』『インダス川』『黄河』流域に最初に作り上げた『文明』が、日本より5000年以上先行していて、ギリシャ中心のヘレニズム文明は、日本より1200年以上先行していることになります。現生人類の歴史は17万年程度ですから、5000年は短いとも言えますが、一人の人間の寿命を考えると、5000年は永いとも言えます。現代文明の中心地は、古代文明の発祥地ではないことも、興味深いことです。『どのような文明も変化は免れない』ということで、中心も変わっていくのでしょう。 

『アレキサンダー大王』の業績は、かなり明確に分かっていますが、『どのような性格や考え方の持ち主であったか』は、『伝承』から類推するしかありません。征圧した地域の人間を、女子供も含めて皆殺しにしたこともあったという話からは、『野蛮な男』の印象を受けますが、『アリストテレス』を家庭教師として育ったという話からは、『知性や理性も持ち合わせていた男』という異なった印象も受けます。 

当時の宗教や、正義の考え方は、現在とは異なっていますから、『敵の皆殺し=野蛮』とは必ずしも言えません。人間は『敵を殺す』ことは『当たり前』という考え方の中で生きていた歴史の期間の方が圧倒的に永いと言えます。 

『アレキサンダー大王』は、極めてカリスマ性の強い、卓越した組織のリーダーであったことは確かでしょう。そうでなければ、人類初ともいえる、広域の征服は考えにくいからです。ただ、カリスマ性の強いリーダーにありがちな、『優秀な才能をもった人物は妬みの対象となり、直下の部下としない』という習性をもった人物であったとも言われています。この小説では、『アレキサンダー大王』が心を許していた唯一の部下『ヘファイスティオン』が病死した時に、担当した医師の責任を咎(とが)めて、残酷な処刑をする場面が登場します。『ヘファイスティオン』は優秀な部下であったのではなく、凡庸ながら忠実な部下であったがゆえに寵臣(ちょうしん)であったという想定になっています。小説の最後に発見される『アレキサンダー大王』の墓には、『ヘファスティオン』の棺も並べて安置されています。

『アレキサンダー大王』が急死すると、誰が後継者になるかに関する明確な遺言がなかったために、将軍たちの間で争いが続き、やがて、『アンティゴノス』『セレイコス』『プトレマイオス』の3将軍が、それぞれ『マケドニア』『シリア』『エジプト』に王朝を開設して、分割統治をすることで一応の決着をみます。

『クレオパトラ』は、エジプトの『プトレマイオス王朝』の最後の女王です。2009年に、トルコのローマ時代の遺跡『エフェソス』で、『クレオパトラの妹アルシノエ』の墓が発見され、かなり完全な形の人骨も見つかりました。この骨格やDNA鑑定で、『アルシノエ』は、『ギリシャ人』というより『エジプト人』に近いことが分かりました。したがって『クレオパトラ』もそうであろうと推定されています。300年続いた『プトレマイオス朝』の王族では、『エジプト人』との混血が進んでいたのではないでしょうか。

| | コメント (0)

2013年1月14日 (月)

スティーブ・ベリー『ベネチアの裏切り』(1)

アメリカの歴史冒険推理小説作家、『スティーブ・ベリー(Steve Berry)』の小説『ベネチアの裏切り(The Venetian Betrayal)』を英語版ペーパーバックで読みました。 

『スティーブ・ベリー』は、『歴史の謎』を背景に、現代を舞台とした冒険推理小説を次々に発表する作家です。梅爺は本屋で新作を見つけると買ってしまいますから、まさに、作家の思うつぼの中毒症状にはまっています。 

『史実』と『作り話(フィクション)』の巧みな組み合わせが売り物ですが、よほどの歴史通でもないかぎり、読んでいる最中は、どれが『史実』でどれが『作り話』なのかは判別ができません。巻末に『作者のノート』があり、『種明かし』の説明がありますので、『騙(だま)されっぱなし』は嫌だと言う人は、これで確認ができるようになっています。 

『ベネチアの裏切り』というタイトルをみて、梅爺は中世にしたたかな外交と貿易で栄えた『ベネチア共和国』を題材にした小説であろうと早合点しました。11世紀の十字軍遠征のドサクサにまぎれて、『ベネチア共和国』は『ビザンチン帝国(東ローマ帝国)』の首都コンスタンチノープルの財宝を根こそぎ略奪し、ベネチアへ持ち帰ったことで有名ですので、てっきりこれに関する話であろうと思いました。しかし、実際は『アレキサンダー大王』の墓の所在をつきとめるという話がこの本の主題で、肩すかしをくらいました。 

この小説には、ベネチアの『サン・マルコ寺院』なども舞台の一つとして登場しますが、大半は、中央アジアのカザフスタン周辺で物語は進行しますので、何故『ベネチアの裏切り』というタイトルにしたのか、不思議です。普通に考えれば、『ベネチア』と『アレキサンダー大王』は結びつきません。この虚を突いたような組み合わせが、作者の真骨頂なのかもしれません。この小説には、ヨーロッパの富豪10人で結成した『ベネチアン・リーグ』というフィクションの組織が登場し、このメンバーの一人が『悪役』を演じますので、タイトルはこれに依るのかもしれません。 

小説では『アレキサンダー大王』の墓の所在が最後に突き止められますが、実際には、今日に至るまで発見されていません。未発見ということでは『クレオパトラ』の墓と同様、古代史の大きな謎です。日本で云えば『卑弥呼』の墓といったところでしょうか。 

『アレキサンダー大王(アレキサンドロス3世)』は、『キリスト』よりも350年程度前の人物です。『マケドニア王国』というギリシャの小さな国の王子として生まれ、アテナイから招いた有名な哲学者『アリストテレス』を家庭教師として王道学を学びました。20歳の時に父の『フィリポス2世』が暗殺され、王位に就くと、ギリシャのポリス(都市国家)群を支配下におさめ、その後、エジプト、小アジア、中東、中央アジア、インドにまで遠征し、広大な地域を支配下に置きました。当時の文明の中心地は、エジプトとペルシャですから、事実上の世界制覇を成し遂げたことになります。バビロン(現在のイラク、バグダッド)で病死するまで、13年間で達成した偉業ですが、何が戦いに明け暮れる生活を続ける要因であったのかは、凡人には想像もつきません。凡人は、幸運に恵まれてある程度の成功を収めれば、それを基盤にあとは平穏に暮らしたいと思うに違いないからです。

『栄光のためには苦難や危険は避けられない。勇気をもって生き、末代までも続く栄光を残して死ぬことができれば、それは素晴らしいことだ』という『アレキサンダー大王』の言葉とされるものが残っていますので、これで彼の行動や心情を推察するしかありません。

| | コメント (0)

2013年1月13日 (日)

現代社会とイスラーム(4)

『イスラーム』の自信が揺らいだのは、モンゴル帝国に侵略された時ばかりではなく、西欧列強の『植民地支配』が顕著になった19世紀以降の時代や、第1次大戦でオスマントルコが崩壊した時もそうでした。

15世紀から17世紀にかけての『大航海時代』で、西欧列強は『植民地』獲得を競うようになり、アフリカ、中東、アジアにまで、利権獲得の場は拡大し、北アフリカや中東の一部など『イスラーム』圏もその対象になりました。

宗主国として乗り込んできたヨーロッパのキリスト教国は、植民地での『イスラーム』を直接は弾圧はしたりしませんでしたが、『イスラーム』の人々にとっては、『高い生活レベル』『圧倒的な軍事力』『科学のレベル』『組織化された行政執行能力』を目の当たりにすることになり、このように支配されてしまうのは『自分たちが劣っているためではないか』と疑うようになりました。

現在でも『イスラーム』圏の人たちには、西欧(キリスト教文化圏)に対するある種の劣等意識があるのかもしれません。過激な『イスラーム原理主義』の行動は、この劣等意識の裏返しかもしれないと梅爺は感じます。

当然『イスラーム』が自信を取り戻し、結束を固めようとする運動もおこりました。この目的で『固い絆』『灯台』などというアラビヤ語の啓蒙雑誌も発行されました。

真面目な『イスラーム』の人たちは、自分たちが劣るようになってしまったのは、『クルアーン(コーラン)に書かれている教えを正しく理解していないためではないか』『正しく理解したとしても、実践していないからではないか』と自己反省するようになります。

人間社会に優劣が生ずるのに、『宗教』も少しは関与するとは思いますが、必ずしもそれだけの原因ではありませんから、上記のような反省で、『イスラーム』の栄光が取り戻せるとは思えません。

人間は、『疑いもなく信じていること』を、『疑ってみる』ことは、なかなかできません。とくに宗教においては、『疑うことは信仰が浅い証拠で、罪深いこと』と教えられたりしますから、特に困難です。

しかし、小説家のパウロ・コエーリョが云うように、『神を疑い、神と悪戦苦闘を繰り返すことで、本当の信仰が得られる』という考え方もあります。信仰心が浅い梅爺が偉そうにいうことではありませんが、パウロ・コエーリョの考え方に共鳴します。『つべこべ言わずに信じろ』と言われて、『はい、わかりました』と云えない損な性分に生まれついているからなのでしょう。

『イスラーム』が変わっていくとしたら、他人からの強要ではなく、『イスラーム』の人たちが、自身悪戦苦闘して『イスラーム』に立ち向かうしか方法は無いように思います。勿論、『変る必要は無い』という結論に到達することもありえることです。

このことは、『イスラーム』だけではなく、『キリスト教』『仏教』『ユダヤ教』などにも共通したことではないでしょうか。次々に科学が明るみに出す『自然の摂理』の知識を、教義の中でどのように受け止めるのかも一つの課題でしょう。『そもそも宗教は科学とは別世界』などと逃げ腰になっていると、やがて科学は宗教の究極の目的である『心の安らぎ』の正体も解明してしまうかもしれません。梅爺は、宗教の存在意義を否定するつもりはありませんが、昔から提示されてきた『教義』の全てが不変の真理であるとは思いません。人間の精神世界にとって価値のあることだけが、宗教の真髄として残っていくのではないでしょうか。人間の精神世界は、『自然界』とは、別次元の世界で、自然界の摂理だけでは説明しきれないように現状ではみえていますが、やがて精神世界も自然界の一部に過ぎないことが判明するかもしれません

| | コメント (0)

2013年1月12日 (土)

現代社会とイスラーム(3)

『イスラーム』の歴史を指導者という点で眺めると、『カリフ(ムハンマドの正統な後継者)』『イマーム(宗教指導者)』『スルタン(現世界の王、首長)』が登場し、時代によって微妙にその権勢の度合いが異なりますので、梅爺には分かりにくい話の一つです。

あれよあれよという短期間に、勢力圏を拡大してしまったために、小さなコミュニティでは通用した統治方法が、全く機能しなくなってしまったことは想像に難くありません。ローマ帝国の『元老院』のような運営主体を、『しくみ』として保有しないで、武力制圧が先行してしまったことも混乱の一因なのでしょう。

『カリフ』や『スルタン』には、必ず『お世継ぎの問題』が発生し、『我こそがカリフなり』と主張する人が複数出現したり、『スルタン』を実力で滅ぼして、新しい王朝を開いて新しい『スルタン』になる人が現れたりしました。

『イマーム(宗教指導者)』だけは、その時々に周囲の人が、『彼こそが知恵者』と認める人がなるために、『お世継ぎの問題』は起こり難く、現代でも『○○師』と呼ばれる『宗教指導者』が、政治に対しても隠然たる影響力を保有しています。民衆も、迷うことがある場合には、『宗教指導者』の判断を仰ぐ風習が根強く残っています。『知恵者』は必ずしも穏健な人とは限らず、過激な人の場合は、民衆が煽動される危険性をはらんでいます。

『イスラーム』が歴史上危機に瀕したことも勿論ありました。その最たるものが、13世紀半ばにモンゴル帝国軍によって、本拠地『バグダード』が、侵略されてしまったことです。『バグダード』は焼き払われ、8万人が虐殺された上に、『カリフ』は特に陰惨に処刑されました。モンゴル帝国は、制圧した人々を恐怖で支配することを常としていました。興味深いことに、この時『バグダード』の城内にいたキリスト教徒は、モンゴル帝国軍に慈悲を願い出て、受け容れられ殺されていません。モンゴル帝国軍の将軍フラグの妻が熱心なキリスト教徒であったからと考えられています。

この後、モンゴル帝国軍は、シリヤやエジプトにまで侵攻しますが、いずれも現地のキリスト教徒を『イスラーム』支配から解放する結果になっています。このままなら、ヨーロッパのキリスト教徒の最大の擁護者がモンゴル帝国ということになりかねない状況でしたが、モンゴル帝国軍のあまりの残虐さに反発して、キリスト教徒は今度は『イスラーム』と手を組むことになります。11世紀の『十字軍』遠征では、敵対していた『キリスト教』と『イスラーム』が、共通の敵『モンゴル』の前では、手を結ぶということですから、いざとなれば人間はどんな手段でも厭わないことが分かります。

『バグダード』が『モンゴル』によって制圧され、『カリフ』が虐殺されたことは、当時の『イスラーム』にとっては、衝撃的なことであったにちがいありません

| | コメント (0)

2013年1月11日 (金)

現代社会とイスラーム(2)

歴史上『イスラーム』の黄金期はいつか、ということに関しては、色々な考え方があるようです。多くの『イスラーム』信者にとっては、最初の『ムハンマド』統治の時代が理想郷(ユートピア)とされます。未来に『理想』を掲げて追い求めるのではなく、過去を『理想』とする考え方は、『イスラーム』の特徴の一つではないでしょうか。『イスラーム原理主義者』の過激な言動も、『原点希求』の発想が原動力のように見えます。

理想郷は、存在しない故に理想郷であると私たちは考え、過去を理想郷とは通常考えません。かなりうまくいっていた時代はあったにせよ、矛盾や問題を抱えない人間社会は存在しないからです。価値観に個人差がある人間同士が集まった集団で、全員が満足することはありません。『脳神経ネットワーク』の構造が一人一人異なっていることが価値観の違いを生みだします。顔かたちが異なっているように、価値観も異なっているのは、生物共通の特徴です。逆に云えば、人間社会の基本的な問題は、価値観の違いをどう克服するかですが、『相手の立場を認め、少しづつ我慢をしあう』という『寛容と忍耐』以外の対応策は、今のところ見つかっていません。『命令と服従』も一つの対応策ですが、時限爆弾のような危険をはらみます。

『イスラーム』が支配した地域が広大であった時代を黄金期とするならば、8世紀の初頭から9世紀の半ばまでがそれに相当します。非常に短期間に、中東を中心に、中央アジア、東欧、北アフリカ、イベリア半島にまで支配圏が拡大しました。武力による制圧と『イスラーム』の布教は一体のものとして進行しました。

初期の『キリスト教』が、弾圧に耐え、膨大な殉教者を出しながら、民衆の支持を得ていきました。そして弾圧の中心であったローマ帝国の『国教』になるという、大逆転劇が起こりました。『仏教』も、精神世界に関する釈迦の教えが、民衆へ浸透していきました。『キリスト教』も『仏教』も、初期の布教は、武力による制圧という手段とは無縁です。そもそも、『権力構造』とは無縁であったことが、現代の『政教分離』を受け容れることを可能にしているのではないでしょうか。

一方『イスラーム』は、『権力構造と一体』が前提であることが、現代社会と適合し難い最大の要因であるように見受けられます。第一次世界大戦後、独立を勝ち取った『トルコ』では、政治リーダー『アタチュルク(ケマル・パシャ)』が強引に『政教分離』策を推し進め、『イスラーム』の習慣にまで制約を及ぼし、『イスラーム』圏のなかでは、もっとも『西欧化』が進んでいますが、それでも、根強い『イスラーム』支持の人たちがいて、『世俗主義』か『イスラーム主義』かの議論は、今でも選挙の時の最大の論争点になっています。

民衆は、『政治指導者』より、部族の長老や、『宗教的指導者』の云うことに耳を傾けるわけですから、『政治指導者』が強力な権力を得ようとすれば、『独裁』という強圧的な手段しかないことになります。皮肉なことに『イスラーム』が『独裁者』を生む一つの温床になっています。

現在『アラブの春』革命で、多くの『独裁者』が民衆から弾劾されていますが、この結果は、『西欧型民主主義』へ落ち着くのではなく、厳格な『イスラーム主義』へ戻ろうとすることになるのかもしれません。

西欧人や日本人が理解するのは難しいことですが、『イスラーム』は本質的に『政教分離』が難しい宗教であることが、問題の背景にあります。

『政教分離』は、『イスラーム』にとっては『自己否定』に近い話ですので、そのような事態を『イスラーム』の人たちが受け容れる時代が来るのかどうか、梅爺には分かりません。来るとしても、永い年月を要するのではないでしょうか。人間の脳に刷り込まれた価値観を、疑って、変えると言う行為は、そう簡単ではないからです。脳の『慣性』は、実に厄介です。

| | コメント (0)

2013年1月10日 (木)

現代社会とイスラーム(1)

『イスラームとは何か』という本を読んで、宗教としての『イスラーム』の誕生と、盛衰、教義の本質などについて、表面的な梅爺の知識が増えましたが、その結果、『宗教と民族』『宗教と法(権力機構)』との関係に関する基本的な問題意識がむしろ大きくなりました。

『神』や『仏』という抽象概念を人間が考え出す背景には、高度に発達した脳の『推論能力』が関与しています。一つには、人間の能力では理解できない『摩訶不思議な事象』を、『神』や『仏』のなす業として、なんとなく理解した気持ちになり安堵するために必要な概念であったのでしょう。疑問に対して『仮説』を考えて、得心しようとするのは『梅爺閑話』も同じです。もう一つは、苦しみや悲しみから、自分を救い出してくれる究極なものとして『神』や『仏』の概念が生じたのであろうと推測できます。『救済してほしい』という強い願望が、やがて『救済してくださる方がおられる』という考え方に変っていったのでしょう。現代の私たちも『願望』と『冷酷な事実』を分けて考えられずに、トンチンカンに振舞ってしまうことがあります。たとえば『永生きしたい』という『願望』と、『永生きする』という『現実』は別のものです。『神』や『仏』という概念は、『安堵の希求』という、人間の生物としての本能に応える実に見事な解決策です。このため、『死』という人間にとって最も不安な事柄も、『天国』や『極楽』を夢見て、受け容れることができるようになったりします。しかし、あまりにも過酷な運命に遭遇すると、『愛の神』や『慈悲の仏』の存在を疑うことにもなります。

『神』や『仏』が、個人の『安堵』の領域にとどまっている間は、それほど大きな支障は生じませんが、これらの概念が『民族』『国家』などと絡んでくると、深刻な矛盾や問題が表面化してきます。

キリスト教文化の西欧の多くの国では、『宗教』と『政治体制』との関係について、永い歴史の過程で、時に血なまぐさい抗争が行われましたが、試行錯誤の末に、『政治体制』の基本を『民主主義』として、『宗教』と『政治』を表向きは『分離する』ことの合意が出来上がりました。『民主主義』は、『個人の信仰の自由』を認めますが、『宗教』による『政治』支配は、認めていません。西欧を見習った日本も、現在このしくみを踏襲しています。

『仏教』は、『宗教による政治支配』を標榜していません(権力者が仏教に帰依することはあっても)から、問題が発生しにくいと言えますが、『宗教』と『政治支配』がそもそも一体で成立した『イスラーム』では、『イスラーム法で統治されるものが国家』ですから、必然的に矛盾が表面化しやすいと言えそうです。

『政教分離』と『政教非分離』のどちらが、人間社会にとってメリットが大きいかは、一概には言えませんが、現状では『政教分離』が優勢に見えます。現代の『イスラーム』にとっては、この問題への対応が深刻な課題になりつつあるように、梅爺には感じられます。

| | コメント (0)

2013年1月 9日 (水)

Big Bang(8)

137億年前に『ビッグ・バン』で出現した『宇宙』は、その後『膨張』を続けています。しかも『加速度的に膨張している』事実も、科学者は観測で確認しています。

質量を持つ物質間には『引力』が作用することは分かっていますが、これだけなら『宇宙』は『膨張』せずにむしろ『収縮』してしまうはずです。『宇宙』が何故『膨張』したのかを説明する『仮説』として現状で有力なのは、日本の佐藤勝彦(京大)氏などが唱える『インフレーション理論』です。

『インフレーション理論』では、『真空のエネルギー』という概念が導入されています。『宇宙』は、最初に存在していた『真空のエネルギー』で『膨張』を開始し、このエネルギーは、空間が広がれば広がるほど大きくなるという性質をもっていると説明されます。アインシュタインの『質量はエネルギーへ変換可能』という理論が関与しているように思いますが、梅爺には理解が難しい話です。

『宇宙が膨張し続けている』という事実が確認されていますが、それを理論で裏付けるためには、まだまだ科学的な論争が続きそうです。

『ビッグ・バン』から38万年後に、宇宙の温度は3000度(C)にまで冷え、初めて『光子』が自由に動けるようになって、『宇宙背景放射(宇宙が光で輝いた)』という現象が起きたことは、既に触れましたが、この『宇宙背景放射』の光を宇宙探査機で観測した結果、当時『宇宙』には『温度のムラ』があることが分かりました。この『ムラ』は10万分の1度(C)と微小なものですが、これは『エネルギーにもムラがある』ことを示しています。

この『エネルギーのムラ』があったために、やがて『星』ができ、『銀河』ができることになりました。部分的な小さな変容が、全体に影響して、全体が『動的平衡』で変容していくという典型的な例です。

何故『ビッグ・バン』の直後から、『エネルギーのムラ』が存在していたのかは、勿論まだ分かっていません。しかし、この『エネルギーのムラ』が無ければ、結果的に私たちは存在していないことは確かですので、とりあえず、『エネルギーのムラ』に感謝する必要がありそうです。

『ビッグ・バン』そのものや、『ビッグ・バン』があって私たちが存在しているという因果関係の説明には、『神の愛』や『仏の慈悲』は登場しません。それは当然で、『ビッグ・バン』は『物質世界』の話であり、『神の愛』や『仏の慈悲』は人間の『精神世界』の話であるからです。

『物質世界』に属する生物として、その『摂理』に支配されながら、『生物進化』(これも物質世界の摂理に支配されています)で獲得した『脳』の中に、広大な『精神世界』という別世界を有する『人類』を、総合的に理解することは極めて難しいように思います。しかし、『物質世界』と『精神世界』の関連もやがて少しづつ『科学』は解明していくことになるのではないでしょうか。

『哲学』『宗教』『芸術』などは、典型的な『精神世界』の産物ですが、『物質世界』とは無関係に存在はしていません。『物質世界』を究明する『科学』から、次々にある種の挑戦をうけることになるのではないでしょうか。梅爺は、それによって『精神世界』が色あせていくのではなく、反って人間にとっての意味合いが鮮明になっていくことを期待しています。

| | コメント (0)

2013年1月 8日 (火)

Big Bang(7)

『ビッグ・バン』の開始から、1万分の1秒後までは、『宇宙』の温度は1兆度(C)を越えていましたので、『陽子』や『中性子』といった『複合粒子』は存在せず、すべて『素粒子』だけの世界であったと推察できます。1秒後には、温度は100億度(C)にまで下がり、この時点では『陽子』『中性子』『電子(素粒子の一つ)』が既に存在していたと考えられています。

137億年という、人間から観ると悠久に近い歴史を持つ『宇宙』が、1秒に満たない短時間で、その後の『宇宙』を形成する全ての素材を伴って出現したことになります。このあまりにも異なった『時間軸』をもとに語られる二つの事実が、私たちを戸惑わせます。更に、この事実を人類が知ってから、まだ50年程度しか経っていないということも大きな意味を持ちます。つまり、50年以上前の人たちが推論で作り上げていた『宇宙観』は、現代の科学によって全て否定されたからです。

しかし、現在でも多くの人たちが、語り継がれてきた伝承や、3000年以上も前に書かれた『旧約聖書』の『神による天地創造』の物語が『正しい』と信じています。人間の『脳』は、一度信じたことを容易には覆せない、頑固で保守的なものであることが分かります。何故人間の『脳』がそのような特性を持つのかは、科学的な究明の対象ではありますが、『精神世界』も関与しますので、解明は易しくありません。

『宇宙』『自然』『生命』『生物の生態』の『神秘さ』を観れば、こんなものをデザインできるのは『神』しかいないと考えたくなりますが、『科学』の究明結果は、そもそもデザインがあってこれらが出現したのではないことを示しています。人間の『精神世界』の思考では、因果関係を明確にすることが重要です(因果関係が分からないものは不安というストレスとなって安泰を脅かすために)ので、物事の存在には、目的や理由があると考えますが、『物質世界』の変容には、実は目的がありません。偶然起きる部分的な変容が、全体に影響を及ぼし、全体は新しい平衡状態へ移行するというプロセスが、休みなく継続しているだけです。科学者はこれを『動的平衡』と呼んでいます。『宇宙』も『生命』も、『動的平衡』で出現、変容し続けていて、『目的を達成するためにデザインされたものではない』という考え方を受け容れてしまえば、多くの疑問が一挙に氷解します。

人間の『精神世界』では、『目的』『あるべき姿』『希望』『夢』は重要な概念で、これに向かって『努力する』ことも重要な意味を持ちますが、『物質世界』には、『目的』や『あるべき姿』はありません。少々くどくなって恐縮ですが、『物質世界』を論ずるときに、『精神世界』の概念を用いると混乱をきたすというのが、梅爺の申し上げたいことです。自然がもたらす大災害は、『神が人間を罰するため』という目的があって起きているわけではありません。人間にとっては耐えがたい苦痛ですが、『物質世界』では、単なる『動的平衡』がもたらした変容の一事象に過ぎません。

| | コメント (4)

2013年1月 7日 (月)

Big Bang(6)

『CERN(欧州原子核研究機構)』が、『ヒッグス粒子』の存在を確認するために『瞬間的な疑似ビッグ・バン状態』を創り出した方法は、円周27Kmという巨大な『加速器』を用いて加速した2個の『陽子』同士を衝突させるというものでした。

これにより、100億分の1秒という短い時間だけ、数100兆度(C)という高温状態が実現できます。この温度は、『ビッグ・バン』の開始後100億分の1秒の予想温度、1000兆度(C)には、やや足りませんが、それに近いものです。

この『超高温環境』では、『陽子』を含む全ての『複合粒子』は、『素粒子』に分解され、『素粒子』だけが存在する『ビッグ・バン』の初期状態を再現できます。科学者は、この瞬間に『ヒッグス粒子』の存在を確認しようとし、気も遠くなるような回数の実験を繰り返して、『ヒッグス粒子』の存在を確認するにいたりました。

この計測には、巨大な『加速器』ばかりではなく、極めて短い時間の計測技術や、微細な現象や温度を把握するセンサー技術、高度なコンピューターやソフトウェア技術が必要になることは、容易に想像できます。『CERN』では、世界30ヶ国から、1万人の科学者や技術者が集まって共同研究がおこなわれており、勿論日本も参加して、人材、最新の機材、運営資金の一部を提供しています。『ヒッグス粒子』の存在確認に、日本は少なからず貢献しています。

『科学』は基本的に『理』だけの世界であるために、このような国家や民族を越えた協力が可能になります。しかし、誰かが『ビッグ・バンを解明しようとする行為は神への冒涜である』などという、『精神世界』の主張を持ちこもうとすると、成り立たなくなります。このプロジェクトに参加している科学者の全てが『無神論者』であるとは言えませんが、少なくとも『神による天地創造』のストーリーは、事実としては受け止めていないのであろうと想像できます。

『ヒッグス粒子』は、他の『素粒子』の自由な運動を阻害する『抵抗要因』を資質として保有すると説明されます。この『抵抗要因』が、物質に『質量』を付与していることになります。科学者は、『標準模型』と言われる抽象世界で推論を行い、『抵抗要因』を保有する『素粒子(ヒッグス粒子)』が存在するはずだと予測し、実験で確認されました。

人類の科学知識は1歩前進しましたが、今度は、『何故ヒッグス粒子は抵抗要因を保有するのか』という次なる疑問が出現します。『摂理』に近づくと『摂理』は遠ざかってしまう、という矛盾はどう考えたらよいのでしょうか。人間は『摂理の奥の奥』を垣間見ることはできないのかもしれません。『摂理の奥の奥』が『神』であるとすれば、人間は、そう簡単には『神の姿(究極の真理)』を観ることはできないような気がします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年1月 6日 (日)

Big Bang(5)

2012年7月に、スイスにある『CERN(欧州原子核研究機構)』は、『ヒッグス粒子』の存在をほぼ確認できたと発表しました。『ヒッグス粒子』は、『素粒子』の一つで、1964年にイギリスの『ピーター・ウェア・ヒッグス』によって提唱された『仮説』で、『何故素粒子やその集合体である物質が質量を持つのか』を説明するための理論でした。素粒子物理学の、『自発的対称性の破れ』と呼ばれる、対称性をもった系が、よりエネルギーの低いレベルへ移行して安定を保とうとする事象を説明する理論に則って予測された『素粒子』が、『ヒッグス粒子』ということになります。

提唱者の『ヒッグス博士』は存命で、『CERN』の今回の発表の場にも立ち会い、『自分が生きている間に、このような瞬間を迎えられて感無量である』と述べていました。私たちは今まで『物質には質量がある』という事実は知りながら、『何故質量を保有するにいたったのか』は把握できていなかったわけですから、人類の『知恵』は、一歩先へ進んだことになります。しかし、『ヒッグス粒子』の存在が確認できたからと云って、私たちの日常の生活には特段の影響がありませんので、新聞やテレビが大騒ぎするほど、多くの人はビックリしたりはしませんでした。人間は、深遠な『摂理』によって『生かされている』にもかかわらず、『摂理』を知らずに『生きていく』ことができるようにできています。梅爺は、自分を構成している70兆個に及ぶ細胞の一つ一つが、今どのような活動をしているのか、知らずに、能天気にブログなどを書いています。

『ある事象を説明するために理論を見つける』『純粋な推論で得られた理論(仮説)を確認するための事象を見つける』という、二通りの方法を人類は積み重ねて『知恵』の量を増やしてきました。『ヒッグス粒子』の存在確認は、後者の方法を踏襲したものです。素粒子物理学は、抽象的な『標準模型』と言われる世界で推論が行われ、その後に『事象』を見つけて裏付けていく典型的な研究領域です。『抽象概念』を扱う能力、『推論』する能力という、人間の『脳』が獲得してきた基本的な機能がいかんなく発揮される領域でもあります。

『ある事象を説明するために理論を見つける』『純粋な推論で得られた理論(仮説)を確認するための事象を見つける』という方法は、『物質世界』を解明する『科学』分野では常道手段ですが、人間はこの手法を、『精神世界』の究明にも利用しようとし、少々混乱をきたします。

周囲の不思議な自然の力を感じて、『神や仏が存在する』という考えに行き着くのは容易ですが、万人を説得するための『存在を確認する事象』を見つけることは困難を極めます。どう頑張っても事象は見つからないとして、『神や仏は存在しない』という結論に達する人もいれば、見つからないのは、自分の能力が至らないためと反省する人や、『それは奇跡や神秘の世界なので、見つからないは当然』と居直る人まで対応は様々になります。話が少し脱線してしまいましたが、梅爺は、『物質世界』の究明と『精神世界』の究明は、同じ手法ではうまくいかないと感じています。将来はともかく、現状では『物質世界』と『精神世界』は、分けて論ずる必要がありそうだと考えています。

話を『ヒッグス粒子』に戻せば、『CERN』は、『瞬間的な疑似ビッグ・バン環境』を創り出して、『素粒子』だけが存在する世界を実現し、『ヒッグス粒子』を確認しました。

| | コメント (0)

2013年1月 5日 (土)

Big Bang(4)

『宇宙』の全てを構成する素材である『素粒子』の研究では、日本人の理論物理学者の多くが世界に貢献してきました。

最も有名なのは、『湯川秀樹』で、1936年に、『中間子』の存在を理論的に予言しました。当時『陽子』『中性子』『電子』で構成されると考えられていた原子構造に、新しい仲間の存在を予言したことになります。その後、1945年に、アメリカで実際に『π(パイ)中間子』の存在が確認され、『湯川秀樹』は1949年に、ノーベル物理学賞を受賞しました。

『南部陽一郎(現在はアメリカへ帰化、2008年「自発的対称性の乱れ」でノーベル賞受賞)』も、『ひも理論』を発表した功績があります。その後『ひも理論』だけでは、説明しきれないことが判明し、『ジョン・シュワルツ』等が、『超ひも理論』で統合的な理論へ格上げし、この『超ひも理論』が『ビッグ・バン』の説明に用いられています。

『超ひも理論』では、全ての『素粒子』は、有限の大きさを持つ『ひも』の振動状態であると説明されていますが、梅爺の理解をはるかに越えていています。

『南部陽一郎(自発的対称性の乱れ)』等の研究によって、『素粒子』の世界の『標準模型』が考え出され、このモデルの中で考えられる17種の『素粒子』が確認されているということになります。

『素粒子』が集まって種々の『複合粒子(中間子、陽子、中性子など』が形成され、更に『素粒子』と『複合粒子』で、原子(元素の基本構造)が出来上がるという構造になっています。それでは、17種の『素粒子』で全てが説明できるかというと、そうではなく、科学者は種々の『仮想素粒子』『仮想複合粒子』の存在を予想しています。宇宙の謎の物体『ダーク・マター』などの正体が判明すれば、新しい『素粒子』や『複合粒子』の存在が明らかになり、それらを包含した『新理論』が提唱されるかもしれません。宇宙に関しては、かなりのことが分かってきたとは言えますが、全てが分かっているわけではありません。

2002年に『小柴昌俊』が、『ニュートリノ(素粒子の仲間)』の検出で、2008年には『小林誠』『益川敏英』が、『小林・益川理論(素粒子間の弱い相互作用に関する理論)』で、ノーベル物理学賞を受賞しています。

日本人のノーベル賞受賞は、いつの時代でも嬉しいニュースですが、特に『湯川秀樹』は、敗戦で打ちひしがれ、劣等意識に苛(さいな)まれていた日本人には、特別のことでした。『湯川秀樹』と『古橋広之進(フジヤマのトビウオ)』のニュースに、当時小学生であった梅爺は、ワクワクしたことを覚えています。

| | コメント (2)

2013年1月 4日 (金)

Big Bang(3)

人間を含め、『宇宙』に存在する全てのものは、『有限の素材』でできているのではないか、という『推測』を思いついた人は、文明の初期の段階から、存在しています。古代のギリシャ人は、『火』『空(空気)』『水』『地』を4大元素と考え、この考え方は、『イスラーム科学』にも受け継がれ、ヨーロッパでは、18~19世紀まで、受け容れられていました。中国では、『春秋時代(BC8~BC5世紀)』に『陰陽五行(おんみょうごぎょう)思想』が生まれ、『火』『木』『土』『金(ごん)』『水』を全ての元素と考えていました。『陰陽五行』では、これに『甲、乙、丙、丁、戊、己、庚、辛、壬、癸』という概念を組み合わせて、季節の移り変わりなども含む自然の事象を説明しようとしていますので、複雑な体系です。

『陰陽五行思想』は、朝鮮半島を経由して、古代の日本にも伝わり、『神道』『仏教』と並んで、日本人の『精神世界』に大きな影響を及ぼしています。『政治』は『まつりごと』と呼ばれる通りに、『宗教』や『占い』を基盤に行われました。国難は『加持祈祷(かじきとう)』で克服しようとしました。平安時代に『陰陽師(おんみょうじ)』が、政治と深くかかわっていたことは良く知られています。私たちは、現在でも『立春』『立秋』など、『陰陽五行』の暦で、四季を表現しています。

やがて『科学』は、私たちが現在認識しているような『元素』の概念を見出しました。このような共通認識を得てから、まだ200年位しか経っていません。『ホモ・サピエンス』の歴史は17万年程度と考えられていますので、ほとんどの人類は、『元素』の概念を知らない人たちであったとも言えます。逆に云えば、私たちは非常に幸運な時代に生きているとも言えます。

過去の偉大な哲学者、宗教家も、現在の科学知識を持たずに『ものごとの本質』を考えようとし、『経典』『聖書』『クルアーン(コーラン)』は書かれたことを、私たちは配慮すべきではないでしょうか。偉人、聖人の言葉や、昔の書物にあらわれる『物質世界』に関する説明の全てを、『無条件に正しい』として受け容れるわけにはいかなくなりつつあります。『天地は神が7日間で創造した』などという説明がそれにあたります。しかし、偉人、聖人の言葉や、昔の書物にあらわれる『精神世界』に関する記述の中には、現代でも普遍的な価値を持つものも沢山ありますから、全てを否定するのは行き過ぎです。『誰もが持つ仏心を尊重せよ』という『釈迦』の言葉や、『汝の敵を愛せよ』という『キリスト』の言葉は現在でも色褪せません。

自然界を構成する『物質世界』と、人間の『脳』の中に形成される『精神世界』とは、別に論ずる必要があります。将来人類は、『物質世界』と『精神世界』を一緒に論ずる『知恵』を獲得するかもしれませんが、現状では無理です。

次に、『科学』は、『元素』もまた、『有限な共通素材』でできていることを発見します。原子核は、『陽子』と『中性子』で構成され、その周囲を『電子』が周回しているという基本構造が見つかりました。原子核を構成する『陽子』と『中性子』の数の違いで、『元素』の性質が決まることも分かりました。

これが『究極の構造』かと考えられていましたが、科学者の追求は止まることなく、『陽子』や『中性子』もまた『有限な共通素材』でできていることを発見しました。そして、これ以上は、素材を追求できないものを『素粒子』と名付け、『素粒子』の数を、『標準模型』と呼ばれる理論に則(のっと)って『17種』と推定するに至ります。『標準模型』は有力ではありますが仮説ですから、『素粒子は17種しかない』とは言い切れません。人間の『目』では識別できない世界のことですので、『物理法則』『数学』を駆使して、その推論は行われています。このプロセスを詳細に理解できる頭の良い人間の数は限定されています。勿論、梅爺も理解できていません。

ごく一部の頭の良い人たちが考え出した『科学』の応用分野を、理解できない多くの人たちが利用するという、『不思議な世界』で私たちは生きています。この『不思議な世界』が持つ長所、短所をわきまえていないと、不幸が私たちを襲うことにもなりかねません。『原子力発電所』の問題は、まさしくこの一例です。

| | コメント (0)

2013年1月 3日 (木)

Big Bang(2)

『ビッグ・バン』が、定説として認められるようになったのは、1960年代になってからのことです。梅爺が大学を卒業する頃ですから、まだ50年ほどしか経っていません。現在の学生が『ビッグ・バン』をどのように習っているのかは知りませんが、少なくとも梅爺は学校で習ったことは無く、社会人になって、名前や概念を知りました。『宇宙は137億年前に、素粒子にも満たない小さなもの(ひも)から膨張を開始し(ビッグ・バン)、今も膨張し続けている』などと聞かされても、『へぇー』と驚くばかりで、実感が湧きませんでした。

1920年代ごろから、アインシュタインの『一般相対性理論』で考えると、数学的に『宇宙は膨張している』ことは論理的にはありうると予測されてはいましたが、アインシュタインのような頭がよい当人でさえも、『宇宙が膨張していることはあり得ない』と予測していたようですから、梅爺ごとき凡人が驚くのは当然のことです。

最初に、『宇宙が膨張している』ことを、観測で実証したのは、アメリカの天文学者ハッブルで、1929年のことです。『アンドロメダ銀河』までの距離を、銀河に属する星の光を観測することで求めようとしていた時に、『ドップラー効果』で、銀河全体が、遠ざかっていることを発見しました。まさに、人類にとっては驚くべき大発見ということになります。

もし、『宇宙が膨張している』なら、逆にどんどん時間を巻き戻して考えれば、『宇宙はどんどん小さくなっていく』のではないかと、アメリカの理論物理学者『ジョージ・ガモフ』は予測しました。天才的な科学者は、既成概念にとらわれず、自由に推論を展開することになります。理論的に逆算していくと、137億年前に、『宇宙は微小な1点に集約される』ことが予測でき、これを『宇宙の始まり(ビッグ・バン)』とする考え方が産まれました。英語の『Big Bang』は、『大法螺(ほら)』という意味もありますから、多くの科学者でさえも、この推論には戸惑ったことが分かります。

『ジョージ・ガモフ』のすごい所は、その時々の『宇宙の温度』を物理的に推定し、『ビッグ・バン』から38万年後に、3000度(C)にまで冷えて、宇宙の中に自由に浮遊していた電子が原子核と結ぶつき、初めて光子(こうし)にとっては障害物が無くなり自由に動けるようになって、『光』が発生したと予測したことです。これを『宇宙背景放射』と呼びました。云いかえれば、『ビッグ・バン』から38万年経過するまで、『宇宙』は暗闇であったことになります。1960年に、『宇宙背景放射』(最も古い光の存在)は実際に観測確認され、『ビッグ・バン』理論は、定説の座を獲得することになりました。

『ビッグ・バン』直後の宇宙の温度は、途方もないもので、100億分の1秒後では、1000兆度(C)、1万分の1秒後でも1兆度(C)と考えられています。温度は、物質の『熱振動』で決まりますので、下限『絶対零度(-273.15度C)』はありますが、上限は無いように見えます。

『ビッグ・バン』から1秒後の『宇宙』は、リンゴ程度の大きさの灼熱世界で、それまでに、その後の宇宙の物質(私たち人間も含む)の素材の元となる、全ての『素粒子』が出来上がっていたと考えられています。

『時間・空間』のない『無』の状態に、突然『宇宙のタネ』が出現し、急速に膨張していったというストーリーは、梅爺のような凡人の理解をはるかに超えていますが、さすがに科学者たちの間でも、理論的な説明が完全にできているわけではありません。

中には、シャンパンの栓を抜いた時に、無数の気泡が出現するように、『宇宙のタネ』は無数に出現していると主張する学者もいます。この説に従えば、『宇宙』は無数にあり、その中のたった一つの『宇宙』の中に、私たちは存在していることになります。更に実感がわきませんが、なんとも壮大な話です。

| | コメント (0)

2013年1月 2日 (水)

Big Bang(1)

私たちは、『ホモ・サピエンス』と呼ばれる、生物進化の過程で唯一地球上に『生き残っている』人類種です。『ネアンデルタール』などの、他の人類種は、既に全て『絶滅』してしまっています。 

500~800万年位前に、同じ生物種から『チンパンジーの祖先』と『人類種の祖先』が『枝分かれ』し、人類種の歴史がはじまりました。その後、人類種は、幾種類にも『枝分かれ』しましたが、現在生き残っているには私たち『ホモ・サピエンス』だけで、その他の人類種は全て絶滅してしまいました。『サル』や『ヒヒ』は、複数の『亜種』が、地球上にいまだに棲息(せいそく)していることを考えると、人類種だけが、1種類だけになってしまったことには、何らかの理由があるのかもしれません。 

人類種としては、最も『ホモ・サピエンス』に近い能力、資質を持っていたと考えられている『ネアンデルタール』が、2~3万年前に『絶滅』したというのが、定説ですが、『絶滅』の本当の理由は、特定できていません。『ちょっとした違い』で、一方は生き残り、他方は絶滅してしまったと考えられていますが、『環境適応能力』の視点で観ると、それは『ちょっとした違い』ではなく、『決定的な要因』であったことになります。『物々交換をする能力(異なった品物同士を、抽象的な価値で同じとみなす能力)』『宗教などの文化を広範囲に共有する能力(異なった部族が、敵対するのではなく、同じ文化を共有して共存しようとする能力』など、色々な要因が、『ホモ・サピエンス』と『ネアンデルタール』の違いとして指摘されていますが、いずれも仮説の域を出ません。梅爺は、『ネアンデルタール』は完全絶滅したのではなく、一部が『ホモ・サピエンス』に『吸収(混血として)』されたのではないかと勝手に推測しています。『金髪』『白い肌』などは、『ネアンデルタール』の特徴で、『ホモ・サピエンス』の『コーカソイド(ヨーロッパ系白人)』に継承されているのではないかと考えています。これを裏付けるように、最近、ヨーロッパ人の中に、『ネアンデルタール』の遺伝子の一部が継承されているというDNA鑑定の結果が発表されました。 

現在の『ホモ・サピエンス』の、最も優れた能力は、『抽象概念(実在しないものや、定量化できない情感など)を操る能力』『因果関係を推論する能力』で、それを表現する手段として、複雑に論理体系化された『言語システム』を保有しています。その結果、『自分とは何か』『人間とは何か』『脳(記憶や精神世界など)とは何か』『生物とは何か』『生命とは何か』『宇宙とは何か』と誰もが疑問を抱き、宗教家、哲学者、科学者が、これらに『推論』で挑戦してきました。

その結果、現代科学は、先ず宇宙ができて、その結果、天の川銀河系、太陽系、地球ができ、その地球の環境が幸いして、生命が誕生し、生物として進化して人類種が出現し、やがて『ホモ・サピエンス』になり、その一員として自分が存在する、という、気の遠くなるような『因果関係』が存在することを、『認識』できるようになりました。

全ては『宇宙の誕生』に集約されるわけですから、『一体何が起こったのか』を詳しく知りたくなります。137億年前に、『ビッグ・バン(Big Bang)』によって、宇宙が誕生したというのが、最も有力な『定説』です。

| | コメント (0)

2013年1月 1日 (火)

年の初めに

あけましておめでとうございます。

梅爺の父親は生前、『元旦は、いつもの一日と何ら変わらない』とへそ曲がりなことを云っていました。『物理世界の時の循環』という視点で観れば、そのとおりですが、人間社会のしきたりは、『精神世界』と無縁ではありませんので、梅爺は『特別の日』として対応することに抵抗は感じません。梅爺も父親のへそ曲がりな性格は受け継いでいますが、父親よりは『穏健なへそ曲がり』と言えそうです。

若いころとは異なり、『1年を息災(そくさい)で過ごせた』ということの重みは年々増し、『生かされている』ことへの感謝の念も強くなりました。

『梅爺閑話』を書き始めて丸6年が経過し、ことしは7年目に入ります。最初の頃は、続けられるかどうか自信がありませんでしたし、逆に気負いもありましたが、今では、日課になっていて、自分で自分をみつめることが楽しみにもなっています。『生き甲斐』と言うほど大袈裟なものではありませんが、『生きている(生かされている)』ことのひとつの証でもありますので、継続できていることにも感謝しています。

6年間、色々なことを書いているうちに、今までバラバラに認識していたことが、体系だって理解できるようになったことが、ブログの最大の効用です。まとめてみると以下のようになります。

(1)『ビッグ・バン』で、『物質世界』が出現した。
(2)『物質世界』では複数の事象が絡み合って『動的平衡』を求めて変容し続けている。
(3)『ビッグ・バン』『動的平衡』を含め『物質世界』は、『形式的な数学の世界(法則)』に支配されている。
(4)『物質世界』の中に『生命体』が誕生し、進化して生物を形成するようになった。生物個体の『生と死』も『動的平衡』の一環である。
(5)生物の一員として『人類』が誕生し、その進化した『脳』が『精神世界』を保有するようになった。
(6)『精神世界』は、『理』と『情』の絡み合いで構成されている。
(7)『情』の根源は、生物進化で継承されてきた『安泰を希求する本能』である。
(8)『理』の重要な機能は、『抽象概念を創出する』『論理思考(推論)する』能力である。
(9)『精神世界』は、『絆(安泰希求の重要な要素)』を確認するための『言葉』や、『芸術様式』を生みだした。

梅爺が理解したことで、最も重要なことは、『物質世界』と『精神世界』は別であるということです。『生と死』を、『物質世界』の事象とみるか『精神世界』の事象として観るかで、意味合いが異なってきます。これを混同しないようにすれば、世の中の多くのことは明解に見えてくるように思います。人間の『精神世界』にのみ存在する『抽象概念(愛、善、美など)』は、『物質世界』には通用しないと考えるようになりました。

それでも尚、梅爺が不思議に思っていることがあります。それは、人間が『精神世界』の『理』の機能を駆使して、『物質世界』を支配している『形式的な数学の世界』の一部の法則を『発見』できる能力を保有していることです。『ニュートン』『マックスウェル』『アインシュタイン』などの発見がそれにあたります。

『形式的な数学の世界』は『自然の摂理』とも呼べるもので、人類は全てを解明できてはいません。しかし、これが存在するが故に、人類が出現したわけですが、今度はその人類の『精神世界』が、『形式的な数学の世界』の一部を発見することになるという『堂々巡り』が、何とも不思議です。

正月早々理屈っぽい話になっていしまいましたが、今年もこの調子が続くことになりそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2012年12月 | トップページ | 2013年2月 »