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2012年10月24日 (水)

UFOの正体(3)

『UFOは宇宙人の飛行船である』と、想像したくなるのは、明らかに自然の造形物とは思えない円盤状の物体が目撃されたり、写真撮影されたりしているからです。人間が作ったのではない造形物が、宇宙を飛行しているとすれば、それは『宇宙人(高知能生物)』がつくったものに違いないという『推論』が働くからです。

私たちは『大掛かりな奇術(イリュージョン)』で、摩訶不思議な現象を目撃しても、『自分が知らない種明かしが裏側にあり、自分は騙されている』と認めて、見事な技に喝采を送ります。『種明かしのしかけが分からないこと』には『不満(ストレス)』が残りますが、『必ず種明かしがある』と『推測』して、『不満』が『不安』や『恐怖』にまで進展しないように抑制します。

しかし、もし未開の土地の人たちが、予備知識なく『イリュージョン』を観たらどうなるでしょう。『見事に騙された』などと能天気には考えずに、『驚愕』『恐怖』に襲われ、魔術師は、『神』か『悪魔』とみなされるのではないでしょうか。

『イリュージョン』に接した時の、『現代人』と『未開人』の反応の違いは、人間の脳の働きを考える上で興味深いものです。私たちは『摩訶不思議な事象』に接した時に、必ずしもいつも『現代人』のように反応するわけではなく、時によっては『未開人』のように反応することもあるのではないでしょうか。科学を尊重する姿勢は、『種明かしを知ろうとする姿勢』ですので『現代人』的な行動であり、『神仏を畏怖する』姿勢は『未開人』的な行動と言えます。梅爺の中にも、『現代人』と『未開人』が共存しているのだと観れば、自分の行動の多くは納得できます。

同じ事象に接しても、『種明かしがある魔術』ではなく、『人知を越えた奇跡』であると考えることがあり、多くの宗教が、この人間の脳の反応を利用していると梅爺は考えています。ただし、宗教の目的は、人を騙すことではなく、『奇跡を信ずる』という行為の先に存在する『心の安らぎ』を獲得することですので、『騙された』などと考える人はそもそも信仰者にはなれません。

『空飛ぶ円盤』も『イリュージョン』ではないかと考えれば、『推論』の中身は変わってきます。たとえばイタズラ者が、『空飛ぶ円盤に見える風船』をつくり、水素ガスを注入して空に放ったのではないか、などという『種明かし』を考えることになります。

科学者は、『全ての事象には種明かしがある』と云う前提で、追求します。しかし、『全ての種明かしを入手できる』とは、必ずしも考えているとは限りません。哲学者が、『自分とは何か』という答がないかもしれない問題を考え続けるのと同様に、科学者は、『分からないかもしれないが、それでも知りたい』と衝動に駆られる人たちです。『科学者は、何事も理屈で片付けようとする、心の冷たい人たちである』などという科学者に対する誹謗は適切ではありません。『科学者』にも『信仰者』にも、相対的に『心の暖かい人』『心の冷たい人』はいるのではないでしょうか。

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