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2012年10月18日 (木)

冤罪事件は何故起こるのか(1)

10月12日に開催された『横浜フォーラム』で、メンバーの一人である岩永裕二氏(日米両国で弁護士資格をもち、現在も両国を拠点に活躍中)の『冤罪事件は何故起こる?』という講演を拝聴しました。

『横浜フォーラム』は、梅爺の大学時代の男声合唱団仲間の畏友Mさんが、主催する私的な会合の名称で、毎月1回、20~30人程度のメンバーが集まり、食事をしながら講師の講演を拝聴することにしています。メンバーは、Mさんの、高校、大学時代の友人(今回の講師の岩永氏や梅爺は、大学の合唱団仲間)、会社の知人、同業他社(化学関連の会社)の知人などが主体ですが、メンバーの紹介で一度講師を務めた後にメンバーになられた方もおられます。

メンバーの多くは、現役を退いた方達ですが、中には、岩永氏のように現役の方もおられますし、ボランティア活動に従事されておられる方もおられます。色々な仕事の経歴の人たちの会合ですので、梅爺も啓発され、出席を楽しみにしています。最初の頃の会合が、『横浜』で行われていたことから、『横浜フォーラム』という立派な名称になっていますが、『横浜』で開催される各種の本格的な『フォーラム』とは無関係です。

岩永氏は、4年前にも『横浜フォーラム』で、『日本の裁判員制度の問題点』について講演され、『日本版の陪審員制度であろう』と荒っぽく考えていた梅爺は、不明を恥じました。『市民の知恵を刑事裁判に反映させる』という大義名分の裏に、『裁判官の権威維持(市民裁判員の過半数の票決で判決が決まるとしながらも、票決には少なくとも一人の裁判官が参加することが義務付けられていて、実質的にこの裁判官の同意が必要になる。逆に云えば裁判官がが拒否権を持つ)』『裁判官の責任回避(後に誤審であったことが判明しても、裁判官だけの責任にならない)』などの裁判所側の『ホンネ』が隠されているらしいことを知りました。人間がつくる『制度』ですから、いずれにしても長所、短所はありますが、『日本の裁判員制度』の行方は注視する必要がありそうだと感じました。

今回の講演のタイトルは、『冤罪(えんざい)事件は何故起こる?』で、これも、『日本の裁判制度が抱える本質的な問題』を指摘することが目的であることが分かりました。『冤罪事件』は、世界中どこにでもあり、日本だけの話ではありませんが、『日本の裁判制度』がより、『冤罪事件』を産みやすいものであることが、日米の裁判制度の違いを説明していただくことで、理解できました。日本の裁判(特に刑事裁判)では、原則として検察側が提示する『証拠』が主体で審議が進み、検察側は自分に不利な『証拠』は提示しないという『恣意』が入り込みやすく、結果的に『冤罪』を産みだしてしまう可能性が高いという内容でした。つまり、検察側と弁護側は『武器対等では戦っていない』ということになります。

『国家のしくみ』や『裁判のしくみ』は、『偉いさんたちが考えてくれることで、任せておけばよい』と、日本の市民は『思考停止』してしまうきらいがあることが、このようなことの背景にあるように感じます。日本は、幸か不幸か、市民が立ち上がって『国家権力』を倒し、自分たちで『国家』を作りなおすというような体験をしていません。その上、タイミング良く『立派な偉いさん』が登場したりしますので、一層市民は『お任せで思考停止』してしまうことになります。偉そうに云う梅爺も、岩永氏に教えていただかなければ、『思考停止』状態であったことになりますので、自慢にはなりません。

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